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第三章

第七十一話 ダンジョンの種類

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 ◆◇◆◇◆◇


 西の帝国ことアークディア帝国は、国内に複数の迷宮ダンジョンを有している。
 そんなダンジョンの管理を行っている都市を〈迷宮都市〉と呼ぶのだが、そのダンジョン自体には大きく分けて二つのタイプが存在していた。

 一つは〈神造迷宮〉と呼称されるモノで、その名の通り神々によって創造されたと言われるダンジョンだ。
 人類に様々な財宝や多種多様な資源を齎す神々からの恩寵であり、人類が生物として更なる高みへと昇るための試練場でもある神造迷宮の数は少ない。
 現在発見されている数は十にも満たず、アークディア帝国はその内の一つを建国時から有している。
 その規模は神造迷宮の中で三指に入るほどに大きく、獲得できる資源は豊富だが、相応に難易度が高く、未だに最深部まで攻略出来ていないどころか、ここ百年ほどは最大到達階層の記録が更新されていない。
 俺が帝都へ寄った後に向かう予定の迷宮都市は、そんな神造迷宮がある迷宮都市だ。

 そんな神造迷宮と似て非なるダンジョンが〈幻造迷宮〉と呼ばれるモノであり、神々ではなく世界が生み出したと言われる神造迷宮の模造品だ。
 個々のダンジョンで資源も難易度もバラバラだが、神造迷宮と比べれば多く存在している。
 数の違い以外にも相違点は幾つかあり、その一つはなんと言っても『消滅するダンジョン』であることだろう。
 神造迷宮とは異なり、最深部には迷宮核と言う幻造迷宮の心臓部が存在している。
 心臓部と表現した通り、迷宮核が破壊されると幻造迷宮は最深部から徐々に崩壊していき、やがて完全に消滅するらしい。
 ダンジョンが消滅したら、当たり前だがそれまで産出されていた各種資源は得られなくなる。
 ならば迷宮核を破壊しなければいいと思うだろうが、そう簡単にはいかない事情があった。

 幻造迷宮を維持するのを難しくしている最大にして最悪の要因。
 それは、幻造迷宮の魔物達は、ダンジョンの外の地表部に進出してくることだ。
 神造迷宮の魔物達はそれぞれの生息地である各階層、又は各エリアから基本的に移動することは無く、ましてや、ダンジョンの外へ向かって移動することは絶対に無い。
 模造品故か、或いは世界の意志かは不明だが、幻造迷宮では幾つかの条件を満たした時に、ダンジョン内部の魔物達がダンジョンの入り口へと向かって大移動を始める。
 そしてダンジョンの外へと出た魔物達は地上を蹂躙してから各地に散っていく。

 そのため、現在地上にいる魔物達は、そうしてダンジョンから出て来た魔物達の子孫だとも言われているが、実際のところは分かっていない。
 このような危険性があるため幻造迷宮が発見されたら、早急に最深部の迷宮核を破壊することが推奨されている。
 迷宮核が破壊されたら新たに魔物が出現ポップすることも無くなるため、後はダンジョンが内部の魔物ごと消滅するまで入口を死守すれば済む。
 しかし、人として、或いは為政者としてダンジョンは財宝を排出する大鉱山と言ってもいいシロモノだ。
 神造迷宮と比べれば財宝や資源の質や量が劣るダンジョンも多く、地上に進出する危険性やそれを未然に防ぐために監視するコストまでかかる。
 だが、それでも出現数の多い幻造迷宮の利用価値は計り知れないため、早期に迷宮核が破壊されることは殆どなく、危険を承知の上でどの国でも管理が行われていた。


「ーーつまり、今向かっているヴォータムは、そんな事情の元に生まれた迷宮都市というわけだな」

「ふーん。結構リスキーなところなのね」


 街道を走る魔導馬車の中で、俺はエリンとカレンに次に立ち寄る迷宮都市ヴォータムについて説明していた。
 迷宮都市ヴォータムのダンジョンは、数年前に発見された国内で最も新しいダンジョンだ。
 ヴォータムの近郊にある森の中にいつの間にか発生していたらしく、国からの支援によって数年かけて普通の町から迷宮都市へと規模が拡張されたらしい。
 そんなヴォータムの迷宮都市化には、大商会であるゴルドラッヘン商会も当然の如く関わっていた。

 帝都への護衛依頼には、アリスティア達が襲撃を受ける前から決まっていた仕事を、スケジュール通りの行程で行うことも含まれている。
 アリスティアが任されていたのは、帝国各地にあるゴルドラッヘン商会の支店の査察と、その町の市場調査だ。
 今回のスケジュールで向かったのは帝国の北東方面であり、帝都から最も遠い支店から順番に辿って行って本店に戻るというスケジュールだった。
 その途中で他の商会から襲撃を受けて窮地に陥った結果、俺達と出会ったわけだ。


「予定では、次のヴォータムが必ず立ち寄る最後の場所でしたよね?」

「はい、そうなります。ただ、此処までに立ち寄った町とは違って、幾つか商談がありますので、少し滞在することになるかと思います」

「どのくらい滞在する予定ですか?」

「予定通りなら五日ですね」


 それぐらいなら約束の期日前には余裕を持って帝都に到着出来るかな。


『アリスティア様。ヴォータムが見えて参りました』

「分かったわ。入市手続きはお願いね」

『お任せください』


 ヴォータムにスムーズに入るために御者席には商会側はアリスティア付きの秘書であるラーナが、護衛側としてリーゼロッテが座っている。
 エルフ美女二人が御者席に座っている姿は非常に目立ちそうだ。
 リーダーとして俺が入市手続きをしようかと思ったのだが、逆にリーダーとして依頼主と交流を深めておくよう言われ、断られてしまった。
 馬車の中とはいえ、もう十日も同じ屋根の下で生活しているのに今更じゃないかな、とも思ったが、特に進んで御者席に座りたいわけでもないので大人しく従っておいた。


「前もってヴォータムでのスケジュールを聞いても大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫ですよ。先ず、ヴォータムに入ってからは真っ直ぐ市内にある支店の方へ査察に向かいます。そして次にーー」
 
 
 アリスティアから迷宮都市ヴォータムでのスケジュールを聞いている内に、ヴォータムの検問所に並んでいる列の最後尾に到着した。
 【空間把握センス・エリア】で確認したところ、運が良いことにそれほど並んでいないので少ししたら順番が回ってくるだろう。


「やっぱり検問所では馬車の中を確認したりするんですかね?」

「どうでしょう。ヴォータムの皆さんとは良い付き合いをさせてもらっていますので、おそらくですが、馬車の中までは確認されないと思いますよ」


 つまり、万が一にも不興を買ったら既存の取引を中止されかねないから簡単に済まされるだろう、ということか。
 ナチュラルにそう判断できるあたりアリスティアのお嬢っぷりが窺える。
 ヴォータムでどれくらいのシェアを占めているか分からないが、決して少なくないだろし、市民の生活のことを考えたら衛兵はそういう対応をしそうだな。
 これまで立ち寄った町でも忖度されていたが、まさか人や物の流入が多い此処でも同じだとは、大商会のネームバリューには恐れ入る。


「……リオンさん。今、何か失礼なことを考えていませんか?」

「はて、何のことでしょう?」

「今、何を考えていましたか?」

「アリスティアとラーナは本当に美人だなぁ、と考えていただけですよ」

「あら、ありがとうございます。では、そんなわたくしとラーナのために専用の魔導馬車を造ってくださいませんか?」

「ハハハッ。それとこれとは別なのでお断りしますよ」


 何度目か分からないアリスティアからのお願いを断る。


「むぅ。それでも、以前約束した通り、帝都に着いたら父と共に改めて商談させて貰いますからね?」

「それに関しては約束した事なので構いません。ただ、商談したからと言って必ずしも契約するわけではありませんよ?」

「父が提示する報酬次第では契約を結んでくれるのでしょう?」

「この馬車と同じレベルというのは素材的に無理なので、それ以下の物で良ければ、そのつもりです。まぁ、御父君には商談前に情報漏洩防止のための契約書にサインをして貰いますけどね」


 初めて魔導馬車を使用した日にも言ったことを改めて告げておく。
 内部の広さだけでなく、個室や浴場にトイレ、果ては内装にもアリスティアは感動したようで、護衛依頼の初日は特にテンションが高かった。
 意図せず襲撃された恐怖を和らげることになったのは怪我の功名と言うべきか。
 この魔導馬車の材料には、この世界に来た直後に倒した紅黒竜の竜素材も使われている。
 現状、竜素材の売却は考えていないので、仮に新たに造って売るにしても竜素材が使われていない、性能と質を抑えた下位互換の魔導馬車になるだろう。
 ま、全ては帝都にあるゴルドラッヘン商会本店までアリスティア達を送り届けてからだな。

 一先ず、ヴォータムでの護衛の方に意識を切り替えよう。
 ヴォータムでは襲撃を仕掛けてくる商会以外にも周りの冒険者にも注意する必要ある。
 各地から一攫千金目当ての冒険者が多く集まっているため、他の町と比べて素行の悪い冒険者の数も相応に増えているはずだ。
 そんな輩が、こんな美女・美少女集団を放っておくとは思えないので、これまで以上に周囲を警戒するべきだろう。
 ……厄介ごとが重なると面倒だし、俺達にちょっかいかけようとしてくる敵は、隙を見て事前に狩っておくとするか。
 検問所での手続きが終わり、魔導馬車がヴォータム市内へと進んでいくのを感じながら、ヴォータムのマップを開いて怪しい奴を予めピックアップするのだった。



 
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