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1巻

1-2

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 こんな感じで、好き勝手やりながら毎日が過ぎていった。
 お兄様もお父様も、私のワガママを無表情で受け入れ即行動に移し、お母様は微笑んで聞いてくれる。
 妹も、私が構ってくれているということが嬉しいみたいで素直に従ってくれた。
 ……何故か皆、快く受け入れてくれる。私、こんなにもワガママ言ってるんだよ? なんで普通に言うこと聞いちゃうの? まさか皆Mなんですか? ……いや、私がおかしいのか? ここの常識が分からない。
 このままいけば傲慢な悪役令嬢ポジにはなりそうだけど、殿下との婚約については、お父様に断固拒否の態度を示していればよさそうだし、もはややりたい放題イージーモードライフを満喫できるんじゃないかとすら思えてきた。


   △▽△▽△▽△▽


 ……それでも、いよいよ現実を突きつけられる時がやってきた。
 月日が流れ十四歳になった私は、落ち着かない毎日を過ごしていた。
 小説では季節などはほんのり匂わす程度に書かれるだけだった。だから今も、私の未来の婚約者である王太子殿下と出会い、婚約するイベントがいつ起きるのかがまったく分からずヒヤヒヤしていた。いや、婚約のきっかけは私のワガママなんだけどね……
 ここが小説の中であっても、私は今を普通に生きてるわけで、予知する能力もなければ、未来を知っていてもどうすることもできない状態なのだ。ただ成り行きに任せて生きてるだけ。ただ、それだけなのだ。


 国の方針で、十四歳になる貴族子息、息女は学園へ入学することになっている。
 ……その学園へ通う一ヶ月前、ついにあのイベントが発生した。


「え? 第一王子のお披露目会?」
「はいお嬢様。その招待状が届いております」
「っ――……」

 言葉にならない声がでた。
 そう、私が気になって毎日落ち着かない生活をしていた原因だ。
 王太子殿下が十五歳になり、来年学園の高等部に上がる。その前に婚約者を決める。
 王太子殿下は、学園卒業とともに本格的に公務に取りかかるようになる。そして婚約者となる令嬢は殿下の支えとなるよう教育が必要だ。
 そのために開かれるのが「お披露目会」だ。
 お披露目会に出席する令嬢は、婚約者のいない高位貴族の十二~十六歳の令嬢のみ。殿下と交流を持ち、その様子を見て、国王陛下が次期王妃に相応しい人物を見極めて婚約者を決める。
 ……という、なんとも適当なイベントが発生するのだ。
 まぁ高位貴族は政略結婚なんて普通だし、殿下は……まぁ小説と変わっていなければ、愛情を知らず育った無表情、無感情な人物のはず。
「面倒」とか「嫌悪」とか、そういう感情を抱かないまま、ただただ陛下の言うとおりに決められたことをして日々をやり過ごす生きる屍のような人。
 だからこそ、このイベントも適当なのだろう。だって、殿下ではなく陛下が殿下の婚約者を決めるのだからね。
 うん、第三者から見れば「殿下、可哀想!」的な感じに思えるんだけど、本人が何も行動を起こさないのであれば、他人が何言っても無駄だろう。
 ……てなわけで、公爵家の長女として生まれた私には拒否権もなく強制参加です。まぁ参加しなきゃ、多分話が進まないよね。あー行きたくないわ。
 …………あ、良いこと思いついたわ!


「……ダメだ。王命だからな。立ち上がれないほどの病気にでもならない限りは欠席できん」

 はい、仮病使って休みたかったけど無理でした。小説の物語と違ってかなり家族仲が良好になってるから、「もしかしたらお父様なら!」という期待を込めて、心底困った顔を浮かべて「前日に体調崩した事にして欠席させて!」と申し出たんだけど……無理でした。
 少し苦悩した様子があったから、お父様には娘の要望を叶えてやりたいという気持ちもあったのだと思う。
 けどさすがに王家直々の招待を蹴るわけにはいかない。今回はいくら可愛い娘のワガママでも聞いてやることはできなかったらしい。
 お父様……無表情ながら少し眉が下がったの、見逃したりしないよ。やっぱりお父様も本当は私のワガママを通してやりたいって思ってくれたんだよね。うん、娘を大切にする父親は好感度高いよ? 一応ダメ元で頼んでたから大丈夫。
 無理と分かったからには覚悟を決めてお披露目会、参加させていただきますよ!

「お嬢様……」
「面倒だけど仕方ないわねー……私ももうすぐ学園に通う身。嫌だけど行くわ。すっごく嫌だけど!」
「それでこそお嬢様ですわ! お支度はこの私にお任せください! お肌をピッカピカに磨き上げますから! 宝石もドレスも、旦那様なら一流の品を揃えてくれますわ!」
「ええ、そうねジェミー……」

 うん、大丈夫よね。私が「婚約者にして!」とワガママを言わなければ、婚約者にはならない、なるはずはない、よね?


 それから順調に準備は進み、イベント当日になった。
 小説通りの、白に近いクリーム色に、フリルが下品にならない程度に大胆に使われたドレス。サイドの髪を後ろで纏め、内巻きに下ろしたハーフアップのヘアスタイル。かなり値の張るであろう大小の宝石を大胆に使った首飾りに、十四歳らしく薄化粧をしてもらっている。
 ……へぇ、小説では文字ばかりで描写はなかったから想像でしか分からなかったけど、実際に小説通りの姿になると、想像以上の出来映えに少し感動した。お人形さんみたいにキラキラしたエフェクトが掛かってるようで可愛い。これが今の自分なんだと思うとナルシストになりそう。それくらいのレベルだよこれ。とにかく可愛い。
 ちなみに妹は今十一歳。なのでお留守番だ。
 私のおめかしした姿を見たお父様(十歳のあたりからパパ→お父様に変更)とノア兄様(名前+兄呼びは本人希望……)は無表情でウンウン頷いていた。若干口元緩んでます。
 お母様はおっとりとした口調で「似合ってるわぁ。さすが我が娘ねぇ」と言って微笑み、妹のリア(これは私が略した愛称)は頬を赤く染めて「お、お似合いです、お姉様……」とか細い声で褒めてくれた。


「それでは、行って参りますわ。行きますわよジェミー」
「はいお嬢様」
「ミヤちゃんをよろしくねジェミー」
「お任せください奥様。お嬢様の傍を決して離れません」

 そしてこちらも着飾ったジェミーと一緒に馬車に乗り、城へと向かった。


「ごきげんようミヤルカーナ様」
「あら、ご機嫌麗しゅう皆様。素敵な夜ですわね」

 馬車から降りて少し歩いたところに、縁あって仲良くなった令嬢二人が立っていた。どうやら私を待っていたようだ。
 口元を扇で隠し、目を細めながら友人のほうへと歩み寄った。
 ……そう、もちろん仲良くなった令嬢とは、小説に出てくる悪役令嬢のお仲間さん達だ。
 まぁ、ボッチが寂しかったので、私から声をかけて、我が家にお茶会と称して集まってもらったのだ。彼女たちも初めは遠慮がちだったが、何度かお茶会に招待して、次第に打ち解けて普通の友人のような関係を築いた。うん、私頑張ったわ!
 お仲間その一、ミーティア・ラッテ(十四)
 侯爵家の次女。黄緑色の長髪に前髪だけウェーブのかかった髪。濃い緑色のおっとりとした垂れた瞳を持ち、淑やかで物静かな令嬢。読書が好きで、物知りな一面がある。


 お仲間その二、フルシャン・カプーン(十四)
 侯爵家の長女。赤髪をいつもポニーテールにしている。吊り目がちな茶色の瞳を持ち、気が強く少し思い込みが強いが芯の通ったしっかりした性格。可愛い物が好きだが、周りには内緒にしている(バレているが皆気づかないフリをしている)。


 小説で二人の好きなもの、よく出現するところを知っているので、ずるいかもしれないが話を合わせて少しずつ手懐……コホン。普通に仲良しになった。
 でも、小説では二人と出会うのはもっと後、しかもフルシャンとは嫌われスタートだったんだけど……大丈夫かしら……?
 不安はさておき、三人で仲良く会場に入った。
 まぁ……当たり前と言ったら当たり前なんだけど、注目の的になってるよね。
 飛ぶ鳥を落とす勢いと今話題のドルドムガン家の長女ミヤルカーナ、財力は公爵家に劣らないと言われるラッテ家の次女ミーティア、さまざまな事業を起こし波瀾万丈なカプーン家の長女フルシャン。
 そんな話題の貴族令嬢たちが、しかも仲良くお話しながら登場すれば注目を浴びるのは当然なのだ。さらに見た目も「将来美人になるのは間違いなし!」ってくらい可愛いからね! もちろん、可愛いに私も入ってますよ! でも決してナルシストではないからね。うちの家族の顔面偏差値が高いのが悪いのよ。


 会場で配られた飲み物を貰い、三人で談笑していると広間の奥にある重い扉が開き、きらびやかに着飾った三人の人物が現れた。

「待たせたな」

 一言、声がかかる。その重厚な声が会場全体を包み、静寂が訪れた。
 国王陛下。確か小説では四十六歳だったから今は四十二歳かな? 金髪金瞳で髭を生やしている。威圧感はあるが、傲慢さは一切なく民に慕われている、この国の頂点に君臨するお方だ。
 そして陛下の隣には王妃。えっと今は三十九歳ね。うわぁ~物凄く若く見える。黒のサラサラストレートの髪に茶色い瞳。髪や瞳の色だけならまるで日本人のようだが、顔の造りがまったく違う。そして言わずもがな、美人です。来年には四十だというのに、ぶっちゃけ三十歳と言われても信じてしまうほど肌ツヤがいい。微笑むとエクボができて愛嬌がある。淑やかで、けど存在感があり、この国の女性の憧れの存在ね。
 そしてその後ろから登場してきたのが王太子殿下。見事に父母双方を受け継いだ黒髪金瞳をしていた。まだ成長途中の青年らしさはあるが、無表情でも品があり、彼が纏っている空気は陛下に似て威圧感がある。
 殿下は堂々と陛下と王妃の後に続き、席に着いた。
 ほぁ~……やはり物語のヒーローは美形だよね! 小説通り、黒髪は少し青味がかっていて、顔の彫りが深く、そして整っている。誰が見てもイケメンだ。
 ……それにしても彼の金色の瞳、すごく綺麗ねぇ~。なんか見てて飽きない。宝石のような輝きがあって、吸い寄せられる感じがして目が離せない……
 陛下が挨拶をしていたが内容はまったく頭に入らず、ずっと殿下の瞳をじぃ~っと見ていた。
 あれ、目が合ってる? ……なんか殿下も私のほうを見てる気がするのは気のせい……?

「――ま。……お嬢様!」
「っ! ……ぁ、どうしたのジェミー?」
「どうしたのではありませんよお嬢様! 陛下にご挨拶に行きましょう!」

 殿下の瞳に夢中になっていて、どうやら周りが動き出していたのに気づかなかったようだ。
 本来、陛下への挨拶は誰が先に行っても構わない。だが、暗黙のルールで身分の高い順に挨拶していかなければならない。
 いつの間にか私以外の公爵令嬢はすでに陛下の元に並んでるみたいで、私も急いで陛下の元へ行く。
 私の番になったので、挨拶と、軽く世間話をして一礼して場を離れる。
 ……ふぅ危なかった。ちょうど二人目の公爵令嬢の挨拶が終わってのタイミングだったので、無事挨拶ができた。と、思いたい。
 お顔を合わせた瞬間、王妃様の眉が下がったのは、私がぼぅっとしてたのが見えたのだろう。
 陛下の前を辞する時、手招きされ耳打ちで「そんなにガブリエルの顔が良かったかしら?」と言われて思わず動揺してしまった。多分、顔は赤くなってなかったと思うが、目を見開いてしまったのでバレてしまっただろう。……私、そんなにガン見してたのかしら? なんか悪戯がバレた時みたいな感じで、少し気分が落ちた。

「ミヤルカーナ様、どうかなさいましたか?」
「あらミーティア様。ここにいるということは、陛下へのご挨拶はお済みですのね」

 挨拶が終わり、適当な食べ物を小皿に乗せ、空いているテーブルへと行きジェミーと食べていると、ミーティアが話しかけてきた。ミーティアは飲み物を片手に、空いている席へと座った。

「先程いたしましたわ。それよりミヤルカーナ様、何かご気分が優れないのですか? なんだか浮かない顔をしておられますが……」
「あ、ええ……王妃様にお小言をちょうだいしてしまって……」
「まぁ、王妃様に?」

 先程の話をミーティアに話した。殿下の瞳が綺麗でずっと見ていたら陛下にご挨拶するのを忘れて、急いで挨拶に向かったところ、王妃様に殿下を見ていたことを指摘されたと……するとミーティアは何故か目をキラキラさせて私を見てきた。え、何?

「まぁ……! ではミヤルカーナ様は殿下に気がおありで?」
「は?」
「ですから、殿下の瞳に見とれるほど見ていたのでしょう? ミヤルカーナ様は殿下に一目惚れなさったのではないのですか?」
「……いいえ?」
「え?」
「え?」

 何を勘違いしているのかしらミーティアは。たとえ容姿が優れていようが、身分が高かろうが、私にはなんの魅力も感じないわ。むしろ、未来の破滅フラグをへし折るため、殿下に近寄りたくないのだけど。
 というか、何故か傍に控えているジェミーからも疑問の声が聞こえたんですけど?

「何故そこでジェミーまで驚くの? 私は殿下の金の瞳が綺麗で見ていただけで、殿下には興味ございませんわよ? 宝石のようにキラキラしていたので見ていたまでですわ。決して一目惚れではないわ」
「私、てっきりお嬢様が殿下に一目惚れしたのかと思って……はぁ、やっとお嬢様に初恋が訪れたのかと期待をしましたのにぃ~……残念です……」
「ジェミー! なんなのその口のきき方はっ!」
「ふふふ。ミヤルカーナ様は噂通り侍女と仲がよろしいのですね。なんとも羨ましい……」
「ミーティア様……?」

 なぜかミーティアに微笑まれた。まぁ世の中、貴族が侍女と仲良くしてることは滅多にないのよね。ってか、私とジェミーは仲良くはないと思うんだけど。ジェミーが私に馴れ馴れしすぎてかなりキツく文句言ってるんだけど……聞き流されてるのよね。私が父に「あの侍女クビにして!」って言ったら速攻ジェミー職なしになるのよ? 大丈夫なのかしらあの子……

「いえ、なんでもありませんわ。それで、ミヤルカーナ様は殿下のことは本当に何とも思ってないのですか?」
「ええ。瞳以外には興味ありませんわ。まぁお顔が整っているとは思いますが……『美氷のマリオネット』と影で言われているくらいですから。お顔が整ってなければ『美』なんて付きませんわ」
「私も聞いたことがありますわ。でも美氷はまだしもマリオネットは……少し酷いたとえに思いますが……」
「ええ。私もそう思いますわ。ですがご本人は叱責するどころか放置しておられますから。周りにはどうしようもありませんわ」

 一応、本人も自分が陰でなんて呼ばれてるか知ってるだろうに、自覚あるのか何も言わないのよね。
 確か番外編のひとつに殿下目線の話があったなぁ。ヒロインと出会う前は世界がモノクロに見えて~刻々とただ時間が過ぎていく~みたいなダークな感じの内容だった気がする。
 私はこの小説のストーリーが好きで読んでて、それぞれのキャラの過去? みたいな話には興味がなく、すっ飛ばしてたから細かい内容とか覚えてないのよね~……この世界に転生することが分かってたらすべて読んで頭に叩き込んでいたのにっ! 前世の私カムバック! やり直しを所望する!
 でも最後の、私を断罪した後、ヒロインと結ばれるシーンは良かった! あれ私見れないよねぇ~……この目で、間近で見たいんだけどなぁ~……無理だろうなぁ。私がヒロイン苛めて断罪されなきゃ多分その通りにはならないだろうし。
 小説の内容を振り返っていると、軽やかな音楽が流れてきた。ここにいる皆が陛下に挨拶し終えたのだろう。次は殿下とダンスの時間だ。


 ミーティアはフルシャンに声をかけに行き、私はジェミーと二人で会場の壁際に立ちドリンクを飲んでいる。ゆっくりと周りを見てみる。令嬢同士で話している人もいれば、曲に合わせて父娘で踊っている人もちらほらいる。
 まだダンスホールに殿下の姿は見えない。今は招待された者たちが自分の席にいる殿下に自分を見せつける時間。殿下の目に留まれば誘ってもらえるかもしれないと懸命にアピールする場面なのだ。もちろん、踊っているのはダンスの腕や、自分の美しさを見せつけるため。
 そして私は少しでも目立たぬよう、壁の花と化してしのぐつもりだ。

「ねぇジェミー……踊らなければダメかしら?」
「まぁお嬢様! この時のためにダンスを練習してたんじゃないんですか⁉ 公爵令嬢なんですから踊らなければダメです! 旦那様がご不在なのはとても残念ですが、私が相手役をいたしますわ!」
「はぁ~……」
「お嬢様。多分お嬢様は忘れていると思うので言いますが、三大公爵家の令嬢は自動的に殿下の婚約者候補のトップにいらっしゃるんですからね!」
「……は? ……あ、そうだったわね。はぁ~」
「いつものお嬢様らしくありませんね? 本当に体調が優れないんですか? いつものお嬢様なら積極的に行動するはずなのに……」

 そうだったそーだった。身分が一番高い令嬢から自動的に婚約者候補の上位に挙がるんだった。小説でも、私が断罪され退場した後、他の公爵令嬢二人が我先にと妃候補に名乗りを挙げたんだったわ。でもこれまでワガママ一つ言わなかった殿下が申し出をすべてはね除け、国王陛下にヒロインとの婚約を切に願い出たんだった。
 ……あ、じゃあ私が黙っていれば他の公爵令嬢が名乗りを挙げるかも……? そしたら他の令嬢が婚約者になって……
 そしたら私、結婚しなくても済むかも……?
 ……ふ、ふふふふ。
 殿下と婚約しない未来を想像していると、ジェミーが口角をひくつかせて話しかけてきた。

「お、お嬢様……?」
「なぁにジェミー? そんな面白い顔してどうしたの?」
「な、なんかお嬢様が何か企んで……い、いえ、何でもございません」

 なによジェミーのくせに。言いたいことがあれば言えば良いのに……
 まぁさっきからニヤケ顔が止まらないのは自覚してるけど、そこまで顔をひくつかせなくてもいいじゃない! 扇で口元を隠して平常心を取り戻さなきゃね。
 ふぅ~~だいぶ落ち着……ん? なんだかザワザワと騒がしいわね。


「ミヤルカーナ・ドルドムガン嬢。私と踊ってもらえますか?」
「……え?」


 な、何故こうなった?
 気づいたら私の周りには誰もいなくなっていた。
 そして、ガブリエル殿下が目の前にいて。
 右手を差し出されていた。
 殿下とのダンスも、暗黙のルールで身分が高い令嬢から踊ることと決まっている。きっと最初は公爵令嬢二人のどちらかが殿下と踊るんだろうなと思っていたのに。
 でも、これは予想外です。
 殿下自ら私の目の前に来てダンスに誘うなんて……誰が想像できただろうか。
 確か小説では、私は陛下の隣で待機してて、ダンスの音楽が流れたとたん、他の令嬢を押し退けた。そして殿下はたまたま前にいた私を誘ってダンスを踊ったのだ。
 それが何故こうなった? 私は壁際でジェミーと話していたのに! 自ら! 殿下が私のところに来てダンスを申し込んできたんですけどっ⁉
 しばらく放心していたが、すぐに我に返り、ニコリと微笑み「光栄です」と一言添え、ジェミーに扇とグラスを渡した。そして殿下の手を取り、ダンスホールの中心へと足を運んだ。
 あ、足が震える……心臓バクバク言ってる……多分、手汗が酷いと思う(手袋してるけど)。
 この会場にくるだけでも心の準備に一週間もかかったのに、今度は殿下とダンスを踊るという心の準備が必要になってしまった。
 ああ、初めから踊ることを想定して心構えしていれば……こうも予想外のできごとが起こってしまうとパニックになってしまう。
 ……いや、公爵令嬢の身。動揺はひた隠しますよ? 体は十四歳だが精神年齢はプラス二十? 年を重ねてるんだから鉄の仮面を着けて平静を装いますよ? ……緊張? ナニソレオイシイノ? 女は度胸よ!
 とにかく深呼吸。頑張れ自分。足の震えを止め、互いに一礼して、ゆっくりと殿下に寄り添ってダンスを踊り始めた。


 スローテンポのゆっくりとした音楽に合わせて踊ります。……踊れてるかな?
 ……互いに終始無言。居たたまれない。
 何これ? いやこれは拷問に近い。え、嫌がらせですか?
 え、この状況、私から話しかけなきゃダメなパターン? 私、男性との話題なんてそんなホイホイ思いつきませんが?
 お父様やノア兄様ならポンポン話題が出るが、相手はこの国の王太子。次期国王であらせられるガブリエル殿下に何の話題を振れって言うの? ハードル高くて私には無理です。誰か助けて!
 ……あ、曲が終わった。な、長かった……やっとこの苦痛から解放される!
 さあさあ早くジェミーの元へ行きさっさと帰りましょう!
 もういいでしょ! 役目は果たしたし、帰ってもいいよね!
 殿下の肩に置いていた手を離し礼をしようとしたら……
 な、何故か腰に添えられている手が、腕が、離れないのですが……?
 そのまま新たな曲が流れ、殿下は無言で踊り始める。手を引かれ体が傾きかけたので、慌てて肩に手を添えてダンスについていく。
 ……あれ? これって……

「あ、あの……殿下?」
「なんだ」
「先程一曲踊り終えたと思うのですが……」
「それがどうした」
「えっ! あ、あの、その……何故今またこうして私と踊っているのでしょうか?」

 あたりが騒がしい。
 そりゃそうだ。同じ人と二曲続けて踊るということは特別な相手、今の状況だと……殿下の婚約者候補という意味合いがあるのだ。
 それに気づき、血の気がサーッと引き脚に力が入らなくなる。ついには足がもつれてしまった。だがよろけた私を殿下が軽やかに支えてくれた。周りからは普通にダンスを踊っているように見えるだろう。私の失態を殿下がフォローしてくれ、笑いものにならずに済んだのだ。
 こ、これはまずい流れに……一体何が原因でこうなった? これがシナリオの強制力というものなの? 私が殿下を避けようとしたから……?

「な、何故私と二曲も踊りに……? 意味、ご存知ですわよね?」

 動揺を隠しきれず、思わず相手を睨みつけ、いつもの口調で相手を責めるように質問してしまった。だがすぐに「あ、失言した」と気づき、口をつぐみ、俯いた。たかが貴族の令嬢が王太子殿下を偉そうに睨んで説教じみたこと言っちゃったのよ! ……これ、不敬罪に値しないわよね?


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