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第二章

第四十三話 矜持 

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 ◆◇◆◇◆◇


「へ、へえ、そうなんですか。大変だったんですね」

「はい。運良くアルグラートへと戻る最中のリオンに窮地を救われました。そういった縁でリオンとパーティーを組ませていただくことになったというわけです。なので所属国の変更とパーティー登録をお願いします」


 終始顔を引き攣らせていた冒険者ギルドの受付嬢リリーラは、パーティー登録の記入用紙を出すと、滅多に使われないらしい所属国変更の書類を取りにカウンターから離れた。
 リーゼロッテは今まで特定の国に居着かずに小国家群を転々としていたため、所属が初めに登録した国のままだったが、俺と行動を共にするにあたって所属を変更するそうだ。


「……なぁ、リーゼ。書きにくいんだが」


 右手でペンを持つ一方で、左手はリーゼロッテに捕まっていた。
 リリーラの顔が引き攣っていたのは、カウンターに着くや否やリーゼロッテが俺に腕を絡めませてきたからだろう。


「こうやって周りに見せ付けておけば余計な勧誘を受けずに済みます。つまり必要なことです」


 周囲に聞こえないように小声でそう弁解する。
 リーゼロッテほどの美しさならば既にパーティーを組んでいても勧誘しようとする輩が現れるだろうから言ってることは分かる。
 実際、列に並んでいる間もリーゼロッテに声をかけたそうな輩がチラホラいたからな。だから理屈は分かるのだが……。


「何か問題でも?」

「……問題だらけだと思うぞ。取り敢えずそこまで絡ませる必要は無いだろうよ」


 着心地と防御力を両立させた防具はそこまで分厚い生地ではない。
 つまり豊かな胸の感触が実感できるぐらいに強く腕に当たっているわけだ。
 俺の理性と場の空気的にも控えようか。


「仕方ありませんね」


 俺の願いが通じたのか、リーゼロッテが腕を組むのを止めてくれた。
 ちょっと残念な気がするが、無駄に周囲を煽ることになるのでこれでいいのだ……既に手遅れな気がするけど。


「パーティー名は決まっているのですか?」


 パーティー結成の記入用紙に俺に続いて自分の名前を書いたリーゼロッテがそう尋ねてきた。


「ん? ああ、〈戦神の鐘〉だ」

「戦神の鐘、ですか?」

「ああ。冒険者って基本的に魔物との戦いといった危険な環境に身を置くだろ? だから、戦い抜いて無事に帰還するために戦神の祝福がありますようにという願掛けの意味を込めてるんだ。鐘については、鐘の音だったら願いが届きそうだからだな。ま、小難しい理由はないほぼ思い付きの名だよ」

「ふむ。変に奇を衒ったわけでもないですし、良い名前だと思います」

「んじゃ、これで決定だな」


 まぁ、他にも、俺のユニークスキル【魔賢戦神オーディン】と、前世の俺の名前〈玄鐘理音クロガネリオン〉から取ったという理由もあるんだけどな。
 それから戻ってきたリリーラから所属国変更書類を受け取り、リーゼロッテが必要事項を記入している間、リリーラから今後の話を聞く。


「では、三日後にギルドに来ればいいんですね?」

「はい。詳しいことはその時にギルドマスターの方から話をするそうです。ですから……え、あ、はい。そうなんですか? 分かりました」


 会話の最中にやってきた他の女性職員がリリーラに耳打ちをしていった。


「今ギルドマスターから連絡があったんですが、三日後ギルドに来る時はリオンさんだけじゃなくて、リーゼロッテさんにも一緒に来て欲しいとのことです」

「おや、そうですか。分かりました。では、三日後に二人で伺います」

「よろしくお願いします」

「ああ、そうだ。これは職員の皆さんにお土産です。名前が書いている物はその方用のお土産なので分配をお願いします」

「わぁ、ありがとうございます! 本当にいいんですか?」

「どうぞどうぞ」


 【異空間収納庫アイテムボックス】から取り出したお土産の数々をカウンターに出していく。
 基本的には日持ちのするお菓子や乾物が多いが、他には男性職員には酒を、女性職員には女性向けの小物を選んで買ってきた。
 アクセサリーの類いは好みが分からないので無難なハンカチや人気の化粧品数種をセットで選んだ。
 リリーラなどの関わりの多い職員には別途個々人用のお土産もある。
 リリーラやカウンターにいる受付嬢達の反応を見る限り外してはいないようだ。
 一部酒を見ているのもいるが見なかったことにして、書類を書き終えたリーゼロッテを引き連れてギルドを後にした。


 ◆◇◆◇◆◇


「ふぅ。一難去ってまた一難だった」


 アルグラートで宿泊している宿屋である白銀の月花亭でも多少のトラブルがあった。
 まぁ、一難トラブルと言っていいのか微妙ではあるが、すんなりと宿泊手続きが出来なかったのは間違いない。


「何が一難だったのですか?」


 トラブルの元凶、という言い方は失礼かもしれないが、原因ではあるリーゼロッテが平服に着替えてから澄まし顔でそう尋ねてきた。


「……今の状況に至るまでの経緯がだよ」


 俺が今まで使っていたのは一人部屋だったのだが、今いるのは二人部屋だ。
 宿屋に着くと、受付でリーゼロッテの分の一人部屋を借りようとした。
 そしたらリーゼロッテが「二人部屋で」と主張してきたわけだ。
 理由はギルドでの腕組みと同じ理屈に加えて、同じ部屋の方が有事の際に動きやすいからという、これまた論理的思考に基づいたものだった。
 宿泊受付をしてくれた女将さんも俺が泊まっている部屋の近くに空いている一人部屋は無いと言うし、二人部屋の方が一人部屋を二つ借りるより安いよと言うので、結局押し負けたわけだ。


「そんなに嫌でしたか?」

「嫌じゃないが、会って間もない男女が同じ部屋で寝泊まりするのは、正直どうかと思うんだがな」

「私は構いませんが?」


 リーゼロッテは俺が座っているベッドに腰を下ろし、此方をジッと見つめてくる。
 何だか俺が思ってる方とは違う意味に聞こえるのは気のせいだろうか?
 距離が近いのと、二人っきりの室内で胸元が開けた服装を着ることといい、リーゼロッテってかなりの肉食系だよな。
 リーゼロッテの報復相手である冒険者や貴族から奪った記憶の情報を纏めると、全く男を寄せ付けない孤高の存在だったみたいだし、そっちの方が普通の状態ということだ。
 つまり、こんなに積極的にアピールしてくるのは相手が俺だからということになる。
 だからといってすぐに喰いつくのは俺の沽券に関わるので簡単に受け入れるわけにはいかない……少なくとも今は。
 あと、単純に勘違いだったら恥ずかしいし、暫く様子見だな。


「……ま、少なくとも理には適ってるか」

「そうでしょう?」

「どの道これから野営とかで寝食を共にするなら普段から慣れておく必要はあるか」

「そういうことです」

「それに人数が多いならまだしも二人だけだし部屋を分けるのは非効率的か」

「そうですよ。二人っきりです」


 更に距離を詰めて肩と肩がくっつくほどにまで近づいて来た。
 何という押しの強さだろうか。
 油断していたらあっという間に理性の防壁を崩されそうだ。
 生き急いでいたら駄目だったかもしれない。


「……あ、そうだ。今日は一日休みだから俺がアルグラートを案内しよう。カルートの町で衣類は買ったけど、それ以外の生活必需品は買ってないだろ? 市中の店を色々見てまわるついでに、せっかくだから昼食も外で食べようじゃないか。うん、それが良いな」


 そう言って立ち上がると外出する準備をする。
 今着ているのは冒険時の装備であり普段着ではないので、平服に着替える必要があるからな。


「……自信を無くしそうです」

「一応誤解のないように言っておくが、リーゼはちゃんと魅力的だからな?」


 ボソッと呟いたリーゼロッテにそう言葉を返すと、憮然とした表情を浮かべたまま顔を逸らされた。


「信じられませんね」

「欲望に流されない生き方は俺の性分なんだよ。分かってくれ」

「むぅ……」


 ふむ。これから買い物をするのに機嫌が悪いままというのも問題か。


「まぁ、俺も男だからな。それなりに時間が経ってもなおその気があるなら受け入れるかもしれない」

「つまり期待していいと?」

「少なくともゼロではない」

「……仕方ありませんね」


 着替え終わった俺の傍にリーゼロッテが寄ってくる。
 チラリと見た顔を見るに機嫌は直ったようだ。
 これで過度なアピールも収まり、暫くは大人しくなってくれるだろう。


「リオン」

「なんだ?」

「私はこれでもそれなりに長く生きてきました。少なくともリオンよりは年上でしょう」

「そうだな」


 俺の年齢が、前世の年齢をステータス上の二十二歳に加算しても百歳にならない時点でリーゼロッテの方が年上だもんな。


「そんな私が最近になって初めて知ったことですが、どうやら私は自分で思っていた以上に欲深かったようです。こういった欲望自体が生まれて初めてだったもので、私自身も正直戸惑っている部分もあります」

「まぁ、大罪系スキル保持者は個人差はあるだろうが、大なり小なり欲深いと思うぞ」

「はい。そして私は自分が恵まれた容姿だということを自覚しています。容姿に加えて今まで培ってきた戦闘力なども含めると、傲ってしまってもおかしくないと思うのです」

「ふむ?」

「ですから、そんな〈傲慢〉な私が待たされることを素直に享受するとお思いですか?」

「……あー、えっと、難しいか、な?」


 ガシッと腕を掴んできた手にはかなりの力が篭っていた。
 何というか、絶対逃がさないという意思が感じられる。
 もしかしてリーゼロッテの矜持プライドを刺激してしまったか?


「ええ。ですから大人しく待つつもりは無いので覚悟してくださいね」

「お、おう」


 何か前よりも情念が燃え上がってる気がするんだが……今こっちを見つめているリーゼロッテの顔を確認するのが正直怖い。


「さぁ、行きましょうか。ちゃんとエスコートしてください」

「エスコートするも何も、平民が利用する街並みを普通に案内するだけなんだがな」

「では先ず繁華街に行きましょう。色宿とかを見たいですね」

「却下だ」


 さっそくぶっ込んできたリーゼロッテの意見を切り捨てると、先ずは何処に連れて行くかを考えながら部屋を後にした。

 
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