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第五章
第百十七話 本店での動き
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「ーーん? あぁ……動いたのか」
各地に放っている眷属ゴーレムの一部から送られてきた情報によって寝ていたところを起こされた。
掴まれている左右の腕を静かに引き抜こうと動いていると、右の方でモゾモゾと動く気配がした。
「悪い。起こしたか?」
「……ん。リオン、何かありましたか?」
「いや、本店の方に侵入者みたいでな。その処理に行ってくる」
「ふぁ……そうですか。やっと動いたんですね」
寝ぼけ眼でも美しさに翳りの無いハイエルフのリーゼロッテが、半身を起こして毛布の下に隠れていた生まれたままの姿を晒しながら、可愛らしく小さな欠伸をしている。
その姿を見て思わずムラッとしたが、我慢我慢と自分に言い聞かせつつベッドから抜け出す。
現在の俺は帝国軍と共に行動しているのだが、夜の時間は帝都にある自宅に戻るようにしている。
向こうは【複製する黄金の腕環】の【化身顕現】で生み出した分身体に任せているので問題無い。
帝都の方に分身体を送っても良かったんだが、夜はリーゼロッテとエリンの二人と色々することが決まっていたので本体が帝都になった。
分身体でも本体と変わりなくそういうことは出来るが、絶対に外せない用事でもない限りは本体で行うようにしている。まぁ、気分の問題だ。
そういうわけで普段通りの夜を過ごして三人で川の字になって眠りについたところに、神迷宮都市にあるドラウプニル商会本店に侵入者が入ったという情報が送られてきた。
いつ動くかまでは分からなかったが、商会の商品や女性従業員を狙っている者達がいることは把握していた。
このタイミングの良さから判断するに、商会の持ち主である俺が帝国軍と共に戦場に向かったから動いたのだろうか?
【情報蒐集地図】と【千里眼】などを駆使して侵入者の様子を監視しながら準備を行う。
寝汗やらで僅かにベタつく身体を【復元自在】で綺麗にし、【無限宝庫】内の変装時用の装備を瞬間装着する。
ものの数秒で準備を終えたが、その数秒の間に動いた警備のゴーレム達によって侵入者達は無力化された。
「終わった時間次第では、そのまま向こうに戻ると思う」
ベッドの上でスヤスヤと熟睡しているエリンの姿を眺めてから、長距離転移魔法の構築に入る。
「分かりました。あ、分身体を置いていってください」
「ん? ああ、警備用か?」
「いえ、私とエリンの抱き枕用です」
「……まぁ、いいか。じゃあ、行ってくる」
「お気をつけて」
生み出した分身体の手を引きながらベッドに潜り込んだリーゼロッテに見送られつつ、ドラウプニル商会本店へと転移した。
「ーー既に終わっているみたいだな?」
「あっ、リ、グリム様!」
「「「グリム様!」」」
「ヒルダ。誰か怪我をした者はいるか?」
「いえ。警備ゴーレムが対処してくれましたので皆無事です」
「そうか。それは良かった」
念のため身バレ防止用に四つ目の仮面を被ってから来たのだが、ヒルダ達はちゃんと意図を察して偽名の方で呼んでくれた。
侵入者を捕らえたことによる騒ぎで、本店の居住エリアで生活をしている者達が起きてきている。
俺と彼女達以外の人間である侵入者達は、屋敷の廊下で警備に配置していたゴーレムによって捕らえられていた。
殆どの侵入者は警備ゴーレムの手から射出された万能糸製の投網型魔導具の能力によって気絶させられている。
投網を避けた一部の侵入者も、避けた先に設置してあったトラップによって気絶させられて捕縛されていた。
「もう大丈夫だから全員部屋に戻るように」
殆どの者が各々返事をしてから自室に戻っていく一方で、本店支配人兼彼女達を纏めているリーダーである輝晶人のヒルダと、警備部門長などの一部の幹部娘達は残っていた。
「以前グリム様がおっしゃっていた者達でしょうか?」
「たぶんな」
ユニークスキル【天地狩る暴食の覇王】の内包スキル【狩り屠る貪喰の竜王】の暴食のオーラで侵入者達の身体を覆い尽くし、【強欲神皇】の内包スキル【強奪権限】にて記憶情報を剥奪する。
奪った情報を保存しつつ、【高速思考】で最近の記憶をザッと確認していく。確認が済むと侵入者達はそのまま喰らい尽くして処分し、ゴーレム達を元の配置に戻した。
「今確認したが例の奴らで間違いない」
「そうですか……」
「何というか、美人も大変だな」
「慣れたくはありませんが諦めました」
ヒルダの言葉に他の幹部娘達も苦笑混じりで頷く。
侵入者達の優先度は店の商品よりも彼女達の身柄の方が上だった。
侵入したのがこのタイミングだったのも、国からの依頼ーー実際には皇帝ヴィルヘルム兼アークディア皇家からの依頼なのだがーーで帝国軍と共に戦場に向かっているという、簡単には神迷宮都市に来れないタイミングだったからとのこと。
神迷宮都市にもミーミル社の支部があり、帝都同様に新聞を発行している。俺が参戦することも新聞には記載されているため、情報を仕入れるのは簡単だったようだ。
昼間に客として店舗に来たりして品定めは済ませていたらしく、目の前のヒルダや幹部娘達は対象になっていた。
「一度ならず二度も狙われるとはな。他の者の目から見てもお前達は魅力的ということだな」
「……グリム様は、リオン様から見てもそう思われるとお考えですか?」
若干回りくどい言い方をしながらヒルダがそう尋ねてくる。
何を言いたいかは理解しているが、間違っていたら恥ずかしいので聞き返しておく。
「そう思われるとは?」
「リオン様から見て、私達は女性として魅力的でしょうか?」
「当たり前だろ」
何を当たり前のことを言うのだろうか、という言外の気持ちを込めて答えてやると、幹部娘達から黄色い声が上がる。
「……そうでしたか。で、では今の私達の格好はど、どうでしょうか?」
ヒルダ達の今の格好は先ほどまで寝ていたので夜着なわけだが、全員かなりセクシーなデザインをしていた。慌てて出てきたからか上には何も羽織っていない。
透け透けだったり身体のラインがはっきり分かったりなど様々だが、各々の趣味嗜好が窺える。
密室で迫られたら欲望に負けそうなぐらいには魅惑的なのは共通しているが、その中でもヒルダを始めとした一部の者のデザインは、少し動いたら見えそうなぐらいには際どい。これが今の流行なんだろうか?
「許されるならば、寝室に連れ込みたいぐらいには魅力的だな」
まぁ、他にも寒そうだな、とも思ったんだが、ヒルダ達が求めている答えでは無いだろうから、空気を読んで言わないでおく。
「「「ゴクリ……」」」
全員が同じ反応をするので、事前に打ち合わせでもしていたのかな、と思いつつ、【無限宝庫】から取り出した万能糸製のお手製ナイトガウンを先頭にいたヒルダに着せてやる。
「屋敷内とはいえ、最近の夜は肌寒くなってきたし、その格好だと体調を崩すぞ。後は俺が処理しておくから部屋に戻れ」
「はい。分かりましーー」
「クシュン」
「……」
「寒くなってきましたねー」
「そうね。羽織れる物があると嬉しいわね」
「寒いですぅ」
「ひ、冷えてきたなぁ」
「寒いですわー」
幹部娘の一人のわざとらしいクシャミから始まった寒いアピールに溜息を吐きつつ、【複製する黄金の腕環】で予備のナイトガウンを複製してから幹部娘達一人一人に着せてやった。
その後、笑顔の彼女達に見送られながら屋敷の廊下から転移した。
◆◇◆◇◆◇
迷宮都市ならではの特徴として〈クラン〉という集団がある。
簡単に言えば冒険者パーティーの拡大版であり、結成に至る過程や目的、社会への影響力などはクランごとに様々だが、ダンジョンがある迷宮都市に拠点があるという点においては共通している。
所属人数が一桁なのがパーティーならば、クランの人数は二桁どころか三桁に達しているところまである。
今回、ドラウプニル商会本店兼社宅の屋敷に侵入してきたのは、アークディア帝国の神迷宮都市にあるクランの一つで、勢力としては中規模クラス。
表向き掲げている活動内容は、ダンジョン攻略というありきたりなモノだが、裏では数々の犯罪行為に手を染めており、そちらの方をメインに活動している。
そういったクランは俗に闇クラン、あるいは犯罪クランと呼ばれているらしい。
強盗や人攫いもそんな活動の一つであり、そのターゲットになったのがドラウプニル商会とヒルダ達なわけだが、どうやら闇クランとしての活動以外にも、商人から襲撃依頼を受けたからという理由もあることが侵入者達から奪った記憶で判明した。
「依頼主は同業者か。狙いは装身具型魔導具を安価に販売出来る理由、または方法か。まぁ、めちゃくちゃ売れてるからな」
値段が一万半から三万オウロの間という強気の価格設定だったのだが、能力増大系魔導具の需要が高い神迷宮都市の魔導具市場では効果の割りには逆に安かったらしく、本店の売れ筋商品の一つになっていた。
術式自動付与魔導具〈刻印機〉によって術式付与要員の人件費が必要無いからこその価格なわけだが、どうやらそこに目を付けられたようだ。
「……ヒルダが言う通りの値段にしておいて良かったな」
当初、装身具型魔導具の金額を聞いた時は高いと思ったものだが、ヒルダからの説得を受けてその価格で承諾したということがあった。
俺の価格案である一万オウロにしていたら、もっと面倒なことになっていたかもしれない。
「物の価値は人によって異なるから難しいものだな。そう思わないかね、諸君?」
「あ、がっ、あ……」
「た、たすけ」
周囲で泡や血反吐を吐きながら苦しみ悶えているのは、侵入者達が所属している闇クランの連中だ。
今いる場所はその闇クランが拠点としている屋敷内で、仕事を行うためか所属している者達は全員集まっていた。
なので、一網打尽にすべく【結界作成】で屋敷を覆うようにして結界を張り、その内側の脱出路には暴食のオーラを敷き詰めて逃走を防いだ。
異常を察して外に向かおうと黒い霧に飛び込んだ者もいたが、悲鳴を上げながら喰われたのを目撃してからは脱出しようと動く者はいなくなった。
そのタイミングで【病瘴齎す災厄の死騎者】により生み出したオリジナルの病原菌を屋敷内に散布した。
結果、闇クランの者達は謎の病に苦しんでいた。
この病で死ぬことは無いが、身動き出来ないほどの激痛と死にそうなほどの苦しみや高熱に苛まれることになる。
決して殺さずに短い時間で苦しめ尽くすのを目的としているため致死性は無い。
「世の中には手を出してはいけないモノがあるというのを知らないのかねぇ? 冒険者界隈にも裏稼業界隈にもあると思うんだが、自分達なら大丈夫という謎の自信ってやつか?」
苦しみ泣き咽ぶ老若男女の声を聞きながら、屋敷内にあった魔導具や宝物、資料などを物色する。
神迷宮都市の中規模クランなだけあって中々良い物が揃っているが、パッと見では個人的に刺さる物は無いな……。
屋敷の中央ロビーに持ってきた高級ソファに座りながら、館内中から暴食のオーラで浚ってきた各種アイテムを時間をかけて精査していく。
途中、闇クランの屋敷に突入する前に放った分身体が、依頼主である商人と関係者達を攫ってきたので、そいつらも病が蔓延している空間に放り込んで同じように感染させる。
音源が増えたことで館内の阿鼻叫喚な様相が増す。
それらの光景を肴に闇クランのボスが秘蔵していた高級ワインの一本を開封し、直飲みしつつ複製した魔導具から能力を剥奪する。
[アイテム〈雷撃弾の指環〉から能力が剥奪されます]
[スキル【雷電弾】を獲得しました]
[アイテム〈溶き断つ刃〉から能力が剥奪されます]
[スキル【溶熱魔刃】を獲得しました]
[スキルを合成します]
[【火炎弾】+【疾風魔弾】+【岩石弾】+【光爆魔弾】+【暗黒弾】+【猛毒弾】+【強酸弾】+【属性収束魔弾】+【魔力撃】+【雷電弾】=【万魔弾装の射手】]
[【極光掃射】+【光熱線】+【溶熱魔刃】=【極光武葬】]
能力剥奪だけでなく、ついでにスキルも合成した。
飲み干したワイン瓶を宙に放り投げ、【万魔弾装の射手】で周囲に生み出した様々な属性の魔弾で撃ち抜いていく。撃ち抜いた後の魔弾は暴食のオーラで呑み込み、室内を破壊しないように気をつける。
撃ち出した魔弾によって削られ、残ったのはワイン瓶の底の部分だけになった。
床に落ちようとする瓶底を、【極光武葬】で掌から放った光撃で消滅させた。
「さて、ちょうど良い頃合いだし終わらせるか」
ソファから立ち上がると、館内の闇クランの構成員達と依頼主達を暴食のオーラで包み込んでいく。
人だけでなく、散布した病原菌や物資などの一切を捕食し、使える物は【無限宝庫】へと収納していった。
[保有スキルの熟練度が規定値に達しました]
[ジョブスキル【槍術師】がジョブスキル【高位槍術師】にランクアップしました]
[ジョブスキル【盗術師】がジョブスキル【高位盗術師】にランクアップしました]
何もかもが消え去った室内を見渡し、奪い残しがないかを確認する。
「【黄金探知】にも【第六感】にも反応が無いから大丈夫かな?」
残るは、奪った闇クランのリーダーの記憶にあった、別の場所にある隠し財産を回収するぐらいか。
それが終わったら……時間的に微妙だし、このまま野営地の方に帰るかな。
今日の昼頃には先に帝都を発っていた商人達とその護衛兼義勇軍である冒険者達と合流することになっている。
支援系軍団魔法によって五日ほどで到着する予定だったのが、先行組に三日目で追いつくことで人数が増え、最終的に後四日ほどで到着するという予測が出たのが昨夜の会議でのこと。
軍団魔法に馴染みが無い者達に対して軍団魔法を使うと、確実に隊列が乱れるため、合流後は軍団魔法は使用されない。だからこの日数だ。
合流するならさっさと合流しようということになったので、今日もこれまで通り朝早くに出立する。だから今から野営地に戻っても一、二時間ぐらいで皆起きてくるだろう。
「本店周りは取り敢えずコレで様子見かな……隠し財産拾って戻るか」
さっさと戦場に着かないかなー、と思いながら、その場を後にした。
応援ありがとうございます!
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