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第五章

第百二十五話 終戦に向けて

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 ◆◇◆◇◆◇


「代わり在れーー【虚幻界造オルタナティブ】」


 大勢の負傷兵が集められた治療エリアにて、リオンはユニークスキル【虚飾ザ・ヴァニティ】の内包スキルの一つを発動させた。
 ナチュア聖王国の勇者から奪った後にリオン用に自動的に最適化されたこのスキルには、直接的な攻撃系スキルは無い。
 だが、この【虚飾】は特異権能エクストラ級にしては破格の能力を有している。
 それが【虚幻界造】という環境改変能力だった。
 基本的には既存の地形環境を改変する能力なのだが、指定した一定範囲内の領域自体に魔法的な効果を持たせることも可能だ。
 すぐに展開出来るように予め環境設定が成されたプリセットの中でも、【聖癒界領リ・サンクチュアリ】と名付けられたこの改変領域フィールドには、その名の通り領域内にいる者達の心身の負傷を癒やす効果がある。
 徐々に治癒することしか出来ないが、領域内にいるならば人数制限無しに同時に治療することが出来るというのは、かなり強力な効果だ。
 しかも、術者であるリオンがその場を離れてもフィールド効果が持続するというのが特異な点と言える。

 術者であるリオンを中心に半径五百メートルの範囲内の地面が淡い青白い光を発する。
 その治癒力は、擦り傷程度の軽傷ならば一分足らずで完治させる。重傷でもない限り、五分もあれば全ての傷を癒やしてしまうだろう。
 傷が治っていくことに気付いた者達から次々に感謝の言葉を告げられたリオンは、それに応えながら重傷者達が集められているエリアに移動する。
 重傷者エリアでは、部位欠損や瀕死の重体の者達が横たわっており、彼らの間を従軍していた神塔星教の神官達や軍医達が忙しなく走り回っていた。


「やっぱ、戦争なんてのは碌なもんじゃないな……」


 重傷者エリアに広がる光景を見て、リオンは思わずといった風に小声で呟くと、死相が見える者から順に回っていって治癒魔法を行使していく。
 リオンが事前にヴィルヘルムから許可を得た上で負傷兵達の治療行為を行なっているのには、称号〈救済の英雄〉らしい人を助けたいという善意からくるモノ以外にも、称号〈強欲の勇者〉らしく自らの力を高めるため、という目的があった。
 リオンの覚醒称号〈黄金蒐覇〉は、自身の財力や保有スキルの質と数だけでなく、世間におけるリオンの知名度の有無でも効果を発揮する。
 そのため、治療を受けた彼らを通して名声が広まれば、それだけ能力値が増大することになる。
 仮に知名度が上がらなくても怪我人を救うことが出来るため、リオンにとってデメリットが一切無いのも理由の一つだった。

 朝から夕方まで戦闘を行なって消費した魔力も既に完全回復しており、部位欠損や瀕死レベルの大怪我が完治するほどの高位の治癒魔法を連発しても問題は無い。
 精神的な傷も【聖癒界領】は癒やしてくれるので、暫く此処にいれば心を病む確率は大きく下がるだろう。
 リオンはその旨を軍医達に伝えて、治療が済んだ者達を暫くは此処に残すように進言しておく。実際にどうするかは専門家である彼らに任せよう。

 なお、この負傷兵達がいるエリアには、アークディア帝国の兵士だけでなくメイザルド王国の兵士達もいる。
 王都が陥落していないので明確に勝敗が決まったわけではないが、総大将である王弟が捕らえられたので実質的には決まったようなものだ。
 だからか、敗北した王国兵達は抵抗することなく武装解除に応じており、負傷兵達も同様に降伏後に武装解除している。
 とはいえ、武装を解除しても魔法やスキルがあるため危険性はあるのだが、そこまで気にしていたら何も出来ないため、一部の高レベルの者のみに魔力封印などの処置を施したり、監視を付けたりなどの対策を行うことになった。
 中には複雑そうな表情の者もいたが、黙って治療を受けて礼を言っていたので、たぶん問題は起こらないだろう。起きたら起きたでその時に考えればいい、とリオンは考えるのをやめた。

 リオンは自らに話しかけたそうにしている神塔星教の神官達ーー戦に関連する戦神信仰や、治療行為に関連する慈愛神信仰などの神官達ーーからの視線から逃れるようにして、治療エリアを後にした。
 治療行為の邪魔にならないように治療エリアの外で待っていたマルギットとシルヴィアと合流すると、共に帝国軍本陣前に築かれた野営地から本陣内部へと移動する。


「まさか一日で終わるとはな……」

「聖剣の突破力を使った本陣への進撃が決め手だったな」

「周りを近衛が固めているのもあって、止めたくても止まらないものね」

「だな。予定通り過去の再現を行えたようだ」


 皇帝ヴィルヘルムの先祖である救国の勇者も、聖剣片手に敵の軍勢の中の首魁に向かって突貫していき劣勢を覆した、という記録が残っている。
 今回、先祖の過去の偉業に倣ったのは、それが有効だったのもあるが、皇帝の権威回復という戦略的な意味合いの方が大きい。
 雷という力の派手さもあってヴィルヘルムの行動は、戦場でしっかりと目立っていたようだ。
 野営地の各所に潜むラタトスク達から送られてくる兵士達の反応から、皇帝の権威は回復しつつあるとリオンは分析していた。


「……リオンは、その、帝都に戻ったらどうするんだ?」

「まだ王都の制圧が残っているのに、シルヴィアは気が早いな」

「だって、あっちの方もそう時間はかからないだろう?」

「まぁな」


 今回の戦争において、イスヴァル平原に向かった帝国軍本隊以外にも複数の部隊が動いていた。
 その各別働隊は開戦直後からメイザルド王国に侵入しており、合戦後の王都侵攻を円滑に進めるべく行動している。
 イスヴァル平原での合戦のために国中から戦力を抽出した所為で、国境の守りを除けば王国内部の守りはスカスカだ。
 そのため、別働隊の工作は滞りなく進んでいた。
 王都に関しても予定通りに工作が進めば、帝国軍が到着してすぐに外壁の門が内側から開かれる予定だ。
 このことは極一部の者しか知らされておらず、主要戦力ということからリオン達にも知らされていた。
 合戦に勝利した後に届いた情報から、工作が順調に進んでいることを知っているシルヴィアが楽観視してしまうのも無理もない。
 万が一にも工作が進まなかったら手を貸そうとリオンは考えていたが、その必要は無いようだ。


「帝都に戻ったら、そうだな。商会関連のアレコレの視察を行って、帝都の屋敷の管理を行う者達を手配したら神迷宮都市に向かう予定だよ」

「ふーん……えっと……」

「向こうでの予定は決まってるの?」


 シルヴィアだけでなくマルギットもリオンの動向が気になるのか、帝都だけでなく神迷宮都市での予定についても尋ねていた。
 或いは、口下手なシルヴィアからマルギットが会話を引き継いだというべきかもしれない。
 二人で行動をしている時も交渉事はマルギットが担当しているので、ある意味自然な流れだったとも言える。


「向こうにある商会本店の視察をしてから全てのダンジョンを軽く見て回るつもりだ。予定を立てるには実物を見てみないとな。だから、軽く見た後の予定に関してはまだ未定だ」

「ダンジョン……リオンもやっぱり、クランを作るつもりなの?」

「うーん。自分の商会があるからクランは必要無いとも思ってたんだけど、調べた限りだとパーティーのままでいると既存のクランからの干渉が煩わしそうなんだよな……」

「なら、クランを作るのね」

「その予定だ。でも、クランを結成するために、最低でも十人はメンバーがいないと登録が出来ないんだよなぁ……」


 パーティーの登録を冒険者ギルドが行なっているように、クランに関しても冒険者ギルドの方でメンバー登録を行なっている。
 必ずしもギルドの方にクラン結成を届け出る必要は無いのだが、正規の登録を行なっておくことでギルドからクラン単位での依頼が斡旋されるなど複数のメリットがある。
 現状では、冒険者パーティー〈戦神の鐘〉であるリオン、リーゼロッテ、エリン、カレンの四人だけだが、クラン登録のためには後六人は必要だ。
 足りない人数に関しては、今日商会に勧誘した〈殲槍疾走〉フェイン・ラウファーとその妻、後はドラウプニル商会所属の冒険者達を登録させれば解決する。
 だからクラン結成のために誰かをスカウトする必要は無いのだが、リオンは目の前の彼女達の家門の思惑を把握しており、故に彼女達が何を言いたいのかも理解していた。

 戦争中のリオン付きの連絡係兼世話役にマルギットとシルヴィアが選ばれたのは、家門の繁栄のためにリオンと縁を結びたい彼女達の実家の思惑と、リオンを帝国に定着させたい国の上層部の思惑が絡んだ結果だ。
 貴族間で縁を結ぶと言えば婚姻関係のことだが、これまでに両家が集めた情報からリオンは婚姻に対して消極的だというのが分かっているため、彼女達にはそこまでのことは指示されていない。
 ただ単にリオンと仲を深めるように言われただけだが、彼女達も伊達に上級貴族の家に生まれていないため、当主や周りの者達が求めている理想のカタチを理解していた。
 マルギットの母マリアンヌシルヴィアの母オリヴィアからされたのもあって、大義名分を得た二人はリオンとの距離を縮める機会を窺っていた。

 そんなところにクラン結成の話題が上がったのだから、二人が目の色を変えたのは当然なのかもしれない。
 家門や色恋のことを抜きにしても、以前から二人は神迷宮都市のダンジョンに興味があったため、一石二鳥どころか一石三鳥にもなる又と無い機会だった。
 いや、帝都に戻ってから引っ切り無しに家に届く煩わしいお見合いの話も自然と跳ね除けられることも考えれば、四鳥以上の価値にすらなるだろう。

 彼女達が自分に向ける好意の程度は知らずとも、それ以外の諸々の事情は大体把握していたリオンは、彼女達が言いたいことも察していた。
 リオンとしても彼女達が来てくれるのは嬉しいので断わる理由は無い。
 この流れで彼女達の方から言わせるのも如何なものかと考えたリオンは、自分達の拠点である魔導馬車に到着し、その中に全員が入ってから口を開いた。


「良ければなんだが、二人も俺達と一緒に神迷宮都市に行かないか?」

「「えっ」」


 【高速思考】を駆使して何と言って誘うか迷った末に、リオンはストレートに二人を誘うことにした。
 遠回しに誘うようなことでも無いので非常にシンプルな言い回しだ。


「……それは私達も一緒のクランに、ってこと?」

「ああ。ただし、クランや各自の能力などの情報を、俺の許可無しに外部の者に知らせることを禁じる守秘義務の契約書にサインをして貰うのが条件だがーー」

「うん、構わないぞ」

「大丈夫よ」

「そりゃ良かった。それじゃあ、今後ともよろしくな」

「ああ。こちらこそよろしく、リオン」

「これからよろしくね。そういえば、リーゼロッテさん達に確認は取らなくて大丈夫なの?」

「ん? 反対する理由も無いから、たぶん大丈夫だろう」

「それなら良いんだけど……」

「あと四人はどうするんだ?」

「俺の商会に所属している冒険者を登録させるつもりだ」


 遅い夕食の準備をしながらこれからのことを話す。 
 早ければ明後日には王都に向かって進軍することになるだろう。
 どうにか日が完全に沈む前に両軍の戦死者の遺体の処理が終わったので、明日は軍全体で装備の状態や兵の人数といった諸々の確認作業と補給で一日が潰れる予定になっている。
 リオンもヴィルヘルムの装備の点検作業と、ボロボロになった平原の整地作業への参加を行うことになっている。
 早く終わらせれば、それだけ進軍開始も早くなるため手を抜くことは無い。
 とはいえ、戦いが終わった今夜ぐらいは羽目を外しても良いだろう。
 亜竜ではない正統な竜種である成竜の竜肉を使った肉料理をテーブルに並べ、帝都で買った高級ワインを開けると、アークディア帝国の勝利と自分達のこれからを祝って三人は祝杯を挙げるのだった。
 





☆これにて第五章終了です。
 他国との戦争に、Sランク冒険者との直接対決な章でしたが如何だったでしょうか?
 今回は三人称視点の話を増やしてみましたが、やっぱり慣れませんね。
 とはいえ、リオンの視点だけでは書けないことも書けたりするので、今後も機会があれば書いていこうと思います。

 次の更新日に五章終了時点の詳細ステータス(偽装ではない)を載せます。
 今章の本編では触れる機会がありませんでしたが、リーゼロッテとの仲が進展したことによって彼女のユニークスキル【忠義ザ・ロイヤリティ】の【主従兼能】のレベルが二→四に上がりました。
 レンタル枠も二つ増えたので、ステータス最下部のレンタルスキルが増えています。
 良ければご覧ください。

 六章の更新はステータスを掲載する次の更新日の、その更に次の更新日からを予定しています。
 六章では帝都への凱旋(たぶん軽く触れるだけ)から始まり、帝都や各地での暗躍やらをしてから神迷宮都市に旅立つ予定です。
 この作品を書き始めてから、もうじき一年が経ちますが、まだまだ続きますので、引き続きお楽しみください。

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