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2巻

2-2

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「貴方がやったの?」
「だとしたらどうだというのだ? この竜は俺の獲物だ。誰であろうが俺の狩りを邪魔する者は許さん」
「狩りですって?」

 異様なのはこの光景だけじゃない。
 黒髪の剣士の顔には銀色の仮面がつけられている。
 その下の顔を見ることはできないが、冷酷で残忍な瞳が、あざけるようにこちらに向けられた。
 男は静かに剣を構えると、冷めた声で私に言った。

「そうだ、死にたくなければそこで大人しく見ていることだ。俺の狩りが終わるのをな」

 男はすっと目を細めると、その剣を瀕死のドラゴンの首筋に向かって振りかざす。
 まるで獲物をしとめる姿を誇示こじするように、ゆっくりと。
 男の行動に、私は目を見開いて叫んだ。

「やめなさい! そんなこと許さない!」

 目の前に半透明のパネルが開いていく。
 そこには、ゲームによく出てくるようなステータスが表示されている。


 名前:ルナ・ロファリエル
 種族:人間
 職業:獣の聖女
 E・G・K:シスターモード(レベル85)
 力:112
 体力:215
 魔力:550
 知恵:580
 器用さ:337
 素早さ:452
 運:237
 物理攻撃スキル:なし
 魔法:回復系魔法、聖属性魔法
 特技:【祝福】【ホーリーアロー】【自己犠牲ぎせい
 ユニークスキル:【E・G・K】【獣言語理解】
 加護:【神獣に愛された者】
 称号:【獣の治癒者】


 私には動物と話せること以外に、もう一つ不思議な力がある。
 それは前世でやり込んでいたオンラインゲーム、『E・G・K』エターナル・ゴールデン・キングダム~永遠なる黄金の王国~のキャラクターの力が使えることだ。
 この力のおかげで、私はアレクと一緒にあの残忍な宰相バロフェルドと戦うことができた。
 私は、シスターの特技の一つである聖なる矢、【ホーリーアロー】を放つ。

「【ホーリーアロー‼】」

 私の左手に構えられた光の弓から、勢いよく放たれた聖なる矢が男の頬をかすめる。
 仮面の男はドラゴンから視線をはずし、こちらを眺めた。

「ほう、魔法の弓か? 面白い術を使う。先程こいつらの一人がお前のことを聖女と呼んでいたな。……そうか、お前があの噂の聖女ルナか? 今やエディファンの英雄と呼ばれているアレクファートと共に、バロフェルドを捕えたという女」
「だったらどうだって言うの? それよりも大人しく剣を置いて!」

 バロフェルドの名前を出すってことは、きっと密猟者だろう。
 でも、今まで出会った密猟者たちとは全く雰囲気が違う。剣の腕も身分も遥かに高いように思える。
 私の言葉に、仮面の下で男の目が笑う。

「面白い。俺に向かってそのような口を利く女は初めてだ。だが、いつまでそうやっていられるかな」

 黒髪の剣士はこちらに向かって踏み込むと、かすむように一瞬で消える。
 それを見てシルヴァンが叫んだ。

『気をつけろルナ! 来るぞ‼』

 男は消えたのではなくて、こちらに向かってすさまじいスピードで近づいてきたのだとようやく気づき、私はもう一度【ホーリーアロー】を構える。


 でも、そのあまりの速さに二の矢が間に合わない。

「くっ!」

 シルヴァンが前に出て、男に牙をく。
 見事なステップでそれをかわした男は、私の首元に向かって剣を一閃いっせんした。
 背筋が凍りつき、死を覚悟したその瞬間――
 鮮やかな赤い何かが、私を守るように前に立ちふさがる。
 そして、その見事な太刀筋が黒髪の剣士の剣を弾き返した。

「アレク!」
「馬鹿者! だから一人で行くなと言ったのだ」

 私に背を向け、男と対峙したままそう言うアレク。
 彼のたくましい背中を目にして、自然と胸が熱くなる。
 私を追ってきてくれたのだろう、背後からは彼が乗ってきたと思われる馬のいななきが聞こえた。
 仮面の男は一度距離を取ると、再びその目に笑みを浮かべる。

「ほう、貴様がアレクファートか? まさか俺の太刀筋を見切る者がいるとはな」
「貴様、何者だ? ルナに手を出すものは決して許さん」

 殺気立つアレクを見て男は、騎士から弓を奪い取り、それを構えるとこちらに放つ。
 剣の腕だけでなく、弓の腕もすさまじい。弓矢はアレクの心臓めがけて、勢いよく飛んでくる。

「くっ!」

 アレクがそれを切り落とした時には、仮面の男は傷ついたドラゴンの方へと走っていた。
 そして、ためらうことなく剣を振り下ろす。

「やめてぇええ‼」

 思わず私が叫んだと同時に、無情にも青飛竜せいひりゅうの細い首が切り落とされた。男の手にした剣が不気味に光る。
 それはまるで息絶えたドラゴンの命を吸って、力を得たかのように妖しい光を帯びていた。

「ふふ、アレクファートまた会おう。俺の剣を受け止めたのは貴様が初めてだ。いずれ必ずけりをつけてやる」

 男が指笛を吹くと、どこからともなく漆黒の馬が現れた。
 そして男を乗せ、風のごとく去っていく。

「待て‼」

 アレクはその男を追おうとしたが、私を守ることを優先したのだろう。唇を噛むと私の肩を抱いた。

「怪我はないか? ルナ」
「ええ、私は大丈夫。でも……」

 私は息絶えたドラゴンを見つめる。シルヴァンも怒りの遠吠えを放った。

『くそ! なんてことしやがる‼』

 あまりの光景に涙を流す私を、アレクはそっと抱き寄せる。

「あの仮面の男……ただの密猟者だとは思えん。一体何者だ?」

 アレクはそう言って、男が消えた方を睨んでいる。

「酷いわこんなこと。絶対に許せない」

 私は手のひらに爪が食い込むほど、強く拳を握りしめた。


   ◇ ◇ ◇


 しばらく後、先程青飛竜せいひりゅうの首が切り落とされた場所から離れた森の中で、ローブに身を包んだ一人の男がたたずんでいた。
 茂みの奥から現れた、黒い馬に乗った仮面の男に、ローブを着た男は深々と頭を下げる。

「ルファリシオ殿下、狩りの首尾はいかがでございましたでしょうか? ドラゴン狩りなど自然豊かなこのエディファンでなければ中々できぬこと」

 ルファリシオと呼ばれた男は銀色の仮面をゆっくりと外した。
 すると、端整な貴公子の顔が現れる。

「確かにな。我がジェーレントでは味わえぬスリルだった。アレクファート・エディファン、あの男はドラゴンなどよりも遥かに手強い」

 ジェーレントというのは、エディファンと海を挟んだところにある大国だ。
 商業と貿易で栄えている。
 その言葉にローブ姿の男は驚いたように声をあげる。

「アレクファート。今噂のエディファンの英雄にお会いになられたのですか?」
「ああ、偶然だがな。傍には例の聖女もいたぞ」

 ルファリシオの言葉にローブの男はフードを取り、怒りをあらわに歯噛みした。

「アレクファートだけではなく、あの忌々いまいましい小娘まで! あの二人のせいでジェーレントの伯爵であるこの私はろうに入れられたのです! 八つ裂きにしても飽き足らぬ連中が、今や英雄と聖女などともてはやされおって!」

 みにくく肥え太った体と血走った瞳で、唾をまき散らしながらがなる。
 そんな男の様子を見て、ルファリシオははっと笑い飛ばす。

「それはお前が悪いのだ、バルンゲル。イザベルなどという小娘の口車に乗って、よりにもよってエディファンの王宮で騒ぎを起こしたのだからな。ジェーレントの王太子である俺が書いた親書がなければ、今頃お前はまだおりの中だ」
「はっ! 殿下には感謝しております。ですが、あのバロフェルドが使えなくなった今、王太子であるアレクファートとあの女が婚姻を結べば面倒なことになりかねませぬ。あの男は金では動きますまい」

 バルンゲルの言葉にジェーレントの王子は高慢な笑みを浮かべた。

「慌てることはあるまい。いずれ、機会も巡ってくることだろう。俺はただ平穏だけを望む父上のような腰抜けではない。いずれはジェーレントを帝国と呼ばれるほどの超大国にしてみせる。そのために、バロフェルドを俺の傀儡かいらいとしてこの国の王にさせるつもりだったのだがな。存外使えぬ男よ」
「ルファリシオ様、ろうにいるバロフェルドはいかがいたしましょうか? もしや殿下との関係を漏らしたりなどは……」

 バルンゲルの言葉に黒髪の王子は静かに答える。

「奴もそれほど馬鹿ではあるまい。俺に逆らえば、死よりも恐ろしい未来が待っていることぐらい知っているだろう」

 そう言いながら、ルファリシオは先程ドラゴンにとどめを刺した剣をさやから抜き放つ。
 そして、残忍な顔で笑った。

「だが、先程ドラゴンの血を吸ったこの剣の力を試してみるのも悪くない。奴にはこんな時のために、印を刻んでいる」
「おお!」

 ルファリシオの言葉に、バルンゲルは思わず声をあげた。
 黒髪の王子から立ちのぼる妖力。
 ドラゴンの血を吸った剣がそれを増幅させていく。
 ルファリシオの額に、九つの頭を持つ黒いへびの紋章が漆黒の光を帯びて浮かび上がる。

「ふふふ、バロフェルドよ。悪いがもはや用済みのお前には死んでもらう。安心して死ぬがいい、いずれお前の恨みはこの俺が晴らしてやろう」


 ルファリシオが不敵に笑った少し後、エディファンの都の地下に作られた牢獄ろうごくの中では、牢番ろうばんたちが慌ただしく駆け回っていた。

「だ、誰か来てくれ! バロフェルドが……」

 牢獄ろうごくの一番奥にある独房の中で、厳重な監視を受けていた邪悪な男が床に倒れ伏している。
 傲慢ごうまんで邪悪な男の口から紡がれる呪詛じゅその声がろうに響く。

「な、何故だ……ワシは貴方様に忠誠を誓ってきたではないか。何故そのワシを……ぐぅう」

 その目は血走っており、右手は強く胸を押さえている。
 断末魔の叫びをあげながら、バロフェルドは邪悪な顔で笑った。

「よかろう、このワシの命を持っていくがよい。だが、これであのアレクファートの小僧もルナという小娘も終わりだ。あの方がいずれお前たちを……ふは! ふははは‼」

 狂気さえ帯びている笑い声に、牢番ろうばんたちは背筋を凍らせた。
 医師が駆けつけた頃には、この国の民の命を奪ってまで王位を狙っていた男は息絶えていた。
 死してもなお奸悪かんあくな笑みを浮かべているさまが、恐ろしくおぞましい。
 何かあった時のためにろうに詰めていた医師が、衛兵と共に慌てて中に入り脈を取ると、首を横に振る。

「駄目だ、もう死んでいる。だが、一体どうして?」

 外傷も見当たらない。
 医師は不審に思ってバロフェルドの服をはだけさせる。

「なんだこれは?」

 バロフェルドの胸に黒いへびの形をしたあざを見つけ、医師は目を見開いた。
 だが、気がつくとそれは幻だったかのように消えていた。
 不思議な出来事に医師は目をこすった後、もう一度脈をはかる。
 そして衛兵に伝えた。

「バロフェルドは死にました。早くこのことを陛下やアレクファート殿下にお伝えしてください」

 驚きを隠せない様子の衛兵は、頷くと急いでろうを出る。
 王位を得るために、民の命さえ犠牲ぎせいにしようとしたバロフェルド。悪の限りを尽くした宰相の死はその日のうちに国中に知れ渡ったが、もはや誰もその死をいたむ者はいなかった。



   第一章 前夜祭


 バロフェルドの突然の死から半年後。
 エディファンの都、エディファルリアは沸きに沸いていた。
 城門の傍で、絵描きのアンナとその夫で大工の棟梁とうりょうのダンが胸を張る。
 エディファルリアを守るように取り囲む高い城壁、その正門の横には美しい壁画が描かれている。

「どうだい! 私の一世一代の大仕事は」
「ああ、大したもんだアンナ!」

 ダンの部下である大工たちも一様に大きく頷いた。

「すげえや姉さん!」
「やっぱり姉さんは都一の絵描きだぜ!」

 それを聞いてアンナは首を横に振る。

「あんたたちは相変わらず言うことが小さいねえ。世界一の絵描きだってことぐらい、言えないのかい?」

 いつものアンナらしいそのセリフに一同大きな声で笑った。
 アンナは腰に手を当てて城壁を眺めると頷く。

「まあ世界一っていうのは言い過ぎかもしれないけどさ。この絵だけはそのつもりで描いたんだ!」

 アンナの言葉は、決して大げさではない。
 事実、通りを歩く多くの人たちがその見事な壁画の前で立ち止まって、人だかりができている。
 絵を描くために組み上げられた足場が、壁になって見えなかった壁画は今、日の光を浴びて美しく輝いていた。
 描かれているのは城門を破って姿を現す、大きな一角獣。それはユニコーンの王オルゼルスだ。
 彼の美しい筋肉が余すことなく描かれている。
 そしてその前に立ち、彼と戦うことなくこの都を守った二人の英雄。
 エディファンの王太子のアレクファートと、聖女と呼ばれるルナだ。
 傍には小さな勇者と称えられている、幼い一角獣のフィオルの姿もある。
 ダンは、それを見上げながら言った。

「あの時、殿下と聖女様がいなかったら、今この都はどうなっていたか」

 アンナは首を横に振って夫に答える。

「それだけじゃあない。あの小さな勇者も大したもんさ。バロフェルドの企みで怒り狂っている一角獣の群れに向かって、あの子が命がけで叫んでくれなけりゃ、あの時この都は何百頭ものユニコーンに蹂躙じゅうりんされてたんだ。相手は聖獣オルゼルスだよ、一体何人が犠牲ぎせいになったことやら」

 オルゼルスの前に立つ聖なる少女の姿に、通りかかる者は皆見惚れている。
 そして、彼らは口々に声をあげた。

「それにしても今日はなんてめでたい日だ」
「ああ、明日婚姻の儀を迎えられる、アレクファート殿下とルナ様を祝う前夜祭だからな!」
「待ち望んだ、俺たちの国の王太子妃の誕生だ!」

 アンナはそれを聞いて大声で笑った。

「今日は飲むよ! たるに酒を入れて持ってきな!」
「ははは、姉さんにはかなわねえや。絵もそうだが、酒の強さときたらほんとに世界一かもしれねえよな!」

 ダンは腹を抱えて笑いながら答える。

「そりゃちげえねえ!」
「ちょっと、あんたたち!」

 都の大通りには出店もずらっと並び、いつもよりさらに活気づいている。
 それを眺めながらダンは言った。

「それにしても、ルナ様はどこに行ったんだろうな? 今朝方、殿下と何処かに馬車で出かけられたって話だが」

 それを聞いてアンナが呆れたようにダンに答える。

「そんなの決まってるじゃないか。二人が初めて出会った場所さ」

 アンナはそう言うと、ルナがいるであろう場所の方角を、目を細めながら眺めた。


   ◇ ◇ ◇


 私は今、とある生き物の背に乗って、森の中を駆け抜けていた。
 懐かしい森だ。バルロンという大いのししの魔獣が治めている、都の西にある大きな森。
 私は、いくつかの薬草が詰まったカバンを背負い、胸元にはスーとルーを入れるための特製のバッグを提げている。
 そこから頭を出してルーたちが言う。

『ねえルナ、薬草これで足りるかな?』
『スー、もっと一杯生えてるところ知ってるんだよ』

 薬草探しがうまいスーとルー、私は彼女たちにお礼を言った。

『ありがとう、二人とも。でもこれだけあれば十分だわ。早く帰らないと。ミーナが森の治療院で待っているもの』

 私の肩の上で、小さなクルミのような木の実を持っているリンが頷く。

『きっとみんな待ってるよね、ルナ!』
『そうね、リン! でも思い出すわ、この森をこうやってリンを乗せて走っていると』

 初めて出会った時も、メルのために薬草を探した後、こうやって森の中を駆け抜けていたっけ。
 ジンを自分の背に乗せて、隣を走っているシルヴァンが頷く。

『ああ、あの時もそうだったよな』
『そうね、シルヴァン!』

 一つだけ違うことがあるとしたら、あの時は私やリンはシルヴァンの背中に乗っていたっていうこと。
 でも今は……

『ママ、リンお姉ちゃん! 急ぐんでしょ? あの崖を飛び越えるから、しっかり掴まってて』
『ええ、ピピュオ。お願い!』

 そう言ってこちらを振り返る顔は、まだあどけなさを残していて可愛らしい。
 でも、すっかりと大きくなり、純白の羽毛がもふもふとしてとても心地いい。
 そう、今私が背に乗っているのは白鷲竜しらわしりゅうのピピュオだ。
 婚約式の時は私の腕に抱けるほど小さかったのに、あれから半年が経ち、すっかり大きく成長した。
 白鷲竜しらわしりゅうは成長期に入ると、一気に体が大きくなることは文献を読んで知っていたけれど、その成長ぶりは私も驚いたぐらい。
 大人になればもっと大きくはなるものの、今でも私一人ぐらいなら軽々と背中に乗せてしまう。
 普通のわしとは違って、地面を駆け抜けるのも馬よりもずっと早いぐらいだ。
 まだ幼いとはいっても、流石さすがはドラゴン族ね。
 それに――
 行く手を遮る大きな崖を目の前にして、ピピュオの白い翼が大きく開いていく。

『いくよ、ママ! シルヴァンお兄ちゃん、ジンお兄ちゃん、先に行ってるね』
『ああ、ピピュオ! また治療院でな』
『ちぇ、空を飛べるなんてずるいぜ』

 ジンを乗せたまま崖を迂回うかいするようにルートを変えるシルヴァンに対して、ピピュオはそのまま崖に向かって大きく羽ばたいた。
 ふわりと宙に舞い上がる感覚がする。

『うわぁ!』

 これが初めてじゃないけれど、やっぱり何度体験しても思わず声が出てしまう。
 軽々と崖を越え、信じられないくらい壮大な光景が眼下に広がる。
 バルロンが治める広大な森を、私たちは大空から見下ろしていた。
 リンも興奮気味だ。

『ピピュオ、凄い凄い!』

 スーたちも私の胸に下げた袋から顔を出して、夢中になって景色を眺めている。

『ほんとに信じられないわ。ドラゴンの背中に乗って空を飛ぶなんて、まるでゲームの主人公になったみたい』

 私が茜とやっていたMMOゲームの『E・G・K』にもいろんな乗り物が出てきたけど、やっぱりドラゴンに乗ってゲームの世界を旅するのは楽しかった。
 でも、これはそれとは比較にならない。なにしろ実際に自分が大空を飛んでいるのだから。何度経験しても胸が躍る体験だ。
 ピピュオは羽ばたきながらこちらを振り返ると、不思議そうに首を傾げる。

『ゲームって?』
『え? こほん……な、なんでもないわ、ピピュオ』
『変なママ』

 ピピュオにゲームの説明をしても伝わるわけがない。
 それに、こんな話をしていると、仕事終わりにだらしない姿でネットゲームをしていた自分をつい思い出してしまう。
 私だって、ピピュオの前では素敵なママでいたいのだ。

『それにしても凄いわ。保護区が一望できる』

 私は改めて眼下に広がる森を眺める。
 保護区というのは、この広大な森の中に作られた動物たちの保護地域のことだ。
 ここには密猟者に傷つけられた動物たちや、病気や怪我を負って治療が必要な動物たちが毎日のように運ばれてくる。
 婚約式から半年、アレクと協力して作った動物たちの楽園だ。
 アレクが率いる赤獅子あかしし騎士団のもとで管理され、エディファンの動物の治療師たちが何人も働いている。
 ピピュオは保護区の上を大きく旋回せんかいすると、地上に見える小さな建物を目指してゆっくりと舞い降りていく。


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