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第五章

第百四話 神迷宮都市本店

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 ◆◇◆◇◆◇


 帝都支店の建物を決めた後、予定通り神迷宮都市にあるドラウプニル商会本店へと直接転移し、本店の支配人である輝晶人のヒルダと補佐兼幹部に命じた女性達から報告を聞いた。


「ーーそういえば、第二陣の者達は上手くやっているか?」


 ドラウプニル商会本店の執務室で一通りの報告を聞き終えてから、気になっていたことを聞いてみた。


「ここ数日で生活も落ち着いたようで精力的に働いております」

「生まれの身分差や種族差による軋轢は見られるか?」

「私が気付いた限りでは見受けられません」

「そうか。今は合流したばかりで互いに様子見のところがあるだろうから、何か問題が出るとしたらこれからだろう。気にし過ぎる必要も無いが注意だけはしておいてくれ」

「分かりました」


 帝国が見つけられなかった違法奴隷商の拠点から救い出した女性達のうち、元いた場所には帰らず、救い主である俺の商会で働くことを選んだ貴族出身者がヒルダやミリアリア達だ。
 一方で、救出後に元いた場所に帰ることを選んだ者達の大半は平民出身だ。
 そんな彼女達だが、その一部は元いた場所を離れて俺の元へと戻ってきていた。
 出戻った理由は様々だが、少なくともまた元の場所に戻りたがる可能性は低いと思われる。
 万が一、元の場所で受け入れられなかったり、考え直した時は雇い入れてやると言っておいたので、その約束を守った形だ。
 一人一人の影の中に眷属ゴーレムであるラタトスクを連絡要員として潜ませておいたので、転移で迎えに行くのは簡単だった。


「元の人数の倍近くになったが、念の為大きめの建物を買っておいて良かったな」

「はい。従業員を雇うか奴隷を購入する予定でしたが、暫くは今の人数で様子を見るつもりです」

「ああ、それで良い。これがミリアリアが調べた帝都で調達出来そうな迷宮都市向けの商材だ。実際にこれらの商材を扱う際の利点や欠点など気付いたことを資料に纏めておいてくれ。一週間以内で頼む」

「かしこまりました」

「あとは、冒険者業以外で何か自分達で出来るような金策は見つかったか?」


 宿題というわけではないが、以前来た時に自分達だけで出来る金策手段を探すように伝えておいた。
 別に無いなら無いで構わないんだが、俺は眷属ゴーレムや【千里眼】越しにしか神迷宮都市内を見ていない。
 いくら【千変万化】などで対策をとっていても、神迷宮都市にはそれを見破る者がいるかもしれないので帝都本店やその社宅といった家屋内からは出ないようにしている。
 そのため、そういった自活出来る環境があるのかを調べることが難しく、その情報収集が出来たらと思って指示しておいたのだ。


「申し訳ありません。内職はいくつか見つかったのですが、私達全員を養うだけとなると難しく……」

「ん?」


 ヒルダが求人情報を纏めた資料を渡しながら、何だか暗い表情で報告してきた。何となくだが、勘違いをしているような気がする。


「言っておくけど、金策方法を調査させたのは、この都市の冒険者業以外の雇用形態や求人情報を知るためだぞ」

「……そうなのですか?」

「ああ。何やら勘違いしていたみたいだがな」

「その、ここの物件を購入した上に、人数が一気に増えたので資金に余裕が無くなったのではと思いまして。ですので、生活費は自分達だけで稼げという意味と受け取りました」

「そんなわけないだろう。まだまだ余裕だぞ」

「ちなみに、今日の午前中にリオンが現金一括購入した帝都支店の建物は、土地代合わせて五千万オウロです」


 補足するように告げたリーゼロッテの言葉に、ヒルダと幹部娘達の動きがピシリと固まった。
 正確には帝都支店と俺達の屋敷合わせての金額だけどな。それはそれで別の意味で硬直することになりそうだ。ミリアリアに会った時にでも聞くだろうし、面倒なんでわざわざ説明する必要は無いだろう。


「ま、そういうことだ。それにしても、予想通り冒険者業以外での女性の働き口は少ないみたいだな。女性でこれなら子供も似たようなもんか。怪我で引退した冒険者とかも職に就けてなさそうだな?」

「はい。リオン様が仰る通り、女子供や怪我や病気で引退した元冒険者などが就ける職は少なく、生活に困窮して娼婦に身を落としたり、窃盗などの犯罪に手を染める者が多いようです。スラム街には冒険者くずれによる犯罪組織があるという噂もあります」

「ふむ……」


 まぁ、冒険者の誰もが輝かしい人生を歩めるわけじゃないからな。
 希望が絶望へ。栄光が挫折へ。
 それが顕著に起こりやすいのも迷宮都市の特徴の一つだな。


「なら、働き手はいつでも確保出来るわけか。行政と神塔星教は貧困層へ何かしら支援は行っているのか?」

「教会が週に二回ほど炊き出しを行っています。行政の方は、私達が確認した限りでは特には」

「貴族の娘として、都市の行政が貧困層への支援に動いていない理由に思い当たる者はいるか?」


 いくつか思いつくが、試しに聞いてみよう。


「やはり予算ではないでしょうか? 一度炊き出しをやるだけでも対象は一人二人とかではないので、それなりの食材と調理を行う人員に、列を整理したり秩序を乱す者を叩き出す警備員も必要ですし、何より人数が人数ですので時間がかかります。当然その間の人件費もかかりますので、予算に余裕が無ければやりたくても実行出来ないかと」

「うーん、私は権限の問題だと思います。ここの行政のトップは帝都から派遣されてきた代官なので、当然ある程度の権限が与えられています。ですが、その権限はこの都市を維持管理するための物なので、勝手に貧困層への炊き出しを行えないのでは?」

「下手に色々やったら昇進に響くから初めから無視というのもありそうね」

「あー、凄くありそう」

「この二つぐらい?」

「リーゼはどう思う?」


 資料を読んでいたリーゼロッテにも尋ねてみる。資料に目を通しながらでも話は聞いていたようで、間をおかずシンプルに一言だけ答えた。


「単純に面倒くさいからでは?」

「「「あぁ……」」」


 意欲的な代官なら動いてるはずだし、資金も権限も問題無いなら普通にありそうな理由だな。
 まぁ、神迷宮都市は皇帝直轄領の中でも屈指の重要都市だから、優秀マトモな代官が派遣されているはずなので、ただ単に勝手なことをしないだけなんだろうけど。
 リーゼロッテの意見に妙に納得しつつ、脳内で考えを纏める。


「ま、どれかは当たってそうだな。少なくとも神塔星教は動いてるわけか。二回の炊き出しだけで十分そうだったか?」

「教会が行ってるのを見かけたことはありますが、無いよりはマシ程度でした。何かの具が入った粥一杯だけだったかと思います」 


 これぐらいの使い捨て出来る紙皿に入ってました、と幹部娘の一人が答えてくれた。


「炊き出し場所の治安はどうだった?」

「表通りの一つ横の比較的雰囲気が明るめの路地裏でやってたので悪くありませんでした。そこから少し奥に行ったら怪しいですが、私自身戦えますし一人じゃなかったので気になりませんでしたね」

「私が一緒にいました」

「二人とも冒険者だったな。少なくとも中級冒険者にとっては危険を感じない程度の治安か……周りに人が多ければ問題無いか」

「商会でも炊き出しを行うのですか?」

「少なくとも俺が表から合流するまではするつもりは無いな。ま、頭の片隅にでも入れておいてくれ」


 俺と商会の名を売る目的で慈善事業を行うにしても、事前に根回しは必要だろうしな。
 ここの代官についても調査が必要だし、皇帝から許可状みたいなのも書いて貰っといた方がスムーズに取り掛かれる。
 まだ先のことなので触れるのはその辺にして次の話に移ろう。


「生産職系のスキル取得の進捗はどうだ?」

「今朝までに【薬師ファーマシスト】が二人、【錬金術師アルケミスト】が一人習得に成功しました。あとは【細工師クラフトマン】は希望者全員が習得に成功しています」

「ふむ。思ったよりも早かったな。無理はしてないな?」

「多少作業時間が延びた者もいましたが、早く習得できて調子に乗っただけですので問題ありません」


 ヒルダの言葉に製作関連のことを任せている幹部娘達が顔を逸らす。
 確かに彼女達のステータスには、前は無かったジョブスキルが増えていた。
 ユニークスキル【怠惰ザ・スロウス】の【微睡みの叡智】にて調べた、一部のジョブスキルの習得方法を彼女達の中から希望を募り試させていたのだが、どうやら条件と環境は正しかったらしい。
 習得速度の差は個々人の才能や作業の正確性とかだろう。


「ま、無理はするなよ。なら、ポーション班は【薬師】と【錬金術師】を習得した三人を中心にして各種下級ポーションを生産してくれ。次にそれ以外の製作班についてだがーー」


 【異空間収納庫アイテムボックス】を開き、収納空間から小袋を数個と両手で抱えるぐらいのサイズの箱型魔導具マジックアイテムを取り出す。
 小袋一つ一つの中身は装身具の材料であり、装身具の種類ごとに分けてある。
 材料は【岩土精製】と【金属精製】を使って生み出した宝石や貴金属なので、消費したのは俺の魔力だけだから材料費は実質ゼロだ。


「これらの材料を使って装身具を製作してくれ。見本はこれだ。完成したらこっちの魔導具の中に入れて術式を刻むようにしてくれ」

「「「……」」」

「ん? どうした?」

「リオン。彼女達は耳を疑っているのですよ」

「何の?」

「その魔導具を使えば、ただの装身具を簡単に魔導具にすることが出来ることをです」

「ああ……そういえばリーゼ達も最初見せた時固まってたっけ?」

「魔導具で魔導具を作るとか初耳でしたからね」


 前世では多少人の手が入ってはいるが機械が機械を作るのは珍しくなかった。
 異界人フォーリナーがちょくちょくいるようだし、こっちの世界でも誰かが魔導具で同じようなことを実践していると思ったのだが、どうやらそうでは無かったらしく、リーゼロッテ達から驚かれたのを思い出した。
 つまり、根っからの現地人であるヒルダ達も同じ反応になったわけだな。


「んー、まぁなんだ。慣れろ」

「が、頑張ります」


 代表してヒルダが答えたのだが、妙に俺への畏敬の視線が増えたな……取り敢えず使い方の説明をしよう。


「それでこれの使い方だが凄くシンプルだ。こうやって蓋を開けて、作った装身具をセットする。セットする台座は装身具ごとにあるので使い分けるように。台座に装身具をセットしたら蓋を閉め、固定具で蓋が開かないようにする。そしたら、この魔導具ーー刻印機と言うんだが、刻印機の下部に五種類の色違いのボタンがあるから、装身具に刻みたい能力を一つだけ選択してくれ。あとは一分ぐらいで術式処理が終わったことを音とランプの点灯で知らせるから、蓋を開けて取り出して終了だな」


 実際に目の前でやって見せ、予め用意しておいた魔導具では無い指環が魔法的な力を持つ魔導具になったのを、鑑定系能力が使える魔導具を使って確認させる。


「ほ、本当に魔導具になってる……!」

「これがあれば誰でも魔導具が作れるってこと?」

「同業者にバレたらマズいね……」


 ザワザワする彼女達をそのままにネックレス、イヤリング、ブレスレットも同様に魔導具化していく。実装する能力は適当に選択した。
 どれも問題なく能力が発現したのを確認すると、ヒルダに刻印機の自壊鍵である指環を渡す。


「この刻印機が万が一盗まれた際は、この指環に魔力を通してから『自壊せよ』と唱えろ。そうすれば指環から発せられた信号を受け取った刻印機が自壊するようになっている。刻印機が自壊したらこの指環も自壊するから、それで成功したかを確認するように」

「かしこまりました」

「装身具に実装する能力をどれにするかはヒルダに任せる。実装出来る能力の詳細は蓋に書いてあるから参考にしてくれ。完成した装身具型魔導具は金策に使うように」

「承知致しました。価格は如何致しましょう?」

「人が直接刻むよりも多少効果が落ちているから、その辺りを踏まえた上でヒルダが適正だと思う価格を決めてくれ。売り方も任せる」


 これで本店の資金繰りはどうにかなるだろう。
 ポーション類の素材も補充してから完成している分のポーションを検品する。
 レシピ通りに製作されていて品質に差は無かったため、ポーションも売る許可を出しておく。

 冒険者達戦闘員による警備体制の確認後、本店の建物内に配置している警備ゴーレム達のチェックを行う。
 警備用に廊下やロビーなどに飾りの鎧に扮して置かれている騎士ナイトゴーレムなどの強さはレベル五十弱。その上位互換である四腕騎士フォーナイトゴーレムはレベル六十近く、冒険者で言うなら上級Bランク相当の性能だ。
 俺のゴーレムの中でも、通常騎士型・特殊騎士型・彫像擬態型の三タイプを合計三十体ほどを擬態型多めで配置しているが、正直やり過ぎたかなーっと思わなくもない。
 駄目押しに下級Aランク冒険者レベル六十台ぐらいの性能の戦闘系と隠密系スキルが使える眷属ゴーレムを七体潜伏させているし、本店の商会員の屋敷内での安全は確保されていると言っても過言では無いだろう。

 【千変万化】で変装した状態で屋敷内を見回ったのだが、敷地の外から監視している者達では見破れないので見られても問題は無い。
 美女・美少女ばかりの謎の一団の屋敷には男もいることを見せつける目的もある。
 もし悪意を持って乗り込んでくるならば、代償を支払わせるまでだ。
 意味深に物陰に潜む者達の方を暫く眺めてから帝都へと帰還した。


 
 
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