負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第06話01 エルフの掟

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 しばし時を巻き戻そう。



 それは“彼”にとって喜ばしい出来事。










「なんかムカつくな!でもよろしく!」

 そう言い捨てて骨董品店を駆け出して行ったサイモン。
 それを見送ったのはエルフのジルベール、
 そしてケットシーの混血ビッグケット。
 金貨10枚渡されて、買い出しに行ってほしいと懇願された。
 さて…どこからどう攻めよう。

 その前に。

『さて、ビッグケットちゃん。
 出かける前に僕は着替えをしたい。
 ちょっと待っててくれるかな』

『?お前、もう服着てるぞ?』
『まさか、せっかくレディと二人で出かけるんだ。
 普段着なんてもったいないよ。
 すぐ終わるから待ってて』

 そう、これは滅多にない異性とのデートのチャンスだ。
 エルフの彼にそんな場面はそう巡ってこない。
 なぜならエルフはシャイだから。そして…

 エルフは同族以外とのあらゆる交際を忌み嫌うから。

 人間ノーマンの街に出たジルベールにとって、
 そして人間ノーマンより遥かに長く生きた彼にとって、
 それは滅多に巡ってこない心躍る出来事の一つだった。

 本国なら禁止事項の獣人との会話。
 買い物。屋外での食べ歩き。
 彼自身、特別女好きの自覚はなかったが、
 予想外に気分が高揚しているのを感じて口元を緩めた。

(さぁて勝負服は、と…)

 すぐ終わると告げたからには素早く終わらせなければならない。
 本来ならじっくり吟味したいところだが…
 一度全ての服を脱ぎ、普段手に取る物より少しいい服を掴む。
 手早く袖を通し、脚を入れ、少しアクセサリーも足して…
 最後に髪。

 普段は雑にまとめているだけだが、今日は少し凝ろう。
 櫛を咥えて髪を高く持ち上げる。
 今日はそうだな…

『こんなんでどうかな』
『おっ、お団子だ。かっこいい』

 宣言通り5分とかからずビッグケットの元に戻ると、
 彼女は手持ち無沙汰な様子で店内の商品を眺めていた。
 めかし込んだジルベールを見て目を丸くする。

『エルフって髪長いんだよな。
 ただ伸ばして手入れしてるだけでも尊敬するのに、
 凝った髪型まで出来るとは』

『いやぁ、エルフは規則が多くてね。
 ショートヘアはご法度なんだ』

『髪型の自由がないのか?』
『そうだね。それ以外にもたくさん決まりがあるよ。
 僕はそれが嫌で国を出たんだ』
『へぇ~』

 会話しながらかけていた眼鏡を取る。
 それを脇に置いて、先程もらった金貨10枚を鞄に詰めた。   
 ビッグケットが小さく猫の耳を震わせる。

『眼鏡なくても見えるのか?』
『これは近くの物を細かく見る用だよ。
 外を歩くなら必要ない』

 そう言って振り返った彼の目は透き通った空色をしている。
 眼鏡をしていた時より目元の存在感が増し、
 はっきりした顔立ち。
 それは顔の美醜に拘らないビッグケットの目にも、
 充分美しい物として映った。

『エルフってなんでこんなにキレイなんだろう…』

 ふと疑問を漏らす。
 それを聞いたジルベールはふふ、と破顔した。

『僕を褒めてるのかな?ありがとう。
 エルフは元々こだわり屋なのさ。
 特に美しいかどうかには命かけてる。
 そんなことしてるから…』

 そこで一瞬言いよどみ、ビッグケットがこちらを見る。
 いや、そんな話は今はいい。

『…なんでもない。
 さ、行こう。3時までに買い物を済ませなきゃ。
 サイモン君にどやされちゃうよ』
『……。そうだな』

 言いかけたその先が気になるようだ。
 だがビッグケットは特にその先を聞いてこなかった。
 まぁそんなのは追々…
 食事でも取りながらゆっくり話していこう。
 もし彼女が興味があれば、だけど。

 ジルベールが上着を取り、ふわりと袖を通す。
 さて…

『まずはアクセサリー屋だね』






 扉を潜って店を出て、ヒト気のない一角をぬけ、
 メインストリートに出る。
 ジルベールはこれでもサイモンより遥かに昔から…
 50年以上前からこの街に住んでいる。
 どこに何の店があるかなど、ほとんど把握済みだった。

 そういう意味で
 ビッグケットの買い物の伴に彼をつけたのは
 英断と言えるだろう。

 軽やかに長衣の裾を翻し、
 ジルベールが人波の隙間を縫って歩いていく。
 それを機敏に追いかけるビッグケットを振り返り、
 彼はすっと手を伸ばした。

『レディ、手繋ぐ?』
『まさか。そんな子供じゃない』
『でもはぐれたら大変だ』
『………』

 大真面目にはぐれるかもしれない。と言うと、
 ビッグケットは大きな耳を左右に伏せた。
 …嫌がられている?

『ごめん、嫌ならいいんだけど』
『違う。…よくわからないけど』

 人が行き交う往来の中、少しだけ立ち止まる。
 何かを言いあぐねている彼女の様子を見て、
 ジルベールが薄く笑う。
 …おやこれは。

『照れてるの?意外だ』

 するとばっさり返答がくる。

『違う。
 …………わからない、けど、
 お前はなんとなく信用出来ない…』

『わぁ~、胡散臭いって言われちゃった!』

 思わず満面の笑みを浮かべてしまう。

 ビッグケットという少女。ケットシーの混血。
 混血を自称し、祖母と二人暮らしだったという。

 どの程度どの文化を基盤としているか知らないし、
 エルフのジルベールからすると、
 100歳を越えるような長命種以外の老若などわからなかったが…
 ビッグケットのことは、勝手に幼くて直情的な。
 いや、素直な性格なのだと思っていた。

 意外だ。人を疑う感性と理性を持ち合わせていたのか。

『サイモン君のことはあっさり信用したのに。僕は駄目なんだ?』

 思わず試すような質問をしてしまう。
 引き合いに出したサイモン…彼女の現相棒は
 一言で言うなら下流の貧民で、
 さらに悪く言うならガラがいい外見とは決して言えない。
 「どちらの方が善人に見えるか」と誰かに問うたら、
 恐らくジルベールの方が上品で善人に見えそうなものだが。

 すると、ビッグケットは真っ直ぐ澄んだ瞳でこう返してきた。

『サイモンは一番最初に、
 私の素性もよく知らないのになりふり構わず助けてくれた。
 あいつを疑ったらむしろ失礼だ』

 その言葉に、一昨日初めて二人が店に来た時の言葉を思い出す。

『そういや金銭トラブルを解決してくれたんだっけ?』
『あいつ小銭数枚しか持ってないのに、
 私の飯代を払おうとしてくれたんだ。
 あいつの態度を見るに、すごい高額だったのに』

 大真面目なビッグケットの表情。
 それを見たジルベールは、耐えきれなくて吹き出してしまった。

『小銭数枚!きっと銅貨だね!
 銅貨で他人の外食代を肩代わりしようとしたのか…
 なんて勇敢なんだ!』

 そしてげらげら笑う。
 ビッグケットが目を丸くしているが、
 突き上げるような愉快な気持ちはそう簡単に消えてくれなかった。

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