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第二章
第四十一話 傲慢と忠義
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「今回は本当にありがとうございました」
「気にするな。俺は自分の利益のために動いただけだ」
俺達が今いる場所はロンダルヴィア帝国内の国境近くのとある町のレストラン。
昨日カルットの町で利用した高級レストランほどではないが、個室席もある少々お高めなレストランだ。
無事に報復を終えた後、俺とリーゼロッテはカルットの町には戻らずに別の町で祝杯を挙げていた。
その個室の一つでグラスを傾けながら、向かいに座るリーゼロッテへと事実を告げる。
「利益のために動いたにしては、随分と無用な出費と手間をかけてくれるのですね?」
「そこまでのことはしてないぞ」
自分が有する能力と資産を考えるとそう答えざるを得ない。
出費に関してだが、リーゼロッテを捕らえた貴族の屋敷の宝物庫などから慰謝料として徴収した財貨の一割も使っていない。
手持ちの莫大な量のロンダルヴィア硬貨を消費するために金を使ったという理由もある。
だが何よりも、一番の被害を受けたリーゼロッテに還元するつもりで宿代や食事代などの諸費用を出しているため、そんなに感謝されるようなこととは思っていないのだ。
手間についても、報酬を受け取るからには完璧に仕事を完遂したいからだ。
ターゲットである静謐の狂鬼の面々が各自で使用している水筒の中に、無味無臭の凍結耐性を弱体化させる毒を入れることは隠密系能力を使えば容易い。
大蛇の死体を使った偽装工作と洞窟の作成に転移魔法の行使は少し大変だったが、それも俺の能力からすれば容易く実行できる範疇なので大した労力ではないのだ。
そういった理由を苦笑しながら話したが、「そういうことにしておきます」と本気にされなかった。
「クロはこの後どうするのですか?」
そろそろ宿に戻るかなと考えていると、リーゼロッテからそう尋ねられた。
「ん? 普通に元いた国に帰って冒険者業に戻るぞ」
「そうですか。では、今後も一緒に行動したいので私も連れて行ってください」
「……」
こういった過程を無視した突飛な発言に対して咄嗟に上手い返しが思いつかないな。
「ちょっと待て。今の話の流れからどうしてそうなるんだ?」
「おかしいですか?」
「おかしいし、何が『では』なのかが分からん。何故そういう話になったのか説明してくれ」
ちょっと可愛らしく首を傾げられても、分からない物は分からない。
心が読めるなら分かるかもしれないが、俺に読心能力は無い。
「では順を追って説明します」
「ああ」
居住まいを正したリーゼロッテの雰囲気が真剣みを帯びる。
どうやら真面目な話らしいので傾けていたグラスをテーブルに置いて話を聞く姿勢をとった。
「私は今回、一時的な関係とはいえ仲間に裏切られました」
「そうだな」
「故郷を出る前もその後も、一人で戦うのに困ったことはありません」
「まぁ、そうだろうな」
リーゼロッテの十八番であろう氷結能力は強力だ。
対人だけでなく対集団においても圧倒的な力を発揮でき、凍らせるという能力である故に足止めや拘束、弱体化といった使い方だってできる。
ステータスを視る限り、氷結能力以外にも複数属性の魔法と武器を使った近接能力、そしてユニークスキルもあるので手札も豊富だ。
一番費用対効果が高い氷結能力ばかり使用するから近接が苦手な魔法使い系の後衛タイプに見えるが、所有しているジョブスキルとその熟練度から判断するに全距離対応可能な万能タイプに近いだろう。
こういったタイプは器用貧乏になりやすいが、リーゼロッテはそうではなかったわけだ。
「ですが、それはあくまでも戦いに限定してです。今回のように時間をかけて騙された場合、私にはその悪意を見抜く力も、どんな障害も跳ね除けられるほどの圧倒的な力も無いことが痛いほど分かりました。それなのに、私という個人は色々と人の欲望を刺激するようですから、このままソロで活動していたら今後も同じ様な目に遭う可能性は高いでしょう」
「……まぁ、そうだろうな」
超がつく美人で、エロい身体で、超レアな種族で、高ランク冒険者で、一人で行動していて、と少し考えただけでもこれだけの悪人ホイホイな要素が思い浮かぶ。
今回運良く助けられたからと言って、次回も大丈夫ということはあり得ないからな。
「そのため信頼できる仲間を探す必要があるのですが、ちょうど目の前にこれ以上ないほどの好条件を揃えた方がいます」
「好条件ね」
「はい。私以上の実力があって、私以上の手札の充実ぶり、私と同じソロの冒険者など幾つもの理由が挙げられます」
「俺も欲望に弱い男の一人だぞ?」
揶揄うように問題点を指摘すると、何故かクスクスと笑われた。
「フフフッ、そうですね。少なくとも私の外見はお気に召して下さったようですからね」
「……まぁ、なんだ。何というかすまない」
女性は異性からの視線に敏感だとは言うが、どうやら無自覚に見過ぎていたらしい。
「構いませんよ。見られるのは慣れていますし、本来なら大変不快な気分になりますが、クロはちゃんと自分の欲を制御出来ていますし、あからさまな視線というわけでもなかったので不快には思っていませんよ。むしろもっと見てくれても良いぐらいです。というか見てください」
「お、おう」
何か凄いことを言ってきて正直戸惑う。
「また、メイド服で腕に抱きついて胸を押し付けてもちゃんと自制できていたのはポイントが高いですね。少なくともいきなり襲われることは無いと判断しました」
なるほど。転移時のあの行動にはそういう狙いがあったわけか。
例え救ってくれた相手とはいえ、自衛のため俺がどういう人間かを探り試していたんだろうな。
「他にも細々とした理由はありますが、基本的に以上の理由で付き合いは短いですが、クロのことを信頼できる相手だと判断しました。故に私とパーティーを組んで欲しいのです。如何でしょうか?」
「ふむ。確かに俺はソロだし、仲間がいても良いなとは思っていたが、それは絶対というわけではないんだ。こう言っては何だが、俺にメリットはあるのか? リーゼロッテのような美女と行動を共にしていたら何かしらトラブルがありそうなんだが?」
俺は美女からの頼みだからといって簡単に頷くようなイエスマンではない。
リーゼロッテが言う通り欲を自制できているというのもあるが、元々損をしたく無い性分なのだ。
だから最低限デメリットに釣り合うようなメリットが無ければそう簡単には頷けない。
そう思っての発言だったのだが、リーゼロッテは何故か満足そうな笑みを浮かべていた。
「クロは本当に思った通りの人ですね」
「……どういう意味だ?」
「人からの頼みを安請け合いしない慎重さを持ち、目先の益に惑わされずそれに伴うリスクに目を向けることできる理知的な方という意味ですよ」
「ごく普通の処世術だろ?」
「その普通のことができない人が多いんです。そしてそんな人にこの身を預けたくありませんから」
「この身を預けるって?」
パーティーを組むことを言ってるにしては、何か妙に艶がある声と物言いなんだが……そういう色気のある話じゃないだろうし、一体何なんだろう。
「これはクロに提示できるメリットの話にも繋がるのですが、私はユニークスキルを二つ持っています」
「へぇ、ユニークスキルを二つってのは凄いな」
まぁ、持ってるのは初めて会った時から知ってたけどな。
能力の詳細は分からないが、大罪系と美徳系だから強力なのは間違いないだろう。
「この二つは、【傲慢】と【忠義】という名称なのですが、このうち【忠義】がメリットの話に関わります。【忠義】はその名の通り対象への忠義を尽くすユニークスキルです。この対象には国や組織、人が選べるのですが、一度決めたら変更できないという欠点があります」
「それは気軽に選べないな。その忠義を尽くす対象が失われたらどうなるんだ?」
「失われても変わりません。新たに決めることは出来ず、喪失したままです」
「……本当に容易に選べないな。そういえば、俺の知識によるとユニークスキルは通常のスキルとは違って、その能力を詳細に認識できないと思っていたんだが、リーゼロッテは随分と自分のユニークスキルについて把握しているんだな?」
「ああ、そのことですか。それについては間違っていませんよ。ユニークスキルはそれぞれに適正レベルのような物が定められているんです。だから、低レベルの時には理解出来ていなくても、レベルを上げていけばいずれ把握できるようになります。故郷にあった記録によれば、どのユニークスキルもレベル十から五十の間に適正レベルは設定されてるそうですよ」
「ほほう。それは知らなかったな。ありがとう。話の腰を折ってすまないな」
適正レベルね。だからレベルが低いカイルとミリーはユニークスキルを把握していなかったのか。
でも、その適正レベル云々と俺のユニークスキルを理解できる特性は別物っぽいな。
「いえ。では話を戻します。その【忠義】には問題点がもう一つあって、その忠義を尽くす対象を決めなければその効力を発揮することは出来ません。それだけでなく、忠義対象がいないと胸に穴が空いたかのような気持ちになるんです。何をやっても満たされないような、そんな気持ちに」
「……美徳系と大罪系はそれぞれが冠する名に由来する感情や衝動などを強く刺激されると聞く。おそらく忠義に関係する渇望なんだろうな」
「その通りです。忠義を尽くす対象を探すのも、生まれ故郷を飛び出して冒険者になった理由の一つですね。その【忠義】の対象を決める難易度を高くしているのが、もう一つのユニークスキルである【傲慢】なんです」
「忠義対象の基準が厳しくなっているってことか」
「その通りです。【傲慢】の影響もあって自分以下の相手に忠義を尽くすなんて考えられません。私は社会的身分には興味が無いので、分かりやすい国や貴族などの対象は除外されます」
「だから冒険者か。色々な人と会う機会があるってのも理由の一つかな」
「よく分かりますね」
「そこまで難しいことじゃないさ」
しかし、【傲慢】と【忠義】の影響を受けたから、とリーゼロッテは言っていたが、おそらくだが正確には違うと思われる。
大罪系と美徳系が発現するには、基本的には持って生まれたそれぞれの属性の素質という種子に、欲望と願望という栄養が与えられる必要がある。
つまり、そもそもの素質が無いと発現しないということなので、後天的に影響を受けたのではなく、先天的にリーゼロッテにはそういう望みがあったというわけだ。
少なくとも俺はそうだった。
「んで、その諸々の基準に俺は当て嵌まったと」
「はい。ですので【忠義】の対象に指定し、それを認めて頂いた場合のメリットとして、私のこの身をクロに捧げましょう。どのような関係になるにしても能力の誓約効果によってクロを裏切ることは絶対にありません」
「……随分と重い誓約だな。会って二日程度の付き合いの相手に身を捧げるだなんて、もっと吟味してからの方がいいんじゃないか? 一生ものなんだからさ」
「【高速思考】も使って何度も熟考した末の判断なので大丈夫です」
「でもなーー」
「理性でも本能でも私はクロが良いです」
「他に良い相手がいたら申し訳なさがーー」
「趣味嗜好的にもクロが良いんです」
「……」
いつの間にか席を立ち、俺の前で跪くと俺の手を取ってきた。
その勢いに思わず黙り込むと、熱い視線を向けてくるリーゼロッテとそのまま見つめ合う。
これは……暴走してるんだろうな。
大罪系の方が影響は激しいが、美徳系も時に厄介な影響力を持つ。
状況的には【傲慢】ではなく、【忠義】がリーゼロッテの〈願望〉を増幅させているのだろう。
もしかすると相反するが故に今まで互いに抑圧されていた反動もあるのかもしれない。
正直言って断わる理由は無いのだ。
明け透けに言ってしまえば、仲間としても女としても能力としてもリーゼロッテが欲しい。
だが、理性はそんな衝動的な〈強欲〉に流されることに忌避感を覚えてしまう。
対象が非生物なら何とも思わないんだが、この欲望に従うとヒトを物扱いしているような気分になるからどうしても尻込みしてしまう。
多少暴走しているとはいえ、リーゼロッテの気持ちに偽りは無いことは【直感】でも分かってるんだけどな。
「……駄目、でしょうか?」
思考を加速させてから悩んでいたのだが、それでもリーゼロッテからしたら優柔不断が過ぎたようだ。
クールな美貌に悲しみの色が浮かんだのを見て、俺の口は自然と言葉を発した。
「リオンだ」
「……えっ?」
「俺の本当の名前はリオンだ。おそらくだが、本名じゃないと駄目なんじゃないか?」
言っている意味が分かったのか、リーゼロッテの顔から悲しみの色が消え去り、白い肌に薄らと朱が混じっていく。
「ーー私、リーゼロッテ・ユグドラシアはこの身をリオンに捧げます。どうか、お受け取りください」
[個体名:リーゼロッテ・ユグドラシアのユニークスキル【忠義】から主人として要請されています]
[承諾しますか?]
[承諾しました]
「ああ。受け取るよ。これからよろしく、リーゼロッテ」
「はい! これからよろしくお願いします、リオン」
新たな人生では前世よりも正直に生きると決めていたんだが、色々考え過ぎて優柔不断になってしまう悪癖はそう簡単には変われないらしい。
安堵するリーゼロッテの手を取って立たせながら、表には出さないよう内心で嘆息するのだった。
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