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第五章
第百七話 栄光戦鎧ハイペリュオル
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新型魔力炉の起動に成功した後も引き続き研究室に留まり、他の開発中の魔導具についても議論していた。
主に話しているのは俺とオリヴィアだけだが、周りにいる研究員達もメモを取ったり偶に質問をしたりしている。
魔導具開発は専門外なリーゼロッテは、女性研究員が持ってきてくれた椅子に座り、私物の本やティーセットを取り出して優雅に過ごしている。
そんな風に各々が過ごしていると、魔導研究所の事務方がやって来た。
「失礼致します。エクスヴェル様にお客様がいらしております」
「私に来客ですか?」
「レティーツィア皇女殿下からの使いの方で、侍女のリーベル様です」
リーベル……ああ、ユリアーネのことか。
「用件については何か言っていましたか?」
「何やら依頼の進捗の確認をしたいとのことです」
レティーツィアやユリアーネから受けている依頼は何も無いはずなので、実際は現在受けている依頼がある皇帝ヴィルヘルムからの使いなのだろう。
まぁ、ちょうどいいと言えばちょうどいいタイミングか。
「分かりました。すぐに伺います。ということですので、そろそろお暇させていただきますね」
「あら残念。皇女殿下から依頼を受けていたのね?」
「ええまぁ。たぶん時間がかかるでしょうから、帰りは自分達で帰ります」
迎えに来た時と同様に帰りもオリヴィアが転移魔法で送ってくれることになっていたが、いつ用事が終わるか不明なので帰りの分は断っておいた。
「そう? 分かったわ。リオンさん、今日は本当に助かったわ。またいつでもいらしてね」
「私も色々刺激を受けれて大変有意義な時間を過ごせました。その時はまたお世話になります。それでは失礼します」
オリヴィア達に見送られて研究室を後にする。
途中の事務局で来客用許可証を返してから研究所を出ると、玄関口でレティーツィアの侍女兼冒険者仲間であるユリアーネが出迎えてくれた。
「エクスヴェル様、ユグドラシア様。この度はご交流のお邪魔をしてしまい申し訳ありません」
「いえ、お気になさらず。さっそくですが、案内をして頂いてもよろしいでしょうか?」
「かしこまりました」
互いに外向けの口調で会話をしつつ、周りの人に聞かれないようにさっさと研究所前から移動する。
それから、会話による空気の振動が遠くまで伝わらないように【森羅万象】で大気を操作してから口を開く。
「これで会話を聞かれることは無いはずだ。久しぶり、と言いたいところだが、ユーリ達とは爵位授与式の時に会っているからそうでもないか」
「確かにそうですね。私達は授与式以降忙しく動き回っていたので、リオン様達と会ったのはつい昨日のことのようです」
「確かにレティ達は忙しそうだよな……あぁ、念の為確認しときたいんだが、実際のところ呼び出したのはレティじゃなくて陛下だろ?」
「はい。情報を外部に漏らさないためにレティの名を使って招くことになりました。まぁ、陛下だけでなくレティもいるので間違ってはいないのですが」
「ふむ。陛下はこのあとの時間に空きはあるだろうか?」
「緊急性のある用事は無かったはずです。何かご用事が?」
「ああ。依頼の……って、ユーリも陛下からの依頼内容について聞いてるのか?」
「今回のことで聞かされました。帝国臣民としましては、リオン様には是非とも陛下よりの依頼を成功させて頂きたく思います」
今のアークディア帝国の礎を築いた勇者が遺した武具だからか、帝国国民にとっても特別な物らしい。
「その心配は無用だ。依頼の武具の修復は既に完了している」
「……まだ一ヶ月も経っていませんが?」
「ゼロから創り出すとかじゃないからな。あとは最終チェックだけが残ってるんだが、どうせなら実際に使用される陛下ご自身にご協力願おうと思ってね」
「なるほど。だから陛下のこの後のスケジュールを聞かれたのですね」
「そういうことだ」
やがて、皇族達の居住スペースでもある皇宮に辿り着いた。
皇宮の中に幾つかある談話室に案内されたのだが、室内には皇帝ヴィルヘルムと皇妹レティーツィアがいるのは予想通りだったが、宰相に近衛騎士団長までもがいたのは予想外だった。
「お初にお目に掛かります。近衛騎士団団長のアレクシア・ズィルバーンと申します。以後お見知り置きを」
まず始めに皇族二人への挨拶を済ませると、この面子の中では初対面である近衛騎士団団長から自己紹介を受けた。
種族は魔角族の進化先である天魔族で、エメラルドのような翠色の瞳と銀色の髪、一対の濡羽色の魔角を持つ、生真面目そうな長身美女だ。
先日の授与式にも参加しており、近衛騎士団の団長としてヴィルヘルムの近くにいたので目があったりもしていたのでしっかりと覚えている。
まぁ、リーゼロッテと同じ銀髪美女で好みのタイプだというのが一番の理由なのだが、これは口外するわけにはいかない。
ズィルバーン家には実のところちょっとした用事があるのだが、急ぎというわけでは無いし今話すことでも無いため、リーゼロッテと共に当たり障りの無い自己紹介を返してから、ヴィルヘルムの方へと向き直った。
「依頼の進捗の確認と伺いましたが?」
「うむ。修復の方はどの程度進んでいる?」
道中でユリアーネにも話したのと同様の内容をヴィルヘルムにも話す。
依頼を受けた際には大体一ヶ月と答えていたので、約一週間も早く終わったのは予想外だったらしく、事前に知っていたリーゼロッテとユリアーネ以外の面々は驚いていた。
「ふむ。あとは最終確認だけか。具体的には何をするのだ?」
「実際に使用してみて不備が無いかの確認ですね。修復中も何度かチェックはしていたので、正確には修復完了後の全体の確認テストになります」
「つまり、修復は完了しているという認識でよいのか?」
「おそらく、と頭に付ける必要はありますが、皇帝陛下の仰る通りです。皇帝陛下さえよろしければ、最終テストはご自身でなされますか?」
「ふむ。そうだな……」
「失礼。危険は無いのでしょうか?」
「少なくとも、自分で確認した限りでは問題ありませんでした。万が一何かあったとしても、目の前で起こったならば対処が可能です」
近衛のトップとして危険性の有無について尋ねてきたアレクシアに答えを返す。
俺の最低限の安全を保障する発言を聞いたヴィルヘルムは、俺からの提案に頭を縦に振った。
話が纏まると、談話室から皇族専用の修練場へと全員で移動する。
この修練場には許可なく近付くことは出来ない上に屋内であるため、余人に知られる心配は無い。
話によればレティーツィアも普段はここで鍛練を行なっているんだとか。
「此方が修復が完了した〈天高き栄光なる戦鎧〉と〈轟き照らす雷光の聖剣〉になります」
手を翳して発動した【異空間収納庫】により開かれた収納空間から、金色のアクセントが散りばめられた蒼を基調とした全身鎧と、金字の刻印のある白銀色の剣身を持つ長剣が安置された台座が姿を現す。
栄光戦鎧ハイペリュオルにあった大きな損壊痕は消え去り、かつての輝かしい煌きを取り戻している。
雷光聖剣ソルトニスの砕かれた剣身も元の形を取り戻しており、周囲の光を受けてその聖なる白刃を輝かせていた。
「おお……これが伝説の……」
感極まったように言葉を漏らすヴィルヘルム。
ヴィルヘルム以外の者達も似たような反応だったので、全員が落ち着くまで暫し待つ。
「これは、触れても問題無いのだな?」
「はい。聖剣の方には提案することがございますので、魔力を通さなければ問題ありません」
「ふむ? 分かった。ならばハイペリュオルだけを着けてみるか」
ヴィルヘルムがハイペリュオルを装着するそうなので、その補助を行う。
元々の持ち主である救国の勇者の子孫だからだろうか。ヴィルヘルムに不思議と良く似合っている。
「等級特性である自動サイズ調整機能が働いているはずですが、如何がでしょうか?」
「うむ、ちょうど良いぞ。思ったよりは軽いのだな」
「鎧に使われている金属自体が軽めなのもありますが、軽量化の術式も使われているのも理由の一つです。ハイペリュオルに魔力を通してみてください。すると、使用できる能力が分かるはずです」
「試してみよう……ほう。スキル名称を見る限り、依頼時にオーダーした通りだな」
「【栄光戦輝】以外は試しにくいでしょうから、【栄光戦輝】だけ試してみましょう」
「分かった。念じるだけだな?」
「はい」
「ふむ……おお。力が溢れてくる。身体能力が強化されているな。あとは、感覚、直感力もか」
「【栄光戦輝】の効果の程を確認するために私からの遠距離攻撃を回避されてみますか? 上級以上の魔法など強力すぎる攻撃は行わないので、仮に被弾しても他の能力をテストすることが出来るかと思います」
「うむ。試してみようではないか」
「陛下」
「宰相よ。言わんとすることは分かる。だが、実戦で試すのと今試すのでは、どちらが安全だ?」
「……陛下の仰せのままに」
ヴィルヘルムは不承不承な態度を隠さない宰相に苦笑しつつ、攻撃役である俺から距離を空ける。
「では、いきます」
手始めに下級攻撃魔法である『魔法の矢』から始めよう。
周囲に展開された魔法陣から追尾性能がある魔力矢が放たれた。
彼我の距離は瞬く間に縮まり、ヴィルヘルムを囲むようにして放たれた魔力矢が着弾しようとする。
その飛来して来た大量の魔力矢を、【栄光戦輝】によって強化された身体能力と直感力を使って、ヴィルヘルムは余裕を持って引き寄せてから回避していく。
回避している最中に追加で放った『炎熱の矢』の直撃も、そして地面に着弾することで起こる爆炎すらも鎧に当たらない。
あの程度の熱量では鎧内部にまでは届いていないだろう。
爆炎や土煙で視界が遮られたタイミングでアイテムボックスから取り出した普通の弓を使って矢を射ってみたが、それすらも避けてみせた。
ヴィルヘルムの素の直感力が高いからか、直感力の強化幅は思った以上に大きいらしい。
まぁ、それでもーー。
「うおっ⁉︎」
突如飛来した矢を無理に避けてバランスが崩れたのに合わせて、【発掘自在】で足元から生み出した大地の槍衾は避けられなかったようだ。
その槍衾は鎧に直撃したのだが、直撃する寸前に発動した光の力場によってその勢いを減衰させられた。
ハイペリュオルの第二スキル【光帝の護り】の能力の一つである光の力場によって減衰した上に、第三スキルである【物理攻撃完全耐性】によって更に攻撃力をカット。
二つの防御・耐性系能力によって大きく弱体化された大地の槍衾による一撃は、ハイペリュオルの鎧を傷付けることすら出来ずに砕け散った。
どちらのスキルも俺が新規に実装した能力だが、ヴィルヘルムのオーダー通りとはいえ我ながら厄介な能力を付けたものだ。
「ほう、これは素晴らしい!」
ハイペリュオルの防御力に感嘆の息を漏らしつつも、ヴィルヘルムは攻撃を避け続ける。
その後も攻撃魔法を撃ち続け、合間に矢を射るなどの物理攻撃も織り交ぜつつ、ハイペリュオルの性能を確かめた。
[経験値が規定値に達しました]
[スキル【手加減】を習得しました]
もう最終確認は十分なのだが、ヴィルヘルムはまだ試したいとのことなので、彼が満足するまでハイペリュオルのテストは続けられた。
応援ありがとうございます!
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