負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第18話03 理想の世界

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 人間ノーマン
 闘技場などという
 下品な娯楽が存在するのは、
 この世に差別があるから。

 差別がなくならないのは
 それが常識であり、
 抗えない悦楽だから。

 そう言われて
 サイモンが押し黙る。

「…………確かにな。
 アンタの言うとおりだ」

 人種間、国家間なんつぅ
 狭い範囲の話じゃない。
 あらゆる世界、あらゆる社会から
 完全に差別が消えることなんて、
 あるのか?

 ……それは、きっととても難しい。
 だから、ここはなくならないんだ。

『「人間ノーマンと亜人獣人だけじゃなイ。
 上から神、天使、精霊、ドラゴン、
 人間ノーマン、亜人獣人、
 仮にそういう順番だとしテ、
 下に動植物や下級モンスター、
 死霊に化け物、そして悪魔がいル。
 みんな差別の中に生きてル。

 闘技場がエゴ100%なのはわかってル、
 けど、この世から
 差別がなくなることはなイ。
 そうだろ?ッテ」』

『………………』

 ビッグケットも黙り込んだ。
 そうだ、こいつはまさに
 圧倒的な力で他の参加者たちを
 殺して回った。

 これだって立派なエゴだ。
 見下す喜びに満ちた娯楽を
 既に体感しているんだ。

「……小僧、聞いたぞ。
 この世から争いをなくしたい、
 悲しむ人間のいない
 世界を作りたいと
 吠えていたな。
 それがどれだけ難しいことか
 わかるか」

「…………!!」

 主催者が静かにサイモンを見る。
 そうだ、確かに俺はそう言った。
 今考えると、そうだな。

「…………まぁ、夢物語だってことは
 容易に想像出来るよ」

 どんなに武力を持っても、
 金を持っても。
 人が人を差別し笑い続ける限り、
 争いも悲しみもなくならない。
 ……我ながら
 大変な夢を持ったものだ。

「でも、諦めない。
 世界中の全員を救えないからって、
 目の前の誰かを見捨てていい
 理由にはならない。

 俺は出来る限り
 誰かを救い続けたい」

 おお…………。

 サイモンが言い切ると、
 二人の魔法使いとジルベールが
 感嘆の声を上げた。

 うん、恥ずかしいから
 リアクションしなくていいよ?
 まぁ無理だけど、無理だろうけど!

 頬を赤くしつつ、
 サイモンが唇を噛みしめていると。

「…………。
 大志を抱いた若者は眩しいな」

 主催者は毒気が抜かれたように
 静かに笑った。
 それは本当に人のいい表情だった。

「お?
 何かあったらアンタも
 協力してくれていいんだぞ?
 ここをやめないにしても、
 金銭的援助とか、
 パイプを駆使してくれるとか。

 少しはビッグケットの言葉に
 思うところがあったんだろ?」

「……ふん、神経の図太い奴だ。
 金は充分すぎるほどあると言っていたのに、
 さらに私を顎で使うのか」

「もし拒否するってんなら、
 まぁ、ここに
 一応元気になったビッグケットが
 いるわけですが」

「更に脅すのか!?
 厚顔無恥な奴め!!!」

 にこり。
 サイモンが笑顔でビッグケットを指し示すと、
 主催者は顔を真っ赤にして怒鳴った。
 ははは、と
 ビッグケット以外の一同が笑う。
 黒猫は話についていけず
 目を丸くしていたが……

「…………わかったわかった。
 今回はお前にしてやられた。

 あの逃げた魔法使いじゃないが、
 お前の夢は大したものだ、感服した。
 今後一回くらいなら、
 何かで手を貸してやろう」

「マジ!?やった!!!」

 元は話の流れでテキトーに、
 のつもりだったが。
 本当にコネを作れてしまった。
 一回とはいえ、これは大きい。
 その一回、もし今後使う機会があれば
 大事に使おう。

 サイモンは全力で満面の。
 明るい笑みを浮かべた。

「ありがとうございます!」

「…………殺されるかもしれなかった相手に
 『ありがとうございます』とか、
 よく言えるよねぇ…………。
 サイモン君てホント懐広いんだか、
 ありえないレベルのお人好しなんだか…………」

 気づけば、いつの間にか
 ジルベールが隣に並んでいた。
 彼はよいせ、と
 肩先に落ちた髪を後ろに流す。

 止める物がないようだ。
 さすがのエルフも
 長すぎる髪を持て余していた。

「僕にはてんで理解出来ないね。
 誰かを殺すことも、関わることも、
 救うことも脅すことも
 まるで同列かのように扱う
 君のこと」

「うーん、
 人間って一つの側面しか
 持たないわけじゃないから。
 …………エルフにはわかんないかもしんないけど、
 綺麗事だけじゃ出来てないんだよ、
 世界ってさ」

「…………重いなーーーその言葉w」

 ジルベールは何か
 含むような言い方をした。
 エルフは、綺麗事だけで出来た世界に
 いるつもりなんだろうか?

 サイモンがジルベールを見ると、
 ジルベールは小さく笑みを浮かべた。

 空色の澄んだ瞳。
 亜麻色のウェーブがかった長髪。
 動きに合わせて揺れるローブ。
 まるで絵に描いたような
 「魔法使い」の出で立ちだな、
 と思ったところで。

 ジルベールが主催者を見据える。

人間ノーマン
 私は322歳、純血のエルフだ。
 お前はせいぜい
 30歳か40歳といったところだろう、
 お前の何倍も長く生きている
 自負がある」

 朗々とした語り口。
 え、ジルベールどうした??
 思わず目を丸くしてしまったが、
 口は挟まなかった。
 彼には伝えたい事があるようだ。

「我欲に塗れた人間ノーマンめ。
 私達エルフは
 そのような存在を最も嫌う。
 大人から子供まで、
 エルフは皆欲に溺れる者を恥、
 忌むべき者と蔑み
 切り捨ててきた。

 ……私が今このアヴァロンに居るのも、
 つまらない欲を押し通した結果、
 国から捨てられたからだ」

「…………!」

 そう、今日その話をしたばかりだ。
 主催者は恐れるような目を
 ジルベールに向けている。

 まさか、国からの追放者……
 いわゆるダークエルフが
 こんなところで楽しそうに
 人間ノーマンとつるんでると
 思わなかったんだろう。
 やや緊張した面持ちだ。

「私は自分がそうである以上、
 欲というものを悪と捉えていなかった。
 しかし、お前の話を聞いて、
 それはやはり悪と呼ぶべきだと
 再認識した」

 鋭い視線。
 ジルベールは主催者を睨みつけている。
 ……いや。蔑んでいる。

「恥も外聞もなく、
 己の欲望を曝け出す醜い男よ。
 それが人間ノーマンの本質であり、
 改める気もないと言うのなら…………
 人間ノーマンとは、正直相容れない。
 そう思わされた」

「「…………!」」

 それは、恐らく異口同音に近い気持ち。
 サイモンとエリックは
 何者かに背中を
 ぞわりと撫でられた気分だった。

 こんな所で種族の差を
 突きつけられるなんて。
 ……ジルベールは、根本的に
 人間ノーマンと理解し合えない。
 雑に表現するなら「嫌いだ」。
 そう、再認識したんだ。

「もちろん、個人によって
 こころざしは違う。
 だからこの場の私の友人たちまで
 同列だ、忌むべき存在だとは
 思わない。

 ……しかし、お前のような
 人間ノーマンがのさばる限り。
 同胞エルフとの争いは終わらないだろう。
 お前の醜さが戦争を生むのだ。
 忘れるなよ」

 そこでジルベールは
 口をつぐんだ。
 しん、と静寂が落ちる。
 ジルベールは一つ瞬きをして、俯いて、
 しばし無言を貫いた。

「…………ごめん。
 僕先にあっちに行ってるね。
 待ってるから、話が終わったら来て」

 そのまま歩き出す。
 サイモンたちは
 追いかけることが出来なかった。
 彼は少なくともこの主催者が嫌いだ、
 もう話したくないと宣言したのだ。
 止める理由などなかった。
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