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第五章

第百十三話 宮廷会議

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 ◆◇◆◇◆◇


 アークディア帝国の権威の象徴であり、国の行政の中心かつ皇帝・皇族の居城でもある〈皇城ユウキリア〉。
 初代皇帝リアと皇配ユウキの名を冠する城の内部では宮廷会議が行われていた。
 宮廷会議が行われている議場には、その室内の広さと比べれば少ない人数しか人がいない。
 それもそのはず。
 議場にいる者達は、全員がアークディア帝国の貴族の中でも、伯爵位以上の爵位を持つ上級貴族と呼ばれる各家の当主達であるからだ。
 家の歴史、血統、個人の武勇、軍事力、社会的権力、財力、土地などといった力のいずれか、あるいは複数の力に秀でた家が殆どであり、基本的に人脈という面でもその影響力は子爵位以下の下級貴族の比ではない。
 そのため、上級貴族のみが集められて会議を行うことに異議を唱える下級貴族はいない。
 正確には、数名だけ下級貴族の者が列席しているのだが、彼らは大臣職などの重職に就いている者達であるため例外だ。
 そして、そんな彼らを招集することができるのはアークディア帝国の君主である皇帝のみだ。


 玉座に座る今代皇帝ヴィルヘルム・リル・ルーメン・アークディアを除けば、議場に集まっている当主達の中でも特に力を持っている者が五人いる。
 その五人、正確に言えば彼らの家門である五家の立ち位置も様々だ。

 二十代半ばぐらいの外見のハイエルフ族の美青年であるオルヴァ・アウロラ・シェーンヴァルト公爵は、宮廷魔導師長であるオリヴィアの実弟なのだが、中央に対する姿勢は冷淡と言えるほどに冷めている。
 アークディア帝国西部一広大な領土ーーかつてシェーンヴァルト王国だった頃の国土のままーーを持っているだけでなく、帝国民のエルフ族の多くに今なお影響力を持っているほどの大貴族だ。
 そんな大貴族だが、先々代の皇帝である愚帝ワルンフルドとその末子が犯した愚行の所為で、中央とは距離を置くようになっており、今なお関係修復の目処は立っていない。
 隣国メイザルドの違法奴隷業による被害者の中にはシェーンヴァルト領の者もいるため馳せ参じたが、そうでなかったら領地から出てくることはなかっただろう。

 二十代後半ぐらいの外見の古竜人族の美女であるメーア・リヴァ・ネロテティス公爵は、帝国南部の沿岸地域一帯を領地に持つ大貴族であり、帝国の海を支配していると言っても過言ではない。
 領都である港湾都市では漁業だけでなく他国との貿易も行っており、国内外から集まる品々による交易や港の使用料などのおかげで、その財力は国内屈指のレベルだ。
 此度の戦争と、勝利によって国土が広がることは、虎視眈々と海を狙っている近隣諸国に対する牽制に繋がるため、海から離れて帝都へと出てきたという経緯がある。
 中央との距離はオルヴァと似たようなものだが、これは先々代から続く皇族の凋落が原因であるため、今回の戦争の結果次第で修復することが出来るだろう。

 五十代ほどの偉丈夫である人族のドルタ・ヴォン・ヴァイルグ侯爵は、帝国北部に領地があり、領内には希少な薬草などが採れるが危険な魔物も多いリュベータ大森林と銀鉱山を持つ大貴族だ。
 最近は領内に竜が現れて危険に晒されたものの、鉱山からは新たにミスリル鉱床が見つかったことで今後は北部以外にも影響力が増していくことが窺える。
 これまでは良くも悪くも中央とは関わり合いが薄かったが、今後は親交を深めていくのが良いのは間違いない。

 三十代ほどの外見をした二メートルほどの大男である魔人種戦翅族のアドルフ・ヴォン・アーベントロート侯爵は、帝都近郊に領地があるが、主に国の軍部に強い影響力を持っている大貴族だ。
 帝国建国以前の王国の時代から存在するほどに歴史が長い大家であるため、軍部以外の組織にも影響力を持っている。
 国の武を司る家の一つであるのもあって中央との距離は近く、今代当主アドルフも軍務卿の地位に就いている。
 アドルフとヴィルヘルムは同世代であり、当人達の仲も良好だ。

 二十代後半ぐらいの外見の天翼人族の美女であるマキア・マルキス・フォルモント公爵は、帝国東部に広大な領地を持つ大貴族であり、東部国境の守護と監視を担っている。
 蠱惑的な雰囲気を漂わせた細身の美女なのだが、翼人族の上位種である天翼人族の身体能力は翼人族の比ではなく、自らよりも大柄な人型魔物をその細腕で引き裂けるほどだ。
 此度の戦争では彼女の領地を通過してメイザルド王国に侵攻することになっている。
 これは、フォルモント公領の東の国境線の先には大軍が展開出来るほどに広い平原が存在しているため、東方の国家との戦ではほぼ毎回使用されている。
 平原から少し移動するとメイザルド王国に入ることができ、そこからメイザルド王国の王都までの道幅も軍が通れるほどに広いため、進軍する時には色々と都合が良い。
 そんな要所の守護者であるフォルモント公爵家と中央の関係だが、悪くはないといったレベルだ。
 地理的な問題からマキアが帝都に来ること自体が少なく、これまた今後の関わり方次第で如何様にも変化するとも言える。


 名家という条件ならば他にもいるものの、近年で力ある家となればこの五家になる。
 そんな五家の内、はっきりと友好関係を築けていると断言出来るのが一つだけという現実にヴィルヘルムは溜め息を吐きたくなった。
 早世した先代の跡を継いで早々に呪いに倒れてしまったことだけが原因では無いものの、皇族の権威に翳りがあることには変わりない。
 そんな現状を払拭する意味でも此度の戦には負けるわけにはいかなかった。


「最後通牒を持たせた布告官が王都に到着したと連絡が入った。ここにきて王国が要求を受け入れることは無いだろう。我々も指定した開戦日に合わせて動く必要がある。先ずは彼我の戦力の認識について擦り合わせをするとしよう。宰相、現在の帝国軍全体の戦力について報告せよ」

「はっ。それではご報告させていただきます」


 今回の宮廷会議までに各貴族家から国に提出された、隣国との戦争に派遣する戦力の実数と内訳が報告される。
 各家が派遣する兵力の大多数は、既に東方へと向かっており、帝都に連れて来ているのは、帝都から戦場に向かう当主達の護衛も兼ねた、各々の騎士団やその一部だけだ。
 今回参戦する中でも、特に強力な戦力は四つ。

 一つ目は、皇帝の剣となり盾となる帝国近衛騎士団と、その長である近衛騎士団団長のアレクシア・ズィルバーン。
 二つ目は、所属する全員が一級の魔法使いでもあるシェーンヴァルト公爵家の妖精騎士団。
 三つ目は、数は少ないが人類種の中でも種族的に一際強靭な身体能力を持つ竜人族のみで構成されているネロテティス公爵家の蒼竜騎士団。
 四つ目は、騎士の平均基礎レベルが他の騎士団の騎士よりも高く、戦慣れしているフォルモント公爵家の戦翼騎士団と、その主君であるフォルモント公。

 戦力という意味では、アークディア帝国の冒険者ギルド所属の冒険者達による義勇軍も存在するが、個人主義なところがある冒険者達は基本的に団体行動に向いていない。
 今回任意で参加している冒険者の中には、前述の四つの騎士団に入れるほどの実力者もいるが、それも数えるほどしかおらず、特記するほどの戦力には数えられなかった。
 それこそ、英雄級とも称されるSランク冒険者でもなければ着目されることはないだろう。


「ーー失礼、宰相閣下。迷宮都市にいる引きこもりの英雄殿達は参戦なされないのでしょうか?」


 議場に集った上級貴族の一人が、宰相からの報告が一区切りついたタイミングで質問を行う。
 この貴族が言う迷宮都市とは、神造迷宮がある神迷宮都市のことであり、引きこもりの英雄というのは、神迷宮都市に拠点を構えたまま都市の外に出て来ないSランク冒険者達のことを皮肉った蔑称だ。


「神迷宮都市に限らず国内のSランク冒険者、並びにその仲間達は此度の戦争への参加を表明しておりません。また、逆に此方側から参戦依頼を出してもおりません」

「参戦依頼自体を出していないのですか?」

「はい。戦力として英雄級の冒険者を招けば、相手側も同等の戦力を招き入れるでしょう。そうなれば、強力な魔物に対処できるほどの力を持つ者同士が潰し合うことになります。それによる損失は計り知れないことは皆様もご理解いただけるかと思います。そのため、相手国側が戦力として招集でもしない限りは参戦依頼を出すことはありません」

「なるほど……そういうことでしたか。お答えいただきありがとうございます、宰相閣下」


 理屈では理解をしても感情の面では納得できない様子の者もいたが、質問した上級貴族が納得していたのと、わざわざ質問を掘り返すほどの内容でも無いため、誰もそれ以上は追究をすることはなかった……本来ならば。


「宰相閣下。敵国がSランク冒険者を招集しなければ此方も招集しないというのは理解致しました。ですが、戦場で敵国側にSランク冒険者がいるのを確認してから参戦依頼を出すのでは遅すぎるのではないでしょうか? よろしければ私が彼らに話をつけましょう!」


 そう発言するのは、最近爵位を継いだばかりの青年貴族だった。
 大勢の前で発言し、自分という存在をアピールしたいようだが、今回においては勇み足が過ぎたようだ。


「開戦前の段階から敵の戦力を調べるのは当然のこと。ですので敵の戦力にSランク冒険者が加わればすぐに分かります。その場合の参戦依頼の手配も既に済ませているので、卿の心配は無用です。どうぞ、ご安心ください」


 何を当たり前のことを聞いているんだ、そんな言外の言葉が聞こえてきそうな含みのある返しと、周囲から漏れ聞こえてくる失笑に、青年貴族は羞恥で顔を赤くする。
 この場にいる殆どの者達は、言わずとも理解していた事柄だったので、擁護する者は誰もいなかった。
 それに加えて、青年貴族の先代が重犯罪者として処刑されたことも理由の一つだ。
 国による調査の結果、嫡子の中で三男であったこの青年貴族のみ犯罪行為に関わっていなかったのと、利権と財産の一部没収ーー謎の義賊リオンによって財産の多くを奪われたところに追い討ちだーーに加えて、侯爵から伯爵へと爵位を下げられただけで、家の存続を許されたのは幸運だと言える。
 だが、それ以上を求めようとする今回の動きは悪手だった。


「そんなことよりも、その敵の情報について現時点で分かっていることを共有して貰いたいものだな」


 表情を変えることなく告げたのはシェーンヴァルト公だった。
 俯く青年貴族を無視して宰相に続きを促した。


「勿論そのつもりです、シェーンヴァルト公。今朝までに集まった情報によると、メイザルド王国に援軍を出している勢力は四つ。一つは、ロンダルヴィア帝国から機甲錬騎団が派遣されています」

「機甲錬騎……確か、異界の知識から作られたロンダルヴィアの魔導兵器だったか?」

「そのようです。どうやら実戦テストを兼ねた援軍らしく、整備や輸送、それらの警護などの人員も含めて数は約三千人。純粋な戦闘員は二千ほどと見ています。機甲錬騎団につきましては、後ほど資料をお配り致します」


 当主達が理解したことを確認してから話を続ける。


「次に、ナチュア聖王国から粛聖騎士団が約千人ほどがメイザルド王国に向かっているそうです」

「ありもしない神を崇めるイカれた宗教屋どもか……」

「奴らが参戦するのは予想通りだな」

「そうだな」


 近くの者と話す声が幾つも重なって議場が騒つく。
 それらの騒めきが落ち着いてから宰相が口を開いた。

 
「また、真偽は定かではありませんが、今回派遣された粛聖騎士団の中には聖剣使いがいたとのことです」

「それは、聖王国の最重要国宝である四聖具の一つか?」

「紅焔の聖剣、白晶の聖剣、破導の聖杖、祝命の聖鎧の四つだったな」

「紅焔は紛失したと聞くから、白晶の聖剣か……」

「報告によれば、その者は聖剣だけでなく聖鎧も身に付けていたとのことです」

「……四聖具を二つも使えるだと?」


 信じがたい情報を聞いて殆どの当主達が動揺する中、ヴィルヘルムは動揺を見せることなく宰相に尋ねる。


「なるほど。確かに報告してきた者も自らの目を疑ってしまうような情報だな。その聖剣使いのステータスは?」

「気付かれる可能性を考慮して視てはいないとのことです。現在は更に遠距離から遠視によって監視しております」

「勇者か否かが分からぬが致し方ないか。その聖剣使いについては引き続き調査させるとして、今は残りの援軍についてが先だな。報告を続けよ」

「はっ、承知致しました。残る二つの援軍についてですが、片方はーー」


 その後も情報の共有がなされていき、その度に会議が白熱していく。
 そんな貴族達の様子を、議場に飾られている調度品の影の中から、一体のネズミーーリオンの【眷属作成】により生み出された眷属ゴーレムのラタトスクが覗いていた。
 【幻影ファントム】などの隠密系ジョブスキルによる補正と【認識遮断】の効果によって、その存在が認識されることは無い。
 室内の誰にも気付かれぬまま、宮廷会議で齎された情報を自らの創造主リオンへと送信し続けるラタトスクは、影の中で喜びの声を上げるのだった。


『ヂューッ』


 


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