IT学園○学部

阿井上男

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第四話

目覚め・そして愛しあう兄妹4

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真姫の案内で着いたのは、学園の敷地の出入り口付近に構えられた店だった。

「学園の敷地内にカフェがあるなんて、お洒落だな」

「雰囲気づくりなんだって。そういうの、お母さんは重視してくれてるの」

店の看板には「Cafe Familienbande」と書いてある。

どこの言葉なのかも、読み方も意味も分からない。

明るくおしゃれなたたずまいで、安っぽいファミレスのような感じではなく上品でフェミニンな外装だった。

俺のような男が訪れるには場違いすぎる。俺一人ではもちろん、男友達と入店することもないだろう。

真姫がいなければ通り過ぎていたに違いない。俺は少し身構えつつも、隣の真姫に目配せし、店の扉を開けた。

「入ろう」

真姫の落ち着いた声に背中を押され、二人並んで中に入る。

ドアを開けると、小気味よいベルの音が響いた。

「いらっしゃいませ! 二名様ですか?」

「はい」

「では、こちらへどうぞ」

こざっぱりした制服を身に着けた女性店員さんが俺たちを誘導してくれる。俺は半歩遅れてついてくる真姫を見やりながら、歩を進めた。

店内は熱気に満ちている。汗が吹き出してきそうなほど蒸れた空気の中、若い男女のカップルがひしめく店内をちらちらと観察しつつ、誘導された奥の方の席に向かい合わせに腰掛けた。

「ずいぶん人が多いんだな」

「ここのお店のモーニングセットはおいしいの」

幸いにも順番待ちをすることなく座ることができたが、ほぼ満席という状況だ。

緑色のソファに木でできた大きいテーブルは、西洋の民家の中のようでもある。

壁に掛けられた飾りも西洋の趣を醸し出していて、何だか異国に迷い込んだような錯覚を覚えた。

「真姫はここによく来るのか?」

「実はまだ二回目なの」

真姫はペロっと舌を出して照れ臭そうに笑う。

「一回目は誰かと来たのか?」

「半年くらい前、姉さんに誘われて、三人一緒にね。母さんとはそこで再会したんだよ」

母さんと再会、か。

俺と母さんが再会したのは昨日だった。

それ以前に真姫と母さんは再会し、何かのやりとりをしたんだろうか。

いまのこのような状況になるきっかけを作ったのだろうか。

「兄さんは学園のこと、まだあんまりわからないよね」

「ああ。まるで分らないことばかりだよ」

「混乱させちゃってごめんね。私たちみんな、少しはしゃぎすぎちゃってたよね」

苦笑いする真姫は、俺に対してお辞儀のように頭を下げる。

「いや、別に謝るようなことじゃ」

「この学園の成り立ちを教えるね。また母さんと過ごす日に教えてもらえるとは思うけど」

「??」

母さんと過ごす日?

意味深な言葉である。

「今の日本で、事実婚の夫婦ってどれくらいいると思う?」

「急にどうした」

「関係あることなの」

「……よくわからないけど、50万人くらい?」

「半分当たり、半分はずれ」

「半分?」

「そ。半分」

真姫が冷淡に言う。

意味が分からないままの俺を置いて、真姫が続けた。

「正解は約125万人」

「え、そんなに?」

125万人というと、人数が少ない県の総人口くらいだ。

神妙な面持ちでうなずく真姫に、俺はどう反応していいのか分からないでいた。

「事実婚の理由はいっぱいあるの。自分の苗字を守らなきゃいけない家系とか、結婚の届け出をしないことでメリットをうける為とか、本当に色々あるみたい」

そういえば夫婦別姓ってたまに話題に上がっている。

そんなに身近な問題としてとらえていなかっただけで、そんなにも多い人たちが問題を抱えていたのか。

「で、一番多い理由が『日本の法律では結婚することができないから』」

「結婚できない?」

「うん。たまにテレビやインターネットでも話題になってるでしょ?」

なっていただろうか。

あまり俺が興味を示さなかっただけで、世の中にはそういうことが話題になっているのかもしれない。

「例えば日本では同性婚は認められてないよね?」

「それはまぁ、うん」

「そういう人たちがどれくらい事実婚をしているのかを全国調査したのが、母さんの所属している機関なんだって」

おや、遺伝子工学と情報工学が専攻って言ってなかったか? そういうのも調査範囲なんだろうか。

だがしかし、それがこの学園の事情とどう関係あるのか、見えてこない。

「さっきの事実婚の人数の話なんだけどね」

「うん」

「その人数の中に、家族の同居は含まれていないの」

「ん?」

言ってることがちょっとよくわからなかった。

「125万人の中の内訳の中から家族の同居を除くと、日本全国での事実婚のケースって、さっき兄さんが言った50万人くらいで合ってるの」

「?? 家族の同居と事実婚ってぜんぜん別物じゃないか? なんでいきなり家族の同居の話が出てくるのか、関係性がよくわからないんだけど」

「……昨日あんなことがあったのに、そういうこと言うんだ」

「え、どういう意味?」

「ふぅん」

真姫の切れ長の目が、さらに細くなる。

その瞳の奥が、底冷えするような妖しさを孕んでいた。

何だ、どういうことなんだ。

何故か背筋に冷たい物を感じてしまう。

実妹の纏う空気に気おされる俺を見て、真姫はあきれたように嘆息すると、俺から目を逸らして呟く。

「身内で同居してるだけの人と、同居以外の人はちゃんと分けてるの」

「同居以外? それって具体的にどういう状況なんだ?」

「ね、それ気付いてて聞いてる? それともわざと?」

真姫が少しジトッとした半眼で、俺を恨めしそうに見る。

怒っているかと思いきや、そうでもないみたいだ。

「だから、その……身内って、兄妹とか姉弟、親子の事で、一緒に住んでても、結婚してる、なんてならないじゃない?」

「それはまぁ、そうだよな」

「だから、そういう普通の人は別にした後の数が、それくらいいるっていうことッ」

……そういう、とかそれくらい、などの、ぼやけた表現が多くて、ピンと来ない。

説明が曖昧なのは何故なんだろう。

真姫は俯き、思案顔になる。どうしてこんなに困ったような様子なんだろう。俺が悪いのか?

俺がわけがわからなさそうな顔をしているのが良くなかったのか、真姫は眉間に皺を刻ませつつ、顔をテーブルに伏せた。

「あぁんもう、どうしてわからないのかな」

真姫がやや取り乱す。

大き目の声をあげたためか、またもや俺たちに注目が集まってしまう。

真姫は焦ったように、かぶりを振って誤魔化す。

どうも俺たちは店内の雰囲気を乱してしまっているようだ。ちらちらとこちらを好奇の目で見てくる人もいる。

さすがにそろそろ静かにしないと追い出されるかもしれない。そんな風に焦っていると、真姫が落ち着きを取り戻すように頬をぺちぺちとはたいて、表情を普段の冷静な顔に戻した。

「兄さんと姉さんの昔のこと、考えてみて」

「俺と姉さん?」

「うん。昔の、姉さんと兄さんが付き合ってた時のこと」

「……」

余り思い出したくない。姉さんとのことは、楽しい思い出もたくさんあるが、最後の涙のシーンがどうしても思い浮かんでしまうのだ。

一番の幸せだった時期と、一番の悲しみを思い知った時期が、俺の脳裏をよぎる。

……もうあんな思いは誰にもさせたくないと、そう誓ったはずなのに、俺は、真姫を……

「巧兄さんと、紡姉さんは、ただ同居してただけの姉弟じゃないでしょ」

「う、うん。それは……言い訳できない」

「深く愛し合った兄妹、姉弟が、他に誰もいないところで暮らすっていうのは……ただならないこと、なんでしょ?」

「ただならないこと……」

そうだ。真姫のいう通り、俺は姉さんと恋人として付き合っている時、二人暮らしで同居していた。

家族だから同居していても不自然ではないと思って侮っていた。

そんな慢心が、俺たち姉弟の間を致命的に引き裂いたのだ。俺は、姉さんに、償わなきゃいけない。

「ごめん。俺のせいで、真姫にも嫌な想いを……」

「……ごめんなさい。昔のことをほじくり返すわけじゃないの。いま私が言いたいのは、そういうことじゃないの」

俺が目をしばたたかせると、真姫は次いで口を開く。

「だからね? 兄さんと紡姉さんは、さっき言った50万人じゃない方に数えられてるんだよ」

「??」

「もうッ。だから、特別な関係を持っちゃった家族だって。そう扱われているの。機関の人に」

「……は?」

「母さんの所属してる機関は国の公共機関と緊密な関係なんだって」

「……つまり?」

「国の関連する機関に、姉弟とか兄妹とかで、その……身体の関係を持っちゃった、人達が、把握されちゃってるの」

「は!?!?!?!?」

「この人たちは家族だけど、ほとんど結婚してるようなものだね、って、調査した機関の人たちに……扱われてるの」

絶句である。

頭の中が真っ白だ。

言葉が出ない。何を言えばいいのか分からない。

しばらく俺は口をただパクパクさせることしかできず、ただ呼吸を繰り返していた。

「落ち着いて、兄さん」

「い、いや、こんな、落ち着けないだろ、そんなの」

「兄さん」

「どういうことだそれ!? 俺と姉さんが、国に!?」

「うん。二人は、夫婦扱いなの……姉さんは、兄さんとの関係を、まだ立ち切られてないって思ってるし」

「う、うそだろ!?!?」

姉さんと俺は、確実に、あの街では生きていけないくらいになっていた。

もはや恋人同士とかそういう関係以前に、姉弟としても同じ場所にいることが許されないほどなのに……

どうして、そんな。

「……姉さんだけじゃないよ」

「えッ」

真姫の声音が、少しだけ、しっとりと湿ったものに変わったような気がした。

「……私とも、普通じゃない関係だって、もう伝わってるよ」

「はぁあぁぁぁ!?」

「昨日、兄さんが私を選んでくれた時、私はもう兄さんの彼女になるって、決まってたから」

「決まってたってお前、それって」

「昨日の説明会の後、兄さんにみんなに中から誰かを選んでもらうのは、理事長の提案だったの。理事長……母さんの」

「!!??」

俺はもう細かい思考をできなくなっていた。

深く考え込むのを脳が拒否しただけかもしれないが。

ともあれ、俺が混乱し、ひたすら目を回している最中、ふと柔らかい感触が手を包むのを感じた。

その手の感触を確かめたら、思考がわずかに鮮明になった。

真姫の手が、俺の手を包んでいた。

「私は、もう兄さんの彼女なの……うぅん。妹で、彼女で、そして……未来は、もっと深い仲になる……」

「え、えっ、な……ど、どういう……」

真姫は、俺の問いに、伏し目がちになって答えない。その代わりに、うるおいのある肌質の頬をほんのりと桜色に染め上げて、長い睫毛を色っぽく伏せていた。

半ば閉じかけていたその瞳が、うっとりとした恋心に染まっている。

「兄妹、姉弟で深い仲になるのは、知られてないだけで、もう常識なの……」

「身内で恋人同士になっちゃって、同居……うぅん、同棲している人たちは驚くほど多いんの。そういう人たちは、ほとんど夫婦なんだって」

「い、いや、そんな、おかしいだろそんなの」

「おかしくないんだってば」

真姫は俺をゆっくりと諭す。

「これから話すことは母さんからの受け売りなんだけど、聞いて」

真姫は片方の手を俺の手に重ねたまま、もう片方の手でカバンの中からノートを取りだした。

なんのノートだ? と思ったが、真姫は説明もなくその中の一ページをめくり、俺にみせる。

「近親相姦は、公になることが少ないだけで、本当は世界的にとても件数は多いの。海外では兄妹、姉弟が多くて、父と娘が少数派、母と息子のケースはほとんどないんだって」

「は、はぁ……」

「日本では母子姦通がとても多くて、次いで姉弟が多いみたい。年上の女性にあこがれる男性が多いみたいなの。その証拠に、父と娘はほとんどないらしいよ」

「……それも調査の結果?」

「うん。でもまだ調査しきれてないから、実際にはもっと多くの近親相姦カップルがいると思われる、んだって」

ぱたん、とノートを閉じた真姫が、満足そうにうなずく。

どうもこの子は、事の重大さをあまり理解していないらしい。

「もうわかったでしょ。この学園の在り方が」

「在り方?」

「この学園は、近親間での婚姻を、合法化するのが最終目的なの」

「はい!?」

「近親者での婚姻は、昔は色々と理由がつけられて禁止されてたけど、今はもう時代が違う、子供が減ってきてる今、理不尽で非科学的な根拠のない理由で禁止されるのはおかしい、っていう人が、かなり多いらしいの」

「……」

そういうものか? そういうものなのか?

俺は目を白黒させる事しかできない。

が、真姫は混乱する俺を置き去りにして、続ける。

「近親者の間で出来た子供の遺伝子的な病って、もうほとんど医学的に解決されているの。この学園、遺伝子工学の専門機関でもあるし、これからも発展していく、って母さんは胸を張ってたよ」

「は? は?」

「つまり……兄妹や姉弟でも、赤ちゃん……作れるの。子供、授かってもいい、ん、だって」

「近親者で子供ぉ!?」

俺は思わず叫んでしまった。それはそうだ。

あまりにも一般常識からかけ離れすぎている。真姫は俺の大げさな行動に、口元に指を立てて「しーッ」と小さく声を上げた。

周囲の目が気になる。俺は背中をすぼめ、縮こまった。

「事実婚だって結婚だもん。そうなるよね」

溜息をついてから、当たり前のように真姫が言う。あっさりしすぎてる。真姫はこういうのは嫌いそうなのに、意外だった。

「で、事実婚のケースから、徐々に浸透していけるように、って、一部の人達が協力してできたのが、この学園なんだって」

「し、浸透って、近親婚ってそんな、浸透するようなものじゃないんじゃ」

「全国で何十万人もいるんだよ? それも、まだまだいるかもしれない」

「い、いや、多けりゃいいってもんじゃ」

「……兄さんは、反対なの?」

「え」

「近親者で結婚とか、そういうの、気持ち悪い?」

真姫の目が、うるんでいた。

「私、兄さんと結婚とか、まだそこまで考えていない……できたら嬉しいな、くらい……だけど一つだけハッキリしてることがあるの」

ためらいがちに真姫が言葉を漏らす。

「きっと私、兄さん以上に好きになれる人なんて現れないって、子供の頃から薄々気づいてた」

真姫の言葉は、弱弱しくもはっきりとした意思がある。

「私はずっと兄さんのことばっかり考えてた。兄さんの事を考えてるときの胸の感覚を思い出すと、きゅっと締め付けられた。そんな気持ちは、いつまでもなくならずに、強くなっていくばかりだったから」

どこか揺るぎない意思を感じさせられる言葉に、俺はただ聞き入るのみだった。

「私、知ってるよ。兄さんはまだ姉さんのことが好きなんでしょ?」

「ま……」

「いいの。わかってるから。兄さんと姉さんが両想いなのはわかるよ。それに、凄くお似合いだもの」

きゅ、と真姫の唇が引き結ばれる。

「それでも、私……兄さんの一番になれなくても、姉さんの次でもいいって、思ってる……この学園にいたって、兄さんのお嫁さんになれっこないって、わかってるし」

真姫が頭を縦に振る。自分に言い聞かせるようなその様子は、吐息とともに空中にほどけていく。

「それでも……妹として、女の子として、せめて兄さんの傍にいさせてほしい」

振り乱した髪を一房、頬に張り付けながら、真姫は切ない吐息をこぼす。

「いちばん大好きな人と、一緒の人生を過ごしていきたいの。少しでも一緒にいたいの。そのために、この学園に来たの」

真姫は、深い愛情と、恋心を込めた言葉を、俺へと投げかける。

そして俺の手をぎゅっと、ひときわ強く握る。

まっすぐに、懇願するように俺の目をのぞき込みながら、今にも泣きだしそうなほどに揺らめく瞳で。

「兄さん、私、兄さんのこと、男の人として愛してる……この気持ちは、宝物なの」

真姫の、普段は落ち着いていて少し怒りっぽい実妹の、女性としての成長を強く実感させられる告白だった。

「私には兄さんしかいないの……」

昨日から何度も、愛の言葉や想いの言葉をもらっている。

「兄さんは、私のこと、愛してくれる……?」

その言葉の一つ一つに心揺さぶられ、感動も覚えた。

けど、この瞬間の真姫の言葉は、一番、俺の胸に響いた。

ただ傍にいるだけでもいい。そんな切ない言葉をもらってうれしくないはずがない。

兄としても、男としても、だ。

過去の後悔があってもなお、真姫の想いの告白は、俺の胸を強く衝いた。この子の恋心は、俺の凍てついていた胸の穴を埋めてくれている。そんな気がしていた。

気付いたら俺は真姫の手を握り返していた。

柔らかく温かい実妹の手は、俺の体温とまじりあい、こなれていた。

「俺は、真姫のことを……」

俺も、もはや誤魔化しきれないでいた。

俺は、きっと、真姫のことが、妹としてだけでなく、一人の女性として……

その時、だった。

「あー。朝から人目も気にせずイチャついてる兄妹がいるー」
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兄妹、姉弟を中心とした近親恋愛がテーマの物語です。週1から週2くらいのペースで更新していきたいと思います。純愛モノです。寝取り寝取られなどはございません。ひたすら甘い近親恋愛ものとなっております。そういうのが好きな人はぜひ、お読みください。都合のいいハーレムものに抵抗がある人にはキツイかもしれないです。趣味が同じ方がおられましたら! ぜひ! 近親恋愛について語り合いましょう!
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