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第四話
目覚め・そして睦みあう兄妹
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――――ちゅん、ちゅん。
小鳥のさえずりが、目覚め始めていた意識の片隅から聞こえる。
夢を見終わった後の俺は、たいていは重苦しさに悩まされる。多分、寝ている最中にも脳が働いていたからだろう。
ぐ、ぐ、っと力を込めても、指を動かすのも大変なほどに疲労感が染みている。俺は閉じた目を開けることすらできず、ぐてっと横になり続けていた。
俺は、夢を思い出していた。
イザナギ神とイザナミ神との愛情あふれるまぐわいは、意識が混濁した辺りで始まったから明瞭ではない。が、姉妹たちの面影のある彼女と、微かな感触ではありつつもまぐわったという経験は、少しだけお腹の底にたまるような何かを思い起こさせられた。
イザナギ神とイザナミ神の物語は悲恋に終わるはず。
それが、なんだか俺たち兄妹の行く末を暗示しているように思えて、頭がズキリと痛んだ。
もし物語が神話と同じ筋をたどるなら……そして俺たちの未来を暗示しているというのなら……俺がするべきことはたったひとつだ。
人生を賭けてでも姉さんや妹たちを守る。俺の全てを尽くして紡姉さんや真姫、結、そして母を守る。
傷つける輩から、みんなを守るんだ。
姉さんと俺、過去に犯した過ちが脳裏をよぎる。俺はそれを振り払いながら、あの時の悲しみを再度、犯さないようにしなければ、と心に刻み込んでいた。
絶対に守り抜いて見せる。今度こそ、必ず。
そう決意した時、ようやく気づいた。
鮮明になろうとしている意識が、身体の感覚を取り戻し始めている。
体が重い。重苦しい。全身が鉛のように重く、頭は重だるい。
身動きするのさえできないほどの疲れに、俺は目を開くことすらかなわずにいた。ここ数年、味わったことのない疲労感である。
――――どうしてこんなに疲れてるんだろう。
朧げに思い浮かんだ疑問を解消しようと、昨日の記憶を探る。
昨日……昨日は、以前から勧誘を受けていた学園の入学案内を聴きに行ったんだったよな。
その時に……何があったんだっけ?
ゆうべ何をしてたんだっけ……
疲れのためが頭が回らず、覚め切っていない頭では記憶が全く思い出せない。
とにかく全身が強い倦怠感に支配されていた。
「兄さん、そろそろ起きて」
記憶を探る最中、遠くから声が聞こえてきた。
真姫の声だ。
真姫がどうして俺の部屋にいるんだろう。
真姫が俺の部屋に来ることは少なくないが、朝っぱらから転がり込んできていることはめったになかった。
「兄さんったら。もう朝だよ」
真姫の声はどことなく弾んでいるように感じた。
理由はわからないが、機嫌がいいのは喜ばしい。
「もう少しだけ寝かせてくれ」
「でも、もう遅いよ」
「いま何時?」
「8:00」
「まだ早いじゃないか。休みなんだから寝かせてくれよ」
あと二週間くらいはゆっくりできる期間になる。学校が始まるまでは自由にさせてほしい。準備期間くらいは好きなようにしたい。
そんな風に考えながら気だるい体を横たえていると、真姫が嘆息するのが聞こえた。
「仕方ないなぁ」
腰のあたりでベッドが沈み、スプリングが軋む音が響く。
どうやら真姫が俺のそばに来て、ベッドの脇に腰掛けたようだ。
そこで違和感を感じた。
俺、どこで寝てるんだ? 自分の部屋で寝てるんじゃないのか。
俺がいま寝ているベッドはとても高級品質で、柔らかく俺の体重を受け止めてくれている。
まるで高級なホテルの一室にあるようなベッドで、安普請の俺のアパートの布団でないのは確かだ。
俺、昨日は……ええと……
「休ませてあげたいんだけど、この部屋を使っていいのは十二時間までなの」
真姫と二人でこの部屋に泊まったのか……?
まずい。疲れすぎていて頭が働いてくれない。何か大事なことを忘れているような気がする。
「あと一時間くらいで出なきゃいけないの。だから起きて」
ぎし、と、今度は頭の付近でスプリングが軋む。その軋みと混ざるようにして俺の耳に届いた真姫の言葉は、すこししっとりとしているように感じた。
妹、次女……俺に対しては少し強気だが、優しく素直な妹は、常にハキハキしているのだが、今の真姫は何だか女の子っぽい響きを含めた声の音を俺に向けてくれている。
「俺、どうしてこんな部屋にいるんだっけ?」
「もしかして寝ぼけてる?」
真姫がまたしても嘆息し、呆れたような声を漏らす。
呆れ声は、やや上ずっている。まるで、何かをもくろんでいるのを隠しているかのように。
「ほら、起きて、兄さん……」
ぎしっと音が鳴って俺の枕元あたりが深く沈んだ。業を煮やしたのか、真姫は実力行使することにしたらしい。
ばさっと音がして、直後、毛布がはぎとられた。
「寒い」
抗議をするも体は動かせない。
どうにも頭が回らない。どうにかして目を開くものの、目がかすんで視界がぼやける。
「もう。起きないんだったらいたずらしちゃうよ?」
立て続けにベッドがきしむ音が響き、続いて俺の体の周囲のスペースがへこんだ。
ちょっとした違和感が湧いた。
なんかこんな状況、昨日もあったような……
疑問に思いつつ天井を見上げていると、横たわっている俺の真上に真姫が覆いかぶってきた。
「えッ」
「兄さん」
声の響きが、更に湿り気を帯びる。真姫にしては色気が含みすぎてると言うか、むずがゆさを覚える声だ。
普段から冷静な表情が多い真姫は、一段と真剣そうに顔をこわばらせている。
怒らせてしまっただろうか。
「ごめん。すぐに起きるから」
「……ダメ」
真姫は美しい顔立ちを静かに整えて、俺をじっと見下ろしている。
真姫は目鼻立ちがはっきりしていて、ややシャープな印象の美少女だ。
そんな彼女は、俺と二人きりだというのに入念なメイクをしているようだった。
うっすらと引かれたアイラインや頬を染めるチーク、セクシーな唇を際立たせる桜色のルージュなど、普段よりも力の入っためかしこみ具合だ。
その彼女が表情をこわばらせていると、自然と厳かな印象を受ける。
玲瓏なる佇まいとでも言うべきか。
「じっとしてて」
真姫の桜色の唇が、ゆっくりと紡ぎだす言葉に合わせて揺れる様に動く。
その美しさに見とれていると、真姫の顔が俺の顔に近づいてきて視界いっぱいに広がる。
え、という間の抜けた言葉が、鼻を抜けて空気と共にかき消える。
直後、柔らかい感触が、唇に触れた。
「ちゅッ」
小気味良い音と、唇に柔らかく触れる感触で、俺の頭は一気に覚醒した。
「ッ」
上半身を起こす勢いで俺は真姫を引き離しそうになるが、真姫は俺の背中に手を回し、しっかりとしがみついていた。
「ちゅッ、ちゅッ……」
唾液をねぶるような音が俺と真姫の唇の間で立て続けに響く。
兄妹の唇と唇が吸い付き合い、何度もこすれ合う。
真姫は俺の肩に両腕を回し、巻き付くようにして離れようとしない。
俺は戸惑いと混乱で硬直していた。
実の妹とキスしている。兄妹のキスとは到底いえないような、唇と唇を濃密に交わらせるキスを、してしまっている。
じっとりとした唾液が二人の唇表面を濡らし始め、下腹部に熱が帯び始めたころ。
真姫が唇を離した。
「おはよ。やっと起きたね」
俺のすぐ目の前で、真姫がうっすらとほほ笑みながら言う。
僅かに湿った唇の表面を、赤い舌で舐める。
実妹からの口づけ、そして舌なめずりしながらの流し目……気づいたら、どくどくと、心臓が激しく脈打っていた。
ばくんばくん、と高鳴る心音に混ざり、記憶がよみがえる。
今の真姫の表情……夢に出てきたイザナミが、こんな風な顔を見せてくれたような気がする。
……考えすぎだろうか。
俺は真姫の美しい顔を、じっと見つめてしまう。
真姫は俺の視線に、ふっと薄い笑みを浮かべた。
「着替え、用意しておいたから着替えてね」
「は」
真姫のほほ笑みは、普段の彼女らしからぬ色っぽさと大人びた空気をまとっていた。
その様子に惹かれてしまい、俺を見つめる彼女になにを言おうか考えつかずにいた。
しばしそんな状態で固まったままいたら、真姫が俺の額に掛かる髪を指で梳いた。
「シャワー浴びてきた方がいいよ。髪の毛がぼさぼさ」
真姫はくすくすと笑う。その様子は上品で、昨日までの真姫とは何かが違う。
なんというか、大人の余裕を身に着けたというか、一皮むけたというか、そんな雰囲気だ。
「い、いや、おまえ、いま」
すぐ眼前に広がる真姫の整った顔は、上気してほのかに赤い。
甘い香水の匂いと薄い化粧、うっすら薫るシャンプーの匂いが少し湿ったような艶のある髪から漂う。
「き、キス」
「うん。したよ?」
あっけらかんという真姫に、肩がすくむ。
「毎日してくれるって約束だよね」
「はッ?」
「あ、今のは私からだったからノーカウントだよ」
「お、え?」
「ちゃんと兄さんからキスしてね」
「ッ」
思わず唇を手でさする。
まだほのかに熱を帯びる唇にはさっきの感触が鮮やかに残っている。
「お、俺、シャワー浴びてくる」
「うん。私はチェックアウトの準備しておくね」
真姫は弾む声で、そそくさとその場を離れる俺の背中に声をかけてくれる。
真姫の嬉しそうな様子が、俺の胸に突き刺さる。
俺は部屋から出る間際、ちらっと真姫の様子をうかがってみた。
真姫は幸せそうにほほ笑み、俺の背中を見送っていた。
視線で「どうしたの?」と尋ねてくる彼女に、かぶりを振って返答し、俺は背中を向けてシャワールームへと駆け込んだ。
────────────────────
「ふぅ」
熱いシャワーを浴びて、ようやくはっきりと目が覚めた。
夢のことは、とりあえず置いておくとして……改めて冷静になって今の状況を考えてみる。まず、真姫のあの様子についてだ。
兄妹っていうより彼氏彼女のような雰囲気である。そもそも昨日、俺は何をしたんだっけ。夕べ見た夢のせいか、昨日あったことの記憶があいまいだった。
思い出さなければ……と、必死で記憶をまさぐる。
姉さんにキスされて、そこからなんやかやあって真姫や結、理事長となぜかキスしてしまって。
その時に学園の理事長が、俺の母親だったっていうことが分かった。
で、理事長から説明を受けて、世界でも最先端の設備と技術を持ったこの学園で頑張ることを決めた。
そのあと俺は何故か姉や妹たち、そして母に囲まれて、めちゃくちゃに迫られたんだ。
夕べ、俺は母と姉妹のうちの誰かと一緒に一晩を過ごすことを強制されて、状況を収めるために真姫と一緒に過ごすことにしたんだ。
それで、だ。
……夕べ、俺、真姫にこの学園のことについて聞こうとしてこの部屋に来て……そして。
「俺は真姫と……ここに泊まった」
思い出した。
俺は、真姫と……
意識はもう十分に鮮明だ。そして、記憶がすっかりと戻ってきている。
今ならはっきりと思い出すことができる。
「俺は、ここで真姫と……してしまったんだな」
目を閉じると思い浮かぶのは、真姫の切ない表情だ。
俺への恋慕の情をためらいなく口にし、涙ながらに俺に告白してくれた妹は、衝撃的でもあり、感動的でもあった。
あの時の俺は、果たして正気を保てていたのだろうか。
異様なまでの興奮が俺の全身を支配し、真姫の事を愛したいという感情があふれ出て止まらなかった。
あの時の俺は、もしかしたら真姫を一人の女性として好きになっていたのかもしれない。
「俺は、また……」
頭からシャワーの湯を浴びて、のぼせた頭の中ごと洗い流す。
全身を流れる温かい湯が排水溝に流れていくのをぼんやりと眺めながら、これからどうすればいいのかを考えていた。
どうしよう。
俺は真姫のことをどう扱えばいいんだろう。
今まで通り兄妹として過ごす……のは無理だろう。
じゃあ、どうすればいい?恋人として扱うのか? 実の妹を?
神話の中の世界ならそれでもいいのかもしれないが、今の俺がいるのは現代の日本だ。兄妹で付き合うとか、異常者として扱われてしまう。
昔、それで痛い目にあって、もう同じ過ちはしないって決心したのに……それでも俺は、情にほだされて、自らの欲望に流されてしまった。
過去にあんなことがあって、またそんなことをしてしまうのか、俺は。
懊悩が俺の胸中を駆け巡る。
どうすればいい。どうすれば。
そうしてシャワールームの壁に両腕をあて、悩みに思いめぐらせていると。
「兄さん」
壁を隔てた向こう側から、真姫の声が聞こえてきた。
「着替え、持ってきたよ」
「あ、ありがとう。用意してくれたんだ」
「うん。この学園の購買、空くのが早いから」
「は、はは。ここの購買って下着とかも売ってるんだな」
「必需品だからね」
「そ、そっか」
「まだシャワー上がらない?」
「あ、あぁ。まだ、もう少し」
声が震えてしまった。もう少し、考えをまとめたい。できれば真姫とは少しでも間をあけてから会いたい。
きちんと考えを固めてからじゃないと、また流されてしまいそうだったから。
俺の言葉に、返答はない。怪しまれただろうか。
「……」
「……」
沈黙が気まずい。
そろそろ上がってもいいのだが、真姫が着脱室にいるから出られない。
「兄さん」
俺が言いよどんでいると、先手を打つようにして真姫が声をかけてきた。
「ん?」
「私も一緒にシャワーあびていい?」
「あ、あぁ、別にいいけど……って、えッ!?」
「ありがとう。入るね」
扉の向こうから、シュルシュルと衣擦れの音がする。
すりガラスごしだからはっきりとは分からないが、真姫のしなやかなシルエットがもぞもぞと動いているのがわかる。
衣服を脱ぎ捨てるような動作をして、それから籠に脱いだものを収めるのが分かった。
冗談かと思っていたら本気で入ってくる気のようだ。
「ちょ、ま」
俺が制しようと声をかける前に、シャワールームのドアが音を立てて開いた。
小鳥のさえずりが、目覚め始めていた意識の片隅から聞こえる。
夢を見終わった後の俺は、たいていは重苦しさに悩まされる。多分、寝ている最中にも脳が働いていたからだろう。
ぐ、ぐ、っと力を込めても、指を動かすのも大変なほどに疲労感が染みている。俺は閉じた目を開けることすらできず、ぐてっと横になり続けていた。
俺は、夢を思い出していた。
イザナギ神とイザナミ神との愛情あふれるまぐわいは、意識が混濁した辺りで始まったから明瞭ではない。が、姉妹たちの面影のある彼女と、微かな感触ではありつつもまぐわったという経験は、少しだけお腹の底にたまるような何かを思い起こさせられた。
イザナギ神とイザナミ神の物語は悲恋に終わるはず。
それが、なんだか俺たち兄妹の行く末を暗示しているように思えて、頭がズキリと痛んだ。
もし物語が神話と同じ筋をたどるなら……そして俺たちの未来を暗示しているというのなら……俺がするべきことはたったひとつだ。
人生を賭けてでも姉さんや妹たちを守る。俺の全てを尽くして紡姉さんや真姫、結、そして母を守る。
傷つける輩から、みんなを守るんだ。
姉さんと俺、過去に犯した過ちが脳裏をよぎる。俺はそれを振り払いながら、あの時の悲しみを再度、犯さないようにしなければ、と心に刻み込んでいた。
絶対に守り抜いて見せる。今度こそ、必ず。
そう決意した時、ようやく気づいた。
鮮明になろうとしている意識が、身体の感覚を取り戻し始めている。
体が重い。重苦しい。全身が鉛のように重く、頭は重だるい。
身動きするのさえできないほどの疲れに、俺は目を開くことすらかなわずにいた。ここ数年、味わったことのない疲労感である。
――――どうしてこんなに疲れてるんだろう。
朧げに思い浮かんだ疑問を解消しようと、昨日の記憶を探る。
昨日……昨日は、以前から勧誘を受けていた学園の入学案内を聴きに行ったんだったよな。
その時に……何があったんだっけ?
ゆうべ何をしてたんだっけ……
疲れのためが頭が回らず、覚め切っていない頭では記憶が全く思い出せない。
とにかく全身が強い倦怠感に支配されていた。
「兄さん、そろそろ起きて」
記憶を探る最中、遠くから声が聞こえてきた。
真姫の声だ。
真姫がどうして俺の部屋にいるんだろう。
真姫が俺の部屋に来ることは少なくないが、朝っぱらから転がり込んできていることはめったになかった。
「兄さんったら。もう朝だよ」
真姫の声はどことなく弾んでいるように感じた。
理由はわからないが、機嫌がいいのは喜ばしい。
「もう少しだけ寝かせてくれ」
「でも、もう遅いよ」
「いま何時?」
「8:00」
「まだ早いじゃないか。休みなんだから寝かせてくれよ」
あと二週間くらいはゆっくりできる期間になる。学校が始まるまでは自由にさせてほしい。準備期間くらいは好きなようにしたい。
そんな風に考えながら気だるい体を横たえていると、真姫が嘆息するのが聞こえた。
「仕方ないなぁ」
腰のあたりでベッドが沈み、スプリングが軋む音が響く。
どうやら真姫が俺のそばに来て、ベッドの脇に腰掛けたようだ。
そこで違和感を感じた。
俺、どこで寝てるんだ? 自分の部屋で寝てるんじゃないのか。
俺がいま寝ているベッドはとても高級品質で、柔らかく俺の体重を受け止めてくれている。
まるで高級なホテルの一室にあるようなベッドで、安普請の俺のアパートの布団でないのは確かだ。
俺、昨日は……ええと……
「休ませてあげたいんだけど、この部屋を使っていいのは十二時間までなの」
真姫と二人でこの部屋に泊まったのか……?
まずい。疲れすぎていて頭が働いてくれない。何か大事なことを忘れているような気がする。
「あと一時間くらいで出なきゃいけないの。だから起きて」
ぎし、と、今度は頭の付近でスプリングが軋む。その軋みと混ざるようにして俺の耳に届いた真姫の言葉は、すこししっとりとしているように感じた。
妹、次女……俺に対しては少し強気だが、優しく素直な妹は、常にハキハキしているのだが、今の真姫は何だか女の子っぽい響きを含めた声の音を俺に向けてくれている。
「俺、どうしてこんな部屋にいるんだっけ?」
「もしかして寝ぼけてる?」
真姫がまたしても嘆息し、呆れたような声を漏らす。
呆れ声は、やや上ずっている。まるで、何かをもくろんでいるのを隠しているかのように。
「ほら、起きて、兄さん……」
ぎしっと音が鳴って俺の枕元あたりが深く沈んだ。業を煮やしたのか、真姫は実力行使することにしたらしい。
ばさっと音がして、直後、毛布がはぎとられた。
「寒い」
抗議をするも体は動かせない。
どうにも頭が回らない。どうにかして目を開くものの、目がかすんで視界がぼやける。
「もう。起きないんだったらいたずらしちゃうよ?」
立て続けにベッドがきしむ音が響き、続いて俺の体の周囲のスペースがへこんだ。
ちょっとした違和感が湧いた。
なんかこんな状況、昨日もあったような……
疑問に思いつつ天井を見上げていると、横たわっている俺の真上に真姫が覆いかぶってきた。
「えッ」
「兄さん」
声の響きが、更に湿り気を帯びる。真姫にしては色気が含みすぎてると言うか、むずがゆさを覚える声だ。
普段から冷静な表情が多い真姫は、一段と真剣そうに顔をこわばらせている。
怒らせてしまっただろうか。
「ごめん。すぐに起きるから」
「……ダメ」
真姫は美しい顔立ちを静かに整えて、俺をじっと見下ろしている。
真姫は目鼻立ちがはっきりしていて、ややシャープな印象の美少女だ。
そんな彼女は、俺と二人きりだというのに入念なメイクをしているようだった。
うっすらと引かれたアイラインや頬を染めるチーク、セクシーな唇を際立たせる桜色のルージュなど、普段よりも力の入っためかしこみ具合だ。
その彼女が表情をこわばらせていると、自然と厳かな印象を受ける。
玲瓏なる佇まいとでも言うべきか。
「じっとしてて」
真姫の桜色の唇が、ゆっくりと紡ぎだす言葉に合わせて揺れる様に動く。
その美しさに見とれていると、真姫の顔が俺の顔に近づいてきて視界いっぱいに広がる。
え、という間の抜けた言葉が、鼻を抜けて空気と共にかき消える。
直後、柔らかい感触が、唇に触れた。
「ちゅッ」
小気味良い音と、唇に柔らかく触れる感触で、俺の頭は一気に覚醒した。
「ッ」
上半身を起こす勢いで俺は真姫を引き離しそうになるが、真姫は俺の背中に手を回し、しっかりとしがみついていた。
「ちゅッ、ちゅッ……」
唾液をねぶるような音が俺と真姫の唇の間で立て続けに響く。
兄妹の唇と唇が吸い付き合い、何度もこすれ合う。
真姫は俺の肩に両腕を回し、巻き付くようにして離れようとしない。
俺は戸惑いと混乱で硬直していた。
実の妹とキスしている。兄妹のキスとは到底いえないような、唇と唇を濃密に交わらせるキスを、してしまっている。
じっとりとした唾液が二人の唇表面を濡らし始め、下腹部に熱が帯び始めたころ。
真姫が唇を離した。
「おはよ。やっと起きたね」
俺のすぐ目の前で、真姫がうっすらとほほ笑みながら言う。
僅かに湿った唇の表面を、赤い舌で舐める。
実妹からの口づけ、そして舌なめずりしながらの流し目……気づいたら、どくどくと、心臓が激しく脈打っていた。
ばくんばくん、と高鳴る心音に混ざり、記憶がよみがえる。
今の真姫の表情……夢に出てきたイザナミが、こんな風な顔を見せてくれたような気がする。
……考えすぎだろうか。
俺は真姫の美しい顔を、じっと見つめてしまう。
真姫は俺の視線に、ふっと薄い笑みを浮かべた。
「着替え、用意しておいたから着替えてね」
「は」
真姫のほほ笑みは、普段の彼女らしからぬ色っぽさと大人びた空気をまとっていた。
その様子に惹かれてしまい、俺を見つめる彼女になにを言おうか考えつかずにいた。
しばしそんな状態で固まったままいたら、真姫が俺の額に掛かる髪を指で梳いた。
「シャワー浴びてきた方がいいよ。髪の毛がぼさぼさ」
真姫はくすくすと笑う。その様子は上品で、昨日までの真姫とは何かが違う。
なんというか、大人の余裕を身に着けたというか、一皮むけたというか、そんな雰囲気だ。
「い、いや、おまえ、いま」
すぐ眼前に広がる真姫の整った顔は、上気してほのかに赤い。
甘い香水の匂いと薄い化粧、うっすら薫るシャンプーの匂いが少し湿ったような艶のある髪から漂う。
「き、キス」
「うん。したよ?」
あっけらかんという真姫に、肩がすくむ。
「毎日してくれるって約束だよね」
「はッ?」
「あ、今のは私からだったからノーカウントだよ」
「お、え?」
「ちゃんと兄さんからキスしてね」
「ッ」
思わず唇を手でさする。
まだほのかに熱を帯びる唇にはさっきの感触が鮮やかに残っている。
「お、俺、シャワー浴びてくる」
「うん。私はチェックアウトの準備しておくね」
真姫は弾む声で、そそくさとその場を離れる俺の背中に声をかけてくれる。
真姫の嬉しそうな様子が、俺の胸に突き刺さる。
俺は部屋から出る間際、ちらっと真姫の様子をうかがってみた。
真姫は幸せそうにほほ笑み、俺の背中を見送っていた。
視線で「どうしたの?」と尋ねてくる彼女に、かぶりを振って返答し、俺は背中を向けてシャワールームへと駆け込んだ。
────────────────────
「ふぅ」
熱いシャワーを浴びて、ようやくはっきりと目が覚めた。
夢のことは、とりあえず置いておくとして……改めて冷静になって今の状況を考えてみる。まず、真姫のあの様子についてだ。
兄妹っていうより彼氏彼女のような雰囲気である。そもそも昨日、俺は何をしたんだっけ。夕べ見た夢のせいか、昨日あったことの記憶があいまいだった。
思い出さなければ……と、必死で記憶をまさぐる。
姉さんにキスされて、そこからなんやかやあって真姫や結、理事長となぜかキスしてしまって。
その時に学園の理事長が、俺の母親だったっていうことが分かった。
で、理事長から説明を受けて、世界でも最先端の設備と技術を持ったこの学園で頑張ることを決めた。
そのあと俺は何故か姉や妹たち、そして母に囲まれて、めちゃくちゃに迫られたんだ。
夕べ、俺は母と姉妹のうちの誰かと一緒に一晩を過ごすことを強制されて、状況を収めるために真姫と一緒に過ごすことにしたんだ。
それで、だ。
……夕べ、俺、真姫にこの学園のことについて聞こうとしてこの部屋に来て……そして。
「俺は真姫と……ここに泊まった」
思い出した。
俺は、真姫と……
意識はもう十分に鮮明だ。そして、記憶がすっかりと戻ってきている。
今ならはっきりと思い出すことができる。
「俺は、ここで真姫と……してしまったんだな」
目を閉じると思い浮かぶのは、真姫の切ない表情だ。
俺への恋慕の情をためらいなく口にし、涙ながらに俺に告白してくれた妹は、衝撃的でもあり、感動的でもあった。
あの時の俺は、果たして正気を保てていたのだろうか。
異様なまでの興奮が俺の全身を支配し、真姫の事を愛したいという感情があふれ出て止まらなかった。
あの時の俺は、もしかしたら真姫を一人の女性として好きになっていたのかもしれない。
「俺は、また……」
頭からシャワーの湯を浴びて、のぼせた頭の中ごと洗い流す。
全身を流れる温かい湯が排水溝に流れていくのをぼんやりと眺めながら、これからどうすればいいのかを考えていた。
どうしよう。
俺は真姫のことをどう扱えばいいんだろう。
今まで通り兄妹として過ごす……のは無理だろう。
じゃあ、どうすればいい?恋人として扱うのか? 実の妹を?
神話の中の世界ならそれでもいいのかもしれないが、今の俺がいるのは現代の日本だ。兄妹で付き合うとか、異常者として扱われてしまう。
昔、それで痛い目にあって、もう同じ過ちはしないって決心したのに……それでも俺は、情にほだされて、自らの欲望に流されてしまった。
過去にあんなことがあって、またそんなことをしてしまうのか、俺は。
懊悩が俺の胸中を駆け巡る。
どうすればいい。どうすれば。
そうしてシャワールームの壁に両腕をあて、悩みに思いめぐらせていると。
「兄さん」
壁を隔てた向こう側から、真姫の声が聞こえてきた。
「着替え、持ってきたよ」
「あ、ありがとう。用意してくれたんだ」
「うん。この学園の購買、空くのが早いから」
「は、はは。ここの購買って下着とかも売ってるんだな」
「必需品だからね」
「そ、そっか」
「まだシャワー上がらない?」
「あ、あぁ。まだ、もう少し」
声が震えてしまった。もう少し、考えをまとめたい。できれば真姫とは少しでも間をあけてから会いたい。
きちんと考えを固めてからじゃないと、また流されてしまいそうだったから。
俺の言葉に、返答はない。怪しまれただろうか。
「……」
「……」
沈黙が気まずい。
そろそろ上がってもいいのだが、真姫が着脱室にいるから出られない。
「兄さん」
俺が言いよどんでいると、先手を打つようにして真姫が声をかけてきた。
「ん?」
「私も一緒にシャワーあびていい?」
「あ、あぁ、別にいいけど……って、えッ!?」
「ありがとう。入るね」
扉の向こうから、シュルシュルと衣擦れの音がする。
すりガラスごしだからはっきりとは分からないが、真姫のしなやかなシルエットがもぞもぞと動いているのがわかる。
衣服を脱ぎ捨てるような動作をして、それから籠に脱いだものを収めるのが分かった。
冗談かと思っていたら本気で入ってくる気のようだ。
「ちょ、ま」
俺が制しようと声をかける前に、シャワールームのドアが音を立てて開いた。
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来栖れいな
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※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
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