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第七章

第百六十四話 各種手続き

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 ◆◇◆◇◆◇


「ーーふむふむ。つまり、エクスヴェル卿が自らの能力を使ってダンジョン内に中継拠点を築いてくださるということですね?」

「そうなります」

「その対価に、エクスヴェル卿とドラウプニル商会がダンジョン内の中継拠点とアルヴァアイン都市内で購入する物件の最優先購入権と、入市税などの一部の税を免除。以上で間違いありませんかな?」

「間違いありません」

「ふむ……私達に損はありませんし、対価も相応、いや、寧ろ控えめなくらいですな。エクスヴェル卿がこの内容でよろしいのでしたら契約致しましょう」

「勿論構いません。よろしくお願い致します」


 神迷宮都市アルヴァアインの行政府の城の応接室にて俺と対面しているのは、このアルヴァアインを皇帝からの信任を受けて管理している代官である法衣貴族のクロウルス伯爵だ。
 丸々とした体格の人の良さそうな顔立ちの魔角族の男性で、今代のアークディア皇帝ヴィルヘルムとは学生時代の友人でもある。
 即位して間も無く呪いに侵され、満足に執務を行えなくなったヴィルヘルムからアルヴァアインを任されただけあって、優秀な内政能力を持つ。
 だが、その内政能力を持ってしても国内外から神造迷宮を狙う勢力からアルヴァアインを守るので手一杯であったため、長年の間、市内の様々な問題には中々手が付けられないでいた。
 そんな折に、俺が皇帝であり友人のヴィルヘルムを治療したりなど色々尽力し解決したからか、俺に対するクロウルス伯爵の好感度は初めからとても高い。
 更に、先日のダンジョン内に拠点を築くために派遣した開拓部隊を救ったため、今回来訪した用件の一つである拠点計画参入はあっさりと許諾された。

 また、契約書には保有する魔物避けの魔導具マジックアイテムを貸与するという条文があるのだが、そこには該当魔導具のレンタル代やメンテナンス代の支払いについても記載されている。
 少額だが国から定期的な収入を長期的に得られるようになっているため、俺が得るモノは一部の税の免除と物件の最優先購入権だけでは無い。
 まぁ、その代わり中継拠点自体の権利はアルヴァアイン行政府、というかアークディア帝国に完全に帰属するので、クロウルス伯爵が控えめと評するのも当然だろう。
 拠点自体の権利まで得たら相応の責任が生ずるのが面倒だからなのだが、そんな本心は胸の奥にしまって国からの好感度ポイントを上げておくに限る。


「それと、事前に申請のあったスラム街の炊き出しについてですが、此方が行政府からの正式な許可証になります」

「ありがとうございます。思ったよりも早いですね?」

「行政府からしても有り難い内容ですからな。これで市内で起こっているスリなどの軽犯罪が少しでも減ってくれるならば、所定の手続きを繰り上げるぐらい致しますとも」


 拠点計画参入の契約書にサインをした後に差し出された炊き出しの許可証を受け取る。


「事前に提出された書類にあった、スラム街の住人の雇用についてですが、正式な許可証と書類の準備にまだ少し時間が掛かりそうです。数日中には用意できると思いますが、届け先は商会の方でよろしいですかな?」

「ええ、商会の方にお願いします」


 これが先日再会したスリの子供をきっかけに、ドラウプニル商会の人手不足問題解決のために支配人であるヒルダに指示して行政府にアポイントを取らせた理由だ。
 商会での簡単な作業ぐらいなら、スリの子供やその仲間達といった少年少女達でも可能だし、大人よりも低賃金で雇用ができる。
 この世界の雇用形態やらを調べた限りでは、彼らぐらいの子供に衣食住だけでなく賃金まで与えるのはかなり破格らしいので、低賃金でも何の問題は無い。

 当初の予定では、炊き出しで事前に告知し、重犯罪歴の有無を確認する簡単な面談を経てから雇用するつもりだった。
 だが、今年のアルヴァアインは例年よりも寒くなるのが早いらしく、このまま悠長にやっていたら寒さで死人が出る可能性がある。
 なので、炊き出しの場で雇用候補者を【審判の瞳】と【罪を識る者】で直接視認して選定。
 その際に【情報蒐集地図フリズスキャルヴ】のマップでマーキングし、炊き出し後に直接勧誘しに向かう、という力技で解決することにした。
 炊き出しで人を集めるには時間がかかるところだったが、先に炊き出しの許可が得られたならば、正式な雇用許可証などは後回しで構わないだろう。

 この計画の障害になりそうな複数の犯罪組織は四日前に潰しておいたので、おそらく大丈夫だ。
 行政府に頼むスラム街絡みの案件は一先ずこれでいいとして、次の案件に移るとするか。


「クロウルス卿、実はまた一つ許可をいただきたいことがありましてーー」


 ◆◇◆◇◆◇


「巨塔のエントランスじゃなくて、ダンジョンエリアでの商業許可ねぇ。まぁ確かに、Sランク冒険者であり商人でもあるリオンならではの発想だと言えるわね」


 行政府の城から場所を移って冒険者ギルドのギルドマスターの執務室。
 クロウルス伯爵から貰ってきたばかりのダンジョンエリアでの商業を許可する書類を見ながら、ギルドマスターであるヴァレリーは呆れ混じりに小さく息を吐いた。


「これを持って私のとこに来たのは、何も冒険者ギルドから許可を得るためだけじゃないんでしょう?」

「はい。お察しの通り、冒険者ギルドにお願いがあって参りました」

「ふぅん。ダンジョンエリアでの商業許可については国が許可を出したなら、ギルドとしては反対する理由もないから許可を出すけど、お願いとやらについては内容次第ね」

「ありがとうございます。冒険者ギルドにお願いしたいのは、ドラウプニル商会の商人がダンジョンエリアで商売を行うという内容の広告を、ギルドの建物内に貼らせていただけないか、という内容と、商品を奪い取ろうとした輩への迎撃許可です」

「……迎撃については後で尋ねるとして、ギルド内で広告を?」

「はい。いきなりダンジョンエリアで商売を行っても過剰に警戒されて売買が成り立たないでしょうからね。なので、事前に冒険者が多く集まる此処で告知しておこうかと」

「確かに事前告知は必要でしょうね。魔物だけでなく、同じ人間からも自衛する必要があるダンジョンエリアで営業を行うからには、担当する商人は強さに自信があるんでしょうね?」

「勿論です。ただ、適性のある人手の少なさから、担当する者は一人だけなので、営業は不定期ですけどね」


 まぁ、その担当者は例の如く変装した俺なのだが。
 俺以外に戦闘、運搬、営業の三つを行える者は商会内にいないしな。
 というよりも、この本来の目的は商売ではなく害虫ホイホイのためなので、元より他人に任せるつもりはない。


「名前は何というの?」

「オーズです」

「強さは?」

「冒険者で例えるならAランク相当になります」

「それならダンジョンで単独行動する最低限の強さはありそうね」

「そこは保証します」


 上級Sランクの本体はまだしも、【化身顕現アヴァター】の分身体であってもSランクの強さがあるのでAランクどころじゃないんだけどな。


「冒険者に対する迎撃許可だけど、ギルドマスターとして許可を出しましょう」

「ありがとうございます」

「当たり前だけど、手を出されない限りは攻撃は禁止よ?」

「勿論です」


 商人という非戦闘員のイメージから、ガラの悪い冒険者から恐喝などを受けそうだが、その時は相応の対処をするつもりだ。
 それから、取り扱う商品とその価格が書かれたリストをヴァレリーに見せる。


「イイ値段するわね」

「場所が場所ですからね。それに、資金が足りないならダンジョン内で得た素材を売れば済む話ですよ」


 当然、地上で売るよりも安く買い叩くが、嵩張る荷物を処分して金銭を得られるなど、やり方を間違えなければ互いにメリットが生まれるはずだ。
 まぁ、何でもかんでも買い取るつもりはないので、実際にはメリットの比重は俺の方に傾くだろうな。


「ダンジョン内で物を売買することは考えたことは無かったけど、結構便利そうね」

「国が企画している拠点開拓計画が成功すれば、その拠点でも素材やアイテムの売買ができるようになるでしょう。そうなったら、冒険者ではない者がダンジョンエリアに足を踏み入れることも増えそうです」

「……今回の試みでドラウプニル商会が大きな利益を得ることができるようなら、真似をする商会が出てきそうね」

「寧ろ今までいなかったことが個人的には不思議です」

「思い付いた者はいたと思うわよ。ただ、ダンジョンエリアで商いをするほどの大荷物を持ち運ぶと動きが阻害されて危険だから、希少な大容量の収納系魔導具は必須。更に信頼できる高レベルの護衛も複数人必要。必然的に商品も信じられないぐらい高くなって、ちゃんと売れる保障もないから、これまでいなかったんだと思うわ」

「まぁ、そうでしょうね。そのあたりは通常の交易と変わりませんか」


 ポーション類などの小さなアイテムに限定すれば大容量の収納系魔導具でなくても大丈夫だろうが、他の諸問題が解決できないから、俺みたいにダンジョンエリアを彷徨きながらの商売なんて、他の商人達には無理な話だろうな。
 競合する者がいない今だからこそ大きな利益を得られるというもの。
 本来の目的は、犯罪組織カルマダ所属の冒険者のような同業者を狙って襲撃する輩を、ルール無用のダンジョンエリアに招き寄せ、効率よく殲滅キルすることとはいえ、そちらの方でも手を抜くつもりは無い。


「というわけで、そんなダンジョンエリアでの交易を行うことをギルドも許諾していることを示すために、ギルドマスターからも行政府で貰ったこの書類みたいに一筆いただきたいのです」

「えー、どうしようかしら。ギルドマスターの名が入った許可証は安くないのよねぇ」

「……何かお望みの物でもありますか?」


 俺の問いにヴァレリーが深く頷く。
 流石にそうすんなりとはいかなかったか。
 大抵の条件は呑むつもりだが、一体何を望むのやら。


「私直筆の許可証が欲しければ、私と食事をしなさい。当然ディナーのほうよ」

「……」

「ほ、ほら。ギルドマスターが新進気鋭の商会のオーナーでもあるSランク冒険者と友好を深めるのって普通だと思わない?」

「まぁ、いいですけど」

「あ、いいんですね」


 ここまでずっと黙って傍にいたギルドマスター付きの秘書が、横からツッコミを入れてきた。
 まぁ、損するわけでも無いし、美女と食事をするだけで許可証が貰えるなら安いモノだからな。
 
 


 
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