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プロローグ1

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 「トゥロ、また体調を崩したんですって?」

 豪華な服を来た美しい顔立ちの女性が色白の少年にきつい口調で尋ねる。憎々し気な表情をしているが、綺麗な佇まいから上流階級の者だと分かる。
 この女性はスマルナ王国の妃であり、少年の母親である。

「申し訳ありません、母上。」

 目を伏せて悲しそうに謝る青年も身なりと顔立ちは整っており、美しい衣服をまとっている。しかしその上からガウンをはおり、少し肌寒そうにしている。体調が万全ではないときに母から呼び出され、白い肌が青白くなっている。年の割には小柄で、細い手足は簡単に折れてしまいそうだ。
 この青年は第一王子であり、本来ならこの国の王位継承者である。

「本当に王子ですの?それ以前に、私の息子であるのが信じられませんわ。側室の子より弱いだなんて。それだから王位継承権を剥奪されるんです。...私が苦い思いをしていること、わかってますの?!」

 妃は、捲し立てるように早口で言った。
 第一王子が継承権を剥奪されるなど、前代未聞だ。それが母の立場を悪くしているのはトゥロが一番わかっている。しかし、母は剥奪された本人である自分が一番不甲斐ない思いをしていることなど、少しも理解しようとしなかった。やり場のない思いを押し込め、トゥロは只々頭を下げるしかなかった。


 数年前から、隣の国、マルスティーナ帝国の対応が少しずつ変わってきた。ある時は王国にメリットのある提案を、またある時は帝国にメリットのある提案をした。その提案をした意図を、王国は汲み取らなかった。最も速くその事に気づいたのは他でもないトゥロだった。
「帝国は、この国を滅ぼすつもりだ」
トゥロがどんなに叫んでも、幾ら証拠になる事を伝えても、誰も気にしなかった。所詮は剣も握れぬ者の戯言だと、そう言って嗤ったのだ。
 そんな焦りから、トゥロはまた体調を崩してしまった。

 それから数日経ったある日の夜中、遂に帝国が攻めてきた。強さをモットーにしていた王国だが、不意打ちだった為、兵士達が戦っている間に王族は少し遠い所にある隠れ家に行くことになった。皆、急ぎ足で城から出ようとしている。だが、トゥロはついて行けなかった。病弱なトゥロは健康な王族の一団に追い付けなかったのだ。
 
 ふと、継承権も持っていない自分が付いていっても良いのかと思った。王族の恥だと罵られ、居ない者のような存在なのに、王族面して民や兵士を犠牲にしてまで逃げる必要もない。第一王子が降伏し頭を下げればそれで戦は終わるだろう。自分は殺されるだろうが、別に良い。
 
 自分の居場所など、何処にも無いのだから。

 城の中は静まり返っていて、戦いはもう終わったようだった。しかし、外からは絶えず悲鳴が聞こえてくる。反発した国民が殺される様が脳裏に浮かぶ。
 城の中心部に行くと、多くの帝国の兵士達が鎧を血だらけにして立っていた。その中で、一際目立つ鎧を着た人が兵士と喋っていた。帝国の言語だが、本で学んでいたトゥロは流れるように帝国の言語を発した。

「少し、宜しいでしょうか。」

 王国の者は絶対に別の言語を話さない。別の国の言語を話せば、その国に服従したことになると考えているからだ。
 帝国軍が一斉にトゥロの方を見る。羽織ったガウンをギュッと握りしめ、隊長らしき人物の近くに行く。多くの兵士に囲まれ、剣に手を添えて此方を見据える者達の前で帝国式の礼をした。周りが驚き、ヒソヒソと話しているのが聞こえる。

「私はスマルナ王国第一王子、トゥロメシア・リィ・ルミスト・スマルナと申します。此の戦は、明らかに王国の負けです。私は、マルスティーナ帝国に降伏致します。もうこれ以上無駄な争いで我が国民の命を奪わないで頂きたい。」

 最後の文章を、出来るだけ力強く言う。此だけは、譲れなかった。
 王国の第一王子が帝国の言語を話し、降伏したことに周りがひどく驚いているのが分かる。しかし、トゥロは只頭を下げて自分と話をしてくれる者を待った。

「王子、顔を上げてください。」

 思っていたよりもずっと優しい口調で話しかけられ、戸惑いながら顔を上げた。そして、隊長らしき人物が警戒しながらも声をかけてくれた事に気付いた。

「確かに、貴方の言うとおり、これ以上の争いは無駄。今、戦を止めるように指令を出しました。」

 そう言ってから周りを見渡し、勝利宣言をした。

「お前ら!!俺たち帝国の勝利だー!!!」

「「「ワァァァーーー!!!」」」

 兵士達の大声が耳に痛い。思わず地面が揺れたような錯覚を受けた。
 ある程度静かになり、兵士達の目から戦意が無くなってから、隊長は話始めた。

「王子、1つ聞きたいのですが、他の王族は何処ですか?」

「敬語は結構です。今、私は王子では無くなったのですから。...王族は皆逃げました。見逃してもらえませんか?」

「...申し訳ないが、王族は人質を一人取り、後は殺すように言われている。」

 本当に済まなそうに言ってくる。おそらく、トゥロと話したことによって敵意が無くなったのだろう。しかし、トゥロはあまり悲しまなかった。家族らしい会話をしたことも無かったからか、家族が死ぬという感覚にはならなかった。
 トゥロにとって今一番重要なのは自分の体調だ。何としても国民にメリットのある条件を出さなければならないのに、頭が少しも回らない。今までこんなに長時間激しく動いた事も無く、声を張り上げたこともない為、酷い頭痛がする。自分の弱さがこれ程恨めしく思ったことはなかった。乱れ出した呼吸を無理やり整え、考えを巡らせる。

「人質、ですか。ならば、第二王女のミリーナが良いでしょう。彼女は今十三歳で、物の分別もわかり、抵抗もしないでしょうから人質には最適ですよ。」

 トゥロがそう言うと、隊長は驚いた顔をした。

「頭が良いな。スマルナ王国は武力に長け、頭脳戦は苦手だと聞いていたが。今の言葉で決めた。帝国は貴方を人質にする。」

「...それでは人質の意味が無くなってしまいます。私は生まれつき病弱で、五年ほど前に王位継承権を剥奪されました。私を人質にした所で、国民を抑えることは出来ませんよ。」

 トゥロは帝国が王族を人質に取る理由を理解していた。実力主義の国民が王族に従うのは王族がこの国で最も強いからだ。強い王族が人質にされたのは王族が民の命を優先したからだ、とでも言えば国民はそんな
王族のために帝国に支配されることを受け入れるだろう。
 そう考えて言ったトゥロに、隊長はまたしても驚いた顔をした。

「そんなことはない。その辺りは幾らでも誤魔化せるし、第一、頭の悪い者はいらない。」

「...そうですか。ならば帝国の意思に従います。」

 随分な物言いに思わず苦笑してしまう。
 こうして、トゥロは帝国に行くことになった。
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