上 下
76 / 89
Ⅲ 西部

1 西部へ

しおりを挟む
翔・・・主人公、十六歳
彩音・・主人公の妹、十四歳
メル(メルトス)・・・翔達の荷車の同乗者だった小学生に見える少年、細工職人
ファラ(ファラデーナ)・・・メルの連れ合い、こちらも小学生に見える少女、細工職人
ケビン・・・カルナの旅で一緒だった少年、男の娘
ニコル・・・黒竜将軍
マーニャ・・・スノートの貴族の娘、黒竜騎士団会計騎士隊騎士
ジレノミラ王国・・・翔達が飛ばされた国の名前
ジリウス国・・・ジレノミラ王国の西側の隣国
ナルス・・・ジリウス国の宰相
ストロノス大河・・・ジレノミラ王国東部を流れる大河
ジトロノス大河・・・ジレノミラ王国西部を流れる大河
クスク山地帯・・・・ジレノミラ王国西部とジリウス国との間の国境山地

ーーーーー
(カケル)

大断層以南の、ジトロノス大河の西側からジリウス国との国境であるクスク山地帯までの広大な区域が西部マナ原と呼ばれ、高地に匹敵する広い面積がある区域である。
北部が西部上マナ原、南部が西部下マナ原と呼ばれている。

蛇行を繰り返すジトロノス大河は雨期には度々増水し後背地を越えて周囲の町に被害を及ぼすため、川沿いに町が発展することを阻害し、また西部上マナ原の西域は大断層から噴き出る硫黄分の多い熱水により、生物が全く育たない毒ガスが満ちた大湿地帯で覆われており、この湿地の下流域も含めて人が住むには適さない地域が多かった。
さらにジリウス国との境にあるクスク山地帯は標高の比較的低い山と深い谷が連なった区域で一山、一谷の支配権を巡って昔からジリウス国と争って来た。
山地帯には山蟻も多く住み、ここも人が住むには適していない。
紛争地帯を背後に抱えた貧しい広大な地域、黒竜騎士団が守り、黒竜将軍が大半を治める西部マナ原とはそんな地域である。

両替商達を貧民街の店に集めてから二月が経過した。
両替商達への説得は成功で、全両替商がナルスとの縁を切り、しかも赤竜騎士団や青竜騎士団の情報も提供してくれたので、早めに災いの芽を摘み取ることが出来た。
秘密裏に将軍達が集められ、密やかに穏便な処分の依頼が伝えられた。
黒竜将軍達はジリウス国の本格的な攻勢に備えて西部に戻り、俺は西部に赴任するための準備を進めている。

まずは王子の剣の稽古。
剣道の竹刀と防具を模した道具を作り、実際に打ち合うことで退屈な型稽古から王子を解放してやった。
そして最初は冷ややかな目で俺達の稽古を眺めていた白竜騎士団の剣の師範達も、王子の上達振りに驚いて防具での稽古を自分達の訓練に取り入れ始めたので、俺の不在の間も王子の稽古が滞ることが無くなった。

そして宝物の申請手続き。
これはギルドにお願いして若手の担い手を何人か手配して貰い、定型文に記入して行く方法を覚えさせて文書作りが可能なレベルまでは育成した。
勿論実際の現物確認は難しいので、爺ちゃん婆ちゃん連中に補佐役として随行して貰い目を養わせている。
それでも溜まっていた申請は少しずつ片付いており一先ず順調だ。

彩音の仕事も王室からの研修生を何人か受け入れることになり、国からの補助金の支給で治療院の財政状況も改善し、勤務形態にも余裕が出来始めた。
無駄な薬やむしろ有害な薬の処方を彩音に指摘され、王室として改善策を検討した結果らしい。
このため、彩音も俺と同行できる様になってしまい、マーニャ達との楽しい一時を楽しみにしていた俺にとっては少々誤算だった。

光平亭にはメルと一緒に良く飲みに行っている。
ケビンとの関係はまだ続いており、俺が西部へ行くと聞いて悲しんでいた。
だから、彩音が夜勤の夜に、明け方まで目一杯、足腰が立たなくなるまで付き合ってあげた。

ただ一つだけ気になることがある、彩音もそうなのだが、失神した直後にいきなり目を開けて俺を凝視することがあるのだ。
特にケビンの場合その頻度が高く、俺にとっては休ませる必要が無くなるので好都合なのだが、なんだか別人格が現れた様で少々気になっている。
最初ケビンは逃げだそうとしたし、そんな時は感じ方の感覚が若干変化するような気もしている。

部屋はそのまま継続して借りておくことにした。
そして関係者への挨拶を済ませた後、メルとファラとで小さな宴を開いてしばしの別れを惜しんだ。

「カケル、西部で戦争が起きそうなのか」
「ええ、私も八百屋の叔母ちゃんから聞いたよ」
「うん、私も患者さんから聞いた。お兄ちゃん、危ないのかな」

俺も噂が広がっているのは知っている。

「ナルスが意図的に流している噂だろうな」
「えっ、嘘なのお兄ちゃん」
「嘘じゃ無いよ、確かに可能性は高い、だから信憑性を持つんだよ。奴の目的は西部への荷の移動を滞らせることだよ、でも戦争にはさせないよ」

ニコルさんに手紙を出して幾つか準備を初めて貰っている。
ナルスは手強い、兵站の拠点となる町の整備を数年前から整えているのだ。
それに比べこちら側のクスク山地帯は毒ガスの発生する大湿地帯を水源とする飲み水に適さない川が流れているため、拠点となる町を整備出来ないでいるのだ。
今戦争を始められたら、こちらは山蟻の住む山の中を、長距離兵站を輸送しなければならない。
たぶんこの業務だけで消耗してしまう。

そして翌日、不安を抱えながらも、西部に向かって俺達は出発した。
俺の荷の中には、西部マナ原の地図が一杯入っている。
もう直ぐこの国に雨季が訪れる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

スローライフは仲間と森の中で(仮)

武蔵@龍
ファンタジー
神様の間違えで、殺された主人公は、異世界に転生し、仲間たちと共に開拓していく。 書くの初心者なので、温かく見守っていただければ幸いです(≧▽≦) よろしくお願いしますm(_ _)m

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

ザ・聖女~戦場を焼き尽くすは、神敵滅殺の聖女ビームッ!~

右薙光介
ファンタジー
 長き平和の後、魔王復活の兆しあるエルメリア王国。  そんな中、神託によって聖女の降臨が予言される。  「光の刻印を持つ小麦と空の娘は、暗き道を照らし、闇を裂き、我らを悠久の平穏へと導くであろう……」  予言から五年。  魔王の脅威にさらされるエルメリア王国はいまだ聖女を見いだせずにいた。  そんな時、スラムで一人の聖女候補が〝確保〟される。  スラム生まれスラム育ち。狂犬の様に凶暴な彼女は、果たして真の聖女なのか。  金に目がくらんだ聖女候補セイラが、戦場を焼く尽くす聖なるファンタジー、ここに開幕!  

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る

Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される ・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。 実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。 ※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...