努力と根性と運が少々

切粉立方体

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13 町民権票の喜び

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 マリアの魔法の成功率が十割、矢の命中率が八割に上がった頃、ついに宿の女性三人が土弾での矢を習得した。
 本当に毎日良く頑張った、約二ヶ月弱、僕が要した時間の六分の一で達成したのだから優秀だ。

 一緒に歓楽街からスラムへ向かい、スラムから北門へ向かう。
 北門で荷物を担いだ村人達の列に並び、門で短期滞在許可証を銀貨一枚で買い求める。
 北門から堂々と並んで町中に入り、中央広場へと向かう。

「無理はしないでね。油断しないでね。危ないと思ったら帰って来なよ」
「はい先生、心配しないで下さい」
「鼠十二匹狩ってきます」
「準備は万全です」

 そう言って弓を叩いて、緊張した面持ちで彼女達は迷宮に潜って行った。
 僕も付いて行きたかったが、僕はもう一層には入れないので待つしか無い。
 石碑の裏側でひたすら歩き回る僕は、完全に不審者だ。

 三人揃って迷宮から出てきた。
 半日待った気がしたが、陽は少ししか動いて無かった。

「大丈夫だったか」

 見た限り怪我はしていないようなので安心した。

「十二匹狩ったよ、先生」
「楽勝だったな」
「ああ、鼠が止まって見えたよ。余裕だな」

 腕捲りして腕を曲げ、笑い顔で力瘤を叩いている。
 そして突然涙を零し始め、僕に抱きついて号泣した。

「う~、先生、ありがとう」
「ヒック、ヒック、先生のお陰だよ」
「エーン、これで普通に生きられる」
「さあ、魔石を換金して町民権票を貰おう」

 窓口の職員は、羽化式後の子供では無く、普通の年齢の女性達が初めて迷宮に入ったとの話に驚いていたが、規則通り町民権票を発行してくれた。
 迷宮管理法は国民の迷宮立入り権を記した国法なのだが、基本的に手続法なので余計な判断を挟む余地が無いので嬉しい。

 歓楽街に帰ると、女将さんも含め、宿の女性達全員が門前の広場で待ち構えていた。
 三人は町民権票を頭上に掲げると、雄叫びを上げて走って行った。

「自由を手に入れたぞ~!」
「私達も成長出来るのよ!」
「もう差別されないのよ!」

 全員が三人を囲んで、泣きながら踊り回っている。
 騒ぎに驚いて出てきた他の宿の女性達がざわめいている。

「メルリとイヌーサとサバナが、町民権票を貰ったらしいわよ」
「でも迷宮で魔獣を倒さないと貰えないんでしょ」
「方法が有るらしいって一時噂になったでしょ」
「うん知ってる。でも嘘だと思ってた」
「あの宿の子達、何だか弓の練習を一生懸命してるでしょ。あれ用心棒が教えてるらしいよ」
「ふーん」
「スラムが綺麗になったでしょ、あれも用心棒の仕業らしいよ」
「みんな笑ってて、私信じられなかった」
「そうよね、みんな死んだ魚の目みたいだったからね」
「あれを変えられる位だから、それじゃ本当に方法が有るのかな」
「有るからあの三人が町民権票振り回してるんでしょ。自由が手に入るんだよ。成長出来るんだよ。さあ、今日は客取らないで、女将さんと一緒にみんなで相談しよう。私裁縫師に成りたかったんだ」
「母さん病気なんだ。会いに行けるよね」
「ああ、何なら養うことも出来るさ」

 歓楽街に激震が走った。
 見ず知らずの男ではなく、よく知る女性達が町民権票を手に入れたのだ。
 噂程度の曖昧な話が現実味を持って目の前に現れたのだ。
 その夜、歓楽街の何処の宿も客を取らなかった。
 食堂で女将さんも含めた女性達の話し合いが深夜まで行われ、焼き討ち以来の女将会議が行われることとなった。
ーーーーー

「本当に迷宮で魔獣を倒せるのかい」
「ああ、本当だ。訓練がひつようだが倒せる様になる。良い例が俺だ。俺は土属性だが、今三層で野犬を狩っている」
「へっ!あんた氷属性じゃ無かったのかい」
「面倒くさいから誤魔化しているが、俺は土属性だ。俺の感覚だが、技量を高めれば、土属性は氷属性より早く成長できる」
「氷属性より土属性の方が優れているって言うのかい」
「その通りだ」
「・・・・・」

 今僕は、女将会議に呼ばれている。
 宿の数は六十、六十人が雁首を揃えている。

「家の子も町民権票貰っただろ。先生の言ってることは本当さ」
「それじゃ、私の宿の子達にも教えてくれるかい」
「全部で八百八十五人だろ、俺一人じゃ教え切れないよ。一月もすれば、俺の住んでる宿の子は全員町民権票を貰えるだろうから、彼女達に基礎的な内容を教わるのはどうかな。その頃には今回の三人はレベル三には確実に成ってるから、高度な事も教えられると思うんだ。それからなら早い遅いの不満も出ないだろうから、安心だよ。もし狩人の経験者居れば、少し早めに俺が教えても良いよ」

 一人三宿から四宿、一宿一回で銅貨五十枚、これは僕が今受け取っている報酬(飯代)を参考に決定された。
 迷宮で毎日銀貨一枚と銅貨二十枚、講師料が銀貨一枚と銅貨五十枚から銀貨二枚。
 贅沢をしなければ、十分に暮らせるだろう。

 八百八十五人が基礎訓練を一斉に始めれば、歓楽街内ではちょっと手狭だ。
 スラムの畑も広がって来たし、堀を広げてスラムに練習場を作ろうと思う。
 八百八十五人の練習場、思ったよりも規模が大きくなりそうだ。

 経験者として二十五人の女性が来た。
 十人が元狩人で、全員が弓使いで、村人を護りながらこの町に辿り着いたらしい。
 槍使いは全員狼に食われたらしい。
 残りは何故か川漁師、洪水で村が流されたらしく、銛を使った事があるので経験者扱いになったらしい。
 僕は、銛に関しては全くの素人だ、触った事も無い、教える以前の問題かも知れない。
 何だか前途多難な気がする。

 
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