IT学園○学部

阿井上男

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第一話

私立IT学園・説明会13

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「はい」

理事長……いや、母は、俺の頭を豊かな乳房の中から解放し、ハッキリと答えた。

「私はあなたの母です。巧さん」

言葉を失う、とはこのことか。

頭が働かない。何を言っていいのかわからず、ただ目の前の女性を……理事長を……いや、母をひたすら無感情に観察することしかできなかった。

俺を見つ返す超絶美貌の大人の女性が、俺の母親だという現実は、おいそれと受け入れられるものではない。

「信じられないかもしれません。ですが」

目の前に、おっとりとした大人の女性の顔が広がる。

「あなたの、実の母です」

口元に浮かぶ緩やかな微笑みと、言葉を区切りながら告げる口調に、大人らしさを感じる。

「巧さん……」

理事長……いや、母は、俺の顔を間近で見つめる。ほっそりとした指で俺の顔を挟む。肉親という告白を、まだ理性は受け止めきれていないが、脳は痺れたようにその指を受け入れていた。

この世で最も愛情深い実の母の、その愛情が詰まった人が、俺を柔らかく見つめてくれている。それが、脳に歓喜を呼び起こさせていた。

「ようやく会えた……顔を明かすことができた……」

かみしめる様につぶやく彼女の声音は、聞き覚えのある声であった。

俺の目をのぞき込む母の瞳は喜びに細まり、慈しみに満ち溢れた笑みを屈託なく俺へと注ぐ。

赤みを帯びた頬、朱の差し込む唇は、しっかりと母性愛を感じさせてくれる。

「あの……」

「はい」

「その」

何を言えばいいのか。

言葉が定まらないまま、こちらをじっと見つめる母を見つめ返しながら口ごもる。

「混乱させちゃった?」

不意に横から声をかけられて、飛びあがりそうになる。

紡姉さんが心配そうに俺をのぞき込んでいた。

「巧くん、ショックを受けちゃった?」

「それは……」

言葉が思いつかない。

俺が当惑しているのを感じ取った姉と母は、それぞれ困惑した表情を見合わせた。

「母さんの話は時々してたんだけど……」

紡姉さんが困ったように首をかしげる。俺の腕を豊かな胸に挟み込んだまま器用に頬に手をあてがい、思考を巡らせるように眉をひそめる。

「そうですよね。急に目の前に現れて、母親だなんて、困るに決まっています」

「大丈夫だよ、ママ」

高い声が会話に割り込んでくる。

俺の背中の右側半分あたりで、二つのふくらみが弾んだ。

「巧兄は喜んでるんだよ。巧兄って、本気で喜んだ時はあんまりしゃべらないの」

「結さん」

「ママがこんな綺麗でステキな人だってわかったら誰だって嬉しいよッ。ね、巧兄ッ」

結は俺の体に膨らみを押し当てたまま、身をよじりながら満面の笑みを俺へと向ける。状況が状況だけに、微妙な気分だ。

「そうだよ、母さん。安心して。兄さんはクールだから感情がわかりづらいだけなの」

また別のふくらみが、俺の背中の左半分でたゆんとした弾力を押し付けてくる。先ほどのものよりもややボリューム感がある、とは口にできないが、誰の何であるかはすぐに分かった。

「真姫さん」

「兄さん、私たちが不自由な想いをしなかったのは、ぜんぶ母さんが影で助けてくれたおかげなの。兄さんなら分かってくれるよね」

「……真姫」

俺を見つめる真姫の瞳には確固とした意志が宿っている。真姫も母の味方らしい。俺は真姫のこういう表情が一番好きだった。

「ありがとう、真姫さん」

母の目がわずかに潤む。その表情に、俺の胸の奥が痛む。

「私も真姫ちゃんも結ちゃんも、みんな母さんの味方よ。もちろん巧くんも、母さんのことをしっかりと受け入れてくれるわ。そうよね」

紡姉さんは俺のほうに目配せし、軽く首をかしげる。姉さんの言葉に、姉妹たちは深く頷く。

俺に目配せする姉は、何も心配していないという確信に満ちている。

姉さんはいつも自信たっぷりで、悠然と俺達に接してくれる。

だから俺は、そんな姉に強い憧れを抱いたのだ。

「ね、巧くん」

「え」

ずい、と近づく姉は、母のとなりに立ち、そのままゆっくりと俺へとしなだれかかった。

「複雑だとは思うわ。だけど、母さんのこと、受け入れて。私たちと一緒に、みんなで幸せな一家になりましょ?」

姉はやや低めのトーンで俺を諭すように訴えてくる。

俺の胸板に両手を揃えるようにあてがい、上目遣いで見上げるポーズは、実の家族に向けるには色香が強すぎる。

「ちょ、まってくれ」

俺の精神状態はもはや混とんとしていた。

再会したばかりの母や、俺に取りすがるようにしがみついてきている妹たちがいる。

そして、この状況で、かつて思い人だった姉に言い寄られたら振りほどけるはずがない。

が、しかし、だ。今まで離れていたとはいえ、再会したばかりの母親にこんな家族関係であると思われたら、どうなってしまうのだろう。

「不安?」

姉は俺の胸に額を当てた。見透かされている。俺はビクンと大げさにうろたえてしまう。

「い、いや、不安ってわけじゃ」

「不安な想いをいだく必要はありませんよ」

少し離れた場所から、母が言う。

おっとりとした口調の母は、さすが一組織の長と思える程の上品な振る舞いで俺たちを見守っている。

その表情は呆れでも怒りでもなく、柔和な微笑に彩られていた。

「巧さんが姉妹の皆さんをどれだけ大事にしてくださったのか、今の姿を見てもわかります」

母が胸の前で手を組んでいるのは、溢れ出しそうな感情を制御しているように見える。

端正な母の顔立ちに良く似合う可憐な喜びが、少し赤らんだ頬でほころび咲き乱れていた。

「あなたが私の息子で良かった。皆さんが私の子供で良かった。心からそう思います」

母の喜びは本物だ。直感だが、その感覚は間違っていないと思う。

母の美しく気高い笑みが、俺の疑念を吹き飛ばしてくれた。

これほどまでに俺をまっすぐに、献身的に見てくれる人は、そうそういない。

いくら離れて暮らしていたといっても、母の思いにゆるぎはないように見える。

俺の気持ちはどうなんだ? 俺は、母に何か言わなければいけないような想いがあるのだろうか……

俺は、今まで経済的に困窮することはなかった。物心ついた時には、親戚筋に身を寄せていた俺たち兄妹は、親がいなかったにも関わらず、かなり裕福な生活を送れていたと思う。

遠くで仕事をしているという両親と会えなくても、寂しさは叔父や叔母、祖父母、そして何より姉と妹が埋めてくれた。
その幸せは、遠くに離れて暮らしていた母親がもたらしてくれていたという。

……なら、それに対して素直に感謝し、お礼を述べるのが、俺のするべきことだ。きちんと母に想いを伝えなければ。

「ごめん。みんな、ちょっとだけ母さんと話をさせてくれ」

俺は姉妹を優しく体から離すと、母の前に近づいた。

母は俺より頭二つ分ほど身長が低い。

近づくと俺を見上げる形になる。

身構えられるかと思ったが、身じろぎ一つせず、近づく俺をほほ笑みで迎えてくれた。

「姉から話は聞いています」

「どのような話ですか?」

胸中の雑念を振り払うように額に手の甲をあて、視界を狭めてから俺は説明を始めた。

母はバイオ系の研究職の第一人者で、大学在学中に様々な研究結果を発表した才女だった。

大学を飛び級で進学、卒業した母は、結婚できる年になってからすぐ父と結婚、俺たちを出産した。

出産後も仕事は続けた母は、とある分野で大きい功績をあげた。

その功績により、政府筋の巨大企業に引き抜かれた。

母が入社した巨大企業は世界中に拠点があり、数年後、母は海外の支社へ赴任することになった。

赴任先は世界の最先端技術を実際に使用し、実験を行う施設である。

母はそこで働いていた日本人男性と出会い、数年の交際を経て結婚、妊娠した。

俺たち4人を産んだ母は教育や環境を考えて帰国を願い出るが、会社には止められてしまう。

代案として、父が帰国し、現地で育てることを提案され、受諾する。

かくして帰国した父と俺たちは日本で生活することになった。

だが、俺たちが帰国した直後に両親の離婚が成立した。

結が生まれたあたりで俺たちの一家は、姉弟姉妹のみになったのだ。

父からの養育費は多額で、母の仕送りもあり、親戚筋の協力もあって生活には困窮しなかった。

母はたびたび帰国して俺たちに会いに来ていた。

俺も時々、母親と面会交流していた時期もあったらしい。

らしい、というのは、そのあたりの記憶がひどく曖昧で、ほとんど思い出せないからだ。

もしかしたら母の滞在期間が短かったことも影響しているのかもしれない。

子供たちとのやり取りから重要機密が漏れ出ることを危惧した企業側が、俺たちとの面会を制限し、滞在期間が非常に短く設定されていた。

それでも海外の企業に籍を置いて勤務しながら時間を見て帰国し、俺たちと交流していたのだが、ここ数年は新規事業の主任を担当することになっていたため帰国できなかった。

新規事業は日本の国内問題にかかわることだから、もしかして近々母が帰国することになるかもしれない、という。

姉さんから聞いている母親の話は、ざっと上記のようなことだった。

「そうだったのですね」

母は俺の説明の最中、数回うなずきながら紡姉さんや真姫、結に何度か目を向けていた。

姉妹のみんなも、やや緊張しているように見える。俺の反応が気になるのだろうか。

「よくわかりました」

俺にとって、今回の母との再会は突然のことで、現実としてまだ受け止め切れていない部分はある。

そのせいだろうか。

目の前の女性を母と認識することはできるのだが、それよりももっと別な感情が沸き起こってしまうのを感じていた。

甘い香りが鼻腔をくすぐる。

俺はいつの間にこんな色狂いじみた男になってしまったのか。

自分で自分に嫌悪感を感じてしまう。

誤魔化そうとしたわけではないが、俺は何となく母と目を合わせることができなかった。

「すいません」

自然と謝罪の言葉をつぶやいていた。

「なぜ謝るのです?」

母が意外そうに眼を見開く。

「私は母でありながら、あなたとの時間をほとんど作れませんでした。謝るのなら、私のほうなのに」

母は目を伏せがちに、沈痛な面持ちを浮かべている。その声に力はない。

「完全に親失格です。恨まれても仕方ないと思っていました」

罪悪感をこらえきれないとでも言いたそうであった。

母の伏せられた顔を見て、心が疼く。言わなければ。自然と口が開いた。

「恨む気持ちなど全くありません」

「……!」

「俺たち一家は今まで何不自由なく暮らしてきました。経済的にも、精神的にも、とても豊かに暮らせました」

親がいないことで不自由はあった。が、そんなことなどどうでもいいと思えるくらい、姉妹たちと支えあってこれた。

みんなとの絆を深めることができるだけの環境が、俺達にあったからだ。その環境を作ってくれたのは、目の前の母さんなのだ。会えなくても、親として、しっかりと俺たちを導てくれていた。この人こそが、俺にとって親愛なる母親なんだ。

「母さん、あなたのおかげです」

「ですが、親なのに」

「確かに両親と会えないことにさみしさを覚えることはありました」

「そう、ですよね」

母の表情が一段と曇る。

俺と会うことが出来ない間、母は何を考えていたのだろう。

想像することしかできなかった母の想いを、聞くことはかなわないと思っていた。

それでも構わないとおもっていた。ついさっきまでは。

「姉からあなたの話を何度も聞いてました。離れていても愛情を注いでくれているのは痛いほど伝わっていました。たとえ一緒に住むことができなくても、です」

「巧さん……」

「俺は母親と一生会えないと思っていました。姉妹たちを守ることを最優先していこうと思っていました」

母はどれほど悩み、苦しんできたのか。

その想いは推し量ることしかできない。

「ですが、こうして会うことができて、想いの強さを感じることができました」

「俺達を思っていてくれたこと。思いを形にしてくれていたこと。それがどれだけ支えになったことか」

「では、本当に私のことを許してくださるのですか?」

「許さなければいけないことなんかありません」

きっぱりと告げる。

「むしろお礼を言わなければ」

「お礼?」

「今まで育ててくれてありがとうございます」

「ッ」

「どれだけ離れていても、会えなくても、愛情の深さを疑うことなんか一度もなかった」

「ああ、あぁ……」

「会いに来てくださってありがとうございます。母さんのことを、心から尊敬しています」

「……あぁ、巧さんッ」

俺の目の前で母の美貌が泣き笑いに濡れる。

姉妹にそこはかとなく似た美しい顔立ちは、涙に濡れてもいくばくもかげることはない。

それどころか、母の涙は、淑やかな女性特有の美しさ、上品な佇まいへと上り詰めさせているようにまで感じた。

「本当に、逞しく、強く、優しく育って下さったのですね」

円熟の域に達していると思われる女性に特有の、香り立つような色香が立ち込める。

肉親とわかっていても胸が高鳴ってしまう。

ごまかすように俺は顔を横にそらした。

「ね、言ったとおりだったでしょママ。巧兄はカッコイイんだよ」

「結」

上機嫌な結が、俺と母の会話に混ざる。

湿っぽくなっていた空気が一気にゆるんだ。

「ええ。結さんのいう通り、とてもステキなお方です」

「えへへー」

まるで自分のことのように結は喜び、俺の腰にしがみつく。

密着度が高い。暖かい体温が服越しに伝わってくる。

「私は最初から心配してなかったわよ」

「姉さん」

「ありがとう、紡さん。紡さんには感謝してもしきれません」

「ふふッ」

紡姉さんは俺を横目に流し見てくる。

母のことを聞かせてくれたのは、比較的、母と交流の取りやすい立場だった姉だ。

母もやはり特別な感謝の感情はあるのだろう。

俺は姉を見るが、当の姉は俺に、感謝とは違った含みのある色を、俺への視線に宿していた。

実の姉だというのに、艶めいたその瞳は瑞々しい女の色気に満ちていて、直視しづらい。

実の姉だというのに、どうしてここまで色香に満ちた女を感じてしまうのだろう。

この状況にもかかわらず、俺の意識は姉に囚われてしまいそうになる。

「あたたッ」

急に背中に鈍い痛みが走り、一気に現実に引き戻された。

「どうしました?」

「あ、いえ」

母の心配そうな声をごまかしつつ、背後を振り向く。

こういうことをするのはひとりしかいない。

「真姫、いきなりなにするんだよ」

斜め後ろでは、不服そうな次女が、俺を上目遣いで見上げていた。

「兄さんの馬鹿」

真姫はスポーツ女子である。

力は意外と強い。つねられた場所がまだ少しじんわり痛い。

「すぐにデレデレするんだから」

「いや、そんなこと……そこからじゃ俺の顔、見えないだろ」

「何となく分かるのッ」

「何となくって」

「兄さんって、紡姉さんに誘惑されたらすぐにフラフラするじゃない」

「はッ?」

「兄さんの態度って露骨だからすぐに分かるの。姉さんのことになると、すぐそういうふうになる」

「ちょ……ッ」

俺が慌てて口を塞ごうとするが、するりと真姫は逃げる。

「兄さんの馬鹿、シスコン」

「お前、こんな状況でそんなことを」

再会したばかりの母の前でしていい話題じゃない。

「ふふッ」

俺が慌てていると、母は遠慮がちに含み笑いを漏らした。

「仲良しなのですね」

「そ、そう見えますか?」

「ええ。微笑ましいことです」

母は目を細めて喜びの表情を浮かべる。

どうやらケンカしているのではなく、兄妹の日常的なやりとりと言うことは理解してもらえているようだ。

俺達全員の関係性も姉は伝えていてくれたのだろうか。

姉さんをちらりと見ると、ちょうど姉もこちらを見ていたようで、目があった。

「巧くんのことは全部あまさず伝えてあるわよ」

含みのある口調を際立たせるように、姉は唇に右手の人差し指をあてがう。

「私とのことも、ね」

「嘘だろ……?」

ふふ、とほほ笑む姉さんの目はほっそりと一本の横線となっていて、底知れない光が薄く垣間見える。

誘うような艶っぽい仕草は女性的な魅力に溢れていたが、今はそれよりも別のことで頭の中が混乱に陥っていた。

伝えてある。

俺と姉さんのことも。

心臓が高鳴る。

まずい。

焦ってはいけない状況なのだが、背筋に嫌な感触が這う。

「……どこまで?」

「どこ?」

姉さんはわざとらしくとぼけて見せる。

やや半眼になった姉さんは、俺の胸中の焦燥を見透かしたかのように喉の奥で笑う。

「全部、って言ったでしょ」

「う……」

俺は横目で母を見る。

一本の線を引いたような細い目は、機嫌良く微笑んでいるようではあるが、底しれない妖しさも垣間見える。

邂逅したばかりではあるのだが、母さんについてはまだわからないことだらけなのだ。

「これはですね」

何を言おうか考えがまとまらないまま発言したため、自分でも意味のわからない形に口を開いたまま、固まってしまう。

母さんが姉妹たちにまとわりつかれて身動きを取りづらい俺に近づいてきた。

母さんはほほ笑みを浮かべながら、自らの唇表面を指先でなぞるような仕草を見せる。

姉さんとはまた違う大人の女性の色気が漏れ出ている。

「巧さん」

上品な声とともに、ふに、という感触が唇に広がった。

母さんが、自らの唇をなぞっていた指先を、俺の唇に触れさせたのだ。

「どうしてそんなに緊張してるのです?」

「ちょッ……」

「これから家族みんなで暮らせるのです。あるべき姿にもどるだけなのですよ」

母が、たっぷりの色気を纏いつつ、俺の首に腕を巻きつけてくる。

しなやかな体を寄せてくる母を、半身で受け止める。

「もしかして、何か期待してますか?」

「えッ」

「期待してくださるというのなら」

するり、と衣擦れの音が耳に入る。

母が着ているのはぴっちりとしたスーツである。

胸元の布地が、豊かすぎるほどの乳房を覆いきれず、谷間を刻み込ませていた。

さっきの衣擦れは、胸元がはだけたときのものだろうか。

たぷんとした乳房の塊が、俺の胸元あたりで大胆に揺れた。

「期待に応えさせていただけませんか……?」

「はッ!?」

「さきほど同意を頂いたことで、すべての障害が消えてなくなりました」

「どッ、同意ッ!? 障害ッ!?」

「ええ。入学の同意です。私が作り上げた、この学園に入学するために必要な同意です」

「それがいったい……」

「この学園の最大のコンセプトは、家族恋愛です」

「はッ?」

母は俺の反応を満足そうに聞き入れ、そのまま俺の顎のしたへと顔を寄せる。

ちゅぷ、と湿った音がした。母が喉元に吸い付いたのだ。

「うあ」

俺の素っ頓狂な声にも反応せず、母は続ける。

「この学園は、家族たちの愛情を、家族同士で愛し合うことを、最大のコンセプトとして掲げています」

「家族同士は生まれつき愛し合うべき存在、本能的に求め合う存在、でしょ?」

紡姉さんだ。母の隣で俺に身をすり寄せていた姉が、俺へ抱きつく密着度をあげる。

「姉と弟が男女の仲になるのは……とっても自然なことなのよ。巧くん」

「はッ!?」

「姉と弟だけじゃないもん。兄と妹も、好き同士なら恋人になれるんだもん」

むくれたような声が後ろから聞こえる。

やや幼い声は、結のものだ。

同時に、ぎゅ、と腰のあたりで握られるような感触が伝わってくる。

「実の妹が実の兄に恋したっていいんだよって……母さんにいってもらって……頭が真っ白になっちゃったの」

「お、お前」

混乱した状況が次々と畳み掛けてくる。

「私、紡姉さんや結みたいに女の子っぽくないけど、でも」

結の隣にいる真姫が、沈んだ声で俺へと語りかけてくる。

やや上ずっているのは、羞恥心からだろうか、緊張からだろうか。

「本気の想いがあるんだったら、実の兄と妹でも結ばれていいんだよって……許されるんだよって、言ってもらえて、救われたの」

俺の下腹部に腕を回し、ぐい、と自らの体に引き寄せてくる真姫の体は、少しふるえているように感じた。

「私の作り上げた学園にようこそ、巧さん。そして誓います」

目の前で、母が告げる。

「私たち四人は、あなたを愛し、あなたに尽くすことを誓います」
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