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第七章

第百六十話 ノクターン

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 ◆◇◆◇◆◇


「いいから寄越せってんだよ!」

「うぐっ!?」


 カルマダの構成員を狩ってから追い付いた先では、後をつけていた対象であるスリの子供が暴行を受けていた。
 相手はスリの子供よりは多少マシぐらいの格好をした二十歳前後ほどの青年で、その手には今しがた子供から奪った果物が握られている。


「か、かえ、うっ」

「フンッ。さっさと渡していれば痛い思いをしなくて済んだのによぉ。お前ら最近生意気なんじゃないか?」

「ば、場所代は払った、じゃないか」

「これは俺を不快にさせた分だから関係ないんだぎゃあぁっ!?」


 蹲る子供を踏み付けようとする暴行青年を横合いから軽く蹴り飛ばす。
 一般人よりかは基礎レベルがあるようだが、低レベルなのには変わりないので、このぐらい【手加減】しなければ暴行青年の身体は文字通りバラバラになってしまうだろう。
 まぁそれでも、俺の蹴りによって離れたところに積んであった廃材の山へと吹き飛んでいくのは避けられなかったのだが。


「ほら。もう奪われないように気をつけろよ」


 この果物自体が盗品だが、という言葉は呑み込み、暴行青年の手から掠め取った果物をスリの子供へと差し出す。


「だ、だれ?」


 突然姿を現した俺に対して戸惑いの声を上げる子供。
 流石に以前スリの標的に選んだ相手だとは分からないか。
 まだアルヴァアインに来て日が浅いので、俺の顔の認知度が低くても不思議では無い。
 俺も今は明かすつもりは無いので、受け取ろうとしない果物を子供へと放って無理矢理受け取らせた。


「まぁ、今はキミの恩人とだけ覚えておけ。騒ぎを聞き付けて人が集まる前に早く去ったほうがいい」

「う、うん」

「あ、そうだ。これをやろう。他の子供達と分けるといい。すぐに噛み砕くなよ」


 懐から自作の飴玉が入った小袋を取り出すと、スリの子供へと投げ渡す。
 中身を見て以前スリで手に入れた飴玉と同じだと気付いたのか、何か言おうとしていたが、この場から早く立ち去らせるために追い払うように手を動かす。
 子供は少しの間悩むと、何も言わずに俺に頭を下げてからこの場から走り去っていった。


「最低限の礼儀は知ってるみたいだし、元々はここの生まれじゃないのかな」


 スリの子供の背景を想像しつつ、【無限宝庫】内の新作の黒仮面と黒マントに装備を変更してから、気絶している暴行青年の元へと移動する。
 当初は、スリの子供とその仲間達の様子を隠れて観察する予定だったのだが、アルヴァアインの南東部の治安の悪さを実感して予定を変えることにした。


「ふむ……別の犯罪組織の下っ端の下っ端か。カルマダとは関係無いが、見逃す理由も無いな」


 気絶したままの暴行青年の額に置いていた手から暴食のオーラを放出して跡形も無く処理する。
 展開している【万能索敵ワイルド・レーダー】の索敵範囲内に、別の犯罪組織の者達が足を踏み入れてきた。
 おそらく、先ほどの暴行青年の叫び声や破壊音を聞いて様子を窺いに来たのだろう。


「それじゃあ、裏社会の情報収集といくか」


 【始源の魔賢神紋プライマル・ルーン】の〈隠身〉〈気配遮断〉〈浮葉〉のルーンを発動させて、姿と気配、足音を発さないようにする。
 ボス宝箱からの戦利品である〈蟻死毒牙の短剣タナトシス〉を片手に、空中を蹴って移動し、近づいてきた野次馬達の背後に無音で降り立つ。
 せっかくなので、今回は便利な【神隠れ】には頼らずに狩りを行い、他の能力の習熟を図ることにした。
 短剣のスキル【擬死毒刃】を発動させ、野次馬達の背中を一突きしていく。
 死んだようにピクリとも身体を動かせない野次馬達の身体を暴食のオーラで包み込む。
 野次馬グループ一つに対する一連の作業を三度繰り返した頃には、この場に近付いてくる者はいなくなっていた。


「組織間の関係は……なるほど。取り敢えず、半分ぐらいは消しても良さそうだな」


 その流れでスラム街にあるカルマダの拠点も襲撃すれば、他の組織もやられているから自分達が主な標的だとは気付かれまい。
 流石にまだ夕暮れ前の明るい時間帯なので、本番の襲撃は今夜に行うのが良いだろう。

 今更スリの子供の後を追うのもアレなので、【領域の君主】の拠点転移能力でその場を後にして屋敷へと帰宅した。
 屋敷の自室に転移してから服を着替えて居間へと移動する。


「おかえりなさいませ、ご主人様。帰りにでも遊んできたのですか?」

「ん、分かるか?」

「はい、僅かに他者の血の臭いが致します」


 居間で出迎えてくれたメイド服姿のエリンに言われて自分の体を確認してみたところ、確かに身体から微妙に血の臭いがした。
 最近は、効果発動中は臭いを発さないし付かない【神隠れ】での行動に慣れていたからか、基本的な部分が疎かになっていたようだ。
 【始源の魔賢神紋】の〈消臭〉を使って血の臭いを消す。


「どうだ?」

「はい。確かに消えまし、いえ、少々お待ちを。もう一度確認します」


 血の臭いが消えたと首肯したエリンが、待ったをかけると、近づいてきて至近距離で臭いを嗅いできた。


「……大丈夫だろ?」

「そうですね……いえ、まだですね」

「そんなわけが無いでしょう」

「あ痛っ。リーゼさん、何をするんですか!」


 エリンが距離を詰めてきた辺りで居間にやってきたリーゼロッテが、自らの能力で作り出した氷の棒を使ってエリンの後頭部をコツンと叩いた。


「リオンに盛ってたからです」

「私はご主人様の無事を確認していただけです」

「平然と嘘をつきますね。エリン、私は耳も良いのですよ。血の臭いが付着していないのは、近づく前から分かっていたはずですよね?」

「……ご主人様。今日の夕食は私も作りますので楽しみにしていてくださいね。それでは失礼致します」


 そう言ってエリンは足早に居間を去っていった。
 去っていくエリンの後ろ姿を眺めていると、リーゼロッテが口を開いた。


「……逃げましたか。まぁ、あの駄犬は後で追及するとして。おかえりなさい、リオン」

「ただいま、リーゼ」


 今の駄犬発言などは取り敢えず聞き流すことにする。
 そのまま居間のソファに座ってリーゼロッテにギルドでのことや、スリの子供やアルヴァアイン内の犯罪組織の話をしていく。
 途中、無音で居間にやってきたフィーアから給仕をされながらも、今夜の襲撃予定も含めて十分ほどで話し終えた。


「秘密裏の襲撃なら私には不向きですね……」

「氷は目立つからな。留守番を頼むよ」

「仕方ありませんね」


 リーゼロッテも来たがっていたが、本人が言うように正体を隠しての襲撃には不向きな能力をしている。
 姿を変えたとしても、最も秀でた攻撃手段が扱える者の少ない氷凍系の能力であるため、使用するとそれだけ身バレの可能性が上がることになる。
 他の攻撃手段もあるにはあるが、氷凍系能力ほどではない上に、近接戦闘技術にも特徴があるので気付く者は気付く可能性がある。
 全ての裏組織を一人も残らず殲滅するならそれでも構わなかったのだが、そういうわけにはいかなかったので、リーゼロッテが素直に退いてくれて安心した。


「ご主人様、お話し中に失礼致します」

「どうした、フィーア?」


 給仕のために近くに控えていたフィーアが声を掛けてきた。


「ご相談があるのですが、今夜の襲撃に私達にも参加させていただけないでしょうか?」

「〈ノクターン〉全員をか?」

「はい」


 ノクターンというのは、フィーア達ノクス族の者達で構成される暗殺組織のことだ。
 色々あってナチュア聖王国の隷属下にあったところを俺が解放したのだが、行く当てが無いからそのまま俺についてきてドラウプニル商会の傘下に入ったという経緯がある。
 組織とは言ったが、一族経営というか家族経営の小規模な組織である上に、ノクス族自体が希少種族であるためその構成人数は十人にも満たない。
 現在はメイドであるフィーアのように、今は皆が商会内の普通の職場で従業員兼護衛として働いている。
 裏の仕事と無縁とは言えないが、少なくとも暗殺業からは手を引かせていた。
 それなのにフィーアは再びその世界に足を踏み入れると言っているようだ。


「……別にノクターンの助けが無くとも大丈夫だが」

「そこです」

「ん?」

「ご主人様は能力的にも大体のことは一人でも出来てしまえます。ナチュアに召喚された異界人フォーリナーの学生が言うところのです」

「お、おう」


 チート呼ばわりは心外だが、美人系のフィーアの今の言い方はちょっと可愛いかったな。


「そんなご主人様だからこそ、自らの負担を軽減するために人をお使いください。ご主人様からお聞きした能力からすれば、ご自分で動きたくなるのも理解できます。ですので、全てとは言いません。ご主人様にとっては些事も些事。取るに足らない能力の者達しかいない組織の処理だけでも私達にお任せ頂ければ幸いです」

「ふむ……」


 確かに襲撃予定の犯罪組織の幾つかは重要性が低く、有るよりは無い方がいいという判断で潰す予定だった。
 構成員の保有スキル的にも情報的にも価値が低い相手だから、他人に任せても問題は無い。
 万が一にも正体がバレたり捕まったらマズイが、フィーア達ノクターンは全員が最高位の魔導契約書ギアス・スクロールで守秘義務を遵守させられているので、情報漏洩の心配もないし、当人達の戦闘力も冒険者換算でBかAランク相当なので十分と言えるレベルだ。
 だから下部組織を潰すのを任せるには不足は無いのだが……。


「……フィーア達にはそういう仕事をさせるつもりは無かったんだがな」

「……」


 意思を変えるつもりは無しか。
 ま、本人達の意思を尊重するのも主人の器量というやつか。


「はぁ。今回だけだぞ」

「ありがとうございます。私達の無理を聞いていただき感謝致します」

「ああ。それと、仕事の際の装備は俺が支給するから、それを使うようにな」

「かしこまりました」

「んじゃ、フィーア達の装備を夕食までに用意するとしますか。意見を聞きたいからフィーアも一緒に工房に来てくれ。リーゼはーー」

「勿論見学します」

「了解。じゃあ、移動するか」


 カップに残っていた茶を飲み干すと、ソファから立ち上がって自室の横にある工房という名の作業部屋へと移動する。
 ま、楽になるのは間違いないから前向きに考えるとしよう。
 今後は近場の複数の拠点に襲撃を掛けることなんて無いだろうから、フィーア達の暗殺技能の出番なんて今回だけだ。
 寧ろ、彼女達の実力を測る試金石だと考えれば、丁度いい機会だとも言えるだろう。
 商会の防諜部門にせよ、警備部門にせよ、迷宮部門にせよ、今後その力を活かした配属を考えたりする際には今回のことは重要な判断材料になる。

 そう考えると、あまり重く考え過ぎる必要は無さそうだ。
 悪いのは俺の目に留まった犯罪組織の方なので、この僅かばかりの鬱憤は彼らの命をもって解消してもらうとしよう。


[スキルを合成します]
[【圧政者オプレッサー】+【王族ロイヤル】=【君主ルーラー】]
[【戦神覇気】+【鬨の声ウォークライ】=【戦神覇輝】]
[【生命蝕む呪炎の傷】+【魔を蝕む聖罰の刃】+【竜焔の理】=【侵蝕する竜焔の聖痕】]
[【貴種の気品】+【高貴なる優美さ】=【君主の気品】]
[【焔禍齎す炎理の宝玉フラムル・ディアーザイアス】+【炎熱適性】+【四質炎換】=【炎熱の支配者】]
[【天魔慄く空理の宝玉ディメル・ディアーメナス】+【領域拡張】+【空間安定】=【空間の支配者】]
[【植物支配】+【森林の民】=【森林の支配者】]


 
 
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