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第四章

第八十七話 帝都案内 後編

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 ◆◇◆◇◆◇


「それにしてもよく買ったな……」


 上流階級御用達であるレストランで昼食を摂った後、近場の喫茶店のカフェテラスで一息つきながら、思わず独りごちる。


「自分の分は出すわよ?」

「あーいや、愚痴とかじゃなくてだな……女性は本当に買い物が好きだなぁ、って思っただけだよ」

「まぁ、否定はしないわね」

「半日でこれだけ大量に買ったのは初めてだな」

「男性と出かけること自体も初めてよね」

「言われてみればそうだな」

「俺もこれだけの金額の買い物をしたのは初めてだよ」


 最初に訪れた貴族向け装身具店では個人的に欲しいのが無かったので、シルヴィアとマルギットに今日のお礼の品を買った以外は何も買わなかった。
 だが、次の雑貨店や服飾店、それから観光名所にあった土産屋、そして武具屋に本屋では俺達も結構な出費をした。
 俺自身の私的な買い物は高級武具屋と本屋ぐらいだったが、服飾店では女性陣の購買意欲に火がつき、午前中の大半は其処に拘束されることになった。
 俺自身も女性陣によって着せ替え人形にされたので、それなりに精神力を消耗した。
 リーゼロッテのセクシー路線多めのファッションショーという目の保養が無ければ、今ごろ精神的に死に体だったかもしれない。
 まぁ、シルヴィア達や店員達といった同性ーー幸いにも他に客はいなかったーーすらもかなり魅了していたが。ちなみに、気に入った衣装は全て購入した。
 
 
「そういうリオンも随分と大量に本を買っていましたね」

「まぁ、本を読むのは好きだからな。流石は帝都。古今東西様々なジャンルの書物が揃っている」


 リーゼロッテが言うように午前中に寄った本屋では大量の本を購入した。
 本にかけた金額は全部で二十万オウロほど。帝都の物価的には円換算すると約八百万円ぐらいか。
 紙は一般市民にも低価格で普及しているが、それでも本自体はそれなりの値段がする。
 基本的にジャンル問わず大量に買い漁ったので、この出費は当然の結果だった。


「本が好きなら、ウチの屋敷にある図書室は結構な蔵書数だぞ。渡すのは無理だけど、閲覧するだけならお母様から許可が貰えるはずだ」

「是非頼む!」

「わ、分かった。今日お母様が帰ってきたら聞いておくよ」


 元王族が住まう屋敷にある図書室の蔵書とか、無駄に期待感が高まるな。


「お礼代わりに好きなスイーツを追加で頼んでいいぞ」

「えっと、じゃあコレで」


 シルヴィアのためにメニューで一番高いパフェを注文する。
 流石にシルヴィアもこれまでの買い物で、俺の懐に余裕があるのが実感できたらしく、遠慮なく一番高いのを選んでいた。


「武具もあんなに買ってたけど、実際に使うの?」

「使うこともあるかもしれないけど、基本的には研究資料兼コレクションかな」


 マルギットに答えたのも嘘ではないが、主な目的は能力剥奪用だ。
 高級武具屋なだけあってどれもこれも粒揃いだったが、数点だけ迷宮秘宝アーティファクトがあったので即買いした。
 店員曰く、入荷したばかりなので、まだ俺達以外の客の目には触れていないんだとか。この運の良さは【豪運】などの運気アップ系スキルのおかげに違いない。
 迷宮秘宝だけで今日の今現在までの出費の半分以上を占めているが、個人的には満足だ。

 今回のことで貴族向けの装身具店や武具屋に顔見せが出来たので、気が向いたら手持ちの魔導具マジックアイテムを査定して貰いに行ってみても良いかもな。
 いずれゴルドラッヘン商会と武具の商談をする予定なので、その時に参考になる情報が得られるかもしれない。
 別に狙ったわけではないが、客観的に見てもシェーンヴァルト家とアーベントロート侯爵家と友好的なのは店側も理解出来たはずだから、売却時に足元を見られる可能性は低いだろう。
 店頭に並んでいる物の値段以外にも、店員の発言から売れ筋の商品の情報が得られたのは大きい。
 そのあたりの魔導具を【無限宝庫】の中からピックアップして査定に出してみるか。或いは新たに製作するかだな。

 そういえば、服飾店に【万能糸生成】で作り出した糸やそれで織った生地を査定して貰うのはどうだろうか?
 割りと自由に糸に特殊な性質を持たせられるから、その希少性と多様性は計り知れない。
 他にも、ユニークスキル【造物主デミウルゴス】の【物質創成】で竜の鱗を変質させて作った、元の竜鱗の性質を持つ糸である〈竜鱗糸〉なんかもある。
 こっちの方はその希少性、というより特異性から万能糸以上に注目を集めそうだな……うん、嫌な予感がしてきたから竜鱗糸は止めとくか。
 万能糸も査定に出す糸の性質は慎重に選ぶとしよう。


「昼からは何処に向かうんだっけ?」

「第三大通り沿いにある闘技場よ。その後は国立博物館に向かう予定」

「闘技場に博物館か」

「闘技場は今は何も行われていないから建物の見学だけね。博物館には色々展示されているから、見るところはあるはずよ」

「へぇ。なら博物館には期待しようかな」


 それから少しして闘技場へと移動する。
 午前中はシェーンヴァルト家の馬車で移動していたが、闘技場はここから歩いて行ける距離にあるので徒歩で向かった。
 石造りの円形闘技場、所謂円形闘技場であるコロッセオに似た外観をしている闘技場では、マルギットの言っていた通り何も催されておらず、一通り場内を見て回ってから博物館に向かう。


 博物館の入り口で身分証として冒険者プレートを提示し、一人小銀貨二枚の入館料を払って入る。
 ただの平民の場合だと、身分証と入館料以外にも身元が確かな人物の紹介状が必要らしい。
 冒険者の場合でも、名誉貴族であるAランク以上でなければ紹介状が必要だが、同行者に入館条件を満たす者がいれば必要無い。
 だからエリンとカレンも問題無く入館出来た。
 ここまで入館手続きが厳重なのは、それだけ館内に高価で貴重な物が展示されているからだろう。


「アークディア帝国の歴史か。あ、アーベントロートの名前があるぞ」

「私の家は建国時からあるからね。そこにある名前は七代前の当時の当主よ」

「やっぱり同じ魔人族の戦翅族なのか?」

「このご先祖様はね。でもずっと戦翅族の者が当主だったわけじゃないわ」


 自分の側頭部にある羽飾りのような紅い魔角に触れながら答えるマルギット。
 獣人族に狼人族や狐人族など複数の種族があるように、魔人族にも幾つかの種族が存在している。
 マルギットはその中でも戦翅族と呼ばれる種族であり、羽飾りのような魔角と高い身体能力が特徴だ。


「そうなのか? 昔から続く名家ってそういうところに拘るイメージがあるな」

「確かに常に特定の種族を維持している家もあるわ。でも、特定の種族に拘り過ぎて優秀な血を排斥するのは、家の力を下げることに繋がるというのが大半の家の考えよ。だから帝国では異なる種族間での婚姻は珍しくないわね」

「そうなんだな。そういえば侯爵夫人は角の型的に別の魔人種族だったな」

「ええ。ちなみに騎士団にいる兄上は母上と同じ種族だから戦翅族じゃないわ」


 マルギットの兄か。騎士団に所属しているとは聞いていたが、種族は違ったんだな。


「だから一つの種族に拘っている一族は意外と少ないわ」

「権威や伝統の面から種族に拘っているのは皇族の方々ぐらいじゃないか?」

「まぁ、有名なところだとそうね。でもそれは、皇族の種族である冠魔族以外の種族が皇帝になってしまうと、国内の種族間バランスが崩れやすくなるからよ。それでも直系に冠魔族が生まれなかった場合は、他種族の皇族の長子が次の皇帝に任じられ、その伴侶には傍系の冠魔族の者を選んだりなどして調整しているわ」

「……本人の能力や性格に関係なく、冠魔族というだけで皇帝に選ぶのも問題があると思うけどな」

「そうね……」


 マルギットとシルヴィアの間に微妙な空気が流れる。
 帝都に着いてからこれまでに集めた情報から、マルギットの困ったような顔と、シルヴィアの刺々しい雰囲気の理由は知っている。
 目の前にあるアークディア帝国の歴史を記した年表の比較的新しい箇所に視線を向ける。
 そこには“第九代皇帝ワルンフルド崩御”と記されていた。
 先々代皇帝ワルンフルド。通称、愚帝。または親バカ帝。
 この人物に関しては全く良い噂は聞かない。
 当時の直系皇族で唯一の冠魔族ーー魔人族の一種ーーだったからという理由だけで皇帝に選ばれたのだが、まぁ、愚か者という評価がピッタリな皇帝だったらしい。
 ある意味その被害者の一例がシェーンヴァルト本家だったりする。
 その結果産まれたシルヴィアとしては、こんな雰囲気にもなるか。このあたりもシルヴィアの男嫌いになった理由の一つなんだろうな。


「ーーなぁなぁ、シルヴィア。あそこにあるのってシルヴィアが持っている盾に似てるんだが、何か関係があるのか?」


 取り敢えず強引に空気を変えるとしよう。
 シルヴィアに呼びかけつつ、その肩を軽く揺する。
 

「あ、ああ。よく気付いたな。あれは、シェーンヴァルト本家にある盾のレプリカだな。本物の盾と私が使っている盾は、使っている材料や製作者が同じなんだよ」

「へえ、姉妹剣みたいなものか。由緒正しい盾だったんだな」

「ああ。元々は本家の方にあったんだが、私が成人した時に叔父がお祝いにくれたんだよ。まぁ、といってもそこまで強力な魔導具マジックアイテムというわけじゃないんだがな。だからこそ叔父上も私にくれたんだろうけど」


 ふむ。情報通り本家との関係は良好そうだな。


「シェーンヴァルトの本家か。公爵家なら色々希少な魔導具がありそうだな。そういや、マルギットの家にはこういった由緒正しい品とかはないのか?」

「まぁ、そこそこ歴史は長いからあるわよ。此処にもレプリカが展示されているはずよ」

「何処に?」

「えっと、確かあっちだったかしら?」

「あっちだな?」


 二人に先行して移動すると、リーゼロッテ達も空気を読んでついて来た。


「……ごめん、マルギット」

「いいわよ。シルヴィアが自滅するの今更だし」

「うっ」

「リオンとの会話に入って来て勝手に自分が不機嫌になるネタを振ってるんだもの。私達二人だけならまだしも、事情を知らない人達がいる前で私はどういう対応を求められてるのかしらね?」

「す、すまない……」


 少し遅れてやってくる二人の様子を【盗聴ワイヤタッピング】と【空間把握センス・エリア】で窺う。
 二人きりになったらあっさり解決したようだが、なんというかこういう遣り取りを見ると、二人の関係性が分かるな。

 二人が追いついて来ると、マルギットからアーベントロート家関連の展示品の説明を聞いていく。
 シルヴィアからはシェーンヴァルト家関連の展示品の説明を受けつつ、博物館の中を隅々まで見て回る。
 博物館に展示されているのは殆どが型だけ似せたレプリカだったが、一部は本物が飾られていた。
 そういった本物からは【情報賢能ミーミル】で解析して情報を集められるので、知識欲を満たす以外にも非常に有意義な一時を過ごすことができた。

 博物館を出た後も帝都にある観光名所を回る。
 それらも見終わってからは、特に行き先の予定は無かったので、市内を適当に散策しながら日が暮れる前にシェーンヴァルト邸へと帰宅した。

 
 
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