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1.桜
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「桜の樹の下には死体が埋まっている」と言われているらしいが、それは嘘だと思う。
だって、本当に死体が埋まっていたら、公園は墓地になっているだろうし、気味が悪くて近づきたくない。ある人はそれを「ロマン」と言うけど、冷静に考えて死体が埋まっている時点で不穏なことが起きたと察するはずだ。
早咲きの桜を見てそう思った。桜は暖かいのが好きだから、きっと待ちきれなくて咲いちゃったんだろうと素人なりに推察した。
桜は気温にシビアな植物と言われている。寒い冬を過ごさないと立派な花を咲かせることができない。特にここ数年は暖冬だったから、花見の時期に散りだすこともしばしばあった。おかげで、ゴールデンウィークに友達と花見スポットへ行っても葉桜だらけで苦笑いする有様だ。
「これじゃあ花見じゃなくて葉っぱ見だね」
友達の式美は冗談交じりにそう言って、川沿いの橋を渡った。
式美は、梶井基次郎の「桜の樹の下には」が大好きだ。彼女が言うには、文中に出てくる死体は人間ではないのだという。例えば、野生の虫の死骸なんかはすぐに土に還っていくので、数億もの魂が地面に埋められているといっても過言ではないらしい。
そこまで言われてしまうと返す言葉もないというか、どうやって会話を取り繕っていったら良いものかと頭を余計悩ませる。樹に残った僅かな花びらは地面に落ちまいと必死で耐え忍んでいた。
「式美ってさ、いまいちよく分かんないことを言うよね」
皮肉じみた疑問を敢えて正直にぶつけてみた。目を大きく開けて私の方へ振り向く式美は、むっとした表情をしていた。
「ほら、今だったらたかだか桜ごときで余計な詮索したりとかさ…いや、そう考えるのも楽しいんだろうけど、もっとこう、エンジョイしてもいいような感じがして」
「楽しいのは別にそれだけじゃないでしょうよ」
いつになく眉間に皺を寄せる式美。私に向けるまなざしは、目前の敵に警戒するウサギのようだった。
式美は橋の下を流れる川面に目配せし、少し前のめりになって身体を柵に預けた。式美に倣って、私も前のめりになってみる。川面には、たくさんの桜の花びらがそよそよと流れていた。
「花見のときにさぁ、魂に想いを馳せてもいいじゃんよ」
そう呟く式美の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
桜の樹の下には死体が埋まっている―桜は公園にあるとは限らない。川面の花びらがまた一つ増えた。
だって、本当に死体が埋まっていたら、公園は墓地になっているだろうし、気味が悪くて近づきたくない。ある人はそれを「ロマン」と言うけど、冷静に考えて死体が埋まっている時点で不穏なことが起きたと察するはずだ。
早咲きの桜を見てそう思った。桜は暖かいのが好きだから、きっと待ちきれなくて咲いちゃったんだろうと素人なりに推察した。
桜は気温にシビアな植物と言われている。寒い冬を過ごさないと立派な花を咲かせることができない。特にここ数年は暖冬だったから、花見の時期に散りだすこともしばしばあった。おかげで、ゴールデンウィークに友達と花見スポットへ行っても葉桜だらけで苦笑いする有様だ。
「これじゃあ花見じゃなくて葉っぱ見だね」
友達の式美は冗談交じりにそう言って、川沿いの橋を渡った。
式美は、梶井基次郎の「桜の樹の下には」が大好きだ。彼女が言うには、文中に出てくる死体は人間ではないのだという。例えば、野生の虫の死骸なんかはすぐに土に還っていくので、数億もの魂が地面に埋められているといっても過言ではないらしい。
そこまで言われてしまうと返す言葉もないというか、どうやって会話を取り繕っていったら良いものかと頭を余計悩ませる。樹に残った僅かな花びらは地面に落ちまいと必死で耐え忍んでいた。
「式美ってさ、いまいちよく分かんないことを言うよね」
皮肉じみた疑問を敢えて正直にぶつけてみた。目を大きく開けて私の方へ振り向く式美は、むっとした表情をしていた。
「ほら、今だったらたかだか桜ごときで余計な詮索したりとかさ…いや、そう考えるのも楽しいんだろうけど、もっとこう、エンジョイしてもいいような感じがして」
「楽しいのは別にそれだけじゃないでしょうよ」
いつになく眉間に皺を寄せる式美。私に向けるまなざしは、目前の敵に警戒するウサギのようだった。
式美は橋の下を流れる川面に目配せし、少し前のめりになって身体を柵に預けた。式美に倣って、私も前のめりになってみる。川面には、たくさんの桜の花びらがそよそよと流れていた。
「花見のときにさぁ、魂に想いを馳せてもいいじゃんよ」
そう呟く式美の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
桜の樹の下には死体が埋まっている―桜は公園にあるとは限らない。川面の花びらがまた一つ増えた。
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