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第六章
第百二十九話 報酬選び
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ナチュア聖王国で暗躍を始めた日から二日後。
今日は戦争時のヴィルヘルムの護衛依頼の報酬を貰いに皇城へやって来ていた。
「ふむ……」
案内された宝物殿の一区画の棚に安置されている数多くの魔導具を一つ一つ調べていく。
「特に無いかな。すまないが、次のところを頼む」
「分かったわ」
皇帝としての公務で忙しいヴィルヘルムに代わって宝物殿を案内してくれているレティーツィアに声を掛ける。
皇妹であるレティーツィアと二人っきりというわけにはいかないため、この場にはレティーツィアの侍女であるユリアーネもいる。
ユリアーネが開けてくれた扉を潜ると、宝物殿の一部の扉のみを開閉出来る代行証を使ってレティーツィアが今いた宝物庫の扉を施錠した。
「次は非戦闘用の魔導具の中でも特殊な物を保管している宝物庫よ」
「へぇ、掘り出し物がありそうな感じだな」
これまでに見た武具が納められた二つの宝物庫では目ぼしい物は無かったが、次の宝物庫には期待が出来そうだ。
護衛依頼の達成報酬として、国宝や歴史的価値を持つ一部の宝物を除いた、宝物殿に納められているアイテムの中から等級問わず四点を選ぶことが出来る。
元々は三点だったのだが、仕事ぶりが評価されてボーナスで一点プラスされた。
報酬が増えて気分が良かったので、戦争で鹵獲したロンダルヴィア帝国の機甲錬騎数機を、宝物殿に向かう前に当初よりも安い価格で国に売却した。
個人的には、こういう兵器の開発研究の場は複数あった方が良いと考えている。
国は国で独自に搭乗タイプの魔導兵器を生み出すだろうから、仮に似たような物を俺が開発する時には、互いに良い刺激になるだろう。
レティーツィアに案内された次の宝物庫でも、これまでに見た宝物庫と同様に保管されている魔導具を一つ一つ確認していく。
「〈貸し手〉か。シンプルな名だな」
一部に穴が空いた台座の中央から生える黄金の手、としか表現できないカタチをした魔導具を手に取る。
肘から手首までが天を向いており、手首から先は握手を求めるように直角に曲がって手を伸ばしていた。
「ここの目録によれば、予め所有者として登録した者が持つスキルを借りることが出来る魔導具みたいね。借りる際には、所有者が設定した金額の金銭を穴の中に入れて支払って、その手と握手する必要があるらしいわ」
「能力の奇特さから予想するに、迷宮秘宝か?」
「ご名答。約二百年ほど前に神造迷宮で手に入れたアイテムで、ある冒険者が立身出世のために国に献上した品々の一つみたいよ」
「ふーん。他者に貸してる間は能力は使えなくなるのか?」
「いいえ。問題無く使えるみたいね。ただ、貸し出すスキルには制限があるみたいで、ユニークスキルなどの一部のスキルはアイテムに登録出来なかったと書いてあるわ」
「なるほど。支払われた金銭はどうなるんだ?」
「予め所有者が登録した場所に自動的に転送されるそうよ」
能力的には俺の【拝金蒐戯】に似てるかな。
契約内容に多様性は無いが、術者がその場にいなくても金を集められる点は優れてるな……デザインは残念だが。
【情報賢能】で解析したところ、基本的な能力は変えることなく作り変えることが出来そうだった。
スキルの登録方式次第だが、神迷宮都市の冒険者達などへのスキルのレンタル業とかが出来そうな気がする。
【拝金蒐戯】でも似たようなことは出来るが、あっちは俺自ら動き回る必要があるから面倒だ。
〈強欲〉を満たしつつ〈怠惰〉を育てるためには、このアイテムはうってつけだろう……でも、使い難いデザインだからカタチは変えようと思う。
「じゃあ、一つはコレで」
「それでいいの?」
「ああ。中々に興味深い能力だからな」
一つは決定したので、残る三つの物色を続ける。
次に選んだのは、片手で持てるサイズの小さなハンマー〈天換転工の作業槌〉だった。
武器の槌ではなく、種別的には作業工具の方になるようだ。
このハンマーで打ち付けた対象アイテムの一部特性を別の特性に変更する能力らしい。
使用者の職人技能や運気などによって変更先の能力の種類と成功確率が変わるため、かなり人を選ぶアイテムであるようだ。
上手く扱えれば、魔導具が持つ使えない能力を有用な能力へと変更することが出来るだろう。
「職人であり商人でもあるリオン様らしいアイテムかと」
「そうだろ?」
ユリアーネの言う通り俺にピッタリだと思う。しかも楽して良いアイテムが作れるのもポイントだ。
なお、これもアーティファクトだった。
「ここではこの二つだけだな」
「それなら次の宝物庫に行きましょうか」
「ああ、よろしく頼むよ」
同様の宝物庫に移ってからも魔導具を調べていく。
暫くして、三つ目の報酬の魔導具を決めた。
艶のある質感をした白と黒の双蛇が絡み合って出来たかのようなデザインの腕環で、名称は〈双蛇の賢環〉。
着用している間は魔力の自然回復力が半減するが、その代わりスキルの獲得経験値が倍加するという効果を持っている。
元より総魔力量だけでなく魔力の自然回復力も規格外に高いので、強敵との戦いでも無い限りは大したデメリットではない。
「ここはコレぐらいかな。まだ見ていない宝物庫はあるのか?」
手に入れたばかりの腕環のツルリとした表面を指先で撫でながらレティーツィアに尋ねる。
ちょっと待ってね、と答えてから手元の目録のページを捲るレティーツィア。
「そうね……あとは、数は少ないけど、鑑定士ではアイテムの詳細が完全には分からなかったアイテムが納められている宝物庫があるわね。能力の説明が出来ないけど、それでもいいかしら?」
「ああ、大丈夫だ」
ということで詳細不明な魔導具が納められている宝物庫に移動した。
詳細が分かっていなくて未分類だからか、これまで以上に保管されているアイテムの種類がバラバラな印象を受ける宝物庫だ。
これまでと同様に【黄金探知】やら【第六感】やらは既に特定のアイテムを指し示しているのだが、それはそれとして他の気になったアイテムにも目を通していく。
まぁ、最終的に行き着くのは件のアイテムなんだが。
「最後の一つはこれにしようかな」
手に取ったのは常に色が変化し続けている直径十センチメートル弱の球体だ。
名称は〈増化の種〉で、他のアイテムと同様に、入手当時に能力を調べた鑑定士では詳細は判明しなかったらしい。
俺の【情報賢能】によれば、その能力名は【能力増化】。
解析して得た情報と名称から察するに、使用した者に新たな能力を増やすという意味と、新たな能力に化けるという意味がある効果を持つと思われる。
どんな能力になるかはランダムなのか、適性に沿った能力なのかは不明だが、等級は叙事級なので俺の【複製する黄金の腕環】で複製が可能だ。
種という名称からして、すぐに変化するわけではないと思われる。
複数使用しても意味があるのかは自分で試すとして、発現能力のデータ集めも兼ねて複製したモノをリーゼロッテ達や商会の幹部娘達にも使ってもらうとしよう。
報酬選びを終えると皇宮の敷地内に設けられている四阿に移動した。
報酬貰ってすぐに帰るのも失礼だろうから大人しくレティーツィア達について行った次第だ。
より正確に言えば、皇宮内にある屋敷の一つであり、皇妹レティーツィアに与えられた私邸〈紅玉宮〉の敷地内にある四阿に案内されたというべきか。
同じ皇宮内でも以前案内された談話室があるエリアよりも更にプライベートなエリアなようで、屋敷の入り口では紅玉宮に勤務しているメイド達に出迎えられた。
四阿にもメイド達ーー視たところ皆下級貴族の出身らしいーーがおり、侍女はユリアーネだけのようだ。
メイド達は基本的には壁の花の如く気配を殺しており、用が無い限りは侍女のユリアーネが動くらしい。
「ーー今度の祝勝パーティーだけど」
「うん」
「連れてくるパートナーはリーゼなのよね?」
「ああ。我ながら無難だと思うが、そういう場はリーゼなら慣れてるだろうしな」
ユリアーネが給仕してくれた紅茶を飲んで一息ついたタイミングで、レティーツィアが今度ある祝勝パーティーのパートナーの件について触れてきた。
まぁ、パーティーの場にリーゼロッテを連れていかないと拗ねるだろうからな。
隣国との開戦前からドレスなどの準備に余念が無いあたり、かなり気合いが入っているのが窺える。
前もって帝都に凱旋する日取りが分かると、それに合わせて事前エステを予約するほどだ。
おかげで俺の明日以降の昼間のスケジュールは、パーティーに向けて動き回るリーゼロッテの付き添いで全て埋まっている。
絶世の美貌に更に磨きを掛けている最中のリーゼロッテを一人で行動させると、余計なトラブルが起こる気がする。故に俺が付き添うのが良いだろうという判断だ。
「そう。パートナーが誰もいなかったらリオンにエスコートをお願いしようと思ってたのに、残念ね」
祝勝パーティーという公の場にレティーツィアと一緒に入場するのは、流石に意味深すぎるな……。
「では、リーゼロッテ様とレティの二人を左右に引き連れて入場するのは如何でしょうか?」
「……ユーリは俺を針の筵にしたいらしいな」
「リオン様の鋼の心臓ならば問題無いと思った次第です」
一応はプライベートな空間だからか、ユリアーネもレティーツィアのことはレティ呼びだ。
そんなユリアーネから飛び出した馬鹿げた提案に呆れていると、当のレティーツィアが賛成してきた。
「あら、次案としては悪くないわね」
「そうでしょうそうでしょう。両手に花の英雄というのも珍しくありませんし、最適解だと自負しております」
「パーティー会場が氷漬けになるから勘弁してくれ……」
氷漬けまでいかなくても、リーゼロッテの機嫌は終始よろしくない状態になるだろうからな。
レティーツィアの、というよりもアークディア皇家の狙いとしては、国内の臣下や国外からの参加者達に俺との仲を見せつけるのが目的と思われる。
まぁ、対価も無しにその意を汲むつもりは無いし、今の俺には不要な重荷でしかない。
そんなことよりも、自分の女の機嫌を損ねない方が優先順位が上なのが正直な気持ちだ。
「仕方ないわね。じゃあ、パーティーでのダンスのパートナーは務めてくれるかしら?」
「入場時のパートナーが先だからリーゼの後になるぞ?」
「構わないわよ。どのみち最初は兄上達や功労者であるリオン達が踊るから、私はその後だもの。だからちょうどリオンの手は空くから問題無いわ」
「なるほど」
まぁ、それなら問題無いか。
上手く誘導されたような気もするが、元より他にも踊る予定の相手がいるので、今さら一人二人増えたところで大した問題ではない。
「当日は他にも踊る相手がいるから頑張ってね」
「俺が把握していない相手もいるような口振りだな」
「フフフ。さっき針の筵と言っていたけど、どのみち避けられないと思うわよ?」
「……だろうな。ま、頑張るよ」
俺が把握している女性陣だけでもアレだからな……甘んじて受けざるを得ないだろう。
「つきましては、リオン様がどのくらい踊れるかをチェック致しますので、どうぞ此方へ」
「午後の予定を丸々空けられていた理由はコレか」
「万が一にも皇女であるレティに恥を欠かせるわけにはまいりませんので」
「それもそうだな。分かったよ」
その後、紅玉宮の中のダンス場にてレティーツィアとユリアーネ、そしてメイド達と踊り続けた。
ちょっと修正するだけで済んだが、日が暮れるまで数時間に渡って彼女達と代わる代わる踊っていたので、顔に出る寸前にまで体力を消耗することになった。男役は俺一人なので当然の結果だ。
先日のダンジョン踏破の方が圧倒的に気楽だったな、と実感せざるを得ない一時だった。
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