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2 裏の街道
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「往生際の悪い奴じゃな、一緒に斬首台に登ってやろうと言うておるのに。勿論貴様が先じゃぞ、貴様の首の転げ落ちるのを見れば童も心安らかに斬首台に登れるからの」
疫病神がクブ鳥の荷の上でほざいている。
俺は後ろ髪を曳かれる思いで住み慣れた小屋を出て東に向かって急ぎ歩いていた。
鳥の背には餓鬼と荷物が少々、俺の背には大荷物が括り付けてある。
この餓鬼を縛って小屋に転がして置くことも考えたが、死んだ爺さんの咎める顔が頭に浮かんだので止めて置いた。
それに先ほど此奴がほざいていた、俺が一緒に死ぬ話も真実である可能性が有る。
「貴様意外に冷静じゃの、もっと取り乱して泣き叫ぶかと思ったが残念じゃ、悪足掻きと思うが行く当ては有るのか」
死んだ爺さんにも俺は感情の起伏が少ないと良く言われた。
「ケロニサロンへ向かう」
ケロニサロン、地下迷宮が密集して存在する地区、ケロニサロン地下迷宮群とも呼ばれている。
無数に存在する地下迷宮の上には冒険者達の町が形成されており、噂では一千万人を越える人が住んでおり、迷宮神信徒の力で治外法権的な扱いになっている。
「隠れるには最適な場所じゃが奴らも同じ事を考えておるぞ。童ならば真っ先に街道の要所や検問に刺客を忍ばせて網を張る」
「それは織り込み済みだ」
俺は山道の脇に生えた山桜の葉を調べ、直ぐ脇の藪に潜り込んだ。
背後で餓鬼がクブ鳥の背で絡み付く茨蔦と盛大に格闘している。
「アム、クブから降りたらどうだ」
俺はこの餓鬼をアムと呼ぶことにした。
無礼だとか、気安いだとか一悶着有ったのだが、全て無視した。
指示が遅かった様だ、茨蔦の中に面白い格好で絡まっている。
「動けん、外してくれ」
「くすぐって欲しいか」
「詰まらん冗談は止せ、痛いんだから早くしろ」
口の効き方は追々直させよう、外すのが勿体ないくらいな見事な絡まり様だったが、外して降ろしてやる。
「藪の中に入った理由は何だ」
「気分だ」
「なんだと貴様」
「軽いジョークだ。直に解る」
死んだ爺さんにはコミュニケーション能力、特に女性とのコミュニケーション能力が大いに不足している指摘された。
だから俺は可能な限り冗談を言う練習をしている。
だがこの冗談は面白く無かった様だ、冗談は難しい。
アムは俺を睨みつけながらも俺の背中にへばり付くように追いて来た。
俺のベルトを背後でしっかりと握っている。
俺は藪枝が此奴に跳ねない様に注意深く進む。
藪を抜けると突然石畳の広い道に出た。
雑草が生い茂っているが平らで整った道だ。
「ほう、これは何じゃ」
「裏の街道だ。戦いが多かった時代に商人が戦場を迂回するために作ったルートだそうだ。関所や検問の無いルートとしても使われていたそうなんだが、この近辺が統一国家になってから不要になって廃れている。この道はその名残だ。お前の国じゃ現役で活躍してるかも知れんがな」
「ふん、国の運営には平民に解らない費えが必要なんじゃ。脱税は打ち首じゃから我が国にはこんな犯罪者の道なぞ無いわい」
荒れてはいたが、要所要所に石作りの泊まり小屋が残っていたのは有り難かった。
野営でこのお姫様に見張りを交代で頼むのは難しいと思っていたのだ。
野獣が餌を求めて彷徨うのは森の中と一緒だ。
干し肉は持っていたが、食材は極力現地調達した。
塩を振った肉の上に野草を積んで、拾い集めた枯れ木を燃やして蒸し焼きにする。
「何故魔道具を使わないんじゃ」
「田舎じゃ魔石が手に入り難い。それにこの煙が肉の旨味を増やすからこの料理は木を燃やして作る」
魔道具、魔法を補助する道具だ。
見た目には単なる軽石にしか見えない、だが手を触れると神経が繋がり、指を動かす様に魔法を発動させることができるのだ。
魔法の発動力の小さい庶民にとっては必需品だ。
用途は現実的な物ばかりだ。
火魔法の魔道具であれば息を吹く様な感覚で炎が出せて、外見は軽石が燃えている様に見える。
手を離しても魔法は継続するので、鍋や釜の下に置いて煮炊きに使ったり、床石の中の仕込んで床暖房に使う。
威力の高い魔道具は職人達が利用して、金属の精錬、鍛冶、ガラス作り、陶業等に使われる。
水魔法の魔道具であれば、汚い例えだが触れると小便を出す様な感覚で水が出せる。
家庭での水の供給や農作物の灌漑、威力の高いものは船の推進力にも使われている。
光魔法の魔道具は、目を開く様な感覚で明かりを灯すことができ、威力の高い物ならば傷を癒すことが出来る。
この他にも種々の魔道具が存在して人々の生活を便利にしていた。
ただこの魔道具を動かすには、魔石と呼ばれる魔獣が落とすガラス玉から魔力を充填する必要が有る。
「ほれ、出来たぞ」
「うおー、旨そうだ」
俺はこの餓鬼に何か違和感を感じている。
貴族の餓鬼であることを差し引いても村の餓鬼とは何かが違うのだ。
何か特別な感じがするのだ。
俺は山を下りてきた狢に化かされているのかも知れない。
風呂に入れた時、尻尾は見当たらなかったが。
「何じゃ、童の顔をじっと見て。童の美貌に魂でも抜かれたか」
念のためだ、確かめてみよう。
ズボンとパンツを引き下ろす、大丈夫だ尻尾は無い。
「ギャー、この野蛮人。何をする」
あっ、転んだ、膝にズボンとパンツを引っかけたまま走ったら転ぶのは当たり前だ。
馬鹿な奴だ、慌ててズボンとパンツをずり上げている。
深呼吸を繰り返した後、俺を睨みつけた。
「死ねー。この無礼者」
いきなり剣を抜いて襲い掛かって来た。
懲りない奴だ、殴り倒して剣を奪っておいた。
何回かアムに寝首を掻かれそうになったのと電撃を食らった以外は順調に裏街道を進んだ。
行き交う者も無く静かで喉かな旅だった、この道の存在は完全に忘れ去られているのだろう。
アムはクブ鳥の背で、飽きることなく俺に向かって罵詈雑言を浴びせている。
四日目の夕方、俺は再び山桜の葉を調べる。
アムは前回の事を覚えていた様で、鳥を降りて俺のベルトの背を掴んでいる。
藪の中を進む、抜け出た先はカツマの町の中だ。
アムが藪を振り返って驚いている。
俺たちが通って来た藪は、此方側から見ると壊れた塀の間に生えた小藪にしか見えない。
「凄いだろ」
「ああ、周りの塀が藪を小さく見せているようだな。人の目の錯覚を利用して隠しているのか」
「ああ、魔法じゃ無いそうだ。魔法じゃ無いから見破れないらしいぞ」
表通りから裏道に入り、目立たない薬師の店に入る。
「いらっしゃ・・・。おや珍しいね。爺さんは元気かい」
六十過ぎくらいの婆さん店番をしていた。
シャルノラ婆さんだ、爺さんに連れられて何度かこの店には来ている。
表向きは普通の薬屋だが、本業はレアアイテムの取引所だと俺は教わっている。
「今年の夏死んだよ」
「そりゃ残念だったね。私より三十も上だったから仕方が無いかね」
「眠るように死んだよ。俺に礼を言っていた」
「人に看取って貰うのが奴さんの望みだったからね。昔、一死んだとの連絡を受けたら、山の見える所に埋めて欲しいと良く言われたよ」
「ああ、山脈の良く見える場所に埋葬したよ」
「ありがとね、それで今日は売りかい、買いかい」
「両方だ。最初にこれを引き取ってくれ」
俺は背負った荷物を降ろして蔦で編んだ小箱を六つ取り出した。
中にはナサの森でしか取れない薬草やキノコの乾物が入っている。
「ほう、こりゃ珍品揃いだね。今日は量も多い様だが纏まった金が必要なのかい」
「ああ、こいつの面倒を見なきゃいけなくなった」
脇に立つアムの頭に手を置き、被っていた頭巾を下げる。
「綺麗な貴族の子じゃないか、誘拐じゃないだろうね。厄介ごとはごめんだよ」
「いや、大丈夫だ。俺が誘拐されたようなもんだ」
「良く解らないけどその子の様子じゃ誘拐じゃ無さそうだね。でっ、買いの用事は何だい」
「ケロニサロンの通行札が欲しい、訳ありで偽名にして欲しいんだ」
「んー、特殊な細工が必要だからね。そうさね、四日くらい掛かるよ」
「構わん」
「じゃ、待ってる間はどうせ暇だろうから、葡萄の収穫でも手伝って貰おうかね」
この町は山に囲まれており、裏街道以外の道はケロニサロンに通じる道一本しか無い。
それでもここは、ケロニサロンにワインを供給する一大醸造地として栄えていた。
南に開けた山の斜面には、広大な葡萄畑が広がっている。
「了解だ」
「ならあんたは、何時もどおりここの屋根裏で寝な」
「助かる」
「嬢ちゃんは私と一緒に寝るかい」
「感謝する、此奴の体臭には閉口していた」
俺の体臭に文句を言う割には俺の背中に頭を擦り付けて熟睡していた。
婆さんがアムの髪を黒く染めてくれた。
おかげでアムは目立たずに近所の女連中の葡萄踏みに混じることができた。
俺は葡萄を運び出す作業を手伝った。
重い葡萄籠を背負って斜面を上り下りする作業だが、山暮らしの俺には慣れた作業だった。
意外な事にアムは庶民言葉を覚えて、近所の女連中と上手に付き合って、毎日葡萄の香りを纏って帰って来た。
婆さんとも馴染んで、色々と話をしている。
数日経った夕食時だった、婆さんがしかめっ面で俺に話し掛けて来た。
「聞いたよ、あんたアムちゃんを裸に剥いたんだってね」
「ああ、あれか。こいつが臭かったから風呂に入れようと思っただけだ」
「あんたね、初めて会った年頃の女の子を裸にして良心が咎めなかったのかい」
「何故咎めるんだ。服を脱がせないと風呂に入れられないだろう」
再び二人で顔を見合わせてため息を吐いている。
「あんたこの子を見てどう感じたんだい」
「貴族の餓鬼だとは気が付いたぞ、髪が白かったからな。ああ、それと何か村の餓鬼共と違うから最初狢かと思った。尻を調べたら尻尾が無かったから違ったがな」
「アムちゃんごめんね。此奴は記憶喪失だから常識的な感覚が何か抜け落ちてるんだよ。爺さんも心配してたんだけどね」
失礼な婆さんだ、俺は常識人だ。
「私も何か変だと思ったんです。その割には襲って来ないし」
何故俺がこの餓鬼を襲う必要性が有るのだろうか、アムも訳の解らない事を言う。
非常識なのは此奴等の方だろう。
「それとゴル、あんたアムちゃんを殴ったんだって」
「ああ、礼儀を教えようと思った」
「あんたね、こんな小さくて可愛い女の子を殴るなんて、人間として失格だよ。反省しな」
「了解した。以後気を付ける」
翌日依頼していた通行札の準備が整った。
仕事を終えて戻った時に婆さんから告げられたのだ。
夕食後、怪しげな魔道具の前に座らされた。
木箱の中央に青い水晶が浮いており、水晶の下に通行札を置いてから水晶が縫い込まれた頭巾を被ってその前に座る。
最初はアムからだ。
水晶の前面にアムのステータスが投射される。
名前 シルクネメセ・アリス・アムネリウス
国籍 ネリウス
年齢 13
職能 聖女 2
レベル 2
経験値 12/25
生命力 25
体力 23
知力 56
視力 45
速力 42
感応力 35
魔力 50/50
加護
聖女の加護
「おやおや、聖女様なんて貴族じゃなくネリウスの王族だったのかい」
「あははは、魔力五十で聖女なんてお恥ずかしいです。なんちゃって聖女なんて呼ばれてたんです。なんであんたが聖女なんだって姉さん達に良く怒られました」
「でも魔力五十なら魔道具無しに魔法を使えるんだから十分だよ、じゃ、スキルは・・・。ゴルは覗いちゃ駄目だよ」
画面を隠されてしまった。
「満遍無く魔法も使えるし、宮廷作法も網羅してるね。その歳で剣術と光術が二なのも立派だよ。刻印だけでも飯は食えるし、一生懸命練習したんだろ」
「ありがとうございます」
「じゃ、書き換えるよ」
名前をアム、国籍をムルナス、この国のことだ、職能を冒険者に書き換える。
「次はあんたの番だよ」
少々怖い、俺が失った過去が解るのだ。
たぶん俺の職業は盗賊か山賊だと思う。
頭巾を被る。
「鬼とか魔族じゃないですよね」
「うーん、一応人間だと思うよ」
あっ、こいつ等酷い。
スイッチが入る、頭に細かい振動が広がる。
「変な字なんで読めないけどあんた貴族だったんだね」
「ニホンなんて国初耳ですね」
「二十歳とはねー、てっきり三十の後半かと思ってたよ」
「ええ、私も父上と同い年くらいかと思ってました」
くそー。
「・・・・」
「・・・・」
「人間でしたね」
「笑ったら悪いが似合わないねー、あんたが学生だなんて信じられないよ」
「記憶と一緒に知識と品性も抜け落ちたんですよ、きっと」
くそー、此奴ら。
「迷宮神の加護なんて、神殿関係者が知ったら嫉妬であんた毒殺されるよ」
「後は見た目の通りですね。ん、知力が九十なんて装置故障してません」
「ああ、後で整備に出すよ」
「じゃ、スキルですね」
おい、俺には見せないで何故アムには見せる、不公平だろ。
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
「絶対に故障です」
「ああ、こりゃ故障だね」
名前 ??・??
国籍 ニホン
年齢 20
職能 学生 4
レベル 4
経験値 46/94
生命力 100
体力 111
知力 90
視力 88
速力 88
感応力 50
魔力 20/20
加護
迷宮神の加護
スキル
数学 7
物理学 6
化学 6
生物学 4
法学 3
社会学 4
経済学 4
歴史学 4
語学 5
政治学 4
草木鑑定 2
弓術 2
罠術 2
解体 2
歌術 2
奏術 2
調理 2
光治癒術 1
「書き換えるよ、ゴルで良いかい」
「ああ、それで頼む」
「学生は消すよ」
「ああ、勿論だ」
アムは一晩中思い出し笑いをしていたそうだ、畜生。
翌朝、婆さんに礼を言って店を出発した。
クブ鳥も婆さんに引き取って貰い、アムと二人、並んで歩いている。
ケロニサロンまでは徒歩で半日の距離だ。
峠を登り切ると急に見晴らしが良くなり、眼下にケロニサロンの町並が広がっている。
町並みを見て俺は驚愕した。
冒険者の町と聞いて簡素な町を想像していたのだがとんでもない。
高い塀に囲まれた整った町並みが延々と続いているのだ。
「凄い、童の国の王都の百倍以上はあるぞ」
「ああ、これは凄い」
アムと二人で暫く呆然と眺めていた。
疫病神がクブ鳥の荷の上でほざいている。
俺は後ろ髪を曳かれる思いで住み慣れた小屋を出て東に向かって急ぎ歩いていた。
鳥の背には餓鬼と荷物が少々、俺の背には大荷物が括り付けてある。
この餓鬼を縛って小屋に転がして置くことも考えたが、死んだ爺さんの咎める顔が頭に浮かんだので止めて置いた。
それに先ほど此奴がほざいていた、俺が一緒に死ぬ話も真実である可能性が有る。
「貴様意外に冷静じゃの、もっと取り乱して泣き叫ぶかと思ったが残念じゃ、悪足掻きと思うが行く当ては有るのか」
死んだ爺さんにも俺は感情の起伏が少ないと良く言われた。
「ケロニサロンへ向かう」
ケロニサロン、地下迷宮が密集して存在する地区、ケロニサロン地下迷宮群とも呼ばれている。
無数に存在する地下迷宮の上には冒険者達の町が形成されており、噂では一千万人を越える人が住んでおり、迷宮神信徒の力で治外法権的な扱いになっている。
「隠れるには最適な場所じゃが奴らも同じ事を考えておるぞ。童ならば真っ先に街道の要所や検問に刺客を忍ばせて網を張る」
「それは織り込み済みだ」
俺は山道の脇に生えた山桜の葉を調べ、直ぐ脇の藪に潜り込んだ。
背後で餓鬼がクブ鳥の背で絡み付く茨蔦と盛大に格闘している。
「アム、クブから降りたらどうだ」
俺はこの餓鬼をアムと呼ぶことにした。
無礼だとか、気安いだとか一悶着有ったのだが、全て無視した。
指示が遅かった様だ、茨蔦の中に面白い格好で絡まっている。
「動けん、外してくれ」
「くすぐって欲しいか」
「詰まらん冗談は止せ、痛いんだから早くしろ」
口の効き方は追々直させよう、外すのが勿体ないくらいな見事な絡まり様だったが、外して降ろしてやる。
「藪の中に入った理由は何だ」
「気分だ」
「なんだと貴様」
「軽いジョークだ。直に解る」
死んだ爺さんにはコミュニケーション能力、特に女性とのコミュニケーション能力が大いに不足している指摘された。
だから俺は可能な限り冗談を言う練習をしている。
だがこの冗談は面白く無かった様だ、冗談は難しい。
アムは俺を睨みつけながらも俺の背中にへばり付くように追いて来た。
俺のベルトを背後でしっかりと握っている。
俺は藪枝が此奴に跳ねない様に注意深く進む。
藪を抜けると突然石畳の広い道に出た。
雑草が生い茂っているが平らで整った道だ。
「ほう、これは何じゃ」
「裏の街道だ。戦いが多かった時代に商人が戦場を迂回するために作ったルートだそうだ。関所や検問の無いルートとしても使われていたそうなんだが、この近辺が統一国家になってから不要になって廃れている。この道はその名残だ。お前の国じゃ現役で活躍してるかも知れんがな」
「ふん、国の運営には平民に解らない費えが必要なんじゃ。脱税は打ち首じゃから我が国にはこんな犯罪者の道なぞ無いわい」
荒れてはいたが、要所要所に石作りの泊まり小屋が残っていたのは有り難かった。
野営でこのお姫様に見張りを交代で頼むのは難しいと思っていたのだ。
野獣が餌を求めて彷徨うのは森の中と一緒だ。
干し肉は持っていたが、食材は極力現地調達した。
塩を振った肉の上に野草を積んで、拾い集めた枯れ木を燃やして蒸し焼きにする。
「何故魔道具を使わないんじゃ」
「田舎じゃ魔石が手に入り難い。それにこの煙が肉の旨味を増やすからこの料理は木を燃やして作る」
魔道具、魔法を補助する道具だ。
見た目には単なる軽石にしか見えない、だが手を触れると神経が繋がり、指を動かす様に魔法を発動させることができるのだ。
魔法の発動力の小さい庶民にとっては必需品だ。
用途は現実的な物ばかりだ。
火魔法の魔道具であれば息を吹く様な感覚で炎が出せて、外見は軽石が燃えている様に見える。
手を離しても魔法は継続するので、鍋や釜の下に置いて煮炊きに使ったり、床石の中の仕込んで床暖房に使う。
威力の高い魔道具は職人達が利用して、金属の精錬、鍛冶、ガラス作り、陶業等に使われる。
水魔法の魔道具であれば、汚い例えだが触れると小便を出す様な感覚で水が出せる。
家庭での水の供給や農作物の灌漑、威力の高いものは船の推進力にも使われている。
光魔法の魔道具は、目を開く様な感覚で明かりを灯すことができ、威力の高い物ならば傷を癒すことが出来る。
この他にも種々の魔道具が存在して人々の生活を便利にしていた。
ただこの魔道具を動かすには、魔石と呼ばれる魔獣が落とすガラス玉から魔力を充填する必要が有る。
「ほれ、出来たぞ」
「うおー、旨そうだ」
俺はこの餓鬼に何か違和感を感じている。
貴族の餓鬼であることを差し引いても村の餓鬼とは何かが違うのだ。
何か特別な感じがするのだ。
俺は山を下りてきた狢に化かされているのかも知れない。
風呂に入れた時、尻尾は見当たらなかったが。
「何じゃ、童の顔をじっと見て。童の美貌に魂でも抜かれたか」
念のためだ、確かめてみよう。
ズボンとパンツを引き下ろす、大丈夫だ尻尾は無い。
「ギャー、この野蛮人。何をする」
あっ、転んだ、膝にズボンとパンツを引っかけたまま走ったら転ぶのは当たり前だ。
馬鹿な奴だ、慌ててズボンとパンツをずり上げている。
深呼吸を繰り返した後、俺を睨みつけた。
「死ねー。この無礼者」
いきなり剣を抜いて襲い掛かって来た。
懲りない奴だ、殴り倒して剣を奪っておいた。
何回かアムに寝首を掻かれそうになったのと電撃を食らった以外は順調に裏街道を進んだ。
行き交う者も無く静かで喉かな旅だった、この道の存在は完全に忘れ去られているのだろう。
アムはクブ鳥の背で、飽きることなく俺に向かって罵詈雑言を浴びせている。
四日目の夕方、俺は再び山桜の葉を調べる。
アムは前回の事を覚えていた様で、鳥を降りて俺のベルトの背を掴んでいる。
藪の中を進む、抜け出た先はカツマの町の中だ。
アムが藪を振り返って驚いている。
俺たちが通って来た藪は、此方側から見ると壊れた塀の間に生えた小藪にしか見えない。
「凄いだろ」
「ああ、周りの塀が藪を小さく見せているようだな。人の目の錯覚を利用して隠しているのか」
「ああ、魔法じゃ無いそうだ。魔法じゃ無いから見破れないらしいぞ」
表通りから裏道に入り、目立たない薬師の店に入る。
「いらっしゃ・・・。おや珍しいね。爺さんは元気かい」
六十過ぎくらいの婆さん店番をしていた。
シャルノラ婆さんだ、爺さんに連れられて何度かこの店には来ている。
表向きは普通の薬屋だが、本業はレアアイテムの取引所だと俺は教わっている。
「今年の夏死んだよ」
「そりゃ残念だったね。私より三十も上だったから仕方が無いかね」
「眠るように死んだよ。俺に礼を言っていた」
「人に看取って貰うのが奴さんの望みだったからね。昔、一死んだとの連絡を受けたら、山の見える所に埋めて欲しいと良く言われたよ」
「ああ、山脈の良く見える場所に埋葬したよ」
「ありがとね、それで今日は売りかい、買いかい」
「両方だ。最初にこれを引き取ってくれ」
俺は背負った荷物を降ろして蔦で編んだ小箱を六つ取り出した。
中にはナサの森でしか取れない薬草やキノコの乾物が入っている。
「ほう、こりゃ珍品揃いだね。今日は量も多い様だが纏まった金が必要なのかい」
「ああ、こいつの面倒を見なきゃいけなくなった」
脇に立つアムの頭に手を置き、被っていた頭巾を下げる。
「綺麗な貴族の子じゃないか、誘拐じゃないだろうね。厄介ごとはごめんだよ」
「いや、大丈夫だ。俺が誘拐されたようなもんだ」
「良く解らないけどその子の様子じゃ誘拐じゃ無さそうだね。でっ、買いの用事は何だい」
「ケロニサロンの通行札が欲しい、訳ありで偽名にして欲しいんだ」
「んー、特殊な細工が必要だからね。そうさね、四日くらい掛かるよ」
「構わん」
「じゃ、待ってる間はどうせ暇だろうから、葡萄の収穫でも手伝って貰おうかね」
この町は山に囲まれており、裏街道以外の道はケロニサロンに通じる道一本しか無い。
それでもここは、ケロニサロンにワインを供給する一大醸造地として栄えていた。
南に開けた山の斜面には、広大な葡萄畑が広がっている。
「了解だ」
「ならあんたは、何時もどおりここの屋根裏で寝な」
「助かる」
「嬢ちゃんは私と一緒に寝るかい」
「感謝する、此奴の体臭には閉口していた」
俺の体臭に文句を言う割には俺の背中に頭を擦り付けて熟睡していた。
婆さんがアムの髪を黒く染めてくれた。
おかげでアムは目立たずに近所の女連中の葡萄踏みに混じることができた。
俺は葡萄を運び出す作業を手伝った。
重い葡萄籠を背負って斜面を上り下りする作業だが、山暮らしの俺には慣れた作業だった。
意外な事にアムは庶民言葉を覚えて、近所の女連中と上手に付き合って、毎日葡萄の香りを纏って帰って来た。
婆さんとも馴染んで、色々と話をしている。
数日経った夕食時だった、婆さんがしかめっ面で俺に話し掛けて来た。
「聞いたよ、あんたアムちゃんを裸に剥いたんだってね」
「ああ、あれか。こいつが臭かったから風呂に入れようと思っただけだ」
「あんたね、初めて会った年頃の女の子を裸にして良心が咎めなかったのかい」
「何故咎めるんだ。服を脱がせないと風呂に入れられないだろう」
再び二人で顔を見合わせてため息を吐いている。
「あんたこの子を見てどう感じたんだい」
「貴族の餓鬼だとは気が付いたぞ、髪が白かったからな。ああ、それと何か村の餓鬼共と違うから最初狢かと思った。尻を調べたら尻尾が無かったから違ったがな」
「アムちゃんごめんね。此奴は記憶喪失だから常識的な感覚が何か抜け落ちてるんだよ。爺さんも心配してたんだけどね」
失礼な婆さんだ、俺は常識人だ。
「私も何か変だと思ったんです。その割には襲って来ないし」
何故俺がこの餓鬼を襲う必要性が有るのだろうか、アムも訳の解らない事を言う。
非常識なのは此奴等の方だろう。
「それとゴル、あんたアムちゃんを殴ったんだって」
「ああ、礼儀を教えようと思った」
「あんたね、こんな小さくて可愛い女の子を殴るなんて、人間として失格だよ。反省しな」
「了解した。以後気を付ける」
翌日依頼していた通行札の準備が整った。
仕事を終えて戻った時に婆さんから告げられたのだ。
夕食後、怪しげな魔道具の前に座らされた。
木箱の中央に青い水晶が浮いており、水晶の下に通行札を置いてから水晶が縫い込まれた頭巾を被ってその前に座る。
最初はアムからだ。
水晶の前面にアムのステータスが投射される。
名前 シルクネメセ・アリス・アムネリウス
国籍 ネリウス
年齢 13
職能 聖女 2
レベル 2
経験値 12/25
生命力 25
体力 23
知力 56
視力 45
速力 42
感応力 35
魔力 50/50
加護
聖女の加護
「おやおや、聖女様なんて貴族じゃなくネリウスの王族だったのかい」
「あははは、魔力五十で聖女なんてお恥ずかしいです。なんちゃって聖女なんて呼ばれてたんです。なんであんたが聖女なんだって姉さん達に良く怒られました」
「でも魔力五十なら魔道具無しに魔法を使えるんだから十分だよ、じゃ、スキルは・・・。ゴルは覗いちゃ駄目だよ」
画面を隠されてしまった。
「満遍無く魔法も使えるし、宮廷作法も網羅してるね。その歳で剣術と光術が二なのも立派だよ。刻印だけでも飯は食えるし、一生懸命練習したんだろ」
「ありがとうございます」
「じゃ、書き換えるよ」
名前をアム、国籍をムルナス、この国のことだ、職能を冒険者に書き換える。
「次はあんたの番だよ」
少々怖い、俺が失った過去が解るのだ。
たぶん俺の職業は盗賊か山賊だと思う。
頭巾を被る。
「鬼とか魔族じゃないですよね」
「うーん、一応人間だと思うよ」
あっ、こいつ等酷い。
スイッチが入る、頭に細かい振動が広がる。
「変な字なんで読めないけどあんた貴族だったんだね」
「ニホンなんて国初耳ですね」
「二十歳とはねー、てっきり三十の後半かと思ってたよ」
「ええ、私も父上と同い年くらいかと思ってました」
くそー。
「・・・・」
「・・・・」
「人間でしたね」
「笑ったら悪いが似合わないねー、あんたが学生だなんて信じられないよ」
「記憶と一緒に知識と品性も抜け落ちたんですよ、きっと」
くそー、此奴ら。
「迷宮神の加護なんて、神殿関係者が知ったら嫉妬であんた毒殺されるよ」
「後は見た目の通りですね。ん、知力が九十なんて装置故障してません」
「ああ、後で整備に出すよ」
「じゃ、スキルですね」
おい、俺には見せないで何故アムには見せる、不公平だろ。
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
「絶対に故障です」
「ああ、こりゃ故障だね」
名前 ??・??
国籍 ニホン
年齢 20
職能 学生 4
レベル 4
経験値 46/94
生命力 100
体力 111
知力 90
視力 88
速力 88
感応力 50
魔力 20/20
加護
迷宮神の加護
スキル
数学 7
物理学 6
化学 6
生物学 4
法学 3
社会学 4
経済学 4
歴史学 4
語学 5
政治学 4
草木鑑定 2
弓術 2
罠術 2
解体 2
歌術 2
奏術 2
調理 2
光治癒術 1
「書き換えるよ、ゴルで良いかい」
「ああ、それで頼む」
「学生は消すよ」
「ああ、勿論だ」
アムは一晩中思い出し笑いをしていたそうだ、畜生。
翌朝、婆さんに礼を言って店を出発した。
クブ鳥も婆さんに引き取って貰い、アムと二人、並んで歩いている。
ケロニサロンまでは徒歩で半日の距離だ。
峠を登り切ると急に見晴らしが良くなり、眼下にケロニサロンの町並が広がっている。
町並みを見て俺は驚愕した。
冒険者の町と聞いて簡素な町を想像していたのだがとんでもない。
高い塀に囲まれた整った町並みが延々と続いているのだ。
「凄い、童の国の王都の百倍以上はあるぞ」
「ああ、これは凄い」
アムと二人で暫く呆然と眺めていた。
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