負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第10話06 修羅

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 食事ヨシ。
 あのあと三つ葉食堂にも寄って
 さらに追加飯をビッグケットに食べさせた。

 荷物ヨシ。
 一旦家に帰って色々置いてきた。
 ついでにサイモンは今日買った新しい服に着替えた。
 これで古い服は全て処分。
 貧乏人の名残を全て捨て去った。

 一方ビッグケットは、
 あんだけ難癖つけたメイド服をあっさり着た。
 さらに合わせて買った
 ヘッドドレスと白いソックスも身につけた。

 これで彼女はどこからどう見ても品のいいメイドだ。
 本性はまるで逆だし、
 どうせまたすぐ真っ赤に染まって捨てる羽目になるが…。

 おまけにお気に入りの黒いストールも
 ちゃんと持ってきた。
 ウエストポーチも身につけて、
 これで準備万端。
 いつでも闘技場に行ける。
 身支度ヨシ。

 いざ3回戦。
 あの貴族男はまた来ているだろうか。
 あいつがどんな策を用意しようが、
 ビッグケットは必ず勝つ。
 サイモンはそう信じていたのだが…



「サイモン・オルコット様。
 出場者ビッグケット様について、
 主催者からメッセージがあります」



 そう言われたのは、
 地下の大空洞、
 選手控室で例によって来ていた貴族男と
 小競り合いしていた時だ。

 案内係の男が恭しく佇んでいる。
 その目が、サイモンとビッグケットの二人を捉えて離さない。

 サイモンの記憶が確かなら、
 こいつはもっとフランクな口調でこちらと話していたはずだ。
 それがこうもビシッと敬語を使ってくるということは、
 よほど重要なメッセージがあるということだ。

「小僧!ついに小賢しいトリックがバレたか!?
 これは出場停止の通告かな~??!!」

「はぁ!?そんなわけないし!
 てか、なんだよ突然メッセージって!
 俺たちは不正なんて何もしてねーぞ!」

 やたら嬉しそうに絡んでくる貴族男。
 サイモンがそれをいなしていると。

「それは存じ上げております。
 しかしお聞きください」

 案内係が静かな、そして低い声音で用件を告げる。
 きゃんきゃん叫んでいた二人は思わず口をつぐんだ。
 それだけ迫力のある雰囲気だった。

「…な、なんなんだメッセージって…」
「今読み上げます」

 すると案内係は、脇に抱えていた白い紙を広げた。
 どうやらここに主催者からのメッセージとやらが
 書かれているようだ。
 目線を下に落とす。

 そして口にした言葉は…

「サイモン・オルコット登録、ビッグケットに告ぐ。
 貴殿は前2戦において目覚ましい戦果を上げた。
 鬼神のごとき戦いぶり、実に見事。
 このままいけば、あっという間に残りの3戦も勝ち上がり、
 殿堂入りを果たすだろう」

 ざわ…。
 読み上げられた内容に、
 この場のほとんどの人間が動揺の声を上げた。

 3戦目はまだこれからだ。
 なのに主催者はもうビッグケットが勝つと言っている。
 もちろん、これまでの戦いを見ていれば
 その結論に至ってもおかしくはない。

 しかし、
 今日これから戦おうとする出場者たちにとっては
 侮辱も同然。
 こんなに細く可愛く、
 なんならふざけてメイド服を着ている女に
 殺されると予言されたのだから、
 面白いわけがない。

 動揺が徐々に収まり、
 やがて彼らから噴出したのは怒りだ。

「は?何言ってやがる。
 こいつが殿堂入り?ゼッテーさせねぇよ」

「なんなら今からおっぱじめてもいいんだぜ。
 9対1の戦い、本気で勝てると思ってんのか」

 各々関節を鳴らし、睨みを効かせ、不満を露わにする。
 案内係はそんな彼らの様子を眺め、
 皆様落ち着いて下さい。
 と言葉をかけた。
 メッセージにはまだ続きがある。

「そこで、あまりにも強い貴殿の実力を認めた上で、
 他の者に対してハンデをくれてやって欲しい。
 具体的には、

 選手ビッグケットは全裸で戦うこと。

 布一枚纏うことも許さない。
 これが嫌であれば、事前に出場を辞退すること。
 殿堂入りは目指せなくなるが、
 貴殿の貞操及び人権は守られるだろう。

 …以上です」

 ………!!!!!!

 一瞬静寂が訪れ、案内係が白い紙を畳む。
 次の瞬間、

「ワハハハハハハハ!!!そりゃあいいや!!
 おい嬢ちゃん、服脱げよ!
 主催者のご命令だぞ、嫌なら辞退しろってよ!
 どうすんだ!?」

「いいじゃねえか、全裸試合!
 俺たちゃ殺しが出来てカワイコチャンの裸も拝めるってか!
 最高だぜ主催者さんよ!!!」

 ゲラゲラと下卑た笑い声が上がった。
 突然盛り上がった一同の意味がわからず、
 ビッグケットだけが眉根を寄せている。

 サイモンは、言わねばならない。
 言わねばならないが、
 あまりに過酷な通達に
 どこから言えばいいのか言いあぐねてしまった。

『サイモン?なんか面白いことあったか?
 なんかどいつも私を見て笑ってるんだが…』

 訝しげなビッグケットの表情。
 何も知らない彼女に、言え。
 …言うんだ。

『ビッグケット…ソノ。
 主催者ガ、オ前が強スギルカラ
 他ノ奴ニはんでヲヤッテクレッテ。
 エット、全裸デ戦エッテ』

『はぁ!!!????』

 予想通り、ビッグケットは苛烈な怒りと呼べる表情を浮かべた。
 あまりに心苦しくて、残りを告げるサイモンの声が小さくなる。

『デ、嫌ナラ出場ヲ辞退シロッテ。
 …ドウスル、コレハ多分オ前ニストレート勝チッテイウカ…
 一方的ナ試合サレタクナイカラダト思ウ…。
 俺トシテハモウ充分儲ケタシ、
 オ前ガソコマデ身体張ラナクテモ…』

『ハァ?上等じゃねえか』
「えっ」

 確かに最後の方は尻すぼみだったけれど、
 サイモンの言葉はまだ終わってない。
 なのにビッグケットは、
 すっくと立ち上がり腰に手を回した。

 呆気に取られる一同の目の前で鞄を取り、
 エプロンを剥ぎ、ボタンを外し、バサリとワンピースを脱ぎ捨てる。
 ヘッドセットを取り、下着も靴も靴下も投げ捨てて。
 あれよあれよと言う間に全裸になった。

『裸がなんだ、私は猫だぞ。
 この程度で私を止められると思うなよ』

 …っうおおおおおおお!!!!!

 出場者も登録者も別け隔てなく、
 その場のほとんどの男が歓声を上げた。
 サイモンがハッと現実を認識した時にはもう、
 ビッグケットは一糸まとわぬ姿だ。

 ふっと見た隣の相棒の姿。
 視界に入れたのは一瞬だが、
 見事なプロポーションだった。

 乳房こそ控えめだが、
 女性的とも男性的ともとれる、
 シャープにくびれたウエストは見事の一言。

 丸くハリのある尻。
 ショートパンツに遮られない真っ白な太もも、
 そこから続く長い脚。

 扇情的というよりは、
 戦うために引き絞られた機能美めいた身体。

 思わずマジマジ眺めそうになって、
 慌てて視線を反らした。
 ヤバい、若い女の子の身体を見たら失礼になる……
 と、とりあえず見るとしても後ろから!
 これならダメージが少ない…!

「えっ、小僧見てあげないの?
 せっかく出血大サービスで全裸になってくれたのに。
 君たちまさかとは思うけど、仲良くないの?
 まさかね?」

 貴族男が余計な事を言ってくるが無視だ。
 こんなんマトモに見られるかよ。
 これまでだって必死に見ないようにしてたのに!!

『…ビッグケット!マダ、マダイインダゾ!
 ホラ、すとーる羽織ッテロ!』

 サイモンが慌ててストールを渡そうとするも、
 ビッグケットは鋭くそれを払った。
 音もなく黒い布が床に落ちる。
 そこに刺さる鋭い声。

『うるせぇ黙ってろ。
 いいんだ、ここにいる全員に見せてやる。
 見ろ。全員だ。
 そして全員…

 私がメタメタに殺してやる』

 …ああ。
 ビッグケットは今きっと、修羅の顔をしている。
 女を、獣人を、
 人間を玩具にして遊ぶ全てのニンゲンを呪っているんだ。

『…ワカッタ。絶対マタ勝テヨ』

『当たり前だ』

「…では、検査をお願いします」

 案内係の無慈悲な声が響く。
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