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第二章

第二十八話 昇級試験に必要な依頼

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「護衛依頼、ですか?」


 いつものように領都アルグラートの北に広がるリュベータ大森林に生息・自生する魔物や植物の素材をギルドに納品し、その納品完了証を持って冒険者受付カウンターに並んだところ、受付嬢のリリーラからそんな話が振られた。
 依頼達成処理と報酬を受け取った後、説明のためにそのまま二階の談話室の一室へと連れて行かれた。……リリーラ目的だったらしき後ろに並んでいた冒険者達があからさまに落胆していたが、代わりにカウンターに入った受付嬢の笑顔が怖いことになっていることに早く気付くことを祈るばかりだ。


「はい。今回の納品依頼で適正ランクの依頼の達成数が、昇級試験に必要な数に達しました。後はリオンさんが今まで受けていないタイプの依頼である護衛依頼を一つ達成すれば昇級試験に挑戦できます」


 聞くところによるとAランクへの昇級試験を受けるには適正ランクの依頼、つまりBランク冒険者を対象にした依頼を一定数達成するだけでなく、魔物討伐、盗賊討伐、採取、護衛、指名、貴族からの依頼の六種類のタイプ別の依頼も成功させる必要があるとのこと。
 本来なら一番難しい後ろ二つの依頼は、このアルグラートが領都であるヴァイルグ侯爵領の領主ドルタ・ヴォン・ヴァイルグからの指名依頼を一ヶ月前に受注し、既に達成しているため問題ない。
 前三つも達成済みなため、残るは護衛依頼だけというわけだ。


「護衛というと、商隊の護衛とかですか?」

「そうなりますね。現在ご案内できるのはこの三つあります。確認なさいますか?」

「ええ、お願いします」


 差し出された三つの依頼書を受け取り確認する。
 商会の名前に関しては詳しくないので軽く流して、目的地と日数、報酬、備考欄に目を通す。


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・エルドー商会。目的地はヴェスルム。日数は往復十四日、滞在五日の計十九日を予定。報酬は二万七千オウロ。移動中の食事等は各自で負担。ヴェスルム滞在中は自由行動可。

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・リンスム商会。目的地はコルイ。日数は往路三日を予定。報酬は四千オウロ。移動中の食事等は各自で負担。

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・アキンドゥ商会。目的地はバルサッサ。日数は往路六日を予定。報酬は六千オウロ。移動中の食事は商会が提供。

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 この世界に降り立ってアルグラートで暮らし始めて二ヶ月近く経つが、その間の生活から一オウロあたり二十~四十円ぐらいの物価だと見ている。
 アルグラートでは三オウロ、つまり小銅貨三枚あれば一般人が買うようなパンが一個買えるぐらいの価値だ。
 勿論、前世の現代の金銭感覚からすれば、その金額に見合わない物も一つ二つどころではないほどにある。
 だが、そもそも世界が違ううえ、文明レベルが現代と中世近世ほどに隔たりがあり、魔法や魔物の存在があるため、一概にイコールで結び付けられるわけがないのは当たり前なのだ。
 まぁ、それでも思考するにあたっての円滑化のために、間をとって一オウロを三十円と仮定するとしよう。
 この金額だってアークディア帝国の北部のアルグラートでの物価だから、別の場所に行けば変動するだろうからな。

 それはそれとして、今回の依頼でのそれぞれの報酬についてだが、どの依頼もまぁ妥当かなというぐらいの金額設定だ。
 一般的に考えると保存食や水といった食事代で一日百オウロぐらいかかるとして、それが日数分かかる。
 そこに道中で宿場町に泊まるなら高めの宿代が更に追加されるが、宿代に関しては町の外で野営するという選択肢もあるだろうし、何回宿場町に泊まるか分からないので、追加で消費されるかもしれない費用として頭の片隅に置いておく。
 よって報酬は日数分の食費を差し引いて考えなければならない。
 それらを考慮した上での日当で考えると最も高いのはエルドー商会だが、往復十四日かかる上に五日間滞在する必要があるため、拘束時間が一番長く、移動と滞在の間の食事代や宿代は自己負担。
 逆にアキンドゥ商会は、日当は一番安く、片道六日だけなので到着後の行動は自由だ。それに商会側が道中の食事を提供してくれるので食費は浮く。
 残るリンスム商会は一番拘束時間が短く、それ以外は他二つの真ん中ぐらいの条件だ。

 まぁ、正直言って金には困っていない。
 冒険者で最も出費が大きい武器などのアイテム類は自作できるので出費は殆ど無く、収入に関しては依頼の報酬以外に盗賊団や竜の住処での戦利品がある。
 今の所持金の総額の正確な数値は数えていないが、金銀財宝や魔導具マジックアイテムなどのアイテム類の金銭価値は除いた上で、硬貨を国家別に分けずに種類ごとに纏めて、銀貨より価値が上の硬貨のみで簡単に計算してみたところ、価値が高い順に紅金貨が数百枚で数十億オウロ、蒼銀貨も数千枚でこれまた数十億オウロ、大金貨が数千枚で数億オウロ、金貨が数万枚で数億オウロなので大体合計百億オウロぐらいあることになる。
 この七割以上は真竜である鉱喰竜ファブルニルグの住処から回収した硬貨になる。二割近くは紅黒竜の住処にあった物だ。
 どのくらいの年月をかけて貯め込んだのかは知らないが、勝者である俺が有効活用させて貰うとしよう。
 だから、この程度の銀貨レベルの報酬の違いなどは誤差であると言ってもいい。
 なので重要なのはそれ以外についてだ。
 


「それぞれの商会の概要と商隊の評判を簡単に教えてください」

「分かりました。エルドー商会はアルグラートに本拠地を置く老舗の商会です。主に扱うのはリュベータ大森林から採れる素材から作られた縫製品や生地を扱っています。評判は、アルグラートが基盤の大手の商会なだけあって、商隊を任されてる方もベテランでトラブルが少ない印象ですね」


 古くから地元に根付き規模が大きいから、望まずとも内外への影響力があるから評判には気を付けてるって感じなのかな?


「リンスム商会はアルグラートに仕入れのためにやって来る中堅になったぐらいの規模の商会です。主に扱うのは鉱石類ですね。最近羽振りが良いみたいですが、評判は端的に言えば悪いです。少しでも多く鉱石を積みたいという理由から、速度は遅いですが護衛はずっと休み無く歩かされるそうです。商隊の責任者が高圧的かつ守銭奴な人物でして、何度か雇われた冒険者とトラブルを起こしています」


 うん。無しだな。というかギルドに知られている時点で詰みかけてる気がする。話し振りからしてほぼブラックリスト入りしてそうだ。


「最後にアキンドゥ商会は、バルサッサの町に拠点を置く新鋭気鋭の商会だと聞いています。まだアルグラートとの交易は今回で二回目なので詳細は分かりませんが、商隊の責任者兼商会長は温厚な方で評判は良いみたいですよ。扱っているのは特に決まっていないようです」

「なるほど。ところで、それぞれの行き先の方角を教えてもらえますか?」

「方角ですか?」


 こちらの質問に首を傾げながらもそれぞれの方角を教えてくれた。


「何でしたらそれぞれの町の資料も持ってきましょうか?」

「良いんですか? それならお願いします」

「分かりました。ちょっと待っててくださいね」


 資料を取りに一度退室するリリーラを見送り、その隙にスキルを発動させる。


「指し示せーー【運命の戦乙女の祝福シグルドリーヴァ】」


 先ほど教えてもらった方角を意識しながら発動させたスキルの効果によって、それぞれの方角から力の波動のような物を感じられるようになった。
 【運命の戦乙女の祝福】がそれぞれの方角から放たれる波動の強弱とその属性を教えてくれる。


「ふむ……」


 再度手元の依頼書を見直しているとリリーラが戻ってきた。


「お待たせしました。行き先の町について簡単にですが説明します。先ず、エルドー商会のヴェスルムはアークディア帝国北部では一二を争う商業都市になります。西の連合国側に近いため外国の品の流通がある場所ですね。次にリンスム商会のコルイですが、東の国境に近い以外に目立った特色がない中規模の町です。資料によれば商業都市というわけではないようです。最後にアキンドゥ商会のバルサッサは、アルグラートから距離があるので資料は少ないのですが、先ほどのヴェスルムほどの規模はありませんが東部における商業都市の一つになります」


 持ってきた各町の資料を見せながらの解説に頷きを返す。
 それぞれに気になる要素はあるが、依頼の条件や資料、ユニークスキルが各々に指し示した可能性を判断材料に行き先を決めた。


「ここにします」


 三枚の依頼書の中から一つを指す。


「アキンドゥ商会ですね。では、ギルドの方で先方に連絡をしておきます。出発は明日の早朝、鐘が二回鳴る刻に東門前内側にて待ち合わせになっています。準備の時間がありませんが大丈夫ですか?」

「常に野営などの準備はしているので大丈夫ですよ。待ち合わせについては分かりましたが、依頼達成報告や報酬の受け取りはバルサッサではなく、ここに帰ってきてからですか?」

「どちらでも構いませんよ。ですが、昇級試験の案内のことを考えるとアルグラートで処理して頂いた方が多少はスムーズに進みますね」

「そういうことならアルグラートに戻ってから報告します」

「はい。お待ちしていますね」

「あ、そうだ。普段お世話になっていますし、バルサッサで何かお土産を買ってきますよ。何か要望はありますか?」

「えっ、良いんですか! そうですねぇ、お土産はーー」


 リリーラからお土産の要望を聞き取り、商隊の護衛依頼を受注してからギルドを後にした。



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