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第四章

第九十一話 商会設立と再会

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 ◆◇◆◇◆◇


「アリスティアお嬢様、本日はありがとうございました」

「こちらこそありがとうございました、リオンさん。いえ、エクスヴェル会長。それともドラウプニル会長でしょうか?」


 商業ギルドでの各種手続きを終えて馬車に乗り込むと、取引先であるゴルドラッヘン商会の代表としてやってきたアリスティアに感謝を告げる。
 今日、帝都エルデアスの商業ギルド本部で行ったのは、俺自身の商業ギルド登録とボードゲーム型魔導具マジックアイテム〈エヴォルヴ〉の商標登録、エヴォルヴに使われている色相変化技術の特許申請、商業ギルド立ち合いの元にエヴォルヴの生産・販売をゴルドラッヘン商会に委託する諸々の手続き、そして俺が代表取締役である〈ドラウプニル商会〉の設立手続きの五つ。
 昼前から陽が落ちるまでの殆どの時間を申請手続きに取られたが、ベルン会長に言われて事前に用意していた資料と書類のおかげで一日で終わらせることが出来た。
 

「商人としての立場の時は、商会名を使うんでしたっけ?」

「厳密には決まっていませんが、慣例ではそうなっていますね。社会的立場が複数ある方は他の呼称でも問題ありません」

「では今は一仕事終えたばかりなので、ドラウプニルの会長ではなくただのリオンですね」

「あら、でしたらわたくしもゴルドラッヘンの娘ではなくアリスティアですよ、リオンさん」

「ハハッ、確かにその通りですね。失礼しました、アリスティア」

「フフフッ。そういえばギルドでは聞けなかったんですけど、どうしてリオンさんの商会名にはエクスヴェルの名を使わなかったんですか?」

「ああ、そのことですか。簡単なことですよ。エクスヴェルの名は、言うならば冒険者として個人的に得た名前です。ですから、商人としての名の場合は、多数の人が関わりますから別の名前にしたかっただけです」

「なるほど、そういうことでしたか。冒険者と商人ときっちり分けてるんですね」

「そんなところです」


 なにせエクスヴェルは前世の名前が由来だ。だからなのか、アリスティアに告げた理由以外にも、なんとなく会社名に使うには忌避感があった。
 ドラウプニルについては、頻繁に使う同名スキルを持っているのと、名称の元ネタである黄金の腕環には、同一の黄金の腕環を生み出すという特徴がある。
 つまりは黄金を生み出す黄金ということなので、金を稼ぐにあたっての名にはピッタリだと思ったからだ。


「ところで、如何ですか。この馬車は?」

「快適ですよ。リオンさんが持ってらっしゃるのよりは広くありませんが、これまで使っていた馬車とは比べ物にならないほどに広くて、長距離を移動する際も快適に過ごせそうです」

「それは良かった。これを正式に売りに出すかは未定ですが、製作者としましてはそう言って頂けて何よりです」

「この馬車、スパティウムの受注生産だけでも商会としてはやっていけそうですけどね」

「今のところその予定はありませんが、仮にそうなったとしても自分が一人で一から製作しているので、ひっきりなしに注文が来るのは勘弁願いたいですね」


 内部空間拡張式魔導馬車〈スパティウム〉。
 空間を意味する商品名のこの馬車は、俺が使っている魔導馬車の簡易量産型とも言える代物で、その第一号をゴルドラッヘン商会用に生産し、商業ギルドへ向かう前の今日の朝方に納品した。
 俺の魔導馬車とは違い、竜素材は使っていないためその分はコストは軽減されている。
 木材に関しては、リュベータ大森林の樹木と同様に魔力を含んだ木材を使用しているので大差はない。この木材自体は依頼者であるゴルドラッヘン商会による持ち込みなので、その分は安くなっている。
 馬車の構造体の随所に使われている金属には、空間術式と親和性のある合金が使われている。
 この合金は俺の独自技法と配合により作製した物だが、それ以外の素材自体は市場でも入手可能な物だ。
 それらの素材で製作した馬車の内部の空間を拡張して作られたのが魔導馬車スパティウムになる。

 第二回の商談時に特別に作ることを告げたのだが、その翌日にはシェーンヴァルト邸に材木などの各種素材が届けられた。
 材木以外の素材については壁紙など内装に使う物で、商談時に描いた設計図を元にオーダーされた物を作るのに必要な素材だ。
 二回目の商談時に前回注文を受けた品の納品をしたのだが、一部はこの馬車に設置する分として追加で発注を受けた。
 治癒風呂(仮称)に清潔高圧縮処理トイレ(仮称)なんかがその一部で結構な値段がする。
 治癒風呂は機能的に比較対象が無かったから正確には分からないが、一般的な風呂とトイレの市場価格と比べると、治癒風呂は十倍以上、高圧縮トイレは五倍近く高い金額で売れた。

 前回納品した物とスパティウムの金額を合わせると軽く一財産稼いでしまったので、製作活動の労力もあってやはり達成感が感じられる。
 魔物や犯罪者といった獲物を狩るのとは違い、達成までにそれなりに時間がかかるので、個人的には狩りよりもやり切った感が強い。
 エヴォルヴの手続きの完了でゴルドラッヘン商会との商談はひと段落したが、大商会には今後とも良い顧客になって貰いたいものだ。


「商会を立ち上げたなら人手が必要だと思いますが、アテはお有りですか?」

「ええ。以前縁があって知り合った方達がいまして、その方々が従業員として働いてくれる予定です」

「あら、そうなんですのね。では帝都に?」

「いえ、店を構える予定の神迷宮都市に先乗りして貰っていますので帝都にはいませんね」

「リオンさんが雇い入れた方々に挨拶をしておきたかったのですが、あちらにいらっしゃるなら仕方ありませんね」

「神迷宮都市に向かったら早々離れることは無いと思います。その時は商会関連のことは部下に一任することになると思いますから、ご挨拶はその時に伺わせます」

「どのような方なのですか?」

「アリスティアと比べるとまだ日は浅いですが、優秀だと思いますよ」


 直接見たわけではないが、盗賊団のアジトにあった資料や記憶を見る限り、ヒルダや他の商人娘達は新進気鋭の若手商人だったようだ。
 まぁ、美人だったのもあって彼女達を欲する同業者は多かったらしく、調べによると悪どい方法で借金漬けにして手篭めにしたり誘拐する計画も練られていたようだ。
 そういった者達に高値で売り付けるために、先んじて捕まえられ違法奴隷にされてしまったという経緯があった。
 中には犯罪に手を染めている商人もいるようだし、彼女達が望むなら情報を与えてやろう。

 今後展開する商会の規模次第では彼女達だけでは手が足りなくなるだろう。
 その時は国公認の正式な奴隷商から人員を調達しようかな。
 スパイが入り込む余地がグッと減るし、貯め込んだ金を消費することも出来る。
 奴隷の身からの解放も視野に入れてやれば、雇い入れた奴隷達のやる気にも繋がるだろう。
 先のことを見据えて奴隷を購入する以外にも、事業展開のための候補の土地を見繕っておくべきか……いや、これは取らぬ狸の皮算用か。取り敢えず、土地は保留だな。

 それから少ししてゴルドラッヘン商会の本店前に到着した。


「貴族街の入り口までお送りしなくても良かったのですか?」

「ええ、寄り道しながら帰るつもりなので大丈夫ですよ」


 アリスティアと御者席に座っている秘書のラーナに別れの挨拶をすると、シェーンヴァルト邸がある貴族街に向かって寄り道しながら夜の帝都の街並みを歩いて行く。
 今日はいつも傍にいるリーゼロッテはいない。今日は仕事が休みのオリヴィアとシェーンヴァルト本邸で朝から交流している。
 エリンとカレンは冒険者ギルドで依頼を受けているのでこれまた不在。
 よって今日一日は久方ぶりに単独行動だった。
 これで寂しいという気持ちが出てくるなら可愛げがあるのだが、実際にはそういう感傷的なタイプではないので特に思うことは無い。此度の生でもそれは変わらないらしい。
 ただ、物足りなさぐらいは感じているので、彼女達がいるのが当たり前のようにはなっているようだ。


「そういえば、夕食を作ってくれてるんだっけか」


 平時は俺が〈暴食〉を満たすために大食いするのもあって俺も夕食の品を一品以上作ったりするのだが、今日の夕食はリーゼロッテ達が全部作ってくれると言っていた。
 となると、外食は無しだな。お土産に何かしら食べ物を買って帰るにも、陽が落ちたら出店なんかは全て撤退しているので買おうにも買えない。


「普段の食事量を知っているから追加を買って帰らなくても足らないということは無いかな? もう調理は終わってるんだろうか……」


 まだ終わってないなら〈斜陽の月〉にも寄ろうかな。
 彼女達の現在地を確認しようとマップを開くと、一つの知り合いを示す光点が移動しているのが見えた。


「これは……いつの間にか戻ってきてたのか。うーん、一応挨拶だけしとくか?」


 結構な速さで帝都の外に向かっているのが確認できる。
 【情報蒐集地図フリズスキャルヴ】のマップを平面から立体表示に切り替えると、思った通り空を飛んで移動しているようだった。


「ちょっと動線がズレてるか。覚えてるといいんだが……」


 三ヶ月前のことだし向こうから約束したことではあるが、忘れている可能性はある。ま、会ってみれば分かるか。
 適当な路地裏に入ってから【天空飛翔】で帝都の空へと飛び上がる。


「ッ、何も、の……リオン!」

「お久しぶりです、アルヴァール様」


 此方が誰なのかが分かると警戒を解いてくれた。
 月夜に映えるタイトなデザインの黒いドレスアーマーに身を包んだ、白金色プラチナブロンドの髪とルビーのような色合いの紅い瞳が美しい女性の名は、レイティシア・アルヴァール。
 吸血鬼ヴァンパイア族の上位種である不死鬼ノスフェラトゥ族の絶世の美女であり、かつてリュベータ大森林にて出会ったアークディア帝国のSランク冒険者だ。
 帝都に来て約二週間。帝都で会う約束をしていた最後の一人と漸く再会することが出来た。


 
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