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第五章
第百十四話 虚ろい果てる
しおりを挟む◆◇◆◇◆◇
今日も今日とて自分の商会を大きくすべく帝都を奔走していた。
転移でいつでも来れるとはいえ、転移魔法が使えることを隠している都合上、公的に帝都に滞在している今しか出来ないことは多い。
まだ人材に余裕がないのもあって、代表取締役会長である俺自ら既存の取引先との商談や新規取引先の開拓に動くことにした。
【百戦錬磨の交渉術】など役に立つスキルがあるのと、Sランク冒険者兼名誉公爵兼皇帝御用商人という強力な肩書きのおかげで、基本的には思った通りに商談が進む。
稀に、新規の取引先でコチラを罠に嵌めたり騙そうとする輩もいたが、【第六感】により直感力が強化されているので未然に気付くことができた。
悪意を持って接してくる輩には容赦する気は無いので、普段は抑えている生物として格上である圧倒的強者の気配を解放することで威圧する。
相手が萎縮したところに、更に【心眼】【看破の魔眼】【上位種の威厳】【君臨する者】【値切り】【価格交渉】【神算鬼謀】【欲望王の誘惑】【誘導尋問】【天の言葉】といった多数のスキルを追加発動させ、これまでに集めた情報も使用して商談を続行。
結果、コチラに大変有利な条件で契約を結ぶことが出来た。
最低限利益が出るようにはしてやったので、今後は良いお付き合いをしてもらいたいものだ。
相手方の憔悴し切った顔を思い出しつつ、アークディア帝国から遠く離れた地の森の中へと転移する。
宣戦布告しにメイザルド王国に向かった布告官が帝都に戻ってくるのは、遅くても明日の午前中ぐらいだろう。
そうなれば隣国との戦に向かって本格的に動き出すことになる。
その前に戦場での不安要素を事前に排除しておくとしよう。
「今夜中には終わるかな」
【無限宝庫】から〈怠惰の魔王斧槍〉を取り出す。
各部を金色で飾られた昏い緑色の斧槍を軽く振るい、武器と身体両方の調子を確認する。
「この身体でも問題は無さそうだな」
身に纏っている同色の全身鎧〈怠惰の剛鬼鎧〉の方も、同じ様に身体を軽く動かして問題が無いことを確かめる。
ユニークスキル【魔賢戦神】の内包スキルの一つである【複製する黄金の腕環】、その【複製する黄金の腕環】の能力の一つ【化身顕現】によって生み出した分身体の性能は本体の七割ほど。
基礎レベルは数値上だと九十の七割なので六十三になるのだが、総合能力で換算すると大体八十台相当といったところだ。
標的は、メイザルド王国の援軍として派遣されるナチュア聖王国の粛聖騎士団遠征軍。その数は約千人。
先日、皇城に放ったラタトスクが齎した情報と独自に調べた情報から、戦場では不安要素になると判断し、事前に彼らを排除することにした。
メイザルド王国に入国する直前まで待ったのは、近くに魔物の生息領域である魔領があるからだ。
魔領の存在は、粛聖騎士団が消える理由に使えるので大変都合が良い。
遠方から粛聖騎士団を監視しているアークディア帝国の者達がいるが、彼らも夜の間は休んでいることが確認できたので問題無い。現場に戦闘跡を残しておけば、後は勝手に調査に動くだろう。
今回はこの分身体の実戦テストと、戦争本番前のウォーミングアップも兼ねている。
ここまでの大規模な人数を一人で相手にするのは前の異世界以来だが、本番の戦場の予行練習にはちょうど良い。
擬似魔王種だったオークキングから奪った装備を身に付けているのは、分身体の強化と正体を隠すためだ。【千変万化】で姿は変えているので、メインは強化目的だな。
「さて、まずは小手調べといくか」
街道近くの草原にて粛聖騎士団の面々が野営の準備を始めている。
そんな彼らの様子を一キロほど離れた森の中から【千里眼】にて監視しつつ、【上位アンデッド顕現】を発動させた。
俺の魔力のみを糧に不浄なる者達が生み出される。
俺の魔力光の色は基本的には黄金色ーー魔力光が青白色以外の固有の色なのはかなり特殊だったりするーーなのだが、それだと正体が俺だとバレるので【千変万化】と【偽装の極み】を併用して一般的な魔力色である青白色に変えている。
そんな青白い魔力が集まり、不浄騎士タイプに死鎧騎士タイプ、不死の魔導師タイプ、動く骸骨タイプ、死霊タイプのアンデッド達が次々と生成されていく。
駄目押しに〈死聖騎士〉という結構強めのアンデッドを一体生み出す。コイツなら勇者以外に負けることは無いだろう。
【闇夜の支配者】による強化も受けたアンデッド達が野営地に向かっていくのを見送りつつ、【結界作成】で粛聖騎士団の連中の周りに結界を生み出した。
結界外への転移、念話、探知、光、音を遮断する結界に加えて、【怠惰】の【失墜せし堕落の聖域】も発動し、結界外への脱出を阻止する強固な耐久性と敵の弱体化効果もある結界も展開しておく。
さて、相手方の戦力の中で最も手強いのは聖剣使いーーマップ上の詳細ステータスから読み取れる情報によれば【勇者】持ち、つまりは〈勇者〉らしいーーなのだが、当然ながら遠くから【神焉槍顕現】を投擲したり、忍び寄って暗殺したりすると分身体の実戦テストにならない。
特にグングニル投擲などの遠距離攻撃をすると、肉の壁として連れて来られた違法奴隷達にまで被弾しそうなので、そういった意味でも選択肢に選ぶわけにはいかない。
メイザルド王国への援軍の中でも粛聖騎士団を不安要素としたのは、勇者の存在もだが、一番の理由はこの肉の壁に使われる予定の違法奴隷達の存在だった。
今回の援軍遠征に際して捕らえた異教徒を連れてきており、強制的に隷属化した彼らを肉の壁として消費するつもりらしい。
その救出も今回の襲撃の目的なので、ちゃんと救出の手は用意してある。
そのためにもアンデッド達で注意を引く必要があるのだが……上手くいってるようだ。
【千里眼】の視界の先では、突然のアンデッドの襲撃により浮き足立っている粛聖騎士団の姿があった。
外縁部に向かって粛聖騎士達が集まることで、野営地内部の警備は薄くなる。
つまりは、違法奴隷達が置かれているエリアの警備の数も減るため、今ならば救出するのは容易いというわけだ。
「ーー落ち着け。私は味方だ。君達を救出しに来た」
救出役である別の分身体によって違法奴隷達の周りにいた警備の者達を瞬殺し、違法奴隷達に簡潔に用件を告げる。
我ながら四つ目の仮面に黒装束という怪しい格好をしているが、そんな俺に対して一人の女性が反応を示してくれた。
「ひ、一人なの?」
「いや。他にもいるが君達を連れ出す役目は私だけだ」
「一体どうやって……」
「転移魔法だ」
【短距離転移】で違法奴隷達が入れられている檻の中に入ると、これ以上の問答は不用なので『集団長距離転移』を発動して全員を別の場所へと転送した。
転送先にはウチの商会員と隷属状態を解除する役目の別の分身体がいるので、後のことはアチラに任せるとする。
違法奴隷達が入れられている檻はあと二つあるが、そちらにも他の分身体が救出に向かっており……今終わった。
一時的に解除していた結界の転移阻害効果が再び展開されるのを感知しながら一息つく。
これで違法奴隷達の救出は終わりなのだが、どうやら勘がいいのがいるらしい。
「ふむ。一足遅かったな」
檻の外に出て、慌ててやって来た者を出迎える。
やって来たのは金属製の白い鎧に身を包んだ十代ぐらいの黒髪の少年だった。
「……ここにいた女達をどこにやった」
「さてね。悪漢に教えてやる義理は無いな」
「僕が悪漢だと!?」
「だってそうだろ? 無理矢理奴隷にした女性を手篭めにするような輩を悪漢と呼ばずして何と呼ぶんだ……あ、シンプルに人間のクズかな?」
俺の発言に対して、まぁまぁ整っているかな程度の顔立ちを怒りに染める少年。
激情のままに腰に帯びていた長剣を引き抜くと、そのまま斬りかかってきた。
その攻撃を【短距離転移】で転移して回避する。結界の転移阻害効果は外への移動を封じるためのものなので、結界の内部でのみ使用するなら問題無い。
「くっ、僕は勇者だぞ!?」
「ふーん、勇者ねぇ。何でも言うことを聞く違法に隷属させた女性に腰を振るようなクズが勇者とは……世も末だな」
「ッ!? 死ねぇっ!!」
目の前の黒髪の少年ーー勇者が聖剣の力を解放する。名前を覚える気は無いので勇者呼びでいいか。
振り抜かれた聖剣から鋭利な白い結晶が放たれた。
おそらくは〈戦晶咲く白華の聖剣〉の基本能力【戦晶聖刃】だろう。
名称だけで具体的な能力までは分からないが、生み出された白結晶はかなり硬そうだ。
そんな白結晶を、転移して現れた昏い緑色の全身鎧を纏う分身体がハルバードで全て弾き落とした。
「ここからは俺が相手をしよう」
黒装束姿の分身体には他の役目があるので、勇者の相手が役目の分身体と交代する。
【挑発】を込めた発言に、勇者の標的が無意識のうちに誘導される。
「チッ。我が身に力をーー〈祝い護る生命の聖鎧〉!」
救出担当だった分身体が【短距離転移】で去った直後に、勇者が聖鎧の能力を発動させる発動権言を唱えた。
内容からしてよくある身体強化系の能力だろう。
分身体は本体よりも弱いので、念の為こちらも強化系能力である剛鬼鎧スロウストレングスの【金剛鬼身】と魔王斧槍キングスロウスの【怠魔王争】を発動させる。
二つを同時に使ってみたところ、本体の素の身体能力よりも少し上ぐらいになった。
「お前がどこの誰かは知らないが、勇者である僕に勝てると思うなよ!」
更に自らのユニークスキルの力を発動した勇者が、大言壮語な言葉を吐きながら襲い掛かってくるのを悠々と迎え撃った。
◆◇◆◇◆◇
勇者との戦闘開始から一時間ほどが経った。
戦闘は終始俺の優勢のまま進み、分身体の戦闘力についても十分検証を済ませたので、そろそろ終わらせるとしよう。
「そ、そんな……」
一時間前の自信に溢れた顔はどこへやら。
目の前には青ざめた表情で少しずつ後退りする勇者の姿があった。
足元には真っ二つに折られた聖剣クリスタラマが落ちており、勇者の手には代わりに魔王斧槍キングスロウスが握られている。
あのキングスロウスは勇者のユニークスキル【虚飾】の内包スキル【幻装虚現】によってコピーされた偽物だ。
本物は俺の手に変わらず握られており、アレが偽物なのは間違いないが、ここまで戦ってみた感じではその能力は本物と同じらしい。
まぁ、ランク的に無制限にコピー出来るとは思えないので、何かしら条件はあるのだろう。
「うおおぉっ!」
「……馬鹿の一つ覚えか?」
振るわれた偽キングスロウスから【悲嘆の暴虐】が放たれる。
地面を削りながら迫る黒緑色の衝撃波の破壊力は中々のモノだ。普通ならアレを防ぐのは大変だろう。
だが、ここには本物のキングスロウスがあるのだから、同じ技をぶつければ済む話だ。
迫る衝撃波に対して、キングスロウスを軽く振るって同じ【悲嘆の暴虐】の衝撃波を放って相殺させる。
二つの衝撃波がぶつかった際の光と土煙で視界が遮られた隙に、勇者が一瞬で背後に回り込む。
背後から迫る一撃に対して、強化された全身の筋力と【重装騎士の身のこなし】の補正も受けた身体操作によって勇者の攻撃速度を上回り、逆に横合いから胴体を刈り取るようにキングスロウスを薙ぎ払う。
勇者が慌てて引き戻した偽キングスロウスの柄で受け止めるが、その勢いを殺すことが出来ずに吹き飛ばされていった。
攻撃を防がれたが、その瞬間に合わせて発動させた【衝撃裂傷】【防御貫通】【生命蝕む呪炎の傷】の効果は抜群だったようだ。
「ご、ふっ!? ぐ、ぎっ、い、痛っ、ガァああアッ!?」
「予測しやすい単純な動きだな」
攻撃を防いで受け身も取った勇者の身体中の皮膚が裂傷し、傷口から大量の血が流れ出る。それだけでなく、その裂傷痕に灯った黒紫色の呪炎によって、治癒阻害効果付きの火傷状態になった。そして焼け爛れた痕は徐々にその範囲を広げていく。
心身を蝕む激痛に地面に転がりのたうち回る勇者。汗に涙に鼻水、あと泥汚れによって、その顔は酷い有り様だ。
「ひっ、がっあ、きょ、【虚幻回復】! 【虚幻回復】!」
スキル名を唱えると、身体を蝕んでいた呪炎が掻き消えた。次に唱えると裂傷が消えた。
どうやら消せる、というより回復出来るのは一度の発動で一つずつらしいな。
「消費魔力量は多いけど、一瞬で回復出来るのは便利かもな」
「うがぁっ!?」
まぁ、俺には【復元自在】や他の回復系スキルがあるから優先度は低いけど。
倒れている勇者の背後へと【短距離転移】で移動し、【衰蝕破断】の力が宿るキングスロウスの斧刃で偽キングスロウスを持つ腕を切断すると、手から零れ落ちた偽キングスロウスが消滅した。
身体から離れたら消えることから、どうやらスキルの分類的には生産系ではなく、【魔装具具現化】と同じ補助系の具現化スキルのようだ。
まぁ、名称から予想出来ていたので驚きは無いけど。
地面を這って逃げようとする勇者をキングスロウスで地面に押さえ付けつつ、【狩り屠る貪喰の竜王】の暴食のオーラでその身体を覆っていく。一思いに殺す前に全て奪っておくか。
「な、何でだ? チートがあるのに、やり直せると思ったのに、何で僕が負けるんだ……?」
スキルに振り回されてるからだと言ってやるべきか、単純に俺の方が強いから、と言うべきか……敵を前にベラベラ喋るのは趣味じゃないから別にいいか。
[スキル【縮地】を獲得しました]
[ユニークスキル【虚飾】を獲得しました]
[大罪系最上位権能が確認されました]
[ユニークスキル【虚飾】が最適化されます]
手に入れた新規スキルはこれだけか……ショボい戦果だが、まぁ、ユニークスキルに聖剣と聖鎧があるだけマシか。
暴食のオーラが勇者の肉体と魂を一片も残さず捕食したのを確認すると、スキルと同時に得た記憶情報をザッと確認する。
「……欲塗れな記憶は削除して、雑学とか役立ちそうな記憶だけ残すか」
【情報賢能】の【情報保管庫】に保存された記憶情報を編集しつつ、折れた聖剣クリスタラマを【復元自在】で修復する。
修復した聖剣と聖鎧を【複製する黄金の腕環】で複製してから【無限宝庫】に放り込む。
「ふむ。生き残ったのはデス・パラディンだけか。ご苦労だった」
粛聖騎士団の殲滅を終わらせたボロボロな状態のデス・パラディンを暴食のオーラで捕食する。
生成体が倒した相手にも【戦利品蒐集】は発動するようだが、スキル獲得の確率はかなり低くなるようだ。
千人も倒したのに獲得した新規スキルはゼロだし、既得スキルも大した数は蒐集出来ていないことからそう判断した。
[スキル【死聖騎士の剣防術】を獲得しました]
元救出担当だった分身体達が指揮官クラスの連中を襲って集めた記憶情報も確認する。
ここにいる分身体は勇者との戦闘担当だったこの分身体しかいない。
元救出担当の分身体達は既に顕現状態を解除しているので、この場にいる人間は俺以外には三十人ほどだけだ。
視線を横に向けると、直立不動の状態で佇むナチュア聖王国の者達がいた。
粛聖騎士団の者もいれば、同行していた文官や神官などもいる。
コイツらには寄生タイプの眷属ゴーレム〈ドラウグ〉が【寄生】しており、この後国に戻って今回起こった出来事を上手く伝えてもらう予定だ。
その後は物理的に距離のあるナチュア聖王国で情報収集をさせる。
ステータス上に操られているといったことが表示されない寄生状態ならばバレることは無いだろう。
異教徒に対する弾圧や奴隷化など不愉快なことを多々やっているようだし、場合によっては滅ぼすことも視野に入れる。それが国ごとか、イカれ宗教のみかは分からないが。
今は虚ろな目をしていて意識が無い状態だが、俺が去った後に正気に戻り、植え付けられた偽りの記憶と、ドラウグに思考誘導されるがままに撤収することだろう。
基本的にはBランク冒険者以下のステータスの相手にしか使えないが中々有用な手だ。
他の戦利品の蒐集も終わったし、この分身体も解除するか。
仮初の身体が魔力粒子となって消え去ると同時に、身につけていた全ての装備も【無限宝庫】に自動収納された。
最後の分身体が消えたことで展開していた結界も消滅した野営地跡では、寄生されたナチュア聖王国の生き残り達がちゃんと行動しているのを本体の【千里眼】で確認できた。
これでナチュア聖王国遠征軍は謎の魔物に襲われて壊滅したことが各方面に伝わるだろう。
「さてと、リーゼがシャワーを浴びている内に作業を済ませとくか」
[アイテム〈戦晶咲く白華の聖剣〉から能力が剥奪されます]
[スキル【戦晶聖刃】を獲得しました]
[スキル【石蝕聖撃】を獲得しました]
[アイテム〈祝い護る生命の聖鎧〉から能力が剥奪されます]
[スキル【英雄強身】を獲得しました]
[スキル【護光聖壁】を獲得しました]
[スキル【生命の聖泉】を獲得しました]
[スキルを合成します]
[【上級騎士の剣魔術】+【守護天使の剣防術】+【死聖騎士の剣防術】=【天騎士の剣護術】]
[【修羅】+【一騎当千】+【英勇心体】+【英雄強身】=【英勇王争】]
これで良し。
ナチュア聖王国の勇者は正直言って期待外れだった。
その消化不良分はリーゼロッテとの夜戦にて発散するとしよう……長い夜になりそうだ。
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