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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編
第09話03 獣人バー「ボンド」
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そちらから質問してきたくせに、
ただ黙って顔を見つめてくるサイモンは
さぞ理解不能だっただろう。
怪訝な顔をしたビッグケットに「行かないのか」と尋ねられ、
慌てて短い謝罪のあとエウカリスに向き直る。
{じゃあわるいけど、このじゅうたんにすわってもらえる?
これまほうのじゅうたんで、
これでとんでしりあいのみせいくから}
{あっはい…!}
絨毯を床に広げ、エウカリスに座るよう身振りで指示する。
それを見たビッグケットもそれに倣う。
最後にサイモンが一番前に座り、準備完了。
3人座ってもまだ多少余裕がある。
乗り物としては4人が限界だろうか。
『ジャア行クゾー』
「浮いて、真っ直ぐ飛んで!」
シャングリラ東部内南部。
飲食店が並ぶエリアのやや奥、
表の喧騒を避けるように建てられたその店は、
一階が石造りの四角。
二階が真っ白な漆喰と張り巡らされた木の梁で作られた
三角屋根の混合建築様式で、
一階が酒場、二階が店長であるママの住居になっている。
空は既に闇に染まり、歓楽街も稼ぎ時を迎えた。
あちこちで飲み交わす人々の陽気な声が聞こえてくる。
しかしここは獣人女性の従業員と会話を楽しみながら静かに過ごす…
みたいな店なので、ひっそり静まりかえっていた。
その前で。
『ハイ、ココガ獣人バーぼんど』
『へぇー、ここがお前の行きつけか』
『イヤマァ、知リ合イガ居ルカラ』
『モモってどんな娘なんだ?』
『気ニナルナラ自分デ確カメロ』
肩から下げた鞄の紐を握りしめたサイモン、
初めての酒場にわくわくした様子のビッグケット、
そして同じくこんな店初めてなのか、
そわそわしているエウカリスが店を見上げた。
「OPEN」の札がかかった扉が眼前に立ち塞がる。
こんなに金持ってここに来るのは初めてだ…ちょっと緊張する。
カランカラン。
鐘を鳴らして扉をくぐると、
「「「「「いらっしゃいませぇ♥」」」」」
明るい女のコたちの声が店に響いた。
やや薄暗く設定された、しかしきらびやかな店内。
その中に見慣れたモモの顔がある。
「あっ、サイモンさん!マトモにこっちから来るの久しぶりだね!
何かお仕事見つかった??」
のっけからこれだ。
まぁ、みんな俺がツケで酒飲んでるの知ってるけどさ…。
サイモンはふ、と静かに笑うとモモの元に歩み寄った。
「仕事、無事見つかったよ。だからこれ貰ってくれ」
「??」
鞄の中から金貨5枚掴み出し、モモの手を握る。
開かせた彼女の手の上にそれを乗せる。
するとモモは最初何をされたかわからない様子だったが、
煌めくそれを見て大仰に目を丸くする。
「ふぇっ、え、金貨…!!!金貨!!!!こんなに!!!!
サイモンさんどうしたの!!???」
「あいつとボロ儲けで稼いできた。あ、猫の方ね」
「猫!ゔあっ、うわあああああ」
モモが視線を上げる。
サイモンが親指で後ろを指す先に、
すらりと脚丸出しのビッグケット。
モモはサイモンが獣人の女連れでここに来ると思ってなかったのか、
素っ頓狂な悲鳴を上げた。
「猫ちゃん!あの、でも、どうしてこんなにっ!?
金貨なんて他人にあげるもんじゃないよ!!!」
「だぁいじょーぶ。
今の俺は他人に配ってまわるくらいたくさんあるから。
じゃあ今日はみんなに順番にプレゼントします、
ちょっと待っててな~」
顎が外れそうなモモの姿に、
サイモンはにやにや笑いを隠せない。
その横をすり抜け、近くにいる接客嬢から順に金貨を渡していく。
「はい、ステファノス」
頭から爪先まで犬スタイルのコボルトに。
「はい、プリマヴェーラ」
人間やエルフと肩を並べるほどの大国を抱える、
獅子の獣人セクメトに。
「はい、ウェイライ」
上半身が女性、下半身が蛇のラミアーに。
「はい、ユウェル」
人間とヤギを半分ずつ混ぜ合わせたような顔立ちの
ヤギの獣人、パーンに。
「そんで…今までのツケ全部と合わせて、これ。
本当にお世話になりました、アステールママ」
カウンターの奥に佇む、美しい黒髪を持つ女性。
この店の店長に。
おおよそこれまで飲んだ金額分及び、
感謝の気持ちとして5枚上乗せした金貨の小山を
カウンターへ乗せた。
{…あれ、このバーの店長さんは人間なんですね?}
そこでエウカリスが口を挟んでくる。
確かに、ここのママの見た目に獣人の要素はない。
すっとした鼻梁、赤い紅を引いた扇情的な唇、
ウェーブがかった黒のロングヘア。
下手したら成人した子供がいてもおかしくない年齢だろうに、
すべすべと滑らかな肌。すると、
{あら、私はワーウルフなのよ}
ママが真っ赤な唇を弧にしてコボルト語を口にした。
正確には、コボルト語はワーウルフの言語でもある。
しかしワーウルフは「完全に人間の姿になれる」獣人である。
基本人間に溶け込んで暮らしているし、
言語も自然に共通語を操るので、
あまり獣人だと認知されない。
結果、犬科獣人の言語は「コボルト語」と呼ばれるようになった、
というわけ。
{あっ、す、すいません…。
ワーウルフってこんなに完璧に変身出来ちゃうんですね…}
{そうね、昔は耳を出したり半端に化けてた時期もあるんだけど。
ここに来るお客さんは獣人に興味ある人ばかりだから、
こんな獣人もいるんですよって知って欲しくて}
{へぇ…}
ママとエウカリスが和やかに会話するのを、
ただ一人意味がわかるステファノス(コボルト)だけが
うんうん頷きながら聞いている。
周りの嬢たちは内容がわからないから怪訝そうな表情だ。
「…あ、ごめんなさい、みんな何話してるかわからないわね。
よし、じゃああれを出しましょう」
それに気づいたママは、穏やかに微笑むとぽんと両手を合わせた。
そして何やら戸棚から掴み出した…これは小さい何か…首飾り?
「これは共通語が話せない新人の獣人ちゃんが来た時使う
マジックアイテムなんだけど、
これを身に着けている者同士は
何語で話しても意思疎通出来るの。便利でしょ。
みんなつけてあげるから順番に来なさい」
その言葉に、わーっとママの周りに集まる接客嬢たち。
各々首から下げてもらい、嬉しそうな表情だ。
「さ、サイモン君と猫ちゃんワンちゃんも」
優しく微笑み、留め具を外した首飾りを捧げ持つママ。
サイモンは気恥ずかしい気分になりながらうなじを差し出した。
ただ黙って顔を見つめてくるサイモンは
さぞ理解不能だっただろう。
怪訝な顔をしたビッグケットに「行かないのか」と尋ねられ、
慌てて短い謝罪のあとエウカリスに向き直る。
{じゃあわるいけど、このじゅうたんにすわってもらえる?
これまほうのじゅうたんで、
これでとんでしりあいのみせいくから}
{あっはい…!}
絨毯を床に広げ、エウカリスに座るよう身振りで指示する。
それを見たビッグケットもそれに倣う。
最後にサイモンが一番前に座り、準備完了。
3人座ってもまだ多少余裕がある。
乗り物としては4人が限界だろうか。
『ジャア行クゾー』
「浮いて、真っ直ぐ飛んで!」
シャングリラ東部内南部。
飲食店が並ぶエリアのやや奥、
表の喧騒を避けるように建てられたその店は、
一階が石造りの四角。
二階が真っ白な漆喰と張り巡らされた木の梁で作られた
三角屋根の混合建築様式で、
一階が酒場、二階が店長であるママの住居になっている。
空は既に闇に染まり、歓楽街も稼ぎ時を迎えた。
あちこちで飲み交わす人々の陽気な声が聞こえてくる。
しかしここは獣人女性の従業員と会話を楽しみながら静かに過ごす…
みたいな店なので、ひっそり静まりかえっていた。
その前で。
『ハイ、ココガ獣人バーぼんど』
『へぇー、ここがお前の行きつけか』
『イヤマァ、知リ合イガ居ルカラ』
『モモってどんな娘なんだ?』
『気ニナルナラ自分デ確カメロ』
肩から下げた鞄の紐を握りしめたサイモン、
初めての酒場にわくわくした様子のビッグケット、
そして同じくこんな店初めてなのか、
そわそわしているエウカリスが店を見上げた。
「OPEN」の札がかかった扉が眼前に立ち塞がる。
こんなに金持ってここに来るのは初めてだ…ちょっと緊張する。
カランカラン。
鐘を鳴らして扉をくぐると、
「「「「「いらっしゃいませぇ♥」」」」」
明るい女のコたちの声が店に響いた。
やや薄暗く設定された、しかしきらびやかな店内。
その中に見慣れたモモの顔がある。
「あっ、サイモンさん!マトモにこっちから来るの久しぶりだね!
何かお仕事見つかった??」
のっけからこれだ。
まぁ、みんな俺がツケで酒飲んでるの知ってるけどさ…。
サイモンはふ、と静かに笑うとモモの元に歩み寄った。
「仕事、無事見つかったよ。だからこれ貰ってくれ」
「??」
鞄の中から金貨5枚掴み出し、モモの手を握る。
開かせた彼女の手の上にそれを乗せる。
するとモモは最初何をされたかわからない様子だったが、
煌めくそれを見て大仰に目を丸くする。
「ふぇっ、え、金貨…!!!金貨!!!!こんなに!!!!
サイモンさんどうしたの!!???」
「あいつとボロ儲けで稼いできた。あ、猫の方ね」
「猫!ゔあっ、うわあああああ」
モモが視線を上げる。
サイモンが親指で後ろを指す先に、
すらりと脚丸出しのビッグケット。
モモはサイモンが獣人の女連れでここに来ると思ってなかったのか、
素っ頓狂な悲鳴を上げた。
「猫ちゃん!あの、でも、どうしてこんなにっ!?
金貨なんて他人にあげるもんじゃないよ!!!」
「だぁいじょーぶ。
今の俺は他人に配ってまわるくらいたくさんあるから。
じゃあ今日はみんなに順番にプレゼントします、
ちょっと待っててな~」
顎が外れそうなモモの姿に、
サイモンはにやにや笑いを隠せない。
その横をすり抜け、近くにいる接客嬢から順に金貨を渡していく。
「はい、ステファノス」
頭から爪先まで犬スタイルのコボルトに。
「はい、プリマヴェーラ」
人間やエルフと肩を並べるほどの大国を抱える、
獅子の獣人セクメトに。
「はい、ウェイライ」
上半身が女性、下半身が蛇のラミアーに。
「はい、ユウェル」
人間とヤギを半分ずつ混ぜ合わせたような顔立ちの
ヤギの獣人、パーンに。
「そんで…今までのツケ全部と合わせて、これ。
本当にお世話になりました、アステールママ」
カウンターの奥に佇む、美しい黒髪を持つ女性。
この店の店長に。
おおよそこれまで飲んだ金額分及び、
感謝の気持ちとして5枚上乗せした金貨の小山を
カウンターへ乗せた。
{…あれ、このバーの店長さんは人間なんですね?}
そこでエウカリスが口を挟んでくる。
確かに、ここのママの見た目に獣人の要素はない。
すっとした鼻梁、赤い紅を引いた扇情的な唇、
ウェーブがかった黒のロングヘア。
下手したら成人した子供がいてもおかしくない年齢だろうに、
すべすべと滑らかな肌。すると、
{あら、私はワーウルフなのよ}
ママが真っ赤な唇を弧にしてコボルト語を口にした。
正確には、コボルト語はワーウルフの言語でもある。
しかしワーウルフは「完全に人間の姿になれる」獣人である。
基本人間に溶け込んで暮らしているし、
言語も自然に共通語を操るので、
あまり獣人だと認知されない。
結果、犬科獣人の言語は「コボルト語」と呼ばれるようになった、
というわけ。
{あっ、す、すいません…。
ワーウルフってこんなに完璧に変身出来ちゃうんですね…}
{そうね、昔は耳を出したり半端に化けてた時期もあるんだけど。
ここに来るお客さんは獣人に興味ある人ばかりだから、
こんな獣人もいるんですよって知って欲しくて}
{へぇ…}
ママとエウカリスが和やかに会話するのを、
ただ一人意味がわかるステファノス(コボルト)だけが
うんうん頷きながら聞いている。
周りの嬢たちは内容がわからないから怪訝そうな表情だ。
「…あ、ごめんなさい、みんな何話してるかわからないわね。
よし、じゃああれを出しましょう」
それに気づいたママは、穏やかに微笑むとぽんと両手を合わせた。
そして何やら戸棚から掴み出した…これは小さい何か…首飾り?
「これは共通語が話せない新人の獣人ちゃんが来た時使う
マジックアイテムなんだけど、
これを身に着けている者同士は
何語で話しても意思疎通出来るの。便利でしょ。
みんなつけてあげるから順番に来なさい」
その言葉に、わーっとママの周りに集まる接客嬢たち。
各々首から下げてもらい、嬉しそうな表情だ。
「さ、サイモン君と猫ちゃんワンちゃんも」
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