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第一章

第十九話 魔水のお礼と岩の剣

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 ◆◇◆◇◆◇


 Sランク冒険者との思い掛けない邂逅から二日後。
 俺はとある一家のご自宅にお邪魔していた。


「ーー重ね重ね、息子達共々世話になった。本当に感謝する」


 目の前で大きな身体を前に倒し頭を下げる三十代後半の熊系獣人の男性の名前はディルム。このアルグラートに在住しているAランクパーティー〈巨獣の盾〉のリーダーであり、先日救助したカイルの父親だ。種族を除けば親子そっくりの顔立ちをしている。
 周りでは同じパーティーメンバーであるディルムの妻カーシャとミリーの両親であるダリルとミーナも頭を下げている。ちなみにディルム以外のメンバーは全員人族だ。この三人も魔水製治療薬によってディルム同様に完治している。
 昨日ギルドに寄ると、俺が届けた魔水を使用して作られた治療薬のおかげでディルムの意識が戻り、再び動けるようになったのでお礼がしたいと、カイルとミリーからの伝言がギルドに入っていた。
 ヴァイルグ侯との話し合いで決まった銀鉱山解放作戦の実施日まで少し時間があるので、伝言を確認した翌日である今日ディルムの家にお呼ばれしたわけだ。


「頭をお上げください。子供達にも言いましたが私も魔水に興味がありましたので、言い方は悪いですが、ついでに採ってきただけです」

「それでも助けられたことに変わりはない。俺達四人だけでなく子供達にいたっては直接生命まで救われた。魔水の代金だけでなく礼がしたいのだが、何かないだろうか?」


 ちなみにカイルとミリーを助けた際の表向きの救援対価は、“アルグラートの情報を俺に教えることと、助けた時点で狩っていた魔物素材の譲渡”になっている。ユニークスキル云々を話すわけにはいかないし、話すことはできないからな。
 そういう理由もあるからか魔水代以外にも子供達の足りない救援対価分も礼をしてくれるようだ。この場にカイルとミリーが居ないのも聞かせないためにだろうな。


「うーん、そうですね。私としてはそれだけで構わないのですが……」

「そういうわけにはいかない。実質的にAランクパーティー全員が助けられたのに魔水代だけで終わりというのは、アルグラートで二つだけの上級冒険者パーティーの面子に関わってくる。それに、親としては子の生命を救ってくれた相手に純粋に礼がしたいという理由もあるのだ」


 そういえば銀鉱山依頼変更理由も面子だったな。あっちは貴族、こっちは上級冒険者という違いはあるが、やっぱり身分や社会的地位って普段受けている恩恵の代わりにこういう時は大変だ。気にしない奴は気にしないんだろうけどね。俺としては魔水代として結構貰ったから別にいいんだけど。
 まぁ、それはそれとしてお礼か。何がいいか。やはり情報か?
 出来れば帝国内の迷宮都市の情報が欲しいが、巨獣の盾はアルグラートを拠点に帝国北部で活動してきたパーティーだ。
 だから南部にある迷宮都市の詳しい情報は無いだろう。仮に行ったことがあるにしても、カイルとミリーの年齢を考えると二十年近く古い情報だろうから新鮮さは無いのでバツだな。
 スキルは気になる物があるといえばあるが、個人間の礼ならばまだしも、相手はパーティーというか二つの家族なので相応しくない。あと、単純にスキルだと貰い過ぎなのでやはりバツ。
 となると、アイテムぐらいか。


「咄嗟に思いつくとしたら珍しいアイテムとか便利なアイテムなんですが……それでも構わないですか?」

「珍しいアイテムや便利なアイテムか。何かあったか?」


 ディルムが他の三人に尋ねると全員で何かあったか記憶を辿り始めた。
 暫くしてディルムの妻カーシャが声を上げた。


「あ! アレなんかどうかしら? ほら、あの子達が産まれる二年前くらいに依頼で外国に行った時に買った変な剣」

「もしかして西の連合国に行った時のやつか?」


 ミリーの父親ダリルの言葉に頷きを返した後、カーシャが詳しい話をしてくれた。
 結婚して間も無くの頃、子供ができる前の今しか遠出はできないだろうという理由で外国に向かう商隊の護衛依頼を受けたらしい。
 国境を越え、近隣国である連合国に入り幾つかの町を通過し連合国の中でも有数の商業都市に着いた。
 そこで開かれていた蚤の市で手に入れた代物とのこと。


「露店を見て回ってたら、露天商のおじいさんからいきなり声をかけられたのよ。ーー剣を買ってくれないかってね」


 そう言って見せてきたのは剣が納められた鞘から柄に至るまで岩に包まれた、正に剣の型をした岩だったという。
 岩肌の隙間から僅かに見える、明らかに成形された金属面が見えなかったら剣だとは信じられなかったような状態らしい。
 その露天商のおじいさん曰く、自分が子供の頃のある日、祖父が突如村から少し離れた辺鄙な場所にある湖に飛び込んで持って帰ってきた物で、「商業都市に行って、この人だ、という人に必ず渡すように」と言って露天商のおじいさんに渡してきたとのこと。
 生まれながら【直感】持ちだった露天商のおじいさんは、祖父の言葉を守り、当時から親の手伝いで品物を売りに行っていた近くの商業都市に向かう際には、毎回岩の剣を持って行ってたそうだ。
 そして、岩の剣を渡されて五十年。ようやく渡す相手に巡り合ったらしい。


「……長い売り文句でしたね」

「そうでしょう? でも、私も【直感】持ちでね。不思議と手に入れなきゃ、ってなったのよね」

「俺達もそれが高額なら止めたけど、タダだったからな。だけど呪われた剣の可能性もあったから念の為帰国後に知り合いの鑑定士に鑑定してもらったんだが……読めなかったんだ」

「読めなかった?」

「スキルの【物品鑑定】が弾かれたんだよ。鑑定士が言うには内包する魔力が強すぎると稀に起こる現象らしい。一応神殿でも見てもらって、少なくとも呪いの品じゃないらしいからそのままずっと蔵に放置していたはずだ。見てみるか?」

「そうですね。鑑定が弾かれたというのは気になりますから、お願いします」


 此方の頼みを聞いてディルムが退室する。程なくしてディルムが一振りの剣を持ってきた。
 それは話に聞いてた通りの見た目で、かろうじて金属製の剣だろうというのが分かる。その金属部分である柄と鞘の一部の材質は見ただけでは分からない。フジツボのように岩が付着しており、ディルムが岩肌を剥がそうとしたことはあるそうだが、硬過ぎて剥がれなかったそうだ。


「……うん。帰国後に習得した私の【物品鑑定】も弾かれる。コレって何だろうね」


 魔法使いであるミリーの母親であるミーナが鑑定を行使したが、やはり弾かれるらしい。


「触って見ても?」

「ああ。勿論」


 ディルムから岩の剣を受け取り、【情報賢能ミーミル】の【万能鑑定】を発動させる。
 通常の鑑定系スキルよりは上位なので視れる可能性がある……と思ったんだが、視れないようだ。
 ならばと同じく【情報賢能】の能力の一つである【情報解析】を発動し、大量の魔力を消費して隠している情報を強引に調べてみる。
 総魔力の二割を消費したタイミングで壁を突破した感覚があった。
 そして、脳裏に岩の剣の正体が入ってきた。


 ーー◼️◼️剣エクスカリバー。


 前世で暮らしていた元の世界である地球において、マンガやゲームなどに出てくる魔剣や聖剣など魔法の力を宿す剣の中では、最も有名と言っても過言ではない剣の名前が表記されていた。
 エクスカリバーという名前は俺にとっても馴染み深い。
 何故なら前の異世界での愛剣の名前がエクスカリバーだったからだ。
 俺が名付けたわけでなく初めから〈聖剣エクスカリバー〉という名前であり、後に種類が〈聖剣〉から〈星剣〉に変化したが、名前はエクスカリバーのままだった。
 今いるこの世界は、前の異世界の近似世界らしいから同名の剣があるのかもしれない。一部文字が読めないのは封印状態とかだからだろうか?


「確かに強い魔力を感じますね。縁を感じますし、せっかくですからお礼にコレを戴いても?」

「ああ、俺は構わない。皆は?」


 他の三人も承諾してくれたので有り難く戴く。
 正直言えば、ディルムが持ってきた物を見た瞬間から【直感】が絶対に手に入れなければならないと言っていた。
 帰ってから調べて見ないと断言できないが、触れただけで魔力を吸ってきたので俺に縁があるのはおそらく間違いない。
 呪われているなら別だが、魔力が勝手に吸われるのはその聖剣が自分に適合している証であるからだ。まぁ、あくまでも前の異世界の基準ならば、だが。

 すぐに帰って調べたい気持ちが顔に出ないように【無表情ポーカーフェイス】で隠しつつ、暫く冒険者絡みの話を聞いたり、知っている限りの迷宮都市の話を聞いたりした。
 そして、前回の銀鉱山解放作戦時の話になった時に、ふと思い出した。


「そういえば、アルグラートの他の上級冒険者は回復したのですか?」


 前回の銀鉱山解放作戦に参加したアルグラートの上級冒険者は巨獣の盾だけではない。情報によれば三人組のAランクパーティーがいたはずだ。


「〈蒼竜の牙〉の奴らか? アイツら怪我も軽かったから普通の治療薬で治ったよ」

「そうなんですね。では彼らも今度の作戦に参加するのですか?」


 巨獣の盾の面々は回復してから間も無く、復帰にはリハビリが必要な状態なので作戦には間に合わない。だが、普通の治療薬ですぐに回復できた蒼竜の牙の上級冒険者達は問題なく戦えるはずだ。
 ヴァイルグ侯との話にも出なかったからまだ回復していないのだと思っていたんだが、どうやら治っているらしい。


「……奴らは参加せん。いや、参加できない」

「どういうことです?」


 苦々しい表情を浮かべるディルムは、少し悩んでから意を決したように口を開いた。


「蒼竜の牙のリーダーはとある貴族の四男坊でな。四男ってことで家を継げないから冒険者になった口だ。家族の仲は良好で、家を出る際にパーティー名の由来である蒼竜の牙で作られた槍を餞別としてくれるほどだ」

「随分と太っ腹ですね」

「ああ。家で槍を学んでいた上に才能もあるから、デビュー時からかなりの腕前だったみたいだぞ。それほど仲が良かったから上級冒険者になった今でも実家と付き合いがあるんだ。……最近になってその実家が多額の借金を抱えてな。大雨で領内の河川が決壊して、土地や領民に被害が出たわけだ。復興には実家の金だけでは足りず、他の貴族から借金をしたんだ。その金を借りた貴族に貸しがある貴族ってのがあのクルーゾ伯爵だ」

「クルーゾ伯爵?」


 何だか有名人っぽい言い方だが、誰だろうか?
 誰なのか分からないでいると、ダリルが此方の疑問を察して説明してくれた。


「リオンはアルグラートに来たばかりだから知らないのも無理もない。クルーゾ伯爵ってのはこのアルグラートと銀鉱山があるヴァイルグ侯爵領の西にある領地を治める領主でね。そして、クルーゾ伯爵はヴァイルグ侯爵家の財布とも言える銀鉱山をずっと狙っているから、この二つの家はとても仲が悪いんだよ」

「……あの欲深ハゲ頭め。自分の領内に既に銀鉱山があるくせに難癖付けてこっちの銀鉱山も手に入れようとしてくる」


 ミーナの憎々しげに呟かれた内容は確かに欲深い内容だ。あとハゲてるらしい。


「派閥も違うから余計に仲が悪くてね」

「こっちの銀鉱山の位置がクルーゾ伯爵領との領境近くな上に、向こうが持ってる銀鉱山よりもデカいのも問題なのよ」

「話を戻すが、その実家が金を借りた貴族に貸しがあったクルーゾ伯爵からの使いが、前回の作戦の失敗後に蒼竜の牙に接触してきたらしく、「実家の借金を帳消しにしてやる。その代わり銀鉱山の解放に手を貸すな」って伝えてきたそうだ。俺は意識不明だったから直接聞いてないが、三人は蒼竜の牙の奴らから事の経緯の説明を謝罪とともに伝えられた。だからアイツらは参加できない。周りの目があるから表向きは療養中で参加できないってことになってる」


 なるほど。そういう事情があったわけだ。


「侯爵様からお咎めのようなものは無いのですか?」

「侯爵様も事情は把握されているわ。むしろ自分達の厄介ごとに実家まで巻き込んでしまったからお咎めも何も無いそうよ」


 まぁ、自分の領地を拠点にしている貴重な上級冒険者なうえに、巻き込んだのは事実だからお咎めは無いよな。
 それにしても、柵ってのはどこの世界でも厄介な物だ。

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