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第七章

第百七十話 罠に掛かった獲物

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 ◆◇◆◇◆◇


 ちょうど本体リオンがオリヴィアを連れてアルヴァアインの屋敷に戻ってきた頃。
 迷宮商人として生み出した分身体オーズのほうでは、待ち望んでいた獲物がやってきていた。
 二度目の迷宮営業で引っ掛かるとは、意外と堪え性が無い。
 まぁおそらく、こちらが一人で動いているという確信が得られたからだろう。
 タイミングからすると本体がアルヴァアインを離れたのも理由かもしれないな。


「ーーおや。随分と良くない気配を発していらっしゃいますが、私に何か御用でしょうか?」


 森林フィールドのとある小エリアで野営をしていると、野営地を囲むようにして謎の集団が現れた。
 全員が顔の下半分を覆うタイプの特徴的なデザインのマスクを装着しており、マスクに隠されていない双眸そうぼうには、隠し切れない欲望が宿っているのが見て取れる。
 特徴的なマスクを除けば格好は様々で、剣士、槍士、弓士、盾士、騎士、魔法使い、神官、荷物持ちなどといったイメージを彷彿とさせる装備を身に付けている。
 感じられる強さはD~Aランクといったところ。
 離れた場所から監視している連絡要員らしき者も合わせると、人数は三十人越えという大所帯だ。


「おっと、剣呑な雰囲気を出して悪いな。戦いの後でまだ昂っていてね。アンタ、迷宮商人オーズって名乗ってるドラウプニル商会の者だろ?」

「そうですね。私がオーズですよ」

「それはよかった。商人に用って言ったら、商品の売買に決まってるだろ? 俺たちにもアンタが取り扱っている商品を見せて貰えないか? 見ての通り金はある」


 代表してこちらと話していた集団のリーダーらしき魔法剣士の青年が、大量の硬貨でパンパンに膨らんだ革袋を掲げて見せてくる。


「おやおや。用意がイイですね。どうやら大量に欲しい商品があるご様子で。皆さん同じマスクを身に付けていらっしゃいますが、同じクランの方々なのですか?」

「そんなところだ。これだけの人数で狩りを行うのは久しぶりでな。それだけ利益が得られる標的なんだが、はやる気持ちを抑えきれなかったようだ。その所為でアンタを警戒させてしまったようで悪いな」

「いえいえ構いませんよ。こうして釈明していただけましたので、お気になさらないでください」

「そうか? それじゃ、さっそくで悪いんだが、商品を見せてくれるかい? 聞いた話だと、大半はアイテムボックスに収納してるらしいじゃないか。手間をかけさせるようだが、狩りを行う前に準備を整えたいんだ。だから、全ての商品を取り出して見せてくれないか?」


 もっともらしい理由を並べて【異空間収納庫アイテムボックス】から全商品を取り出させようとしてくる。
 これは、アイテムボックス持ちを殺してしまうと、異空間にある収納空間に収納したアイテムを取り出せなくなるからだろう。
 ポーションなどの小物は背負っているリュックサックに入れているのだが、それらだけでは満足できないらしい。


「分かりました。ただ、どうしても気になってしまいますので、周りの皆さんはそちらの方に移動していただけますか?」

「……まぁ、気になるなら仕方ないか。おい」


 少し悩んだようだが、リーダーの青年は全商品を取り出させることを優先するために包囲網を一部だけ解き、仲間達を自分の周りに集合させた。
 別に周りにいても構わないのだが、何も言わないのも逆に怪しいと思うので要求して見たのだが、これしきでは彼らの余裕は無くならないらしい。
 Aランクが三名いることと人数の差が自分達の絶対的な優位性を確信させているようだ。
 目立つマスクを着けて現れたのに、こうして悠長に会話に応じているのもそういった理由からだろう。


「申し訳ありませんね。一人で迷宮に潜って商売を行う都合上、どうしてもお客様を警戒せざるを得ませんので……」

「大丈夫だ。気にしてない」


 【異空間収納庫】により開いた収納空間の黒穴から商品を出しながらリーダーの青年と会話を続ける。
 時間を稼ぐ必要もたった今無くなったので、そろそろ種明かしをするか。


「恐れ入ります。もっとダンジョンエリアが平和なら良かったのですが、私どもが調べた限りではどうやらそうでは無いらしく……そうそう。お客様は知っていらっしゃるでしょうか?」

「何がだ?」

「当商会が私オーズを使って迷宮のダンジョンエリアにて商売を行う理由についてです」

「あー、たしか、これまで無駄にしていたダンジョン内で採れる各種資源の回収と、冒険者達の更なる活躍を応援するため、だったか?」

「おお、よく覚えてらっしゃいましたね。概ねその通りです」


 リーダーの青年が言ったのは、冒険者ギルドなどに貼らせて貰った広告用紙に書かれていた内容だ。
 小難しく書いても大衆には伝わないので、広告用紙には〈迷宮資源の更なる回収(有料)〉と〈冒険者達への支援(有料)〉の二つをキャッチコピーとして大きく記載していた。
 この二つが、ドラウプニル商会が迷宮内商業活動を行う、一般に知られている目的である。


「ですが、実際には三つ目の目的があるのですよ」

「三つ目?」

「ええ……皆さんは〈カルマダ〉という犯罪集団を知っていらっしゃいますか」

「……聞いたことがある気もするが、詳しくは知らないな」


 場の空気が一変したのを感じ取りつつも、気にせずアイテムボックスから商品を取り出していく。


「そうでしたか。まぁ、遭遇した者の殆どは死んでいますし、一般には大して知られていないので無理もありません。簡単に言いますと、彼らはダンジョンエリア内にて同業者を相手に略奪殺傷行為を行う冒険者達です。普段は普通の冒険者として個々に活動しているのですが、旨みのある相手……まぁ、金目の物を持っている自分達でも狩れるような相手がいたら、徒党を組んで襲撃し生命も金品も奪うそうですよ」

「それは恐ろしいな。気をつけるとしよう」

「ええ、そうなさってください。あ、そうそう。彼らは襲撃時に、自分達の身元を隠すために認識阻害効果のある特徴的なデザインのマスクを身に付けるそうです。個人的には集団で同じマスクを着けていたら逆に目立つと思うんですが……実際のところ、カルマダの一員として、その格好についてどう思ってるんですか?」

「……なんだ、気付いていたのか。質問の答えだが、アンタみたいな獲物を狩る際に、他の奴らと連帯感が持てるから悪くないと思うぜ? 冒険者の中にはもっと派手な格好のヤツもいるから意外と目立たないんだな、これが」


 リーダーの青年を筆頭に、カルマダの構成員達が武器を構え、一度解いた包囲網を再び形成していく。


「なるほど、連帯感ですか。顔を隠しての集団行動は、犯罪行為のハードルを下げてしまうので確かに有効なんでしょうね」


 肩を竦め、やれやれといった風に頭を左右に振って余裕を見せると、リーダーの青年の眉間に皺が寄った。


「随分と余裕じゃないか。自分が置かれている状況が理解出来ていないみたいだな?」

「状況ですか? 哀れな獲物が罠に掛かったという状況のことならば、ちゃんと理解していますとも」

「理解しているならいい。それなら黙って残りの品を取り出しな。変な動きをするような殺す」


 斥候系の女冒険者が背後から短剣の刃先を背中に押し当ててくる。


「ふむ。変な動きですか。では、こんなのはどうでしょう?」

「なっ、何をしている!」

「何って、肩を組んでるんですが?」


 背後から短剣を押し当てた体勢のまま動かない女斥候と肩を組んでみせる。
 女斥候の眼だけは動いているのだが、それ以外はピクリとも動いていない。
 まるで見えない手にでも無理矢理押さえつけられているかのようだ。
 困惑する一同の前で中断していた話の続きを行う。


「先ほどの発言の続きですが、迷宮商人である私が此処に遣わされた三つ目の目的は、ドラウプニル商会の活動の邪魔になるアナタ達カルマダを殲滅するためです。他の二つの活動を行うには同業者を襲うカルマダは邪魔なんですよねぇ。つまり、大量の金品を持って一人で動いている私は、カルマダを誘き寄せるための餌であり、狩人というわけです。だから、状況を理解できていない獲物というのはアナタ達のことですよ」

「ーーッ!?」


 女斥候の頭部に触れて【強奪権限グリーディア】を発動させ、記憶情報を奪い取っていく。
 【強欲王の支配手】で身体の動きを強制的に封じられているため、記憶を無理矢理読み取られる痛みを受けても絶叫を上げることすら出来ない。
 ただ、その強烈な痛みと不快感は苦悶の表情を浮かばせることぐらいは出来たようで、状況を見守っていた周りの者達が一斉に襲い掛かってきた。


「迂闊ですねぇ」

「ぎっ」

「ぎゃあ!?」

「ぐえっ」


 先ほどまでアイテムボックスから出していた商品である鉄剣などの各種武器を、【強欲王の支配手】で浮遊させて操り、カルマダの構成員達の意識の外から攻撃を喰らわせていく。
 魔導具マジックアイテムでもない普通の武器だが、この程度の相手を倒すならば十分だろう。
 宙を舞う武器の乱舞を潜り抜けてきたAランクの一人の攻撃を躱すと、反撃とばかりに腹部に一撃を入れて無力化した。


「死ねっ!」


 リーダーの青年をはじめとした魔法を使える面々が、遠距離から攻撃魔法を放ってきた。
 それらの攻撃魔法を【魔法消去領域マジック・キャンセラー】で消し去り、魔法が消えたことに動揺する魔法使い達に向けて【幻惑の魔眼】を行使し、意識を幻の世界へと旅立たせて放心状態にする。


「くそっ!」

「どちらが獲物だったか理解出来ましたか?」


 Aランク冒険者だからか、【幻惑の魔眼】を唯一抵抗レジストできたリーダーの青年に向けて声を掛ける。
 その間にもカルマダの構成員達が襲ってくるが、【星界の大君主】の権能によって支配した周囲の草木によって半自動的に捕縛、または圧殺していく。


「……すぐに殺さないということは情報が欲しいんだろう? 俺を生かしてくれたら、他のメンバーの所在に正体、公の場での証言を手伝うぜ?」

「簡単にカルマダを裏切るんですね。まぁ、元々利害関係のみの繋がりだから当然ですか」


 奪ったばかりの記録情報からカルマダの実態を大まかに把握しつつ、リーダーの青年と会話を続ける。


「他にも捕らえた者はいますし、別にアナタに拘る必要は無いのですが?」

「逆に俺だと駄目というわけでも無いんだろ?」

小賢こざかしい悪人は潰したくなるので駄目ですね」

「えっ」


 あっさり否定されたのが予想外だったのか、リーダーの青年の顔が強張る。
 自分だけは助かると勝手に決めつけているヤツを助けるのは癪だからな。
 まぁ、そもそも誰一人として生かして帰すつもりは無いのだが。


「それにーー」

「ぐがっ!?」


 頭上から赤色の剣で斬り掛かってきた残る最後のAランク冒険者を、【光煌の君主】の権能で生み出した〈光煌の槍〉で貫く。
 光煌の槍は腹部を貫通しているが、Aランク冒険者ならばこの程度の傷ならすぐに死ぬことはない。


「自分に注意を惹きつけて味方の攻撃をサポートするような輩の提案なんて、一考する価値すらありませんよ」


 リーダーの青年が再度口を開くが、それを無視して外套に偽装していた【墜天喰翼顕現ベルゼビュート】を竜頭へと変えて、二人を丸呑みにする。
 記憶を奪うために数瞬だけ口内に含んだ後、二人を消化した二つの竜頭の首を伸ばして他のカルマダの構成員達にも同様に捕食していった。
 なお、俺と邂逅した時から離れた場所で此方を監視していた連絡要員も、会話で時間を稼いでいる間に戦闘用眷属ゴーレムで制圧済みだ。
 眷属ゴーレムが持ってきた気絶している連絡要員も竜頭の口内に適当に放り込んでいく。
 襲撃してきた者達の中にいたアイテムボックス持ちに関しては、処理する前に【発掘自在】で強制的に収納空間を開かせて中身を回収するのも忘れない。


[スキル【錬血】を獲得しました]
[スキル【血戦武操】を獲得しました]
[スキル【生命搾取】を獲得しました]
[スキル【二律共鳴】を獲得しました]
[スキル【筋骨成長】を獲得しました]


「……なるほど。思っていたよりも戦力は大きいのか」


 今回襲撃してきた者達の記憶情報を確認したところ、カルマダの保有する戦力が想像していたよりも大きいことが分かった。
 具体的にはカルマダが保有する迷宮秘宝アーティファクトの所為なのだが、差し迫って対処する理由も無いので一先ず放置でいいだろう。


「今回の襲撃が失敗したことによる変化を確認してから対応を決めるか」


 荒れ果てた野営地を整えながら、今後のオーズとしての動きについて頭を巡らせた。


[スキルを合成します]
[【報復命刻】+【乾坤一擲】+【反撃】+【反射盾リフレクト】+【罪を識る者】=【報復せし神の義憤リベンジ・オブ・ネメシス】]
[【補水回復】+【吸血摂取】+【生命搾取】=【精気吸喰せいききゅうしょく】]
[【一心不乱】+【冷静沈着】+【穢れ無き信仰】+【狂信】+【偶像崇拝】+【一気呵成】=【無二無三】]
[【武闘精錬】+【筋肉増強術ビルド・アップ】+【筋骨成長】=【換骨奪胎かんこつだったい】]
[【高圧縮】+【伸縮】=【超伸縮】]



 
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