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55 伝承

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 太陽神殿の祭りが終わって約一月、中央大陸の太陽神殿から使節団の派遣時期を延ばして欲しいとの連絡が来た。
 他の神殿に情報が洩れて参加希望者が殺到したらしく、結局収拾がつかなくなって議会で整理することになったそうだ。
 早くて半年後と聞いた時には、嬉しくて涙が出た。
 これで暫く僕のフィリャファイミャの危機は去った。
 両親の命を粗末にするか、それとも僕がムルヒィミィアの世界に足を踏み入れるか本気で悩んでいたのだ。

 数日前、重要な事実が判明した。
 マロネーゼさんが帰って来ないのだ。
 グラさんに聞いたら旅に出たと言われてしまった。
 しかも行き先は西の方、完全に流民の踊り子のパターンだ。
 でもマロネーゼさんは王女様だ、温室育ちの王女様が一人で生きて行けるなんて思えない。
 何があったか良く判らないが、これは完全に自殺行為だ。
 何か世を儚むことでもあったのだろうか。

 慌てて第一王子様に報告したら、マロネーゼさんの心配は一切しない。
 僕の説明をちゃんと聞いて貰えたか心配になったくらいだ。
 それどころか守備兵に指示が出され、危うく医術所へ連れて行かれそうになった。
 何とか、中央神殿の使節団が来る三日前が期限という約束で勘弁して貰ったが、そこから恐ろしいカウントダウン始まってしまったのだ。
ーーーーー

 太陽神殿の祭りが終わると、王妃様と王様と主だった王族はさっさと王都に帰った。
 だが、第一王子様と宰相様は王都に戻らず、離宮に居座っている。
 なので主だった家臣もまだ離宮に留まって執務をしており、ここが国の中枢になっている。
 軍もそれが良く判っているようで、大半がまだ駐留している。
 たぶん今ここで第一王子様が蜂起すれば、国を乗っ取れるだろう。
 迷惑なことに、帰れば良いのに医術所の職員も律儀に留まって、第一王子様の命令に備えている。
 毎日刃物をフィリャファイミャに突き付けられている感じだ。

「規模が十倍くらいに膨れ上がりそうだと書いてありますよ。今の状況では予算が捻出できるかどうか」

 財務大臣が眉を曇らせている。

「周辺の国を全部巻き込もう。中央大陸の神国からの使節団だ。嫌とは言わんだろ」
「急いで親書を出しますか、王印が必要なので少々時間が掛かりますが」
「それなら大丈夫だ。親父から取り上げておいた。至急決裁を回せ」

 使節団が遅れるので時間の余裕が出来た。
 だが僕のフィリャファイミャの置かれている危機的状況は何も変わっていない。
 いや、むしろ悪化しているくらいだ。
 そこで、最近吟遊詩人の間で流行っているマピロスの奇跡の話をして見た。
 キュプルス様の踊り巫女と呼ばれる人が、一夜で百万近いゴーストを浄化したとの話で、キュプルス様を呼び出して死者を蘇らせたとのおまけまで付いている。
 うん、これは完全な作り話だ。
 だが、作り話と判っているが、何とか今の僕の状況を押し付けられる相手がいるならば、藁にだって縋りたいと思っている。
 今回、この踊り子を探す時間的余裕が出来た。
 この踊り巫女が見つかったら、有無を言わせず、全力で聖女役を押し付けよう。

「その踊り子を探し出して聖女に仕立て上げましょう。男の僕が演じるより、リスクが少ない筈です」
「踊り子か、うむ、金を握らせればなんとかなるだろうな。・・・、よし、取り敢えず駒として用意しておくか。暗部にその踊り巫女とやらを探らせよう」
 
 第一王子様の同意が得られたので、僕の大事なフィリャファイミャの危機が分散された。
 マロネーゼさんはもう諦めよう、たぶん何処かで野垂れ死んでるだろう。 
ーーーーー

 毎日待っているのだが、踊り巫女が中々見付らない。
 マピロスから先の消息がぴったりと途絶えているのだ。

 僕の焦る気持ちと関係なく、それでも日常の日々が過ぎて行く。

「先生、なんでここに居るんですか。ここは生徒の部屋ですよ」

 太陽神殿の祭りが終わればもう秋の始まりだ。
 一月も立てば、風に秋の気配が混じり始める。
 毎年恒例の秋の実地訓練が始まった。
 今年は収納の魔法陣を描いた馬車が手配出来たので、一、二年合同の実地訓練となった。
 一、二年の親睦を深めようと、馬車の中の部屋割りが、一、二年同室となっている。

「こいつはこれでも二年の生徒なんだよ」
「滅多に授業へ出て来ないけどね」

 パーティーメンバーは固定だそうで、今回もウィル、タナスと一緒だ。
 ちなみに、ルイーズ、ソフィア、クロエも同じパーティーだ。
 今は、別の部屋で一年生の女子と一緒の筈だ。

 ラクラス先生は授業を放棄しているので、今だ僕とキーケルさんで講義を行っている。
 第一王子様と宰相様が離宮にいるので、先生は依然寮に居座って実験と研究を楽しんでいる。

「先生や王子様の命令で忙しいからなー。二人の顔を見るとほっとするよ」
「ねえユーリ、マロネーゼ様がユーリの寮へ出入りしてるって本当なの」
「それ、それ。俺も聞きたいと思ってた。物凄い美人で聖女様なんだろ」

 王女様が行方不明なんて公にできないので、定期的に僕が化けて離宮を歩き回っている。
 部屋で着替えてから出かけるので、それで噂が広がったのだろう。
 離宮では、必ずマルローネに絡まれるが、ばれたことはない。

「俺は普通だとおもうけどな」
「ふーん、ユーリはどっかで会ってるの」
「あっ、うっ、やっ。うん、ラクラス先生の部屋へ遊びに来るんだ」
「俺も会いたいよ。聞いてくれないか」
「・・・嫌だ。会いたくない」
「何でお前が決めるんだよ」
「僕もあの光がパーって光る魔法見てみたい」
「嫌だ」
「だから何でお前が決めるんだよ」

 例の波歌は、外国からの賓客の請われて仕方なく披露しているが、拝まれたりしてるので困っている。
 マルローネに聖女役を押し付けられないかと歌わせてみたのだが、音痴過ぎて駄目だった。
 ミロには出来たから、普通出来るのだろう。
 ミロは光の柱の太さを変えて遊んでいる。

「あっ、東門が見えて来ました。丈夫そうな門なんですね」

 外の光景は、光を分配して壁に映し出している。

「あっ、綺麗な姉ちゃん。おーい」
「向こうからじゃ見えないぜ」

 一年生も三人組で、名はテルシア、フィア、ファリスという。
 一組の生徒なので優秀で、三人共タナスタイプなので何だか可愛い。

「先生が一緒なら心強いですね」
「そりゃ逆だな。ユーリと一緒だと、必ず何かが起きる」
「終わってみれば貴重な体験なんだけど、毎回、完全な綱渡りだしね。生きてるのが不思議なくらいの」
「・・・・、先生、僕ら荒事には慣れてないんです」
「事務方の家系なんで、剣は苦手なんです」
「姉さんと母さんに危ない事はするなって言われているんです」
「足は速いか」
「ええ、それなりに」
「僕も」
「ええ、僕も」
「それなら大丈夫だぜ。タナス、仲間が出来て良かったな」
「なんだよそれ」

 一瞬の躊躇が生死の境目になることが多い。
 いざと言う時の為に、背負い鞄の説明をして、飛び込む訓練をさせておく。

「ミュフャーとロッテとキスナも呼んできます」

 三人が部屋を飛び出して行った。

「あの三人が一緒か」
「ん?何か変な連中なのか」
「いや、凄く優秀な子達だよ。あの三人と気が合いそうな」

 実習の間、じゃれ合う三人の男の子を何時も嬉しそうに眺めている女の子の三組だ。
 時々小声で何かを話し合い、頬を染めて喜んでいる。
 あの三人の男の子が好きと言う訳ではないのは何となく判る。
 むしろ、ファラ師匠のお友達と同じ臭いを感じる。
 これは、僕の偏見だろうか。

 六人に鞄へ飛び込む訓練をさせる。
 この馬車もそうなのだが、収納の魔道具が結構出回り始めているので、抵抗はないようだ。
 暫く六人を鞄の中で遊ばせた。

 男三人は戻って来たが、女三人が鞄から戻って来ない。
 もう直ぐ夕飯なので、心配になって迎えにいった。
 三人は二階のフロアの床で頭を寄せて、じっと座っていた。
 まったく無言で、鬼気迫る感じで床を見詰めている。
 何事かと思って覗き込むと、床にファラ師匠の薄い本が広げてあった。
 しまった油断した、ファラ師匠にノルマとして帰り際に渡され、鞄に放り込んでしまったやつだ。
 拾い集めて金庫に鍵を掛けて全部保管したと思っていたのに、一冊だけ見落としていたらしい。

「あっ、それはこの世界に存在しちゃいけない本なんだ」

 思わず本音が漏れてしまった。
 僕の声で、三人が、がばっと顔を上げて僕を見詰める。
 僕は罵詈雑言が飛んでくること覚悟して身構えた。

「先生、先生の趣味は私達尊重します」
「ええ、それは個人の自由だと私達も思ってます」
「人間の心は本来自由なんです」
「これの出所は聞きません」
「ここに有ったことも喋りません」
「神殿にも絶対に黙ってます」
『だから私達にも読ませて下さい』

 罵詈雑言ではなく意外な言葉が返って来た。
 完全な勘違いなのだが、声に必死さが籠っているので、これは何を言っても無駄だろう。

 この熱気と目は知っている。
 ファラ師匠の会合で何度も遭遇している。
 万難を排し、目的に向かってひたすら突き進む熱気だ。
 人の迷惑なんて関係なく、屍を踏み潰して進む熱気だ。
 理性なんて通じない、狂気に侵された危ない熱気だ。
 下手に阻止すれば、大火傷どころか灰すら残らない。

 僕は黙って頷くしかなかった。
ーーーーー

 町の入口で土地神さまへの挨拶のステップを踏んでいたら、迎えがきました。

「巫女様、こちらへ」

 グラさんから連絡が入っていたらしく、私の到着を待っていたそうです。
 私の到着を知ったのは、糸車の糸が強く引かれたからとの説明でした。
 マピロスでの話は吟遊詩人達が既に持ち込んで来ているそうで、この町でも広く知られているそうです。
 若い娘達が、遠巻きに私を見詰めています。

「ここは伝承の地、歌と踊りの地でしてな。各部族の巫女役を担う娘が、儀式を覚えようと送られて来ております。本物の巫女が現れるのが千年に一度と言われておりますので、皆、好奇心が抑えられないのでしょう」
「私はそんな大した者じゃありませんよ。それに部外者ですし」
「ほっ、ほっ、ほっ。流浪の民に部外者なんて居ません。入る者は入る、出る者は出る。ただそれだけです。部族と言うのは、それを受ける器にしか過ぎません。その器の中で、儀式を司ることを望む者、それが巫女役です」
「私はただ踊りと歌を覚えたいだけなのですが、それでも構わないのですか」
「誰かが覚えなければ、踊りも詩も伝わりません。ただ人前で踊り歌う、それで十分なのです、大歓迎です。器に留まる者が巫女役、器に留まらない者が巫女、我々はそのように伝えています。さあ、婆様がお待ちです」

 大木の洞の中にある階段を上ると、枝に抱えられた、風が良く通る大きな部屋に出ました。
 その部屋の真ん中で、風を身体に纏った老婆が佇んでいます。

「ほう、やっと来たかい、二百年待ったよ。私も命の灯が消えそうなんで心配したよ。さあ、一杯覚えていっておくれ」

 老婆はすくっと背筋を伸ばして立ち上がり、時間を惜しむように歌い、そして踊り始めました。
 そして私はそれを脳裏に刻むように懸命に見詰めました。
 驚いたことに、その所作と歌声が一つ一つが身体に染み込んで行くように、しっかりと頭に刻まれていきます。

「これが巫女の伝承さ。あんたもはっきり分かっただろ。さあ、次行くよ」
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