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Ⅱ 王都にて

23 鬨の声

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翔・・・主人公、高1十五歳
彩音・・主人公の妹、中1十三歳

ミンク・・・ナラス冒険者ギルドの事務職員
マッフル・・・王都冒険者ギルドの幹部
カエデ・・・荷車隊の護衛の一人、王都のEランク冒険者
ケスラ・・・彩音の治療魔法の師匠、王都で治療院を経営している

ナラス・・・東部下マナ原の中心都市
クス・・・東部下マナ原のストロノス大河の河口にある港
ヘス・・・東部下マナ原の港

ミリアノス山脈・・・東部下マナ原北部に聳える山脈
リアノス大森林・・・ミリアノス山脈の裾野に広がる大森林

グロッサ草・・・蟻退治に使用する神経麻痺殺虫剤
ゲンゲジ草・・・蟻用の麻痺剤

ーーーーー
(カケル)

彩音に急いで服を着せ、脇に抱えてテントを飛び出す。
もう一樽夜空に打ち上げて、皆に次のフェーズに移行することを伝えてから、ユニコーンに乗って一路ミリアノス山脈へ向かう。
彩音を背負子に放り込んで、崖をロープでよじ登って狭い尾根を進む。
幾つかの尾根が合流し、尾根が広くなると、松明を持ってカエデさん達大勢の冒険者が待っていた。

「カケル、様子はどうだ」
「ああ、順調だ」

蟻は順調に此方に向かって巣の中を逃げて来る。
感覚を延ばして逸れそうな蟻は誘導する。

夜が明けて来た、眼下には切り立った高い崖に囲まれた大きな谷が口を開けている。
リアノスの森が一望に見渡せ、地上にも地下にも火の気配が広がっている。
最初の群が崖下に近くに残したトンネルから現れた、狼煙を上げて待機していた部隊に左右の森へ仕掛けたグロッサ草に火を点けさせる。
森への退路を塞いで蟻を谷へと誘導するのだ。

女王蟻が巣から現れた、他の蟻の五倍程の大きさなので直ぐに判る。
左右を大勢の兵隊蟻に守られ、後ろに卵を抱えた働き蟻達が大勢続いている。
それが本体だった様で、太く長い蟻の行列が谷に向かって行進してくる。

昼前に谷近くのトンネルから煙が吹き上がり、直にトンネルから出てくる蟻の群が途絶えた。
巣の中を探っても、動いている蟻の気配は無い。
丁度昼の海風が谷に向かって吹いて来た、谷の入口に大量のグロッサ草を積んで燃やし始める。
風の乗った煙が蟻達を谷奥へと追い立てる。

頃合いだ、狼煙を上げると尾根に配置された部隊が一斉に火の付いたグロッサ草を谷底に投げ入れて行く。
三日三晩草の煙が谷底を覆い、煙が治まった谷底は、累々と蟻の死骸で埋め尽くされていた。

成功を知らせる狼煙を上げる、尾根からも、そしてリアノスの森の奥からも冒険者達の鬨の声が上がった。
残った蟻を狩って、巣の中を確認する。
勿論俺が先頭で火の気配を探りながら蟻の有無を確認する。
女王蟻の巣には荷車隊から奪われた金貨や宝石が山積されていた。
女王蟻は光り物が好きだったらしい。

森が切り開かれ、蟻の死骸を運び出す為の道路が造られた。
蟻の死骸の販売はナラスの商人ギルドに一括で依頼し、その運搬作業は商人ギルドが冒険者ギルドに依頼する形で進行した。
河が渡れる様になると、王都から金の匂いを嗅ぎつけた商人たちがナラスの町に押し寄せ、町の人口が一気に膨れ上がり始めた。
王都への借金も完済し、ナラスの経済状況が好転する。
新しい町域を囲う柵を作る槌音が響き、町に活気が溢れている。

俺達の蟻討伐の噂は、吟遊詩人達の口を通じて脚色されて大陸中に広がった。
蟻の巣と、それの入り口側に作った樹上の拠点が観光名所となり、地下に宿泊施設を創る者も出始めた。
百六十四ヶ所の巣のトンネル前には露店が並んで賑わっていると聞いている。

蟻の死骸の売り上げと討伐報酬から、討伐に掛かった費用を各組合に支払い、残金を参加した冒険者達の貢献度に応じて分配した。
そして全ての手続きが終わって指揮者から解放されたのは、俺がこの町に来てから半年過ぎだった。
おれの隊に居たカエデさんを筆頭とする女性達は、何故か先を争うように結婚し、行き遅れと思っていたミンクさんも婚約した。
何か物凄く期する所が有ったらしい。

私事で俺は今回の働きでCランクの冒険者に昇格した、全国でも百人程度しか居ないらしく、物凄い最年少記録更新だと言われた。
ちなみに、Bランクの冒険者は三十人、Aランクの冒険者十人、Sランクの冒険者は二人しか居ないらしい。
マッフルさんはBランクだそうだ。
AランクやSランクの冒険者は生きてるのか、死んでるのか、何処にいるのかも判らないそうだ。

俺はランクが上がるよりも、元の世界に帰る方法を早く探したい。
俺は少々焦っている、もう既に留年決定だろうから当然だ、下手すると退学届けが出されてるかも知れない。

親は俺と彩音が駆け落ちしたと思ってるだろうか、勘違いと声を大にして言いたいが、毎日裸で抱き合って寝ている状況では胸を張れない。
それに数ヶ月前、港で泥酔して宿に戻った三日日、記憶はまるで無いのだが、状況証拠等を勘案すると極めて兄妹の一線を越えた可能性が高いのだ。
なんかお互いに言い出せないでいる。
此方の世界では、女性に生理が来ないので確信は持てないのだが、彩音のお腹を触った限りでは、生命の芽生えは感じないので妊娠の心配は大丈夫だと思っている。

ナラスの町の人達への挨拶は昨日のうちに済ませて、俺達は宿を早朝に出発して渡し場へ徒歩で向かっている。
幸い毎日動き回っていたので、荷物はたいして増えておらず、背中の背負子に全て納まっている。
渡し場が使えればゆっくり歩いても数時間後には王都に着く、本来そんな距離なのだ。

驚くくらい穏やかな河を三百人乗りの渡し船で行くと、三十分くらいで河を渡り終わる。
着いた先は既に王都の中心に近い、大きな市の立つ河岸だ。

船を降りて、市の店先を冷やかしながら、昼の食材を買い求めて半年振りの我が家へ向かう。
我が家と言っても俺は実質一日程度しか住んでいないのだが。

裏通りに回り、部屋へ登る階段の前に立つ。
彩音と一緒に部屋に入るのは初めてだろうか。
だが、突然階段の陰から現れた集団に彩音を掠われてしまう。

「アヤ、今日からびっしりと働いて貰うよ」

そう、ケスラさんと治療院の治療師さん達だった、待ち伏せしていたらしい。
たぶん、彩音は今日帰って来れ無いだろう。
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