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第七章

第百七十五話 ラビリンス 前編

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 ◆◇◆◇◆◇


 神迷宮都市アルヴァアインの中央エリアには、神造迷宮である〈巨塔〉や行政府、そして冒険者ギルドなどといった主要な施設が多く集まっている。
 そんな中央エリアにある居住区の一角に、Sランク冒険者〈賢魔剣聖〉リオン・エクスヴェルの商会であるドラウプニル商会の本店も存在していた。

 天高く登った月の明かりが物静かに地上を照らす時間帯。
 大通りに面したドラウプニル商会本店の近くの路地には、特徴的なデザインのマスクを着けた一団が集まっていた。
 いくら夜とはいえ、怪しい格好をした武装集団が集まっていたら目立つはずだが、周りには彼ら以外に人影は見当たらない。
 これは、彼らーー犯罪クラン〈カルマダ〉に所属する魔法使い達が周囲に人避けの結界を展開しているからだ。


「全員分かっているとは思うが、念のため目的を確認しておく」


 装備の最終点検を行なっていた者達が作業を止め、今回のリーダーである魔角族の男性、フォルカーの声に耳を傾ける。
 表の顔はとあるクランのマスターであるフォルカーの冒険者等級はAランク。
 数多の冒険者が集まる神迷宮都市の中でも上澄みにあたるAランク冒険者、その中でも上位陣に含まれるほどのレベルとクランマスターの肩書きを持つため、今回の仕事の責任者に選ばれていた。


「最初に言っておくが、今回の襲撃の目的は報復だ。先日、ダンジョンエリアでドラウプニル商会の迷宮商人オーズを襲撃した実行部隊が壊滅した。状況からしてオーズにやられたんだと思うが、商会が公開している情報によればオーズの戦闘力はAランク相当。三人のAランクを含む実行部隊数十人をAランク一人で返り討ちに出来るとは思えないため、おそらくは秘密裏に護衛がついていたのだと思われる」


 実際には、リオンの分身体であるオーズの戦闘力が、Aランク相当ではなくSランク相当であることをフォルカーは勿論、カルマダの者達も知らない。
 分身体なので本体よりも保有魔力と全能力値が弱体化してはいるが、リオンと共通のスキルを使うことができる。
 そのため、分身体オーズの戦闘力が本体リオンより低いとはいえ、Aランク以下の者達からすれば隔絶した力を有していることに変わりはない。
 

「故に、今回の報復対象はオーズとドラウプニル商会だ。本店は社宅も兼ねていて、オーズもここにいることが確認できている。表向きには強盗を装って商会を襲う。商会長でありSランク冒険者であるリオンを相手にするのは無理だが、実行部隊よりも戦力が上の我々ならば、余裕を持ってオーズ達を相手にできるはずだ。リオンとそのパーティーが巨塔に遠征していて、救援にやってこれない今が襲撃のチャンスというわけだな」

「なぁ、フォルカー。リオンの屋敷には襲撃を仕掛けないのか? 直接は無理だが、オーズの上役に何もしないというのは俺達の立つ瀬がないぜ」

「オーズへの報復が最優先だから却下だ。それに、自分の商会が強盗にあい、部下であるオーズを殺されるだけでもリオンへの見せしめには十分だろう。商会には色々と魅力的な商品も多いから、鬱憤は仕事のほうで晴らせ」

「りょーかい」

「最優先目標はオーズだが、遭遇した者は全員殺せ。誰がオーズか分からない者は、取り敢えず男の商会員を殺していけばいい」

「「「了解」」」

「よし。では行くぞ」


 フォルカーの言葉に部下達が頷く。
 カルマダの戦力の半数に近い数が一斉に動き出す。
 複数のグループに分かれると、警備ゴーレムが警戒している本店の正門側は避けて彼らは周りの塀を乗り越えて商会の敷地内へと足を踏み入れていく。
 全員に『無音歩きサイレンサー』『防臭デオドラント』『暗視ナイトビジョン』などといった夜間の隠密行動時に適した魔法が付与されているのと、このような仕事は今回が初めてではないことから、彼らの足取りに迷いは無い。

 綺麗に管理されている庭園を素早く移動していき、店舗兼社宅として使われている屋敷へと近付いていく。
 屋敷と塀の間には石と草木で構成された一風変わった庭園が広がっており、そこには商会長であるリオンが作った様々な彫像が飾られている。
 その精巧な彫像達は、様々な魔物や人間が戦う姿を模しており、それらのデザインの元が別の世界に存在している、或いは存在していた者達だということを知っているのは、彫像の製作者であるリオンだけだ。
 そんな懐古の念から作られた彫像達は、ただの石造りの彫像ではなかった。


[ーー敷地内二悪意アル侵入者ノ存在ヲ確認シマシタ。創造主ヘ通達。警備システム〈ラビリンス〉ヲ起動シマス]


 声無き声による通告後、庭園に配置された彫像ゴーレム達から齎された情報により補足された者達から順に、警備システムによって庭園から強制的に転移させられていく。
 非発光式の転移術式陣が足元に展開されたことで、殆どの者が罠に掛かったことに気付く前に転移していったのだ。


「しまった! 罠ーー」


 唯一直前に気付いたフォルカーも、抵抗する間も無く強制転移によって別の場所へと連れていかれ、その場から消えていった。


 ◆◇◆◇◆◇


「ーーくそっ。転移の罠とは……流石は賢者と言うべきか」


 フォルカーが周囲を見渡すと、今回の襲撃に参加したカルマダの者達は全員がこの場に揃っていた。
 自分達が気付く間も無く強制的に転移させられた事実に対する感情は様々だが、全員に怪我は無いようだ。
 

「ここは何処だ? ダンジョンのようにも見えるが……」


 彼らは、神殿のようにも遺跡のようにも見える陰鬱な雰囲気の漂う回廊に転移させられていた。
 そこの雰囲気は、確かにフォルカーの言うように一部のダンジョンによく似ていた。


「いや、そんなわけが……だが、前例もあるし可能性はーー」

『ーーそんなに気になるか?』

「っ!? 誰だ!」


 誰何すいかしたフォルカーだけでなく、周りの部下達も武器を構えて周囲を警戒する。
 何処からともなく聞こえてきた声は少し低めの若い男性の声。
 妙に耳心地が良く、そのまま聞き続けていても不快に感じることは無いと思わせる声だ。
 知っている声のような気がする、っとフォルカーが警戒しながら記憶の中を探ろうとしていると、先ほどの誰何に対する答えが返ってきて思考を中断される。


『おっと。ゴホン……失礼。急いできたから忘れていたよ。誰だと聞かれたら君達侵入者を此処に連れてきた者と答えるしかないな』


 咳払い後は更に声が低くなり、発する言葉には威厳のようなモノが宿るようになっていた。
 無意識に姿無き声に圧倒されてしまい、フォルカーの脳裏で像を結びつつあった声の主の正体は、そのまま霧散していった。


「……警備の者にしては随分と過ぎた力を持っているな?」


 フォルカーの胸中には次々と浮かぶ言葉があったが、その中から相手側の情報を探るための言葉を絞り出す。
 相手側の情報を少しでも得るための発言だったのだが、その質問によって思わぬ答えが返ってくることになった。


『そうか? 個人的には、過ぎた力というのは君達のボスのことを言うのだと思うのだが?』

「……何の話だ?」

『ダンジョン』

「……」

『ハハハ。君だけが動揺を隠せても部下達が隠せないようなら意味がないなぁ?』

「……チッ」


 フォルカーが目の動きだけで部下達の姿を確認すると、自分と同じAランク冒険者達の一部が動揺を表に出していた。
 装着しているマスクによって上半分しか素顔が見えないーー上位のマスクを着けていれば下位のマスクの認識阻害は看破できるーーが、全身の動きから動揺していることは丸分かりだった。
 Aランクよりも下のランクの部下達の大半は、一体何のことを言っているのか分からない様子だった。
 Bランク以下でこの情報を知っているのは組織への貢献度の非常に高い者だけなのだが、そういった者達も同じくらいに動揺を露わにしているのが見える。
 何故この情報を知っているのかはさておき、このままだとマズいと判断したフォルカーは話の矛先を変えることにした。


「……此処は本当にダンジョンの中なのか?」

『一応はね。君達のボスが持つ迷宮秘宝アーティファクトとは少し仕様が違うが、そこがダンジョンだということには変わりないとも』


 アーティファクトのことまで知っているのか、っと悪態を吐きたいのをグッと堪えて、現状を打破するためにフォルカーは口を動かし続ける。


「ダンジョンというからには脱出は出来るんだろう?」

『ああ。警備システムの一環とはいえ、そこに関しては平等だとも。来た道を戻る手段は無いが、何処かにいる迷宮主ダンジョンボスを討伐すれば、その迷宮を脱出するための道が開かれる。実装後に実際に稼働するのは今回が初めてなんでね。君達侵入者には是非頑張って貰いたいところだ』

「お前は何処にいる?」

『その迷宮を脱出した先にいるかもしれないね。情報収集は済んだかな? さぁ、あとは命をかけて頑張ってくれたまえ。カルマダの諸君の健闘を祈っているよ』

「……去ったか」


 先ほどまで空間を満たしていた気配のようなものが無くなったことから、そう判断する。
 今も此方の様子を見ているかは分からないが、監視へ対処する手段が無いのでフォルカーは考えないことにした。


「厄介なことになったが、やることは表の仕事の時と大して変わらない。声の主の言葉を全面的に信じるわけにはいかないが、此処を脱出するためにダンジョンボスを探して殺す。そして脱出してから当初の目的を果たすぞ。いいな!」

「「「了解!」」」


 各々思うことはあったが、非常事態にいつまでも右往左往するような素人ではないため意識の切り替えは早い。
 元より全員が表の顔はベテランの冒険者であるため、すぐさま役割分担を決めて動き出した。
 偵察によって後方の道はすぐに突き当たりになっていたため、進むべき方向は前方に決まった。
 回廊を道なりに進み出して間も無く、後方で指揮をするフォルカーの元に一人の男が近付いてきた。


「なぁ、フォルカー」

「……何だ?」


 フォルカーは、先ほど動揺を露わにしていたAランクの一人が声を掛けてきたことに軽くイラッとしたが、こんなやつでも貴重な戦力なのだと自分自身に言い聞かせ、沸き立つ憤りをどうにか鎮めた。


「ダンジョンやダンジョンボスって言ってたからには、ここには魔物も出るのか?」

「あの口振りだと罠のみのダンジョンというわけでは無さそうだったな」

「だよな? やっぱりボスのアーティファクトとは違うみたいだな。上位互換ってとこか?」


 小声で話しているとはいえ、集団行動している場でベラベラと機密を話す部下の姿を見て、フォルカーはアジトに戻ったら、この部下に与えた力を回収することをボスに進言しようと固く誓った。


「……そのためには無事に脱出しないとな」

「ん? そうだな?」


 フォルカー達が辺りを警戒しながら進んでいると、回廊を曲がった先で最初の敵と遭遇した。

 
 
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