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第六章

第百三十一話 謁見後の談話

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 ◆◇◆◇◆◇


 分身体の一つによって、ナチュア聖王国から救出した異界人の少年少女達へのこの世界の一般常識などの知識のレクチャーと、これからについての話が行われている頃。
 本体の方では、フェインのヴィルヘルムとの謁見が終わっていた。


「ーーいやぁ、緊張したぜ」


 溜め息混じりにそう呟くフェインの表情は、肩の荷が下りたように晴れやかだ。
 皇帝であるヴィルヘルムを始めとした、アークディア帝国上層部の面々が立ち並ぶ中での謁見は、フェインにとっても戦場以上に緊張を強いられる場であったらしい。


「そのわりにはちゃんと答えていたじゃないか」

「ただでさえ戦場で敵対したからな。国のお偉いからの印象は出来れば良くしたいから、この日に向けて嫁と練習したのさ。自分達のこれからの生活に関わるからな」


 フェインは戦争時にメイザルド王国側に雇われた三人のSランク冒険者の一人であり、アークディア帝国側に雇われた俺と戦場にて相対することになった。
 結果は俺が勝利し、降伏したフェインを命を助ける代わりに商会にスカウトしたことで、所属は自動的にアークディア帝国の冒険者ギルドになり、爵位の授与も含めた謁見が先ほど行われた。
 本来ならば、他国から移籍してきたSランク冒険者も初めから名誉公爵位が貰えるのだが、フェインの場合は直前にアークディア帝国と敵対することになる依頼を受けていたため、一つ下の名誉侯爵位からのスタートになるんだそうだ。
 名誉侯爵位からではあるが、ここから帝国での実績を重ねればすぐに名誉公爵位へと陞爵出来るそうなので、大したペナルティでは無い。
 ちなみに、フェインの手によって帝国側に死者が出ていたら更に下の名誉伯爵位からのスタートになっていたらしいが、俺が即座に負傷者を治療していたため問題にはならなかった。

 とはいえ、だ。
 フェインの攻撃で死にかけた近衛騎士自身や国の上層部が不問にしていても、敵対していたことをネチネチと言ってくる輩はいそうだな。
 

「ま、アレだな。万が一、難癖を付けてくるような輩がいたら遠慮せずに言ってくれ。貴族や商人関連は俺が対処する」

「おう。頼りにしてるぜ、大将!」


 この後は嫁さんと帝都観光をするらしく、その前に現在の礼服から着替えるために一度宿泊先に戻るそうだ。


「明日以降の予定は覚えてるか?」

「ドラウプニル商会の馬車の護衛をしながら神迷宮都市に向かって、大将達が来るまでは向こうの本店で待機だったよな?」

「ああ。俺達が帝都を発つまでまだ日があるが、馬車の移動速度の差を考えれば、そこまで待たせることはないだろう。他のクランからの勧誘があるだろうから、出来るだけ目立たないようにしておいてくれ」

「了解した」


 その後、帝都のおすすめの観光スポットを教えてから、皇城の馬車の停留所に停めさせてあったドラウプニル商会の馬車にフェインを乗せて送り出した。


「それではご案内致します」


 俺とフェインの後ろを距離を空けてついてきていた侍女の案内に従って、来た道を戻っていく。
 行き先は謁見の間ではなく、皇宮エリアの入り口付近にある談話室の一つだ。


「失礼します。エクスヴェル名誉公爵様をお連れ致しました」

「ーー入れ」

「失礼致します」


 侍女が開けてくれた扉を通って談話室に入ると、室内には高貴な身分の者が三人いた。
 一人はさっき会ったばかりの皇帝ヴィルヘルム。
 もう一人はヴィルヘルムの同腹の妹である皇妹レティーツィア。
 そして最後の一人は初めて会う女性だ。
 皇帝であるヴィルヘルムの横に座っていることから、その正体は自然と分かる。
 事前に、謁見後の談合の招待があったため此処に連れて来られたわけだが、何というか身分的にも容姿的にもキラキラしてる空間だな。


「お待たせ致しました」

「こちらも先ほど来たところだ。そちらに座れ」

「分かりました。失礼します」


 ヴィルヘルムに促されて彼の対面、レティーツィアの隣の席に腰を下ろす。
 ここまで案内してくれた侍女とは別の侍女によって俺の前に用意された紅茶を、一口だけ飲んで喉を潤した。


「リオンは会うのは初めてだったな。紹介しよう。余の正妃であるアメリアだ」


 室内にいる侍女達を除いた面々の中で、唯一の初対面だった女性が紹介された。
 三十歳手前ぐらいの外見のお淑やかそうな顔立ちの美しい女性だ。
 種族はヴィルヘルムと同じ冠魔族で、俺が調べた情報によればヴィルヘルムとは幼馴染の関係であり、皇族の遠縁にあたる血筋らしい。


「アメリア・レラ・アークディアです。噂のエクスヴェル卿に直接お会い出来て光栄ですわ」

「お初にお目に掛かります、リオン・エクスヴェルと申します。私こそ、皇后陛下に拝謁の機会を賜り光栄に存じます」

「そんなに畏まらなくて大丈夫ですよ。レティちゃんに接するぐらいの気楽さで構いません」

「……努力致します」


 流石にレティーツィアに接するのと同じようには無理だな。というか、レティーツィアのことをレティちゃんと呼んでるのか……。
 でもそうか。ヴィルヘルムと幼馴染ならレティーツィアとも付き合いが長くてもおかしくはないだろうな。


「今日は陛下にお願いして、エクスヴェル卿とお話する時間をいただきました」

「私に、ですか?」

「はい。病床に伏していた陛下の身体を治療していただいたばかりか、戦争では陛下を守りながら帝国を勝利に導くために、幾度となく力を振るって下さったと聞いています。それらに対するお礼の言葉を直接告げたくて、こうしてお会いした次第です。エクスヴェル卿、この度は陛下と帝国にご助力いただきありがとうございます」

「恐縮です、皇后陛下」


 依頼を受けたからというのは当然知った上で感謝してくれているわけだから、依頼だからと発言するのは野暮というものだろう。


「さて、昨日は忙しくて直接言う機会が無かったが、リオンよ。こうして帝都に帰還してから改めて言わせてもらおう。此度の戦争における数々の働き、大儀であった」

「帝国に居を置く者としては当然のことです」


 隣国との戦に勝利したことによって、違法奴隷にされた帝国民の行方も殆どが明らかになった。
 王国に残った帝国の文官や武官達によって、王国内にいる分の違法奴隷達の解放に関しては着々と進んでいるらしい。
 簒奪者である王弟とその一族、そしてそれらの協力者達の処刑も王都にて既に執り行われており、メイザルド王国の帝国への併合作業が進められているんだとか。
 王弟達に積極的に協力していた王国貴族達は全員死罪だが、協力せざるを得なかった貴族達に関して爵位と財産の没収だけで済まされた。
 体よく王国時代の貴族達の殆どを排除し、その土地と財産を手に入れたわけだが、それらは今回の戦争の功労者達への褒賞として与えられるのだろう。
 帝国に亡命してきた王太子がいたはずだが、前国王とその後継である王太子に責任が無いわけもなく、あれよこれよと王国の解体と領土の併合に合意させられたそうだ。
 
 イスヴァル平原での合戦後に王都に進軍し、王都を制圧してから帝国に帰還するまでに個人的に得た情報と擦り合わせつつ、ヴィルヘルムがアメリアに聞かせる目的で話す内容に相槌を打つ。
 合間合間に挟まれる目の前の男女の仲の良い遣り取りを眺める。
 私的な場における力関係は、どちらかというとアメリアの方が上かな?
 穏やかな口調でズバッと言うタイプなようで、夫であるヴィルヘルムの心の機微を見抜く洞察力にも優れているようだ。
 幼馴染であり夫婦である故の熟知度の高さだな。


「……ん?」


 そんな二人を観察していると、あることにふと気付いた。
 あまりにも小さな反応だったので気付くのに遅れたが、改めて確かめてみたところ、どうやら間違い無いらしい。
 ただ問題なのは、この場で伝えていいものか、ということだ。
 自分では判断が付かないので、俺の横で兄夫婦の遣り取りをどこか呆れたようにして眺めているレティーツィアに『念話テレパス』の魔法でこっそり尋ねてみるとしよう。


『なぁ、レティ。ちょっといいか?』

『あら、どうしたの?』

『少し尋ねたいんだが、今この場にいる侍女達って、やっぱり信頼の厚い者達なんだよな?』

『そうだけど、何か問題があった?』

『問題というか、彼女達は口は固いよな?』

『そこは安心して良いわよ。この場で話したいことでもあるのかしら?』

『んー、今話さなくてもいずれ知るか、既に知っているかもしれない情報だな。それをこの場で話すべきかどうかを悩んでいる』

『というと?』

『まぁ、簡単に言えば、皇后陛下が妊娠しているみたいなんだ』

「……えっ、本当に?」


 レティーツィアにとって衝撃的な情報だったのか、思念ではなく口に出して発言してしまっていた。
 レティーツィアのこの反応からすると、まだアメリア本人も気付いていないのかもな。


「どうかしたか、レティ?」

「あー、いえ、兄上達はお気になさらず続けてください」

「そうか?」


 疑念の声を上げるヴィルヘルムを手で制しつつ、念話を誤魔化すためなのか、レティーツィアは考え込むポーズを取ってから俺との念話を続行した。
 ちなみに、今の俺はヴィルヘルム達と話しながらレティーツィアと念話をしている。【並列思考】が無ければ同時に会話をするのは無理だっただろうな。


『義姉上が妊娠って本当なの?』

『俺の探知能力が腹部に微弱な生命反応を確認した。大体二ヶ月前後だと思う』

『帝都を発つ前ぐらいかしら……確かにタイミング的にはあってるわね』

『冠魔族と人族の生態にどれだけの違いがあるか分からないが、日数的にも皇后陛下自身は気付いている可能性はある。ただ、皇妹であるレティが知らないってことは、もしかしたら当人も気付いていない可能性があるな』


 妊娠検査薬や似た役割の魔導具マジックアイテムの存在は、この世界では聞いたことがない。スキルや魔法も同様だ。
 もしかしたら普段との体調の違いなどでしか判断する方法が無いのかもしれない。


『んー、人族とどれだけ違うかは私も分からないけど、魔人種の女性は大体一、二ヶ月で妊娠を自覚するって聞いたことがあるような気がするわ』

『人族よりも遅いんだな。まぁ、俺も詳しいわけじゃないんだが』

『生命反応があるのは間違い無いのね?』

『ああ』

『あとで義姉上にこっそり尋ねてみるわ』

『それが無難か』

『ええ。リオンの能力を疑うわけじゃないけど、妊娠が事実なら待望の第一子になるわ。情報の取り扱いには慎重にならないと……』


 戦争に勝利してヴィルヘルムの権威が高まってるからな。
 そんなタイミングでの正妃が御子を身籠ったという情報は、国内外に多大な影響を与えるだろう。


『レティに相談して良かったよ』

『私も早く知れて良かったわ。これで妊娠が間違いないなら、色々手配する必要があるわね……リオン、分かってると思うけど』

『ああ、このことは誰にも言わずに胸に秘めておくよ』

『お願いね』


 身籠ったのが皇子か皇女かは分からないが、これまた国内外の情勢が色々と動くことになりそうだ。
 先を見越して、警備用魔導具とか防毒用魔導具、あとは精神安定的な効果の健康用魔導具でも作ってみるかな。


[スキルを合成します]
[【疾風迅雷】+【蒼炎纒鎧】+【属性付与】+【拳嵐連打】+【氷結侵撃】+【天雷の蓮華】+【破導の天手】+【地形改変:氷雪】=【氷嵐炎雷の天葬君主ギンヌンガガプ】]
[【星罰の光】+【断罪の光剣】=【星罰の煌剣】]
[【反応力場装甲リアクション・フォースアーマー】+【護光聖壁】=【聖場なる光護壁セイントフォース・シールド】]
[【認識遮断】+【光学迷彩】+【幻惑の極彩色】+【領域同化】=【神隠れ】]



 
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