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108、二人の王子(後編)
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「アドニス!」
レオナール王子の胸に抱かれながらそう叫んだ。
とても強い力で抱き留められて身動きが取れない。
私のそんな姿を見て、レオナール王子は笑みを浮かべる。
「つれない態度だな、シャルロッテ・ドルルエ公爵令嬢。あの時は私の手を握りまんざらでもない様子だったではないか?」
レオナール王子が戦争から帰ってきて、シャルロッテと一緒に踊った時のことを言ってるのだろう。
アドニスに聞こえるようにそう言われて、私は唇を噛んだ。
私はレオナール王子を睨む。
「悪ふざけは、いい加減にしてください!」
アドニスがこちらに歩いてくるのが見えた。
その瞳は怒りに燃えている。
「レオナール! 王太子として命じる、今すぐにその手を放せ!!」
「アドニス、母親の力で王太子の座を射止めたにしては勇ましいな」
その言葉にアドニスの表情が一層厳しくなる。
王太子のアドニスにこんなことが言えるのは、王宮の中にレオナール王子を擁立しようとする派閥があるから。
あのゲームの中でも、激しく対立する二人の王子の様子が出てきた。
レオナール王子の傍にいる騎士たちも殺気立っている。
ベネディクティアの若き獅子と呼ばれるほどの武勇と軍才。
剣聖と呼ばれるランスエール伯爵様と並ぶほどの剣の腕。
国王陛下は長年男子に恵まれなかった。
そこに生まれたのがレオナール。
待ち望んだ男子の誕生に国王は喜び愛妾の子であるレオナールに特別に王位継承権を認め王子とし、その母を正式に第二王妃として迎えた。
あのゲームの中でそう説明があったのを覚えている。
「もう一度だけ言う。その手を放せレオナール!」
「それほどこの娘が大事か? アドニス」
アドニスの怒りに満ちた声に、レオナール王子は私を抱いている腕の力を抜いた。
私は思い切り身を捩ってアドニスの方へ駆け出した、その瞬間──。
私は手をしっかりと握られて、体を強引に引き戻された。
「んうぅ!!」
自分の目が大きく見開かれていくのが分かる。
唇が柔らかいものに触れている。
目の前にあるのは、ブロンドの髪を靡かせた傲慢で美しい王子の顔。
まるで時間が止まったかのように感じられる。
(そんな……いや……)
まるで女を弄ぶかのような強引な口づけ。
あまりのことに、私は頬を涙が伝うのを感じた。
「ほんの挨拶だ。あの日ダンスを踊ったときに、物欲しそうに私の顔を見て頬を染めていたからな」
「シャルロッテ!! レオナール貴様!」
アドニスが叫ぶのが聞こえる。
その瞬間、レオナール王子は私を抱いたまま腰の剣を抜いた。
目の前で、二筋の銀色の光が交錯する。
美しい青い髪が私の視界で踊る。
気が付くと伯爵様が剣を抜いて、レオナール王子に突きつけている。
その剣先を、レオナール王子の剣がはじき返したのだと分かった。
レオナール王子は伯爵様を眺めながら口を開いた。
「ほう、噂に高い青の貴公子が女一人の涙の為に、王子であるこの私に剣を抜くとはな。王族にこんな真似をしてただですむと思っているのか?」
「……レオナール殿下。それ以上そのお方に涙を流させるようであれば、例え死罪となろうとも私は貴方を許しません」
レオナール王子は私の唇を指でなぞりながら、伯爵様を見て不敵に笑う。
「ランスエール伯、その剣の冴えに免じて今回は大目に見てやろう。だが次に私に剣を向けた時はこちらも容赦はせん」
レオナール王子は私の体を自由にする。
私はヨロヨロと力なく数歩、歩くと伯爵様が私の体を抱き留めてくれた。
呆然とした私の視線の先でアドニスが腰の剣を抜くのが見えた。
その手が怒りに震えているのが見える。
「レオナール! 貴様!」
「単なる挨拶だと言ったはずだ。だが望むなら相手をしてやってもいいぞ、アドニス」
唇を奪うようなキスが挨拶のはずがない。
私は剣を握りしめるアドニスを見て叫んだ。
「やめて! アドニス、お願いやめて!!」
「シャルロッテ、お前は黙っていろ!!」
恐ろしかった、目の前でアドニスがレオナール王子に切り殺されてしまうのではないかと思うと体が震えた。
これがただの挑発で、こんな場所で王太子であるアドニスを手にかけることなどあり得ないとは理性では分かっているけど、恐ろしくて体が震える。
目の前のブロンドの王子は、もしかしたら平気な顔をしてアドニスを斬り捨ててしまうのではないかと思わせるだけの雰囲気を持っていた。
「お願い……お願いだからもうやめて……」
頭が混乱して、ボロボロと涙が出て止まらない。
伯爵様が私の体をギュッと抱きしめてくれた。
レオナール王子は、暫く私を見下ろすと踵を返す。
「以前会った時は、状況よっては私に乗り換えることも考えている浅ましい女だと思ったが。面白い……。行くぞファーゼンフェルド」
「はっ、レオナール殿下。お待ちください!」
アドニスがその背中に怒りの声を上げる。
「待て! レオナール逃げるのか!!」
その声から、アドニスが本当に切りかかるつもりだと分かって私は体が震えた。
伯爵様の元からアドニスに駆け寄ってその体にしがみつく。
「……やめて。お願いアドニス……大丈夫だから、私なら大丈夫だから」
「シャルロッテ……」
震える私の体を抱きしめるアドニスに、レオナール王子は言った。
「せいぜい東方での仕事を上手くやり遂げることだ。その様子では出立の式典さえまともにやれぬだろうがな」
私はアドニスの胸で涙を流した。
アドニスにとっては、東方へ出立する大切な日。
(最初からレオナール王子は、アドニスの心を乱すために……)
わざとアドニスの前で私の唇を奪ったに違いない。
いつかきっとアドニスが、最初に口づけをしてくれると思っていたのに。
立ち去るレオナール王子の背中を茫然と見つめながら、私は無残に踏みにじられた自分の心を感じて声を押し殺して泣いた。
レオナール王子の胸に抱かれながらそう叫んだ。
とても強い力で抱き留められて身動きが取れない。
私のそんな姿を見て、レオナール王子は笑みを浮かべる。
「つれない態度だな、シャルロッテ・ドルルエ公爵令嬢。あの時は私の手を握りまんざらでもない様子だったではないか?」
レオナール王子が戦争から帰ってきて、シャルロッテと一緒に踊った時のことを言ってるのだろう。
アドニスに聞こえるようにそう言われて、私は唇を噛んだ。
私はレオナール王子を睨む。
「悪ふざけは、いい加減にしてください!」
アドニスがこちらに歩いてくるのが見えた。
その瞳は怒りに燃えている。
「レオナール! 王太子として命じる、今すぐにその手を放せ!!」
「アドニス、母親の力で王太子の座を射止めたにしては勇ましいな」
その言葉にアドニスの表情が一層厳しくなる。
王太子のアドニスにこんなことが言えるのは、王宮の中にレオナール王子を擁立しようとする派閥があるから。
あのゲームの中でも、激しく対立する二人の王子の様子が出てきた。
レオナール王子の傍にいる騎士たちも殺気立っている。
ベネディクティアの若き獅子と呼ばれるほどの武勇と軍才。
剣聖と呼ばれるランスエール伯爵様と並ぶほどの剣の腕。
国王陛下は長年男子に恵まれなかった。
そこに生まれたのがレオナール。
待ち望んだ男子の誕生に国王は喜び愛妾の子であるレオナールに特別に王位継承権を認め王子とし、その母を正式に第二王妃として迎えた。
あのゲームの中でそう説明があったのを覚えている。
「もう一度だけ言う。その手を放せレオナール!」
「それほどこの娘が大事か? アドニス」
アドニスの怒りに満ちた声に、レオナール王子は私を抱いている腕の力を抜いた。
私は思い切り身を捩ってアドニスの方へ駆け出した、その瞬間──。
私は手をしっかりと握られて、体を強引に引き戻された。
「んうぅ!!」
自分の目が大きく見開かれていくのが分かる。
唇が柔らかいものに触れている。
目の前にあるのは、ブロンドの髪を靡かせた傲慢で美しい王子の顔。
まるで時間が止まったかのように感じられる。
(そんな……いや……)
まるで女を弄ぶかのような強引な口づけ。
あまりのことに、私は頬を涙が伝うのを感じた。
「ほんの挨拶だ。あの日ダンスを踊ったときに、物欲しそうに私の顔を見て頬を染めていたからな」
「シャルロッテ!! レオナール貴様!」
アドニスが叫ぶのが聞こえる。
その瞬間、レオナール王子は私を抱いたまま腰の剣を抜いた。
目の前で、二筋の銀色の光が交錯する。
美しい青い髪が私の視界で踊る。
気が付くと伯爵様が剣を抜いて、レオナール王子に突きつけている。
その剣先を、レオナール王子の剣がはじき返したのだと分かった。
レオナール王子は伯爵様を眺めながら口を開いた。
「ほう、噂に高い青の貴公子が女一人の涙の為に、王子であるこの私に剣を抜くとはな。王族にこんな真似をしてただですむと思っているのか?」
「……レオナール殿下。それ以上そのお方に涙を流させるようであれば、例え死罪となろうとも私は貴方を許しません」
レオナール王子は私の唇を指でなぞりながら、伯爵様を見て不敵に笑う。
「ランスエール伯、その剣の冴えに免じて今回は大目に見てやろう。だが次に私に剣を向けた時はこちらも容赦はせん」
レオナール王子は私の体を自由にする。
私はヨロヨロと力なく数歩、歩くと伯爵様が私の体を抱き留めてくれた。
呆然とした私の視線の先でアドニスが腰の剣を抜くのが見えた。
その手が怒りに震えているのが見える。
「レオナール! 貴様!」
「単なる挨拶だと言ったはずだ。だが望むなら相手をしてやってもいいぞ、アドニス」
唇を奪うようなキスが挨拶のはずがない。
私は剣を握りしめるアドニスを見て叫んだ。
「やめて! アドニス、お願いやめて!!」
「シャルロッテ、お前は黙っていろ!!」
恐ろしかった、目の前でアドニスがレオナール王子に切り殺されてしまうのではないかと思うと体が震えた。
これがただの挑発で、こんな場所で王太子であるアドニスを手にかけることなどあり得ないとは理性では分かっているけど、恐ろしくて体が震える。
目の前のブロンドの王子は、もしかしたら平気な顔をしてアドニスを斬り捨ててしまうのではないかと思わせるだけの雰囲気を持っていた。
「お願い……お願いだからもうやめて……」
頭が混乱して、ボロボロと涙が出て止まらない。
伯爵様が私の体をギュッと抱きしめてくれた。
レオナール王子は、暫く私を見下ろすと踵を返す。
「以前会った時は、状況よっては私に乗り換えることも考えている浅ましい女だと思ったが。面白い……。行くぞファーゼンフェルド」
「はっ、レオナール殿下。お待ちください!」
アドニスがその背中に怒りの声を上げる。
「待て! レオナール逃げるのか!!」
その声から、アドニスが本当に切りかかるつもりだと分かって私は体が震えた。
伯爵様の元からアドニスに駆け寄ってその体にしがみつく。
「……やめて。お願いアドニス……大丈夫だから、私なら大丈夫だから」
「シャルロッテ……」
震える私の体を抱きしめるアドニスに、レオナール王子は言った。
「せいぜい東方での仕事を上手くやり遂げることだ。その様子では出立の式典さえまともにやれぬだろうがな」
私はアドニスの胸で涙を流した。
アドニスにとっては、東方へ出立する大切な日。
(最初からレオナール王子は、アドニスの心を乱すために……)
わざとアドニスの前で私の唇を奪ったに違いない。
いつかきっとアドニスが、最初に口づけをしてくれると思っていたのに。
立ち去るレオナール王子の背中を茫然と見つめながら、私は無残に踏みにじられた自分の心を感じて声を押し殺して泣いた。
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