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第三章

第六十話 夜を駆ける断罪者

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 ◆◇◆◇◆◇


 月の光が地上を照らす中。
 俺は両の手の短剣を振るっていた。
 何が起こったか分からず首元から血の噴水を上げる者、気付いたら胸に穴が空いており崩れ落ちる者。
 それらの者達が攻撃を受けてから、周りの者達が此方の存在に気付き襲い掛かってくるが、その動きは稚拙としか言いようがないものだった。
 能動的アクティブな魔法やスキルを使うことなく、受動的パッシブなスキルも発動させることなく、最小限の身体の動きのみで攻撃を避け、擦れ違い様に全員の急所を斬り裂いて無力化していく。


「うわぁあああ⁉︎」


 悲鳴が上がった方に視線を向けると、体勢を崩した味方の兵士に向かって剣を振り上げている敵の姿が見えた。
 その光景を視認した瞬間、考える間も無く短剣の片方を投擲した。
 投擲した短剣は剣を振り上げていた敵の脇腹へと突き刺さる。
 その切っ先は心臓部にまで届いており、その状態から行動できるような力はこの敵には存在しない。
 血を吐き出して倒れた敵兵から、【重力操作グラヴィティ・コントロール】で投擲した短剣を引き寄せて回収する。
 視線を巡らせると、この場の戦況も決したようだ。


「では私は次の拠点に向かいます」

「すまない助かった。気を付けろよ」

「はい。ありがとうございます。それでは」


 現場指揮官の騎士に一言断りを入れてから別の拠点へと移動する。
 これまでに援軍に向かった場所は三つ。
 最初に担当した、捕らえられていた者達が集められていた倉庫も含めれば四つ。
 残る敵の拠点は一つだけ。
 マップ上で確認すると、ここには領主麾下の兵力の中でも精鋭の者が主に配置されているのが分かった。
 理由は、この場所に集まっている敵の幹部を捕らえるためだ。
 犯罪組織を潰すという意味でも、情報収集という意味でも確実に捕らえる必要がある。


「では出来る限り生きたまま捕らえた方が良いんですね?」

「ああ。乱戦状態では確実とはいかないだろうが、格好から奴隷商人らしいヤツは生きたまま捕らえてほしい」

「分かりました」


 到着してすぐに今回の襲撃の総隊長である騎士に面通しを行う。
 その際に幾つか情報を得てから俺も襲撃に参加した。
 最後の拠点はスラム街の一画に作られた大きな屋敷だった。
 いや、より正確に言えば屋敷と周囲の家屋か。
 倉庫の時のような脱出路がないかを立体表示にしたマップで確認したところ、案の定存在していた。
 しかも、ちょうど屋敷内からそこに向かっている一団があったので、【強欲神皇マモン】の【発掘自在】で通路を通行不可能な状態にすることにした。
 地面を軽く踏み鳴らして発動させると、通路の至るところから石製の槍衾が無作為に生成されていく。
 脱出しようとしていた奴等から見て、通路の奥の方から迫ってくるように生成されている。
 槍衾は人を軽く貫くほどに鋭く硬いので、脱出路を慌てて引き返していった。


「これでヨシ、っと。さて、行くか」


 拠点襲撃部隊の本陣から離れて【認識遮断】を発動させる。
 今の俺は昼間に作った【白夜の民】の効果により、陽の出てる間と夜の時間帯は全能力値が強化されるので、いつもより身体が軽い。
 どうやら太陽が出ている時よりも夜の時間帯の方の効果が高いようだ。
 まぁ、名前的にも夜の方が主体だから当然と言えば当然なんだが。
 そんな強化された身体能力と【立体機動】によって宙を蹴り、【襲撃の極み】で思いついた屋敷への侵入ルート通りに屋敷を囲む包囲網と敵勢力の上空を通過する。
 屋敷の中庭に降り立つと、【空間把握エリア・センス】で今一度状況を確認。
 地下脱出路から慌てて出てきた違法奴隷商達のリーダーが、屋敷の警備の責任者らしき者に何やら怒鳴り散らしているのが認識できた。


「取り敢えず目標を押さえるか」


 表への援護も兼ねて屋敷に侵入後は、敵の注目を集めるために隠密行動はせずに屋敷内を進んでいくことにした。


[特殊条件〈一撃多殺〉〈無慈悲にして慈悲〉などが達成されました]
[ジョブスキル【処刑人エクスキューショナー】を取得しました]


 この屋敷の総面積は地上よりも地下の方が広い。
 こんな大規模な増築が行政に気付かれずに出来たのもひとえに魔法のおかげだろう。
 俺なら一時間も掛からずに同規模の地下空間が作れるので、他の者でも時間さえあれば可能なはずだ。
 まぁ、それでもこれだけの規模の拠点と兵力を用意し維持するには、どこかしらの大きな勢力からの支援が無ければ不可能だと思う。
 そのあたりはアルムダ伯が調べるだろう。
 そんな地下空間にあった物資や資料を物色したり、貰っても問題無い物は拝借したりしながら進んでいると、貴族の屋敷の大ホールのような大広間に差し掛かったところで、どこからともなくゾロゾロと敵が集まってきた。
 武器を抜き、逃げられないよう俺の周囲を囲んだタイミングで、冒険者で言うところのBランク上位ほどの強さの男が前に出てきた。


「てめぇ、此処が何処なのか分かってーー」

「GAAAAAAA‼︎」


 男の問い掛けを無視して【獣王咆哮ビースト・ロア】に【拡声】を重ねがけて発動した。
 殺意を乗せて放たれた大音量の獣王の咆哮は、扉を閉め切った大広間という閉鎖空間内に良く響き渡り、その効果を最大限に発揮する。
 その結果ーー。


[スキル【知力強化】を獲得しました]
[スキル【不遜な指揮官】を獲得しました]
[スキル【包囲戦術】を獲得しました]
[スキル【魔力集中】を獲得しました]
[スキル【生への執着】を獲得しました]
[スキル【武の申し子】を獲得しました]

[保有スキルの熟練度レベルが規定値に達しました]
[ジョブスキル【高位狩人ハイハンター】がジョブスキル【狩猟術師ハンティング・ロード】にランクアップしました]
[ジョブスキル【高位盗人ハイシーフ】がジョブスキル【盗術師シーフ・ロード】にランクアップしました]


「ーーふむ。場所は選ぶが中々使えるな。お、レベルが上がってる」


 周りを見渡すと、囲んでいた敵兵は全員が耳などの穴から血を流した状態で倒れていた。
 【万能索敵ワイルド・レーダー】で感知できる生命反応は一つも無く、全員即死だったようだ。


[一定条件が達成されました]
[ユニークスキル【強欲神皇】の【拝金蒐戯マモニズム】が発動します]
[対価を支払うことで新たなスキルを獲得可能です]
[【救恤ザ・レリーフ】【天啓護騎の戦乙女レギンレイヴ】【契約】【愚かな正義感】【真摯なる信仰】と大量の魔力を対価として支払い、ユニークスキル【救い裁く契約の熾天使メタトロン】を得ることができます]
[新たなスキルを獲得しますか?]


 なんか懐かしい通知が来たな。
 タイミングからして、レベルが一定値まで上がったのが最後の条件か?
 レベルが上がったことで、新たなユニークスキルを受け入れられるほどにキャパシティが空いたから、ってところか。
 名称的にジョブスキルの【断罪者パニッシャー】と【処刑人】を取得したことも関係していそうだ。


「メタトロン、ね。随分なビックネームじゃないか。ユニークスキル二つに【契約】スキルまで失うみたいだが……直感に従うとしよう。獲得する。ーーっつ、相変わらず馬鹿みたいに魔力を喰われるな」


[同意が確認されました]
[対価を支払い新たなスキルを獲得します]
[ユニークスキル【救い裁く契約の熾天使】を獲得しました]

[ユニークスキル【救い裁く契約の熾天使】の内包スキル【熾天使の恩寵セラフズ・グレース】によりスキルが与えられます]
[スキル【聖光無効】を獲得しました]
[スキル【炎熱吸収】を獲得しました]
[スキル【天空飛翔】を獲得しました]
[スキル【上位天使顕現】を獲得しました]
[スキル【熾天使の浄光】を獲得しました]
[スキル【聖光属性超強化】を獲得しました]


「……こういうスキルもあるんだな。まぁ、役に立ちそうなスキルで何よりだ」


 急激かつ強制的な魔力の大量消費による立ち眩みから持ち直すと、忘れずに【戦利品蒐集ハンティング・コレクター】で武器や貴金属、魔導具マジックアイテムの類いを全て回収しておく。
 回収を済ませてから大広間の扉を開けて先に進む。
 数歩進むと通路の先から矢が飛んできたので首を傾けて避ける。
 矢を避けながら短剣を投擲し、短剣が射手の額を穿ったのを確認してから更に先へと進んだ。


「た、助けてください!」

「ん?」


 通路沿いにある部屋の一つからあられも無い姿の女性が出てきた。
 いかにも目に遭っていた被害者のような姿だが、当人に妙な色気があるので初めからそういうコンセプトの衣装のようにも見えなくもない。
 でも、何というか胡散臭い。


「わ、私、ここに捕まっていてーー」

「ーー強盗、殺人、誘拐etcなどなど。罪状多数だな」

「え?」

「フッ、身に覚えあるだろ?」


 【救い裁く契約の熾天使】の内包スキル【審判の瞳】により、目の前の女の嘘と罪は見えている。
 嘲るように鼻で笑ってやると、女は泣き顔から表情を一変させ、隠し持っていた猛毒ナイフで襲い掛かってきた。
 高く見積もってBランク中位ぐらいかな?
 ナイフを持った女の手を掴んで止めると、女はそのまま此方の急所を蹴り上げようとしてきたので、その脚を横から蹴り抜き、圧し折ることで未然に防いだ。


「おいおい。まだ今生では一度も使ってないんだから止めてくれよ。ちょうどいいから実験台になってもらおうか。【告死呪葬の腐蝕侵掌リーサル・ハンド】」

「キャアアアアアアッ⁉︎」


 掴んでいる手から身体全体へと【告死呪葬の腐蝕侵掌】の力が広がっていく。
 肌から瑞々しさが一気に失われ、肌に毒々しい色合いの謎の斑点模様が浮かぶ。
 その斑点模様を上書きするように肌が真っ黒に染まると、掴んでいた場所から順に黒い魔力粒子になっていく。
 身体全体が黒い粒子状になって散るまでにかかった時間は三分ほど。
 何て邪悪でエグい死の三分間だろうか。


[スキル【魔性の肉体】を獲得しました]
[スキル【籠絡】を獲得しました]
[スキル【性技】を獲得しました]
[ジョブスキル【役者アクター】を獲得しました]


 頭部が粒子となって消えるまでの間、女は激痛と恐怖に泣き叫び命乞いをしていたみたいだが、それを聞いてやるつもりは無い。
 そんなことよりも【情報賢能ミーミル】で目の前の事象を解析するのに忙しいのだ。


「思っていたよりヤバい能力だな。効果を指定せずに軽く使っただけでコレか。念のため浄化しとこ」


 調べたところ大丈夫そうだが、気持ち的に綺麗にしときたいので、手に入れたばかりの【熾天使の浄光】を発動して周囲の空間を浄化する。
 俺の魔力色である黄金色に染まった浄化の光によって、何となく澱んでいた空気が清涼なモノになっていく。


「ふぅ。こんなところか。取り敢えずコレは基本封印だな。無闇矢鱈に使うと戦利品が減りそうだ。……いや、発動する効果をしっかりと指定すれば使えるか?」


 使用したもう一方の【審判の瞳】は……今回は分かりやすい相手だったけど、罪の判定基準がイマイチ分からない。
 罪状看破能力の方は頼るのは危険かな?
 使うにしても嘘発見器として真偽看破能力だけ使うか。
 やはり実際に使ってみないと分からないことってあるよな。
 そのことを再認識できたのは良いことだ。
 さて、標的はもうすぐそこだし、気を引き締めていくとしよう。



 
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