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第一章

第十二話 いざ、北の大森林へ………おや?

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 北門の衛兵に冒険者プレートを提示してから門を通る。
 暫し歩くと大河に面した場所に建てられた小砦と、そこから対岸へと降ろされた跳ね橋が確認できた。
 小砦を守る兵士にも同様に証を提示してから砦内を通って跳ね橋を渡る。
 橋を渡った先であるリュベータ大森林は、入口である河岸の周辺は草木も無い見晴らしの良い地形だったが、そこから離れるに連れて草木が生い茂り、視界が悪くなっていった。
 ある程度の道は作られていたが、それはあくまでも踏み締めて自然と出来たといったレベルだ。要は獣道と変わらないということ。
 歩きやすさと帰り道に迷わないという意味では有用なのだろうが、俺にはあまり意味がなかった。
 【高位狩人ハイハンター】と【野伏レンジャー】のジョブ特性によって森を歩くのは大して苦にならず、鬱陶しい草や虫の類いも【魔装鎧】によって身体の表面に纏った魔力の鎧のおかげで寄せ付けない。
 帰り道も【情報蒐集地図フリズスキャルヴ】の地図によって問題ないし、最悪の場合は転移魔法だってある。
 流石に森は俺の庭とまでは言えないが、近所にちょっと出掛ける程度の感覚だ。
 まぁ、尤も危険性は気軽な物ではないのだけれど。


「シャアア!」

「シッ」


 鞘から剣を抜いて、横合いから襲い掛かってきた大蛇を斬り捨てる。
 仮にスキルを使わずとも気配は丸わかりだったので対処するのは容易かっただろう。
 森の入り口付近では魔物には遭遇しなかったが、【情報蒐集地図】で見つけた群生地に向かって真っ直ぐ歩いていると、草木が険しくなる辺りから十分もしたら周りに気配が増え出した。
 その第一号が迷彩柄の大蛇〈カモフバイパー〉だったわけだ。
 迷彩柄の大蛇は何とも毒毒しい見た目をしており、子供ぐらいなら呑み込めるぐらいデカい。
 迷彩柄の蛇皮は需要があるようなので綺麗に頭部だけを斬り落とした。
 収納した大蛇の近くにヒルハ草ではないが貴重な薬草があったので丁寧に採取する。
 採取している間に背後から忍び寄ってきた食人植物系魔物の蔦を、背中を向けたまま【風塵魔法】の風の刃で切り刻む。
 蔦の根元である魔物に向かって『魔法の矢マジック・アロー』を放ち、死体を自動回収する。
 薬草の採取を終え、再びヒルハ草の群生地へと歩を進める。


「グルルルッ」

「ふむ……よっと」

「ギャン⁈」


 もう少しで目的地に辿り着くというタイミングで、黒い体毛のウルフ系の魔物の群れに襲われた。
 敢えて魔法で先制せずにカウンターで剣を振るってウルフ達を狩っていく。
 数が当初の半分を切る頃に撤退しようとしたが、逃す気は無いので【空間魔法】で結界を張る。
 それから五分とかからずに群れを全滅させた。


「うーん。やっぱまだズレがあるな。三十年のブランクもだが、理想の動きに身体が追いついていない感じだ」


 今までは万全を期すために魔法主体で戦っていたが、リハビリのために剣主体で戦うべきかもしれない。
 【身体強化ブースト】などの身体強化系スキルを使えば理想の動きに近づけるだろうけど、強引な方法では地力が鍛えられないから普段使いは却下だ。
 魔法も身体強化系スキルも臨機応変に使いはするが、基本は鍛練スタイルで行くとしよう。
 グリッドル盗賊団の首領との戦いで折れた剣の代わりに新調した剣を軽く振るい、上空から奇襲しようとしていた鳥系魔物を斬撃を飛ばして撃ち落とす。
 昨日までは何の変哲もない戦利品の普通の鉄剣を使っていたが、盗賊団首領の両刃斧の攻撃で折れたのを良い機会として、魔剣をはじめとした魔導具マジックアイテムへと装備を一新した。
 単独での盗賊団の殲滅によって公的に力を示したので、ランク的な意味でも魔導具の類いを装備していても不思議には思われないだろうという判断だ。

 武器である銀灰色の剣身を持つ黒の魔剣に、防具としてダークカラーのシャツに紅黒色の革鎧と籠手、グレーカラーのボトムスに剣帯、靴は竜皮の中でも柔らかい部分を使った物を拵えた。
 魔剣は竜の住処で得た遺品の魔剣をユニークスキルを使って他の遺品の残骸を素材に新生させた物で、防具一式も同様の遺品と紅黒竜の素材を使用して昨晩数時間かけて製作した魔導具だ。
 魔導具の製作は前の異世界以来だが、久しぶりでも意外と覚えているものらしい。
 他の冒険者の装備や店を見て回って、この装備がどれくらいの価値があるかは何となく分かっているが、今なら問題ないだろう。
 仮に奪おうとした輩がいても返り討ちにすればいいだけだから問題ない。
 一応、鑑定阻害処置は施しているから大丈夫だとは思うけど、世の中には絶対は無いのでバレる心構えだけは常にしておこう。


「装備作りは楽しかったし、暇潰しに色々製作するのも良いかもな。お、彼処がヒルハ草の群生地だな」


 一見、他とは変わらない草花が生い茂る場所だが、よく注視すると雑草に紛れてヒルハ草が其処彼処に生えている。
 周りに空を覆うような高い木々はなく、陽の光をしっかりと浴びることができる環境がヒルハ草が育つ条件の一つだ。
 【岩土魔法】で一部を除いて地面を軽く掘り起こし、ヒルハ草を地面から分離させてから丸ごと【無限宝庫】へ収納する。
 収納したヒルハ草を一度取り出して薬草本に書いてあった通りに処置してから再び収納した。これで新鮮な状態の最低限の言い訳はできたな。
 地図を開いて現時点での他の群生地の確認をする。
 アルグラートに近い群生地は此処以外にあと二つ。それ以外は更に奥地に五つほどある。
 群生地未満ならちょいちょいあるが、効率的には群生地狙いだ。
 環境が良く、全てを採取しなければまた群生地になるらしいので、採り尽くさないように気を付けなければならない。
 近場は他の冒険者用に残しておいて奥地へと向かう。
 近場を採らないのは善意もあるが、単純に効率面と奥地の方が強い魔物がいるからだ。
 ここまで新規スキルの獲得がない。
 既得スキルの熟練度は多少上がったが、出来れば新規スキルが欲しい。


「人間が相手だとそうでもないけど、魔物だとレベル差があったら確率が低くなるのかな? それとも単純に目新しい能力が無いだけなのか……おや?」


 森林奥地のヒルハ草群生地に向かっていると【広域索敵レーダー】に人の反応があった。
 地図を開いて【地図有効化マップ・スキャン】を二度発動させる。
 有効化されていなかった範囲の地図が可視化できるようになり、反応があった場所の情報が閲覧できるようになった。
 森林の奥地に入ってくるのは冒険者ぐらいなため、反応にあったのも当然の如く冒険者だ。
 ただし、予想とは異なりレベルとランクが低い。
 人数は二人で、レベルは二十一と二十。ランクは共にDランクの下級冒険者のようだ。


「迷い込んだのか? このレベルで奥地は自殺行為だろうに」


 レベルを確認した時には既に駆け出していた。
 現在の彼らは魔物と戦闘中だ。
 これが勝てるような、或いはいざとなったら逃げられるような相手なら問題ない。
 だが、彼らが戦っている相手は格上であり集団だった。
 その魔物は、ファンタジー作品御用達の有名エネミーである〈オーク〉だ。
 この世界のオークは、所謂〈亜人〉など蔑称で呼ばれるような人類の一種でも、前世の地球の物語のように堕落したエルフが変質した物でも、破壊するしか能がない悪の眷属でもなく、オーソドックスな二足歩行する人型の邪悪な豚という外見をした魔物の一種だ。


[経験値が規定値に達しました]
[スキル【駿足】を習得しました]


 昨日に引き続き結構走ったからだろうか?
 新たなスキルが手に入ってテンションが上がったタイミングで現場に辿り着いた。
 木の陰からこっそりと様子を窺う。
 視線の先の木々が拓けた広場では、十代後半ぐらいの少年少女がオーク四体と戦っていた。……いや、正確に言えば嬲られていた。
 勝ち気そうな顔立ちの少年の左腕は、前腕部の中程から切断されており、腕の切断面から血を流しながらも右手一本で少しマッチョなオークと剣戟を交わしている。
 一方の真面目そうな顔立ちの少女は、魔法発動体である長杖を操ってオークの攻撃を防いでいる。
 彼らがレベルはほぼ変わらないが数は倍多い状況で生き残れているのは、彼らが凄腕だからというわけではなく、オーク達が彼らで遊んでいるからだ。
 到着してから数秒観察しただけでも、少年が振るった剣を跳ね上げさせ、ガラ空きになった胴体に軽く蹴りを入れて地面に転がして笑ったり、少女の長杖とオークの槍を噛み合わせて力が拮抗した状態を作り出し、周りのオークは少女の苦悶の表情を見てはしゃいでいる。
 流石にこの状況下だったら救援を拒否することは無いとは思うが、世の中には死に瀕した時でもプライド優先な輩はいるから前もって意思確認をしておくことにする。
 ただでさえ子供は苦手なのに、助けたことに対して文句を言われたらプチっと潰したくなるからね。


「そこの少年少女! 助けは必要か?」


 木の陰から出て、【隠者ハーミット】を解除した上で二人に聞こえるように声を張り上げ問い掛ける。


「た、頼む。助けて、くれ」

「お願いします!」


 血を流し過ぎて顔色が悪い息絶え絶えの少年と、俺が現れたことで意識が逸れた隙にオーク達から距離を取った少女が救援を承諾したのが確認できた。


「お願いされました、っと」

「「ブギャッ⁈」」


 先手必勝とばかりに瞬時に近くのオーク二体へ接近し、魔剣を二度振るい首を刎ねた。
 あっという間に同族がやられたのを見て不利を悟ったのか、身を翻して逃げようとするオーク二体の背中に向かって素早く斬撃を二度飛ばす。
 上位種ならまだしも鈍重な通常種がその斬撃から逃げられることはなかった。


[ユニークスキル【強欲神皇マモン】の【戦利品蒐集ハンティング・コレクター】が発動します]
[スキル【筋肉増強術ビルド・アップ】を獲得しました]
[スキル【精力絶倫リビドー】を獲得しました]
[スキル【鉄の胃袋アイアン・ストマック】を獲得しました]
[スキル【休眠】を獲得しました]
[スキル【耐え忍ぶ】を獲得しました]

 
 初オークからは五つの新規スキルが手に入った。
 どれも日常生活で役に立ちそうなスキルばかりなので活用する機会は多いだろう。
 特に三大欲求を満たす際には大いに活躍しそうだ。


「生きてるな? ほら、血が足りないから取り敢えずコレを飲め。君は彼が増血薬を飲むのを手伝ってやってくれ」

「は、はい!」


 【異空間収納庫アイテムボックス】によって目の前の空間に展開された黒穴から、アルグラートで適当に買い揃えたポーション類の一つである増血薬を取り出して少女に渡す。
 本来なら先に傷口近くを縛ったり回復魔法などをかけて傷口を塞いだりした方がいいんだろうが、その前に探す物がある。


「ああ、あったあった。喰われたり潰されていなくて良かったな」


 広場の端に転がっていた少年の左腕を拾い、水分補給用の水袋の水で切断面に付いた砂利を洗い流す。
 横たわっている少年の元へ行くと、ちょうど増血薬を飲ませ終わったところだった。


「色々聞きたいことはあるが、先ずは腕を繋げるか。そのまま寝かせてやってくれ」

「分かりました」


 増血薬を飲ませるために少年の身体を支えていた少女に指示をして少年を地面に横たわらせる。
 二人の視線を受けながら戦利品として手に入れた物資の中にあった紐で腕を縛って血管を圧迫する。
 流血が収まったあたりでこっちの傷口も水で洗ってから、念の為双方の切断面に【聖光魔法】の基本魔法である『状態浄化ピュリフィケーション』も使って目に見えない汚れなどを取り除いておく。
 魔法効果が消えたと同時に切断面を合わせてから基本魔法『肉体再生リヴァイヴ』で左腕をくっ付ける。
 紐を解いて左手が問題なく動くかを確認してから、二人に『治癒ヒール』をかけて他の傷も回復させて治療を終了した。


[経験値が規定値に達しました]
[ジョブスキル【救命士パラメディック】を習得しました]
[ジョブスキル【司祭プリースト】を習得しました]


 新規ジョブスキルが手に入っただけでも助けた甲斐はあった。
 どうやら人命救助時と【聖光魔法】使用時に常態的に補正がかかるらしい。
 何かと役に立ちそうなジョブ補正だ。
 さて、スキルの確認も済んだことだし、色々と助けた対価の交渉といこうかな。



 

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