IT学園○学部

阿井上男

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第一話

私立IT学園・説明会9

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「結!?」

俺は大慌てで結の身体を支えた。

幸い、完全にヘタリこむ前に支えることができたから床に身体を打ち付けるようなことにはならずに澄んだ。

が、結は足に力が入らないようで、中腰のような体勢で支えることになった。

「結、しっかりしろ」

「んはぁ……」

身体は弛緩し、薄く開いた口から生暖かい吐息が漏れ出ている。細かく息を吐き、呼吸を整えているようにも見える。

「ん……はぁ」

何かに耐えるように時折、肩を震わせていたが、やがて結の呼吸は波が通り過ぎたかのように穏やかになった。

「結?」

「ふぁああ……」

「大丈夫か?」

俺の問いかけに、結は小さくうなずいた。

「う……うん。なんともないよ」

結の額にはうっすらと汗が浮かんでいる。

普段は透き通るような白い肌には赤みが強く差し込んでいて、興奮の残滓が見て取れた。

「ごめん。俺のせいで……」

「?」

「俺がうぬぼれていたせいで、こんなことに」

「うぬぼれ? こんなこと?」

真姫の言葉は俺にとってひどく肯定的だった。だから、無自覚にも彼女の体調の異変までもを肯定的に捉えてしまった。

昏倒させてしまったことにはかわりないのに、そして結に対して同じようなことをすれば、同様の結果が起こると予想するのは簡単だったはずなのに。

後悔の念が胸の奥からこみ上げ、締め付ける。

妹を守り、支え、幸せにすると、そう誓ったのに、その逆のことをしてしまっている。

俺というやつは、本当に……

「巧兄、辛そうな顔しないで。結ね、今とっても幸せなの」

「本当に?」

「うん! 今が人生でイチバン幸せ!」

結は元の白くすっきりとした顔色に戻っている。どうやら長引くような類の症状ではなかったらしい。

「だから悲しい表情しないで。結まで悲しくなってきちゃう」

「悲しがってなんかないよ。ほっとして気がゆるんじゃったんだ」

「ほっとした? 何に?」

「結が急に大きな声を上げて倒れそうになったから心配したんだよ」

「あ、あはは。ごめんね」

結の表情が変わった。

目をそらし、焦ったように手をひらひらと振る。

「あれは……その、ちょっとクラっときただけなの。なんでもないから安心して、ほら」

屈託のない笑顔は結らしく、たしかに全く問題ないようだ。

「元気いっぱいでしょ?」

両手を大きく広げ、いつもの結らしい元気な笑顔を見せてくれる。

ようやく安心した。この笑顔が結の魅力だ。

俺が一緒にいるときは、この笑顔を守り通したい。

「立てるか?」

「うん。でも、もうちょっとこのままがいい」

「?」

「巧兄の体温を感じていたいから」

俺の首の後ろに両腕を回し、抱きついてきた。

俺の肩の上に顎を乗せ、抱っこの格好でぎゅっと密着する。

「巧兄、あったかい」

「結のほうこそ」

結の首元からは汗の匂いがする。

汗ばんだ額に前髪が数本張り付いていて、結の一瞬の急変がいかに重大な状態だったのかを物語っていた。

しどけない仕草、密着したことで伝わってくるやわらかさ、体温が、普段のあどけなさからはかけ離れた色気を振りまく。

いつまでも子供と思っていた妹が成長したものだと、実感できるのはとても嬉しい。

だがその色気も、時には考えものだ。

「俺が迂闊なことをしたせいで結につらい思いをさせちゃったな。ごめんな」

「はぇ?」

「真姫と同じような目に合わせてしまった。俺のせいだ」

真姫が気を失ってしまったのは俺のせいだ。

姉妹をあんな目にあわせるようなことはしないと、ついさっき誓ったばかりだというのに。

「真姫姉と同じ? どういうこと?」

「結が気持ち悪くなったのは俺のせいだろう」

「気持ち悪くなんかなってないよ」

「えッ」

「ぜんぜん気持ち悪くなんかなってないよ。どうしてそんなふうに思ったの?」

「急にぐったりしたのは、俺とキスしたからじゃ」

「巧兄のキスがすっごく上手で、気持ちよかったからだよ」

「え」

「それとぉ、えへへ」

「?」

「愛してるって言ってもらえたからッ」

自分で言っておきながら照れたのか、結は顔を両手で覆い隠すようにしながら全身を大きく揺らす。

「巧兄の気持ちが嬉しくて、気持ちがたかぶりすぎちゃったの。だから頭がクラクラしちゃったのッ」

結はどうも俺が想定していたのとは違うことを考えているようだ。

「気持ち悪くなんかなってないよ。結が巧兄のことを気持ち悪いだなんて思うはずないよぉ」

結は顔を覆っていた両手を外し、軽く握りこぶしを上下に振りながら訴えてくる。

「ごめん」

「謝るようなことじゃないけどぉ……巧兄、もうちょっと結たちがどう思ってるかを感じてほしいよ」

怒っているような困っているような、複雑な表情だ。

「普段から何回も好きって言ってるのに、気持ちを汲み取ってもらえないんじゃ、悲しくなっちゃう」

「ごめんな」

俺が謝ると、結は嘆息して首を横に振った。

「うぅん。結のほうこそ巧兄を戸惑わせちゃったもんね。心配させてごめんなさい」

「結が謝る必要なんか」

「巧兄が謝る必要もないよね?」

結は得意げに胸を張る。控えめサイズの胸が、パンと前に張り出す。

俺は小さく笑い、首を縦に振った。

「そうだな。結の言うとおりだ」

「なら、謝りあうのは止めにしよ?」

「ああ」

俺がうなずくと、結は機嫌よさそうに目を細める。

ぽす、と頭を俺の喉元あたりに寄せてきた。

「でも、本当にショックだったんだよ? いくら気持ちを伝えても分かってもらえないんじゃないかなって思っちゃったの」

「う」

「だから、一つおねだりしていい?」

「おねだり? どんな?」

「抱きしめて欲しいな」

「抱きしめるって、いまもうしてるじゃないか」

「抱えてるだけじゃんッ」

瞬時に突っ込みが入る。もう充分に密着してると思うが、結としては不満らしい。

「もっとぎゅって抱きしめてくれなきゃ、ダメ」

そのクリクリとしたつぶらな目は、甘いおねだりにゆらゆらと揺れている。

もう充分に甘やかしたと思うが、俺は妹の要望を突っぱねることができるような兄ではなかった。

俺は苦笑して、結を強く抱き寄せた。

「んふ」

目を閉じて猫のように顔を俺の肩にこすりつけてくる。

結は自分のことをもう子供じゃないと言っているものの、まだまだこういうところが子供っぽく、愛らしい。

ぬくもりがこの上なく愛おしく感じられるのは、さっきのキスのおかげだろうか。

「苦しくないか?」

「ぜんぜんだよ……やぁん、こうしてくっついてると巧兄の身体がどんなふうになってるのか分かっちゃうねッ」

「はは。なにいってるんだよ」

「えっへへ。巧兄、たくましいね。かっこいい」

「いちおう鍛えているからな。それなりに筋肉はついてるよ」

「あはは、すごい筋肉質だぁ、かっこいい」

「運動してるやつはみんな鍛えてるから」

「巧兄、まだテニスを続けてるんだっけ?」

「一応な」

昔、俺は本気でテニスに打ち込んでいた時期があった。

今でも続けてはいるが、部活や趣味といった類で、昔みたいに人生の中心においてはいない。

「よかった」

「何が?」

「テニスしてる時の巧兄、カッコイイんだもん」

「ありがとな」

「また巧兄のテニスしてるところ、見たい」

結はぐにぐにと俺の脇腹あたりを触ってくる。思わずビクっとなってしまう。

「くすぐったいって」

「えへへ。巧兄の身体、硬いよ。すっごいカチコチ。男の人って感じがして素敵ぃ」

「鍛えてるのはテニスをしてるからってだけじゃないよ」

「そうなの?」

「結や、真姫、紡姉さんに何かあった時に守り切れるように、鍛えてるんだ」

「守るって、そんな大げさな」

「もしかしたらの話だけどね。でも、もしそんな事があったら、俺は必ずみんなを守る」

「巧兄……」

「俺には取り柄なんてほとんどない。だからせめて、みんなを守れるような存在になりたいって思ってる」

結は間近から俺の顔を見上げる格好である。俺は努めて表情を柔らかく緩めた。

あまり真面目くさった話をする状況じゃないし、硬い表情で結を怖がらせたくない。

「俺にとって結や真姫、紡姉さんはとても大事な存在なんだよ」

俺は結の頭をポンポンと軽く抑えた。

ふんわりとした髪が良い具合にクッションになって、触っているこちらが気持ちよくなる程だ。

「もぅ、巧兄ったら。私たちのことを子供扱いしちゃってぇ」

結はしばらく俺を真正面から見つめていたが、いつの間にか赤く染まった顔をごまかすように慌てて俯いた。

「ね。巧兄」

「ん?」

「それって、どっちの意味?」

「それ?」

「もうッ。大事な存在、って言葉ッ」

結が再び顔を挙げた。

「巧兄の口から聞いておきたいの」

いつもあどけない結にしては神妙な顔だ。

「妹としてなの? それとも女の子として?」

ずい、と顔を間近まで寄せる。

「どっち?」

絶対に答えを聞き出すという決意が見て取れる。

「なんでそんなに必死なんだ?」

「必死になっちゃうよおッ。そこが大事なんだもんッ」

結の権幕がすごい。そんなに気合を入れなくても答えるのに。

俺は嘆息しつつ、答えた。

「そんなの決まってるじゃないか。両方だよ」

「ふぇ?」

結がどういう答えを望んでいるのか俺にはわからない。

だから、素直な気持ちを言うことにした。

「結は俺にとって最愛の妹だし、とびきり魅力的な女の子なんだよ」

「ふぇッ」

結は高い声を上げて、目を見開く。

「最愛の妹だから大事にしたい。か弱い女の子だから大切に守りたいんだ」

「ふぁ」

「結を幸せにしたい。つらい思いをさせたくなんかない」

「巧兄」

「俺は結の兄貴なんだ。兄は妹を守る。男は女を守る。そういうものだと俺は思う」

俺は結をまっすぐに見つめる。結の目はゆらゆらと揺らめいていた。

「いい加減な言葉でごまかしたりはしないよ。結をとっても大事に思ってるから」

俺の言葉の後、少々の沈黙が漂った。結は俺をまっすぐに見つめたままだ。

結がこれだけ無言でいる時間でいるのは初めてかもしれない。

少しいたたまれなかった。何か言おうと口を開きかけた、その時。

「もー、巧兄ったら」

すねたように唇を尖らせた結が、こぼした。

「不満だったのか?」

「だってズルいじゃない。どっち?って聞いてるのに」

「そうか、ごめん」

「もしかして適当にあしらわれてない?」

「いや、そんなことはないよ、正直に答えただろ」

「もー。それが正直な答えなの? ショック」

「ショックって」

「結、巧兄に素直な気持ちをぶつけてるつもりなんだけどなぁ」

これは困った。

以前までの結だったら喜んでくれたと思うんだが、当てが外れた。

「なんだか結、当たりがきついな」

「ふーんだ。ずるい返答するからそんな風に言われちゃうんだよ」

「そんなにずるかったか?」

「うん」

結はじとっとした目つきで俺を射抜く。

この子がこれだけ強気な態度を取るのは珍しい。

本当に怒らせてしまったのだろうか。

「でもね、うふふ」

「ん?」

「今はそれでもいいや。だから許しちゃうッ」

「うわ」

結が突然俺に飛びついてくる。俺の首の後ろに両腕を回し、顔と顔がくっつく直前まで密着してきた。

結は俺の額に自らのおでこをくっつけながら微笑む。

「結、はやく大人の女になるよ。巧兄に守ってばっかりの子じゃなくなるから」

結は目を閉じて祈るような小声で告げる。

「巧兄の隣にいても恥ずかしくない女の子になる。そしたら、また巧兄の気持ちを聞かせてね」

「……分かった」

彼女なりの成長への意志のようなものだったのだろう。

妹の決意に満ちた言葉に少なからぬ感銘を受けた俺は、

「せめて結が大人になるまでは守らせてくれよな」

こういうのが精いっぱいだった。

「巧兄ぃ……」

結が俺上目遣いに見上げる。

個人的に結のしぐさで最も可愛らしいのはこの体勢だと思う。

末妹の未熟な部分をさらけ出すしぐさに、兄でありながらときめきに近い感情がこみあげてくるのを禁じ得ない。

自制心を保たなければ、と強く自分を戒める。

「大好きだよぉ、巧兄」

結の顔が俺の顔に近づく。

これくらいなら兄妹のスキンシップの範疇のはず、と思うものの、必要以上に接近してくる結の艶めいた唇を見ると心が揺れてしまう。

「もういっかいキスしよ……」

唇をとがらせ気味にして顔を近づける結を、他人事のように眺めていると。

「ストップ」

「そろそろ離れたほうがいいんじゃない?」

「ふぇ?」

聞きなれた声が頭上から降ってきた。

「いくらなんでも甘えすぎよねぇ、結ちゃん」

こちらは紡姉さんの声だ。俺の真後ろから聞こえてきた。

となると頭上からの声は真姫だな、などと考えが巡る前に。

「はわわわ」

直後に俺と結は、ぐい、と引き離された。

真姫は結の首根っこをつかんで俺の身体から強引に引きはがした。

「ちょ、真姫姉、離してよぅ」

「ダメ。あんた、すぐ暴走するから」

「暴走ってどこがぁ?」

「あんた、ここに来たときに兄さんに抱き着いたり、先走って告白したり、やりたい放題しすぎ」

「いつもやってることじゃんッ」

「普段から甘ったれすぎなんだけどッ。特に今日は目に余るのよッ」

「意味わかんなーい」

「とぼけんじゃないのッ」

この二人、特に仲が悪いとかいうことはなかったんだが、今日はなんだか険悪だな。

「なぁ二人とも。よくわからないけど仲良くしろよ」

「巧兄、真姫姉がいじめるのぉ」

「誰がいじめてるってのよ」

目が怖い。

「あーんッ。巧兄、怖いよぉ」

結は真姫に捕まえられたまま、手をばたつかせてこちらへ訴えかけてくる。

真姫は、ばっとこちらを向いて

「兄さん、だまされないで。こういうのが結の得意技なの」

「得意技ってなによぉ」

「嘘ついて人を悪者にしてるじゃないッ」

「嘘なんかじゃないもんッ。悪者になんかしてないもんッ」

「じゃあさっきの言葉は何なの?」

「さっきの言葉ってなぁに?」

「ごまかさないのッ」

むくれた顔の結とイラついた表情の真姫が、にらみ合う。

ダメだ。言葉が通じない。

「あの二人、騒々しいわよね」

「!?」

ぐ、といきなり背中に二つのたわわなふくらみが押し付けられた。

紡姉さんだ。

「本当に魅力的な女は、大人の余裕を身につけている優雅な女なの」

「紡姉さん」

「元気なのもいいけど、おしとやかさも身につけなきゃ」

「そこはまぁ、同意見」」

姉さんのこの行為もおしとやかといっていいのかわからないんだが。

「上品な女性こそ、巧くんみたいに素敵な男性にふさわしいって思わない?」

「俺がどうかはまぁ置いておくとして、大人しい人のほうが落ち着けるとは思う」

「でしょう? それなら、私が最適なんじゃない?」

「最適?」

「私を選んでくれたら、きっと毎日が落ち着いて過ごせるわ」

「選ぶ?」

「前みたいにいつでも一緒にいられるようにもなれる。恋人同士として過ごせるの」

「ちょ」

何を言い出すんだ、姉さんは。今こうしてあっているのも、本当は良くないことだと思うのに。

俺はいがみ合っている二人を横目に見た。やいのやいの言っている真姫と結は、どうもこちらに意識が向いていないようだった。

「いまさら隠し事をする必要もないでしょ?」

まぁ、真姫も結もうっすら俺たちの昔のことを知っているような口ぶりではあったが。ただ、堂々と言っていいものでは決してないのは確かだ。

「とにかく、そのことをあんまり大きい声で言うのはよそう」

「神経質になりすぎるのは精神的によくなんじゃない?」

「いや……それはそう、だけどさ」

姉さんは俺のペースをかき乱すのが得意だ。

どうも思うように物事が進まない。

それに加え、真姫も結も俺の予想をはるかに超えた言動で俺を攪乱する。

「真姫姉、いいから離してよぉ」

「おとなしくしてなさい。あんたを巧兄さんの近くにはいかせないからね」

そう考えている間にも真姫と結の姉妹喧嘩は激しさを増す。つかみ合いにでもならないか心配なんだが。

「そうだ、姉さんが仲裁してくれれば収まるんじゃ」

「私に止められるわけないじゃない。火に油を注ぐだけよ」

姉さんでもダメか。

「どうすればいいんだよ」

「放っておきましょ。疲れたらやめるでしょ」

「そうかな」

「そんなことよりも」

「わ」

背後に回っていた紡姉さんが、腕を俺の胸板にまわし、まさぐってきた。

くすぐったい。

「私たち2人で、ゆっくりと愛をはぐくむっていうのはどう?」

「ちょ、な」

姉さんが俺の背中に密着しながら、手を絡みつかせてきた。

「結の言っていた通りね」

「な、なにが?」

「すっごくたくましい。男の人って感じ。かっこいい」

「ありがとう、でいいのかな」

「素直でよろしい」

姉さんの瞳はここからでは見えないが、きっと機嫌がいい時のあのほっそりとした目になっているだろう。

見ているだけで胸がモヤモヤするような、あのセクシーな目つきを想像してしまう。

まずい。ドキドキしてきた。

「ずっと触っていたいくらい。触ってるだけなのに気持ちいいわ」

触り方が何というか、軟体動物のようにしなやかだ。

姉さんの細くて白い手だけが脇腹から伸び、うねるように撫でさすっている。

「巧くんの体温、少し上がってきてる? 温かいわ」

「じ、自分じゃわからないって」

まるで他人事のようだが、伝わってくる感触はひどく生々しい。

胸の奥に熱いものがこみあげてくるのを感じる。

「あら」

「ん?」

「ふふッ。やっぱり熱くなっちゃったみたいね?」

「え」

「コ・コ」

姉の指が指す先には、いつの間にか屹立していた俺の股間のブツが、ズボンの布を押し上げているさまがあった。

「うわ」

「ふふッ。巧くん」

紡姉さんの手の平は、俺の胸板を撫でさすりながら腹のほうへと降りてくる。

「ちょ」

姉さんの細い指が、つつぅと腹筋をなぞる。

「筋張ってて固い腹筋、男の人って感じがする」

その口調はうっとりとしていて艶めいている。

紡姉さんの口調がそういうふうになっている時は、あるスイッチが入っている時であることを俺は知っていた。

「姉さん。まずいって」

「何が?」

「真姫と結に見つかる」

「こっちのこと、見えてないみたいだけど」

確かに、真姫と結はまだ何やらぎゃあぎゃあと言い合っている。

こっちを見るそぶりもない。

そんなに仲悪かったわけでもあいのに、今日はどうしてしまったのだろう。

「そもそも」

二人へ向きそうになった意識を強引に矯正するように、紡姉さんが俺の耳元へと顔を寄せ、ささやく。

「ただ撫でてるだけじゃない。何か問題でもある?」

「ただ撫でてる、っていうのか、これ」

手のひらを俺の股間へとさぐるようにおろしていき、やがて俺のモノの頂点を人さし指の先をつつく。

今更いうのもなんだが、姉弟でやっていいことではない。

「別にいいじゃない。見せつけてあげましょ」

「はッ?」

「うふふ」

紡姉さんはほくそえみながら俺の後ろから前に回り込む。

「私、まだ今日は巧くんに抱きしめてもらってないのよね」

「そ、そうだったっけ?」

「そうなの。あの二人ばっかりずるいわ」

紡姉さんは、はまろびでる吐息に溶かし込んむように声を漏らしつつ、俺の胸に額を当てる。

「それに、あの二人とはすっごく濃厚なキスをしてたわよね。私とはあっさり終わっちゃったのに」

「そうだった?」

「そうだったの」

姉さんがむくれた表情をする。

紡姉さん時折みせるこのような表情は、普段のおしとやかな表情とのギャップがあって見とれてしまう。

「私、いらないのかと思って寂しくなっちゃった」

「ごめん」

「謝るようなことじゃないけど、やっぱり巧くんに構ってもらいたいわ」

「……」

「構ってくれないなら私から迫っちゃうんだから」

紡姉さんはすぐさま機嫌を直し、俺の目をのぞき込む。

いたずらっぽい笑みをたたえる瞳に俺の戸惑う顔が映りこむのが見て取れる。

「巧くんの身体、好きにさせてもらうからね」

紡姉さんが顔を伏せると、背伸びするように足を延ばし、俺の首元に顔をもぐりこませる。

ウェーブのかかった髪が空中ではらりとほどけ、俺の顎をくすぐる。

何をするのかと思ってみていたら、

「ちゅぅッ」

俺の首に吸いついてきた。

生ぬるい感触は姉さんの唇の感触だろう。

喉の肉が姉さんの唇に引っ張られる。

「支えて」

短く言う姉さんが、俺に体重を預けてくる。

俺は紡姉さんの腰を、注意深くつかんだ。

姉の細くくびれた腰がはっきりとわかる。

「腰じゃなくて、こっち」

姉さんが首元に吸い付いたまま俺の右手を取る。

そして、自らのお尻に手の平をあてがわせた。

「ね、姉さん」

「こっちのほうが触り心地いいと思うの」

「いや、しかし」

「たまには巧くんの方から手を出してほしいの」

「でも」

「迷惑だった?」

「ぐ」

迷惑などではない。むしろ嬉しい。

姉さんに対して抱いていた気持ちは、今も全く色あせてはいないのだ。

だが、まさかそれを口に出して言えるわけもなく、そして姉を振りほどくことができるわけでもなく。

俺は姉さんの手のいざなうまま、丸みを帯びたヒップを手のひら全体で包み込む。

非常に柔らかいのにボリュームたっぷりの姉さんの丸いヒップに、俺の手の指が埋まる。

指の形にくぼみができたお尻を触っていると、痛くないのだろうかと心配になってしまう。

だが姉さんは平気な様子で、自らの腰をむずむずと動かす。

「もっと強く触って」

「いや、それはさすがに」

「ダメ?」

おねだりの視線が熱く、俺の視線に絡む。

姉の顔はほんのり赤く、さきほどのキスの直後よりも色気は増しているように感じる。

憧れの姉のそんな顔をみてしまうと、思考が停止してしまう。

それを狙いすましたかのように、紡姉さんは俺の手を後ろ手に取り、器用にジーパンの裾へといざなった。

ぴっちりしているように見えたが、姉さんの細い腰回りを覆うには余裕があったようだ。

姉さんに誘導されるまま、俺の手は姉のジーパンの腰あたりの隙間から指先を差し込む形になった。

「ちょ」

手の平に、ショーツの絹のさらりとした感触が触れる。

ここからでは全く見えないが、すべすべした手触りと、姉自身の体温でほんのり温かいジーパンの中身から伝わる感触は、それだけでひどく興奮をそそる。

「そのまま、ね」

見た目はまるで痴漢だ。妹二人がいる場所でこんなことして、ばれたらまずい。

「まずいって」

「巧くん、私のお尻を触るの好きだったじゃない」

「そんなこと話してる場合じゃ」

「巧くん。私のことだけを感じて」

紡姉さんは平然としている。

いつも悠然としていて余裕のある姉だが、今日の姉さんはいつもよりもゆとりを感じる。そして、俺のことだけをじぃっと見つめている。

熱のこもった視線には、いつもの恋愛感情めいたものと、それ以外の意味も込められているように感じた。

何かあるのだろうか。

「巧くん、あの二人と私はね、約束をしたのよ」

「約束?」
「うふふ」

俺の間抜けな言葉に、姉さんはほくそ笑む。

「こっちも触って」

俺の問いかけに答えようともせず、紡姉さんは俺の身体に自らのしなやかな肢体をこすりつけてくる。

無視しきれない二つの膨らみの弾力が、俺の下腹部で跳ねる。

あまりにも艶やかな実姉である。

その艶めきに飲み込まれたら、きっと理性がまるごと溶けてなくなってしまうのだろう。

かつて、その衝動が全身を支配していた頃のことを思い出してしまう。

「こっちの方も、ね?」

たゆん、と揺れる膨らみが俺の身体から離れる。

名残惜しさを感じる間もなく、姉は俺の左手を、自らの双丘のいただきへと誘う。

ぽよん、という弾力、みっちりとした肉感の塊が手のひらの中で逃げ惑うように踊る。

何年か前までは、毎日のように味わっていた感触だった。

「んふ……」

溜め息のようなヌルい声が、姉の形の良い鼻から漏れる。

手の中いっぱいに満ち満ちた紡姉さんの乳房が、身じろぎする動きに同調してプルプル揺れる。

そのたびに、ちょこんとした突起が手のひら中央で擦れる。

「あ、ン、ン……んンッ」

紡姉さんの最も敏感な部位の一つの突起が、ちょんっと触れるたび、艶やかな声が跳ねた。

乳首が、衣服越しでもはっきりと分かるくらいツンと尖り、自己主張するようにつつぅっと手のひら表面をなぞる。

俺はごくんと生唾を飲み込んで、硬直していた左手をグっと動かした。

「あンッ」

ピン、と乳首が強めに擦れ、紡姉さんが小さく喘ぎ声を漏らす。

「や、ん……巧、くん、のえっち」

「ご、ごめん。そんな強くしたつもりはないんだけど」

「ん……いいの。久しぶりだったからちょっとびっくりしただけ」

そんなことを言う紡姉さんは、言葉とおりに微かに肩を上下させ、目をやや大きめに開いている。

頬が赤らみ、上品な笑みを口元にたたえる紡姉さんは、この世の中で最も美しい女性なのではないかと思うほどに見目麗しい。

「どう? 私のおっぱい。巧くんのお気に召した?」

そんな姉が、男の理性を狂わせるような甘いささやきを、俺の口元へと吹きかけてくる。

「また前みたいに、たくさん可愛がってくれる?」

たっぷりとした乳を手のひらに押し当てながら、実の姉は女の甘味に満ち満ちた誘惑を俺に向けて放つ。

むせ返るほどの女の色気が、実の姉から実の弟である俺へと注がれる。

決して許されぬはずの禁忌に、全身が震えるほどの衝動を抑えきれなくなる。

「姉さん……ッ」

「来て、巧くんッ。巧くんにいっぱい、いーっぱい愛して欲しいのッ」

姉さんの色気たっぷりな誘惑に、俺は生唾を呑みこんだ。
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