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Side柊斗1
しおりを挟む俺の世界は朔がいればそれで良かったんだ。
◇ ◇ ◇
言葉が通じない―――
俺の袖を掴んで、何やら興奮したように話すその女を見下ろしながら、そう思う。
その視線に気づくと、何を勘違いしたのか上目遣いで見つめ返してくるので、チッと心の中で舌打ちして顔をそらすが、
「照れちゃって」
と、また訳のわからない言葉を返してくる。
…この女、マネージャーだけど、名前も覚えてない。
入って来た時に、チームのスポンサーの娘だから失礼な態度とるなと注意されてたから、当たり障りのないように接していたが…
今も振りほどきたいのに耐えている。
早く家に帰って朔に連絡したいのに。
空が暗くなって行くのを遠い目で見つめる。
嵐が来る前に会いに行きたいのに。
◇ ◇ ◇
台風の進路が急に変わったので、合宿を2日早く切り上げると朝に通達があった。
バスで大学に帰って来た時にニュースを確認した誰かが「合宿してた所がもう雨だ」と言って、周りのやつらも「帰ってこられて良かった」なんて言い合ってたように思う。
ミーティングもそこそこに解散になり、
俺はこの時間だと、帰ってから朔の家に行けるなと、その後の段取りを頭の中で考えていた。
本当は先に連絡したかったけど、以前、外出中に届いたメッセージを急いで確認しようとした朔が、バランスを崩してスマホを落として転けたことがあり、なるべく朔が家で落ち着いてるだろう時間にしかメッセージや電話をしないようにしている。
合宿中も連絡が取れる状況じゃなかったし、合宿前だって、何やら勘違いした朔が取り乱してたので、抱きしめて眠るだけにしたので深刻な朔不足だ。
他の女との噂は否定したし、その他のことだって、朔はかわいいよりカッコいいと言われるのが好きだから、朔の前でかわいいと言わないようにしてるだけで、ずっとかわいいと思ってるし、朔の身体が心配で一回しか抱いてないだけで、朔が寝たあとで、その顔を見ながら何回も自分を慰めてるから、絶倫って言っただけの話である。誰が朔にそれを伝えたのかは知らないけど、余計なことを…。
説明するなら一晩じゃたりないし、出来ればゆっくり朔を堪能しながら伝えたい。
だから合宿から帰ったらちゃんと話すと言っておいた。
帰って連絡して迎えに行って俺の部屋に連れ帰って早く抱きしめたい。
とそこまで考えたときに、
「明後日まで練習も休みだってさ、柊斗はこのあと咲良?」
と、同じチームにいる、幼なじみの1人がそう聞いて来たので頷くと。
「本当、おまえ、咲良の話になるといい顔するよな、今もコーチの話聞かずに朔のこと考えてたんだろう、バレバレ!」
と笑いながら返される。どんな顔になってるのか自分ではわからないが…
「俺帰ったらパスゲーするから、良かったら咲良と一緒にログインして遊ぼうぜ」
ゲームより朔を堪能したい俺は曖昧に頷く。
そういや一緒に受けたいクエストがあるって言ってたな、朔が望むならイチャイチャよりもゲームを優先…出来…朔のためなら我慢出来る。
「んな嫌そうな顔するなよ、冗談だよ、おまえらの邪魔なんかしないよ」
笑いながらそう言う幼なじみと大学門前で別れて、急いで帰路につく。
急ぎ過ぎて部室に父さんたちへの土産を忘れたのに気づいたけど、まぁいい。
そうして、帰って来たマンションの入口にこの女がいた。
「私と会う予定なら一緒に帰りたかった」や
「友達とゲームするのでもオッケーよ、私ちゃんとギア持って来たし」
とか意味がわからない。
だいたい、家を教えたことも無いのに何でここにいるんだ。
そう聞いても、
「同棲を考えてくれてたの、嬉しいけど相談して欲しかった」
や
「これからは栄養管理も私の仕事ね」
とかますますわからないことを言ってくる。
そうこうしているときに、朔が気にいっている近所のカフェのオーナーの女性が向こうから歩いて来るのが見えたので、この場面を見られないようにマンションのエントランスへと引っ張って行く。
女性を引っ張る強さじゃないけど、気遣う気持ちも湧いてこない。
そのカフェは、俺がここに住んですぐに朔が見つけた店で、よく通ううちにオーナーとも仲良くなり、去年オーナーの夢だった、身体が不自由な人でも来やすい店に改装するときには、朔が店内のデザインを担当していた。
朔を気に入って息子のように可愛がる、母親ほど年上のその人には俺も弱いのでこんな場面を見られたくない。
エントランスでも散々わけのわからないことを言ってたけど、朔のことを、
「あのぱっとしない幼なじみ」
って言ったところで、俺がきれて手を振りほどいて家に帰った。
マンションに帰って来てからすでに1時間、外は大粒の雨が降り出していて、早くしないと迎えに行けてもこっちに帰ってこれない。
朔の家でもいいんだけど、あちらだと声も出せないし、思い切りイチャイチャも出来ない。
2人きりのこの部屋で堪能したい。
かわいい朔の姿を堪能したい。
逸る気持ちを抑えて、部屋に入ってスマホを見ると朔からメッセージが届いていた。
【忘れ物回収したいから、家に寄るぞ】
勝手に入っていいのに、かわいい恋人はこういうところ律儀だ。
メッセージが入った時間は50分ほど前。
テーブルの上に朔愛用のスケッチブックが置いてある。
忘れ物はこれだなと、#132と書かれたそれを手にとり表紙をなぞる。
俺が課題なんかをしてる後ろで、よく何か描いているけど、
「柊でも絶対見ちゃだめ」
と、中身は見せてくれない。
仕事で使うデザインとかなら親しくても見せられないし、無理に見る気はないが、
「見ちゃだめ」
って真っ赤な顔で言う朔がかわいくて、たまに見せてとお願いする。
その顔を思い出して反応しかけた身体を抑えて、時計を見る。
どのタイミングでこのメッセージを送ったのかはわからない。
朔は落ち着いたところでしかメッセージを送らないからな、そろそろ着くか、それか天気が悪くなったから気が変わって寄らずに帰ったのかもしれない、出来ればそうしていて欲しい。
忘れ物も本当は俺が持って行きたいんだけど、以前同じように忘れたスケッチブックを大学帰りに届けようとして大学で無くしたことがあったんだよな。
この雨の中近くまで来ていたら危ないので駅まで行ってみようとしたときに、スマホに「リン♪」と通知音が届く。
画面を開くと
【フレンドの桜さんがログインしました】
と通知が届いていた。
やっぱり雨だからここに寄らずに帰ったみたいだな。
ログイン出来るなら安全な場所にいるんだろう。
先に合宿が途中で中止になったとメッセージを送ろうかと思ったけど、ゲーム内で伝えられるだろう。
本音はゲーム内より実物の朔に先に会いたいけど…
そう思いながら、このあとすぐにゲーム内で会えるだろうかわいい恋人を思い、俺はギアをかぶってログインをした。
◇ ◇ ◇
ギルドルームで目覚めて、いつも通り朔のルームに直接飛ぼうとしたら、横から腕を取られた。
不審に思いそちらを向くと、よくわからない女アバターが、
「さっきはごめんね」
と言いながらこちらを見つめている。
「幼なじみのこと悪く言われたら嫌だよね、さっきのは私が悪かった、ごめんね、私そんなに心の狭い女じゃないよ?」
と続くわけのわからない会話に、あぁ、こいつさっきのマネージャーかと気付く。
そういえば、どうしてもと言うから紹介したバスケチームのやつが、マネージャーをさらに紹介したんだったか?
もともと、そのチームのやつもギルドに入れたくなかったんだけど、朔といるときに頼んで来たから断われなかったんだよな。
さっさと問題でも起こしてギルドから追い出されたらいいのに。
ギルドルームで騒がれるのはまずいと、他にもログインしてるメンバーを横目で見ながら、場所を移動しようと門を出すと、
「2人っきりになれるところに行くのね」
とのたまうので、門を消して直接ギルドルームを出る。
確かギルド本部で付き纏いの相談が出来たなと、そちらに移動しようと塔を出たらバスケチームのやつらのアバターを見つけたので、
「お前らが紹介したなら、きちんと指導しろ」
とその女を押し付けて、踵をかえす。
そして、気持ちを落ち着けて、いざ朔のところに門を繋ごうとしたら、ウィンドウが開かない。
【桜さんにブロックされています】
「はぁ!?」
信じられないその文字に、しばしフリーズをする。
気を取り直して何度もメッセージを送ろうとしたけど、同じ文字が出てくるだけだ。
朔のログイン通知が来たってことは、そのときはまだブロックしてないはず。この短時間で何があった?
直接朔に聞こうと思い、その場でログアウトをする。
本当は、ルームでしないと次にログインするとき大変なんだけど、かまってられない。
ベッドの上で目を覚まして急いでギアを脱ぐと、すぐにスマホに手をのばす。
と、
ピンポーン♪
とチャイムの音。
こんなときに誰だよ?とモニターを覗くと、カフェのオーナーの姿が映っている。
落とし物を届けに来たとの言葉に、心あたりはないけれど雨の中来てくれた彼女をむげに出来ずに、エントランスで待ってもらうように伝えると、そのまま出かけられるように車の鍵と鞄を持ち家を出る。
スケッチブックも一瞬悩んだけど持って行くことにした。
オートロックの扉を内側から開けると、彼女は待ち合い用の椅子に座っていた。
「雨の中すいません」
「私も帰る途中だったから」
でも傘壊れちゃたわ~ すごい雨よね。ここまで主人が迎えに来てくれるから、ついでにそれまで雨宿りさせてもらうわね。
そう続ける彼女が指さした先には、壊れた雨傘と、その横に…
呆然とそれを見つめる俺の視線をたどり、そうそうと彼女は言う。
「そこでこれ拾ってね、朔ちゃんのでしょ? 代わりの物があるのかな?と思ったけど、いつも大事にしてるから早く届けてあげないとって思って」
朔ちゃんはお部屋?なんて聞きながら、朔の横にいつもある杖を渡してくれる。
俺がプレゼントした朔の宝物。
「ありがとうございます」となんとかお礼を言うと、彼女はちょうど迎えに来た車に乗って帰っていった。
呆然としながら、アドレスの朔の連絡先をタップする。
『ツーツーツー』と繋がらない電話。
ここまで来たのにうちに寄らず、大事な杖をその手から離し、ゲームのフレンドもブロックして…
(朔、朔、朔、朔、朔)
今、おまえは何を思っているんだ?
静かなエントランスには、スマホに届いた避難情報を告げる通知音が響いていた。
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