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第七章

第百八十一話 精霊賢主 前編

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 ◆◇◆◇◆◇


 足を踏み入れた先にある空間は、これまで通ってきた回廊や広間とは趣きの異なる場所だった。
 神殿や遺跡のような建築様式らしい、儀式場めいた場所でありつつも、どこか実験場をイメージさせる歪な場所。
 カルマダのボスは、そんな鬱屈な気分にさせる奥行きが百メートル以上もある大広間の最奥にて俺を待ち構えていた。


「ーー分かってはいたが、部下達では時間稼ぎしか出来なかったか」

「……月並みなセリフだが、逃げ場は無いぞ」


 今の自らの現状に苦笑しているのか、それとも部下達の不甲斐なさを嘲笑っているのか。
 特徴的なデザインなのは同じでも、部下達の下半分を隠すタイプの仮面とは異なる、顔の上半分を隠すタイプの仮面を被ったカルマダのボスは、嗤いながら玉座から立ち上がった。
 その仮面の目の部分には大きな亀裂が入っており、どうやらデュランダルで覗き見を防いだ時に出来た傷のようだ。
 目を潰すつもりで斬ったのだが、あの仮面が身代わりになったらしい。


「逃げ場、ねぇ……外に出ている部下達が拘束されているという報告から、ここに突入するまでの早さには驚いたな。おかげでアルヴァアインから撤退し損ねてしまった」


 嘆くような言葉を吐きつつも、その声音は現状を面白がっているようにも聞こえる。


「ここが神造迷宮と同様に、転移魔法で内外への移動が出来なくて残念だったな」

「気付いていたか。まぁ、気付くよな。なにせ、オマエは〈賢者〉なのだから」

「そういうそちらは、〈賢者〉なのに犯罪組織の長とは、〈魔塔主〉の一人として恥ずかしくないのか?」

「……魔塔主? なんのことだ?」


 カルマダのボスが左右の空間に高く積まれている瓦礫の山に手を翳すと、その瓦礫から数十体のゴーレムが瞬く間に作られていく。
 瓦礫の山のせいで入り口側からは見えなかったが、奥にはこれまでに散々見たゴーレムとキメラ達が軍隊の如く整列していた。
 その数は千にも届くかもしれない。


「中立国家〈賢塔国セジウム〉の象徴たる六つの叡智の塔。神造迷宮である〈巨塔〉を意識して作られた、〈魔塔〉と呼称される六つの建造物と集団組織の内の一つ〈黒の魔塔〉。その黒の魔塔主エスプリ・ファルファーデ。それがアンタの正体だ。それとも、〈精霊賢主〉という異名の方がいいか?」

「……その異名嫌いなのよね。あの子達から私のことを聞き出したのかしら?」

「そんなところだ」

「へぇ、あの子達は魔導契約書ギアス・スクロールで明かせる情報を縛ってるのに?」

「確かに契約書で縛られていたな。だが、口を割らせなくても、正体を推察できる情報はいくらでもあったぞ。そんな高度な認識阻害能力を持つ仮面を大量に作れるヤツなんて限られているしな」


 正体を確信したのは【情報蒐集地図フリズスキャルヴ】で得た精霊の箱庭のマップ上の情報からだが、魔導具マジックアイテム製作能力と迷宮秘宝アーティファクトである精霊の箱庭の存在などの事前情報から、カルマダのボスの正体の候補に名前が上がっていたのは事実だ。


「……正体を隠すために作ったものでバレるなんて、笑えないわね」


 もう少しとぼけるかと思ったが、意外とあっさり正体を認めた。
 身バレしたからか、口調も本来のものに戻っており、着けていた仮面も外して【異空間収納庫アイテムボックス】の黒穴の中へと放り込んでいた。
 仮面の強力な認識阻害効果で隠されていた、白髪紫眼の美貌と肢体を晒す妙齢の美女は、精霊人フェアリム族の上位種族である聖霊人リフェアリム族としての種族的特徴である半透明の六枚翅も露出させてきた。
 ローブ姿に長杖という側近達と同様に魔法使いらしい格好をしていたが、仮面を外すとともに認識阻害効果があるローブも脱いでいた。
 ローブの下にあったのは等級の高い軽装鎧姿で、その鎧とエスプリの詳細ステータスに表示されている保有スキルから、近接戦の心得もあることが窺える。


「ふぅん。まぁいいわ。どうせ正体がバレたんなら、使える手札を制限することもないわね」


 エスプリの背後の空間が一瞬輝くと、六つの巨大な存在が顕現した。


「大精霊か。しかも六体も……大盤振る舞いだな」


 燃え盛る竜頭の巨人の姿をした火の大精霊。
 人魚のような下半身をした流水の美女の姿の水の大精霊。
 鳥のような翼と足を持つ風を纏う美女の姿の風の大精霊。
 ロックゴーレムに似た外見をした岩石巨人な土の大精霊。
 頭上に天使の輪を持つ明滅する人型の光である光の大精霊。
 霧のような闇のオーラとフード付きローブ姿をした人型の闇である闇の大精霊。
 それらから発せられる存在感は、Sランク魔物にも負けてはいない。
 これまで集めた情報によれば、大精霊はSランク冒険者並みの戦闘力を持つらしく、精霊の箱庭からの強化なども加えると、上級Sランク冒険者に近しいか匹敵するほどの力を持っていそうだ。
 そんなのが目の前に六体いる。
 エスプリと契約しているようで、【情報賢能ミーミル】で視える大精霊達の情報には、契約者にエスプリの名前が表示されていた。
 各大精霊には自らよりも下位の精霊を呼び出す能力もあるらしく、観察している間にも次々と下位精霊達を召喚し続けている。
 聖霊人族の種族特性によって精霊との親和性が高いのと、この精霊の箱庭の効果によって契約者であるエスプリの全能力が強化されていることもあって、精霊一体あたりにかかる召喚コストが格段に下がっているようだ。

 身バレしたことによってエスプリは力を制限する必要性がなくなり、地上のゴーレムとキメラの混成軍だけでなく、空中に浮かぶ精霊の軍勢が戦力に加わった。
 普通なら危機的な状況だが、個人的には想定よりも楽しめそうな状況になったので嬉しい限りだ。


「精霊賢主の異名の由来である大精霊達まで出してくるとはな……」

「どうせ倒さないと脱出できないのだし、同じ賢者として全力で相手をしてあげるわ。六大精霊を同時に相手できるのを光栄に思いなさい、リオン・エクスヴェル」

「そういうことなら俺も全力で相手をしてやろう。人生最後の一戦なのだから、後悔のないよう本気で抗ってくれ、エスプリ・ファルファーデ」

「生意気なヤツめ。やりなさい!」


 六大精霊を筆頭に、この短時間に六百以上もの数にまで増えた精霊達が一斉に属性攻撃を放ってきた。
 広大な空間を埋め尽くすほどの色取り取りな攻撃は、精霊の箱庭の外で包囲網を形成している味方の戦力を一度に壊滅できるほどの威力がある。
 カルマダに属していた冒険者達の一部に与えていた強化効果〈箱庭の防人〉は、今は六体の大精霊達に付与されており、その大精霊達に召喚された下位の精霊達も間接的に強化の恩恵を受けていた。
 それらの強化された精霊達による一斉攻撃は、下手すれば今の俺でも危ないかもしれない。


「この箱庭内ならばSSランク並みの力を持っていそうだな」


 肌で力の波動を感じつつ、防御系スキル【星鱗煌く強欲神の積層災鎧】を発動させる。
 防具の上に展開された蒼紫色の鱗状の半透明の積層障壁である災鎧さいがいに精霊達の攻撃が直撃した。
 全七百七十七層ある星鱗障壁が徐々に削られていくが、持ち前の勘と【火眼金睛】によって問題無いことは分かっているため焦りはない。
 どうやって戦うかを考えながら怒涛の属性攻撃を受け続けていると、攻撃によって遮られた視界を確保するために発動していた【万里眼】の視線の先にて、エスプリが魔法を発動しようとしているのが見える。
 展開している魔法がなんなのかに気付き、対処するか否か一瞬悩んだが、迎え撃ったほうが確実だと思い直し、こちらも魔法を発動させた。


「ーー『破滅の災涙ルイン・ティアーズ』」

「ーー『星の天蓋アストラル・ガード』」


 上空に展開された級魔法陣から禍々しい色合いの巨大な雫が落ちてくる。
 対して、足元の戦略級魔法陣から金色の帯に囲まれた蒼色のドーム状の障壁結界が展開されて頭上を覆う。
 数瞬後、巨大な雫と障壁結界が衝突する。
 障壁結界との衝突後に一瞬で気化した巨大か雫が、広大な空間全体を震わせるほどの大爆発を引き起こした。
 【星鱗煌く強欲神の積層災鎧】と『星の天蓋』で身を守っていなかったら、確実に鼓膜がやられていただろう。
 直接狙われた俺ほどではないが、爆発の猛威は術者であるエスプリにも襲い掛かっていた。
 だが、エスプリの傍にいる六大精霊達が協力して展開した『星の天蓋』に似た障壁によって阻まれたため、障壁の外を飛んでいて消滅した一部の精霊達を除けば被害は軽微のようだ。

 国の首都を滅ぼし、又は守護するレベルの魔法同士の衝突から約五秒。
 『星の天蓋』を解除すると、未だ灼熱と破壊の嵐が吹き荒れる中へと躍り出た。
 【炎熱吸収】を使って周囲の熱に対処しつつ、その吸収した熱をエネルギーへと変換し、戦略級魔法を行使して消費した魔力を回復させる。
 星剣アルカティムを指環形態にした能力【七星変化】を使い、七つの形態の一つである、金飾の白い金属製の手甲・足甲形態へと変化させて身に纏わせた。
 続けて、【虹星権現】の各種属性能力の中から七つを選んで発動させる。

 〈風〉ーー敏捷性の超強化。
 〈光〉ーー全属性耐性の超強化、聖刃の超強化。
 〈闇〉ーー全状態異常耐性の超強化、ならびに剣撃に任意の状態異常効果を付与。
 〈爆〉ーー筋力の超強化。
 〈重〉ーー剣撃の威力の超強化。
 〈術〉ーー魔力の最大量と回復力の超強化。
 〈破〉ーー剣撃に物質破壊、魔法破壊などの各種破壊効果を付与。

 星剣アルカティムが発動した属性能力の内、光、闇、重、破の四つの属性能力による強化は、何もアルカティムの刃だけを強化するものではない。
 その恩恵はアルカティムと共に使用する他の剣にも適用されるため、手甲形態のアルカティムで握る今の聖剣デュランダルも各種強化効果を受けていた。


「邪魔だ」


 眼前に現れた蒼色の精霊障壁を聖剣デュランダルで斬り裂く。
 六大精霊達により張られた戦術級の障壁結界に出来た切れ間に飛び込むと、障壁結界の内側にいる黒の魔塔主エスプリへと斬り掛かった。


「『次元の裂創ディメンジョン・ラサレイション』」


 エスプリが行使した魔法によって周囲の空間が裂ける。
 空間が裂けて生まれた次元の傷に巻き込まれてダメージを負う前に、破壊属性の属性能力を付与されたデュランダルの基本能力【割断聖刃】にて次元の傷ごと魔法事象を破壊する。
 その隙に後退したエスプリを追撃しようとすると、風の大精霊と光の大精霊が同時に襲い掛かってきた。


「チッ、邪魔だっ!」


 迫り来る数千の風の刃と消滅の光線レーザーの雨に向かって数百の斬撃を飛ばす。
 〈割断〉の力を帯びた斬撃は次々と風の刃を逆に斬り裂き、消滅の光を打ち消していく。
 二体の大精霊の攻撃を捌ききった時には、他の四体の大精霊達も自らが冠する属性権能を行使していた。
 大精霊達による強化を受けたエスプリが、盾代わりに集結した下位精霊達の後方で更なる魔法を発動させようとしているのが見える。

 想像していたよりも反応が良い。
 側近達から集めた記憶情報の中のエスプリは、黒の魔塔内のトップである【賢者ワイズマン】持ちとしての姿と、犯罪組織カルマダのトップとしての姿しかなく、戦う者としての情報が無かった。
 研究開発に必要な素材と情報を得るために、自分の足で集めているということは側近達も知っていたようだが、その際には誰も同行させていなかったため実際の戦闘力はずっと不明だったらしい。

 笑う、いや、嗤うエスプリが魔法を発動させる。
 周囲から放たれる大精霊達の攻撃を斬り裂き、近接攻撃を仕掛けてきた火の大精霊と土の大精霊を足甲形態のアルカティムを纏った足で蹴り飛ばしながら、エスプリの魔法への対抗魔法を発動させた。



 
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