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Ⅲ 西部

7 湖畔の戦い

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翔・・・主人公、十六歳
彩音・・主人公の妹、十四歳
マーニャ・・・スノートの貴族の娘、黒竜騎士団会計騎士隊騎士
ジレノミラ王国・・・翔達が飛ばされた国の名前
ジリウス国・・・ジレノミラ王国の西側の隣国
ナルス・・・ジリウス国の宰相
クスク山地帯・・・・ジレノミラ王国西部とジリウス国との間の国境山地
ケクル・・・クスク山地帯の南端ににある港町
ククル・・・下流の谷を堰止めた場所に出来た町の名前
キクル・・・上流の谷を堰止めた場所に出来た町の名前
カクル・・・ダム湖最上流の大断層直下の湖畔の船着き場
ヘス・・・東部下マナ原の港

ーーーーー
(カケル)

東部下マナ原の蟻討伐で使った道具はヘスの港町に保管してあったので、その一部を送って貰った。
三艘の川舟を借り上げてその荷を積み込み、百人の山岳騎士隊の隊員と一緒に上流へ向けて出発した。

川舟専用の港の河岸から海岸沿いを回り込んで絶壁に囲まれた谷に入る、増水時にはこの絶壁を越えて町に水が浸入すると言うから信じられない。
船頭が船尾の送水筒を操作し、船は静かに広い谷を遡って行く。
上りも下りも多くの船が行き交っている。
観光客だろうか、明るい笑声が周囲の崖で微かに反響している。

船は堰止めた場所、ククル町の崖へと近づく。
ククルの町は日々発展しているようで、堰止めた場所の手前には長い坂道が作られ、その坂道の上に真新しい荷揚げ台車が運行していた。

リフトの様に、長い頑丈なロープの輪を坂道に張り、そのロープに台車を数珠繋した単純な物なのだが、決められた枠内に船を乗り入れると、水中から台車が浮かび上がって船を拾い上げ、そのままダム湖まで持ち上げてくれる優れものだった。

船を降りる必要も無いし、動力は下りの荷の重さと台車に付けられた水槽の重さなので経済的、蟲の殻から切りだした糸で作ったロープが少々高いが、これだけ利用者が多ければ採算は十分に取れるだろう。
船一艘で一ツト、荷揚げ人足の手間賃に比べれば五分の一だ、商人達は大喜びだろう。

のんびりと背後の海と港町を眺めていれば、二十分程で五百メートルの高低差を持ち上げてくれる。
俺は二艘目の船で山岳騎士隊の連中に混じって船旅を楽しんでいる、今回はマーニャも彩音も付いて来たのでケクルの港町では睨み合う二人に冷や汗を掻かされた。
なのでマーニャを一艘目、彩音を三艘目に乗せて引き離してある、カクルの船着き場までの六時間は極力二人の事は考えないことにした。

湖畔沿いには槌音が響き、新しい家が続々と作られている、周辺の沢には川海老や沢蟹が豊富で新しい名物料理も出来始めたらしい、これは出発に先立って彩音が治療師仲間から聞いて来た情報だ。

上流の堰止め場所、キクルの町でも真新しい荷揚げ台車が運行していた、観光船を持ち上げる大型の荷揚げ台車まで作られており、少々驚いた。
観光船から乗客の燥いだ悲鳴が聞こえて来る。

キクルの町から上流は、山が険しく、まだ湖畔に人は入っていない。

「船頭さん、悪いが船を止めてくれ」
「あいよー」

船頭さんが前後の船に合図を送り船を止める。
一艘目は少し離れた場所、三艘目は直ぐ脇で止まった。

「騎士長、念のため戦闘準備だ。隼は連れて来てるか」
「全員戦闘準備!指揮者殿、二羽連れて来ています」
「なら、カクルとキクルの連絡所に船の運行停止と第一種の戦闘準備の指令を送ってくれ」
「了解しました」
「対岸に人の気配がある」
「え!」

俺の身分の扱いは大隊長並みとなっている、だから緊急時には独自判断で指令を出せる。
第一種の戦闘準備なので、連絡所から狼煙が上がり、各砦から兵が駆け付ける筈だ。

「アヤ!こっちの船に来てくれ」
「お兄ちゃん何」
「船頭さん、船を寄せて下さい」
「あいよ、サブ!寄せるぞ」
「がってんだ兄貴」

向こうの船から彩音を抱え上げ、そのまま積荷の影に連れ込む。

「何?お兄ちゃん」
「一発抜かせてくれ」
「えっ?」

急いでいるので、ズボンと褌を一緒に引き下ろす。

「駄目よお兄ちゃん、こんなところで。あっ、だめっ」

嫌がる彩音もなんか新鮮だ、無理やり突っ込んでそして無事完了、背中に空気中の何かが流れ込んでくる、そして対岸に感覚を伸ばす。
湖面沿いに無数のトンネルが藪に覆われて隠されており、その中に船が隠されている。
その数約二百艘、百人乗りの漕船なので二万人近い敵兵が隠れていたのだ。
まだ誰も乗船していない、近くの篝火から船へ火種を移しておく。

身支度を整えて荷の間から這い出る、勿論彩音にも褌とズボンを慌てて履かせた。

カクルとキクル方面で狼煙が上がり、各砦からも合図の狼煙が上がった。
各砦から船が出されこちらに向かっている。
敵も気が付いた様で、人の動きが激しくなり、次々に船へと乗り込んでいる。

味方の船が視界に入って来た。
敵は藪を払って船を漕ぎ出して来た、丁度良いタイミングだ。
敵兵は二万、味方は二千、でも敵兵を拾い集めるには十分な人数だ。

「それっ!」

敵の船が一斉に炎上する、敵兵は大混乱だ、慌てて立ち上がる兵士達で船が次々に転覆して行く。
味方の船に遠巻きに囲まれた時点で敵将が降伏の合図を送って来た。
良かった、無駄な戦闘も無く、無事戦いが終了した。

敵兵全員を武装解除して捕虜とした後、敵将と改めて降伏の意思を書面で確かめる。
俺が一応命令権者の最上位者だったので、俺との間での書面を交わす。

「儂の名はグッグル、陸軍大将だ。若いがお前の名は」
「技術顧問のカケルと言います。一応自分が最上位命令権者なので署名させて頂きます。何か、条件はありますか」
「その前に、何故途中で火勢を緩めた、御主の魔法なのだろ」
「だって転覆した船燃やしたら皆さん溺れ死んじゃうでしょ」

この世界、泳げる人はほとんど居ない、水深の深い場所に落ちて溺れたら、海でも川でもタガメの様な水生昆虫に襲われるのだ。
新しい湖なので、ここにはまだ大型の水生昆虫は住んでいないのだが、水に落ちた時点で身動きしない習慣は身に浸みついている。
だから降伏も早かったし泳いで逃げ出す者も居なかったのだ。

「うむ恩に着る、条件は無い全面降伏だ、指揮者殿」

将校達はケクルの駐屯所に送り、兵士達は手近な砦に収容して釈放金と引き換えに解放する。
グッグルさんを乗せた船がケクルに向かい、残った兵士達は手当を受けている。
彩音は兵士の手当てに走り回っている。

「カケル、狡いぞ。なんであたいを呼ばなかったんだよ」
「仕方ないだろ、マーニャの船は遠かったんだから」
「うー、まあ良いか。でも大手柄だな、グッグルを捕虜にするなんてよ」
「そんなに有名な人なのか」
「当たり前だろ、敵の大将だぞ。軍略家として有名なんだぞ。身代金がっぽり貰えるんじゃないか」

確かに油断していた、敵に湖の一部でも押さえられたら、この新しく芽生えた経済体系が信用も含めて大ダメージを受けるところだった。

運行停止の解除を受けて観光船がやって来た、観光客達は敵兵を乗せて砦に向かう船を不思議そうに眺めていた。

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