負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第05話01 言の葉の珍獣

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『今日ハトニカク早ク寝マス。
 明日ハ早ク起キテタクサンヤルコトヤリマス』

『やる事って?』
『オレハ借リタ金返ス!オ前ハ日用品タクサン買ウ!』
『買い物か~、…えっ私一人で?』
『ソレハチャント考エテアルカラ心配スンナ!
 オヤスミ!!』
『えーーー…』

 劇的な6億の勝利を上げてからしばし経ち。
 結局サイモンたちは今夜もグリルパルツァー亭で寝ることにした。
 何せご飯が出るし片付けなくていい。
 店主達とも顔見知りだし、いい加減夜更けになっていた時間帯を考えると、
 最早この選択肢しかなかった。

 またしてもにこにこ、いやニヤニヤするおかみの追求をかわしつつ、
 二人それぞれベッドに横になる。
 身体はすっかり綺麗になった。
 明日こそいい加減服替えたい。

 ていうかもうほとんど捨ててしまおう。
 どうせ引っ越しするしな。

 あれやこれや考えていると、だんだん瞼が重くなってきた。
 随分精神衛生に悪いものを立て続けに見た気がするけど、
 意外と寝られるもんだな。

「…あ、」

 そういえば。
 ビッグケットに聞きそびれていたことがある。
 完全に眠りにつこうとしていた瞼をこじ開けた。

『ビッグケット。明日ノ戦イ出ル?検査嫌ダッタ?』

 勝ち抜き戦への参加意思を確認し忘れていた。
 暗闇の中サイモンが小さな声で尋ねると、
 寝返りを打つ衣擦れの音の後、これまた小さな声が返ってきた。

『…出る。
 デンドウイリしたら金貨もらえるんだろ?』
『モウ二人デ一生遊ベル額ハ手ニイレタ。
 無理シナクテイイゾ』
『…でも』

 闇に慣れた視界の奥、黒髪と猫耳が揺れている。

『観衆の前での殺しはなかなか楽しかった。
 だからまぁ、いいかなって』
『…ウン、ソッカ』

 楽しかった、か。あんなにパカンパカン自分よりでかい男を破壊して回って…
 しかも言葉がわからないとはいえ、
 自分を侮辱していた男たちを軒並み殺しまくるのはさぞや気分が良かっただろう。

 それは至って一般的な感覚を持ったサイモンにも想像できた。

『ジャア明日モ夜ハ闘技場ダナ』
『おっけー』

 そこでくぁ、とビッグケットのあくびが聞こえた。もう寝よう。

『アリガトウ。オヤスミ』
『おやすみ』

 そこで改めて目を閉じる。
 静かな闇に音はない。
 一度覚醒した意識はまたまどろみに落ちた。








 翌朝。無事朝と呼べる時間に目を覚まし、
 おかみに魚介のミルクスープと丸パン、肉の腸詰め、サラダを出してもらう。

 二人で向かい合って食事を取りながら、ふと
(これからはこれが毎日なんだなぁ)
 なんて思って不思議な気持ちになった。
 ビッグケットは相変わらずガツガツもりもり食べている。

「オ二人共、今夜モ来るノカシラ?」

 ふいに、手の空いたらしきおかみがテーブルの横に立つ。
 サイモンは驚いて喉を詰まらせ、ごほごほとむせた。

「いや、さすがに今日は自分の家に帰ります。
 出来れば今日中に引っ越したいけど…出来るといいな」
「アラ、ソウナノ?別ニ来テクレテモイイノヨ」
「勘弁して下さいっ」

 もはや母親のような態度だ。
 たかが2日ほどの付き合いなのに、
 ずっと前から親交があったかのような温かさに、
 思わず笑みがこぼれる。
 …あ、そうだこないだのステーキ代。

「あの、多分今日配当金が振り込まれるはずなので、
 また近いうちに肉代払いにきますね。壊した窓代も」
「アラ、悪イワネ。窓代モモラエルト確カニ助カルワ」
「すみません…」
「イイノヨォ」

 手を振るおかみを見て、朝の陽射しが差し込むレストランの室内を一周眺めて、
 しかし特に壊れた窓は見当たらない。
 ということはもっと奥、厨房の方だろうか。
 未だに穴がぽっかり開きっぱなしということはないだろうが、
 早めに払ったほうが良さそうだ。

「…さて。」

 食事も詰め込んだ。
 最後に冷えたフルーツジュースを一気に流し込んで、
 そろそろ行こうかな。
 サイモンが軽く唇を舐めていると、
 奥の扉がバァン!とどデカい音を立てて開いた。

「ちょっと!猫ちゃんホントに闇闘技場勝ち抜いたの!?」
「えっ!?」

 厨房スペースからこちらに向かって、
 一直線に早足で歩み寄ってきたのはサテュロスのディーナだ。
 これまでいなくて今来たということは、
 彼女は夜のホール担当なのかもしれない。
 身につけているのもエプロンじゃなかった。

「嘘でしょ、ホントに生きて帰ってくるなんて…そんなんアリ!?」
「ちょ、ちょっ…!シーーーッ!!!」

 サイモンは慌てて立ち上がり、ディーナの口を塞いだ。
 数こそ少ないとはいえ、様々な人種の他の客が驚いた顔でこちらを見る。

 闇闘技場…?勝ち抜いた…??

 その言葉そのものが珍獣であるかのように復唱される。
 漏れ聞こえた単語に、食堂の客たちがさやさやとざわめく。

 それもそのはず、
 闇闘技場など縁のない人間にとっては最早都市伝説のようなものだ。
 それに「出た」だけでなく、
 「勝った」なんて幻の存在が目の前にいること自体、
 有り得ないこととして認識されただろう。

 しかも女が。

「えっなんで?!おめでとうって言わせてよ!?」
「それは昨日店主とおかみさんにしこたまもらったから!もういいの!」
「なんで?!私にも言わせてよ!」
「いらない!ごめん、ちょっと黙って!!」

 暴れるディーナの腕を掴み、人差し指を立てるサイモン。
 なぜか?
 闘技場で勝った、
 それはすなわち最低金貨7枚持ってることになるからだ。

 いや、詳しいことは知らないかもしれない。
 現に現実は小切手しかもらってない。
 しかし、闘技場で勝ち抜くとお金が手に入ることは
 ある程度認知されてるはずだった。
 今ここで騒がれると無用なトラブルを招きかねない。
 ましてや掛け金で億手に入れたことが知られた日にゃ、
 どんな目に遭うかわかったもんじゃない。

 まぁ、どんな屈強なゴロツキに絡まれても
 ビッグケットが素っ首跳ね飛ばすけどな。
 いや、だからこそ相手が可哀相なんだっての。

「じゃあ静かならいい…!?
 猫ちゃん、ホントにおめでとう!また会えて嬉しいよ、
 心配してたんだよ!」

 懲りずに机に両手を突き、ディーナがビッグケットを覗き込む。
 サイモンの倍量積まれた食事を平らげた彼女は、
 しかし言葉がわからないので訝しげにサイモンを見た。

『店員ノディーナガ勝ッテ良カッタネダッテ。
 ホラ、最初ニ話シカケテクレタ店員』
『ああ、あの子か。ありがとうって伝えて』

 瞬間、腑に落ちたように微笑むビッグケット。
 サイモンはその言葉を簡潔に伝える。

「ビッグケットがありがとうだって」
「うんうん!良かった!すごく良かった!!」

 あるいはビッグケットが死ぬかもしれないと、
 一晩本気で心配してたのかもしれない。
 だとしたら少々悪いことをしたかもしれない。

 が、あまり大っぴらにこのことを伝えるわけにもいかない。
 オークの宿屋にわざわざ泊まる旅人なんて、
 大概マトモな職業の人間と思えない。
 言い方は悪いが、恐らく金を欲しがっている冒険者が多いはずだ。
 詳しい話はまた今度にしよう。

「悪い、詳しい話はまた今度な。俺たち急いでるんだ」
「あらどこ行くの?」
「今日は夜までにやることがたくさんあってさ。ビッグケットと手分けしてこなさなきゃ」

「あれ、猫ちゃん共通語話せないんだよね?」
「大丈夫、一人通訳にアテがあるんだ」
「ふぅん」

 そんな会話をしていると、
 ビッグケットがこれまた多量に注がれたフルーツジュースを飲み干した。
 よし、行こう。
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