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第二章

第三十話 商隊護衛 前編

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 ◆◇◆◇◆◇


 今の時季における鐘が二回鳴る刻ーーというのは、この世界では大体朝七時頃の時刻を示す。
 アルグラートでは一回鳴るのが六時ぐらいであり、八時の時刻を知らせる三回の鐘の音からは間を空けて、昼の十二時を過ぎたあたりで鐘を四回鳴らして昼時であることを大衆に知らせている。
 ちなみにこの鳴らすタイミングだが、正確な時を刻む機能がある魔導具マジックアイテムの時計盤が設置されている領主邸からの合図を望遠鏡で確認してから鳴らされているらしい。
 端から見たら凄く怪しい奴だが、この鐘を鳴らす者は領主に雇われている者なので問題ないと、銀鉱山解放作戦成功パーティーの時に領主であるヴァイルグ侯が教えてくれた。

 そんな鐘が二回鳴る前に東門前の広場にやってくると、いくつもの馬車の列がズラリと並んでいた。
 この中のどれかがアキンドゥ商会の馬車のはずだが……どれだろうか?
 アキンドゥ商会と同じように東に向かうリンスム商会の馬車は見つけたのだが……どうやら同じ出発日だったらしい
 仕方ないので【情報蒐集地図フリズスキャルヴ】を発動させ、東門近くのエリア内に範囲を限定してから『所属〈アキンドゥ商会〉』で検索する。
 瞬時にヒットした人物達は少し離れた場所にいるようで、マップ内で点滅している光点が一箇所に集まっていた。
 点滅している光点がいる場所は東門前広場の端の方なあたりに新参商会の立ち位置という物が窺い知れる。
 まぁ、単純に広場に来たのが遅かっただけかもしれないけど。


 マップで確認した一団に近づいていくと、少し離れたところで壁に寄りかかっていた、紅色の長い髪に翅飾りのような紅い魔角を生やした二十代ぐらいの外見の魔人族の女戦士の姿が目に止まった。
 長槍を持っており、その佇まいから商隊の護衛と思われる。
 黒のクロスアーマーに身を包んでおり、身体の一部の自己主張は強いものの、スラリとした肢体など全体的なプロポーションが大変良い。
 肌の露出はほぼ無く、厚みのある布地でも身体に張り付くようにピッチリとしたデザインなので身体の凹凸がよく分かる。
 彼女の凛々しい美貌と合わさって男達だけでなく同性の視線までをも釘付けにしそうだ。
 一瞬だけ向けた此方の視線に気付いたのか、紅髪美女がジッと凝視してくるのをスルーしつつ、同じ商会のメンバーである女性達と和やかに話していた二十歳前後ぐらいの童顔の黒髪の男性へと話しかける。


「お話し中失礼します。アキンドゥ商会の方々でしょうか?」

「あ、はい。そうですが……」

「それは良かった。初めまして、ギルドの方で護衛依頼を受けましたBランク冒険者のリオンと申します。代表者の方に確認のサインを頂きたいのですが、お願いできますでしょうか?」


 証明証ライセンスである冒険者プレートと冒険者控えの依頼書を提示し、護衛確認の書類を差し出す。


「ああ、護衛の方でしたか。初めまして、私がアキンドゥ商会代表のアキラ・カガミです。今回はよろしくお願いしますね」

「はい。此方こそよろしくお願いします」


 渡した書類の内容を確認してからサインをするカガミから目を離し、周りを確認する。


「そういえば、他の護衛の方はいらっしゃるのですか?」

「一人いますけど、此処のギルドで募集した中で受けて下さったのはリオンさんだけなんですよ」


 あはは、と苦笑するカガミからサインを終えた書類を受け取る。


「それは……大丈夫なんですか?」

「出来れば護衛の数に余裕が欲しかったんですが、他にも護衛がいますし、いざとなったら戦える者もいますから大丈夫ですよ。あ、他の皆を紹介しますね」


 そう言って一緒にいた四人の女性達を紹介された。


「マルギットです。よろしくお願いします」


 そう言ってきたのは、商会の本拠地であるバルサッサで護衛に雇われたBランク冒険者であるマルギット。
 先ほどの紅色の長髪の魔人族の女性だ。
 魅惑的な身体付きをした長身美女なので槍を扱う姿が良く映えそうだ。槍以外に火の魔法も多少使えるとのこと。
 他の三人はアキンドゥ商会の従業員であり、ここまでの様子を見るに商会長のカガミとは公私に渡って仲が良いようだ。
 三人は美人ではあるが、美女というよりは美少女といった容姿で、個人的にはマルギットの方が断然美人で好みのタイプである。
 最優先は護衛の依頼ではあるが、今回の依頼を通して仲良くなれたら嬉しい。
 それはさておき、カガミを含めたこの四人がこの商隊のメンバーらしい。
 馬車も一台だし、人数的にも商隊と言えるのか疑問なのだが、ギルドの方でも町から町へ移動する商人の護衛依頼は、人数や馬車の数に関わらず纏めて〈商隊護衛〉と呼称しているようなので気にするだけ無駄か。
 その場にいる面々との顔合わせを済ませると、早速仕事の話へと移る。


「では、護衛のやり方は私とマルギットさんの二人で決めても構わないでしょうか?」

「はい。私達は門外漢なので、そのあたりはお任せします」


 聞くところによると、バルサッサからアルグラートに向かう際にはマルギット以外に三人ほど護衛の冒険者がいたらしいのだが、彼らは片道だけの契約だったのでギルドに募集を出したらしい。
 カガミとしては往路でのマルギットの強さを知っているから一人でも大丈夫だと考えたようだが、当のマルギットが追加の護衛を雇うように要請したんだそうだ。
 どうやらカガミは楽天家のようで、他三人もそれに追従している雰囲気を感じる。……この商会、本当に大丈夫なのか?
 これで護衛が敵だったら終わりなんだかな、と呆れた色を隠すために視線を逸らすと、逸らした先にいたマルギットのガーネットのような深紅色の瞳と目が合った。
 どうやら向こうも同じ気持ちらしく、同じようにカガミ達への呆れの色を浮かべていた。


 ◆◇◆◇◆◇


 アルグラートを東門から出て暫く経った。
 カガミが御者を務める馬車が軽快に走る横を、生み出したホースゴーレムに騎乗して併走している。
 当初は俺も馬車に乗る予定だったのだが、護衛の騎馬が馬車に併走していた方が盗賊から襲われ難くなると、以前ギルドで聞いたことがあったのでカガミとマルギットに提案した。
 これはマルギットが【騎乗】スキルを持っているからこその提案でもある。
 勝手にステータスを視たと知られるわけにはいかないので、提案時に馬に乗れるかは尋ねている。
 アキンドゥ商会の馬車は他の一般的な馬車と比べて揺れが少なく、整地された街道の間は速度を出しても乗客への影響は少ない。
 交易品に割れ物は無い上に、馬車に乗っている人数もアルグラートに向かう時よりも減っており、護衛である俺も当然ながら余裕で併走できるため、馬車は馬に無理をさせない範囲で速度を上げている。
 交易は諸々の理由で早く着くに越したことはない。
 ちなみに、早く着いても依頼書通りの報酬は出さなければいけないと冒険者ギルドのルールで決まっているらしい。
 逆に遅れた場合だが、予定日数を超過した分の追加報酬を出すかどうかは依頼主次第だとリリーラから教わった。
 前世で原付を走らせ、身体で風を切ったことのある経験からすると、時速三十キロメートルの半分ぐらいの速さで街道を進んでいる。この速度でも普通の馬車よりは多少速いらしい。
 この速度を維持したまま移動し続けられるならかなり早く到着できるが、それだと馬達の体力が保たないし、街道も次第に石畳から土の地面が剥き出しの道へと変わるので土台無理な話だ。
 そのため、馬の負担を考えて今の速度で走らせるのはその日最初の休憩までの間と、最後の休憩後から野営地を見つけるまでの間の二回だけに決まった。

 アルグラートを出発してそろそろ一時間が経つ。
 【情報賢能ミーミル】で馬達の体調を診るに、もう少ししたら休ませた方が良いだろう。
 そんなことを考えながら無言で馬を走らせる。
 無言なのは馬を走らせている最中に話すと舌を噛む可能性があるからだ。
 まぁ、実際のところこの速度ぐらいなら普通に話すことはできるし、聞きたいこともあるのだが、わざわざ今聞く必要は無いのと護衛の本分からも不適切だと考えたのが一番の理由だ。
 耳を澄ませると馬車の中の女性陣は何やらアレこれ談笑しているようだが、マルギットの声は聞こえない。
 【空間把握エリア・センス】で馬車の中を確認してみると、マルギットは馬車の後ろの方に座って目を閉じていた。
 どうやら寝ているわけではなく、楽な体勢をとって身体を休めつつ後方を警戒しているようだ。
 マップを視るに、今の時間帯にこの街道を利用している者は前方にも後方にも自分達以外にはいないようだが油断は出来ない。
 既に領都であるアルグラートから結構離れているので警戒をするに越したことはなく、ホースゴーレムの手綱を握りながら【情報蒐集地図】で表示されるエリア内のマップの隅々へと視線を向ける。

 やがて、そろそろ止まって休憩することを提案しようと考えたタイミングで、マップ上で表示されていた赤い光点ーー敵性存在が潜んでいた森の中から進行方向先の街道へと歩き出てくると、道の中央で立ち止まった。
 まるで此方を待ち構えるかのような動きだ。
 さて、相手方が用があるのは誰なのかな?


 
 


 
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