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50 太陽神殿の祭り その8

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 式典の進行が止まってしまい、皆から祈られてしまった。
 魔法とは別の現象が起きたような気がするので、後でファラ師匠に聞いてみよう。
 逃げ出そうと思ったのだが、注目を浴びているので逃げられなかった。
 あたふたと周囲を見回していたら、神官さん達に拘束されて、山車ごと神殿へ連れて行かれた。

 早く帰って飯を食いたい。
 既に空はラーナ様の世界なのに、オーラ神殿から帰して貰えない。

「これはオーラ様からの天啓なのです。聖女様は現世での神代であると光輪を以って今日お示しになりました。聖女様は、北大陸に留まるべきお方ではないのです。我々が訪れた時期に、女神様がこのような奇跡を二度も賜られたのは、盲人に等しき私共に、尊き聖女様がここにいらっしゃること示されたかったのでしょう。これは、私共にまだまだ尽くせとの女神からのお叱りなのですわ」

 港から船で出て、ひたすら南下すると中央大陸という陸地に着くそうだ、僕は行ったことが無いので良く知らない。
 文化レベルが僕らの大陸よりも高く、中央大陸品というだけで値段が釣り上がり、豪商や貴族にありがたがられている。
 帆船なら一月、水切りの魔道具を搭載した高速船なら五日で着くそうだ。
 その中央大陸のど真ん中に聖心公国というありがた~い宗教国家があるそうで、複数の神殿の合議で国が運営されており、中央大陸全土に睨みを効かせているそうだ。

 その宗教国家の太陽神殿から、毎年聖都の太陽神殿の祭りに併せて視察団が派遣される。
 ”神殿からお役御免を言い渡された、口煩い頑固爺と頑固婆の物見遊山よ”と王妃様が言っていたが、言葉通り、神官服を着た気難しそうな爺さんと婆さんが目の前に座っている。
 神殿長室なのに視察団が場を仕切っており、可哀想に神殿長様と神官長様は部屋の隅で、背凭れの無い粗末な椅子に座らされている。

 昨日見掛けなかったのは、文明の低い大陸の王族が披露する芸には一切興味が無いし、芸の奉納自体がカテゴリー的に宗教的式典に含まれないそうだ。
 陽を拝む行為は重要な宗教行為なので、今日は参加したそうだ。

「聖女殿」
「は、はい」

 僕の前に座っていた、俯いて殆ど何も喋らなかったお爺さんが急に顔を上げて僕を呼んだ。
 顔を上げたら僕をじっと見つめていたので、驚いて声が裏返ってしまった。
 品の良い、学者風の老神官様だ。

「先日、中央聖文研究所が、オーラ様の式典で捧げる聖句は歌であるとの記述を古代聖文書の解読中に偶然発見しました」

 僕は歌と知っていたので当然歌うべきものと思い歌ってしまったが、違っていたらしい。
 そう言えば僕が歌い始めたとき、皆凄く驚いていたような気がする。

「古代聖言語学会で発表されましたが、文書自体の出所が明確でないことや、厳かなる聖文を”歌う”という発想自体が不謹慎であるとの儀形原則主義者達からの猛烈な反発もあり、学会は大荒れになりました」

 僕は歌が好きだ。
 退屈な朗読を聞かされるより、女神様も歌った方が喜ぶと思う。

「古代聖文書の多くは、冒険者が燃料として使う前に研究者が掻き集めたものです。出所が判らなくて当然です」

 遺跡から出た本は、古代文字で書かれているため誰も読めないから利用価値がない。
 そのくせやたら遺跡で発見されるので、流民街でも格安燃料として重宝している。

「歌うことを不謹慎と思うのは、儀形原則主義者達の根拠のない感情にしか過ぎません。遺跡の祭壇から楽器が出土することは珍しくありませんので反論は十分可能なのです。ですが、大声で威嚇してくるため、発表者を好き好んで援護しようとする者もおりませんでした」

 うん、よくあることだ。
 父さんと母さんは何時もそうだ。
 大声を出さなくても、母さんは十分怖い。
 父さんの言い分が正しいと思っても、睨まれただけで負けてしまう。

「結局、発表者は若い女性達の集まりだったのですが、遺跡にも潜る気の荒い者が多く、儀形原則主義者達に掴み掛って殴る蹴るの暴行に及ぶ事態となってしまいました」

 うん、頭より身体に言い聞かせるのは、感情を説得させるための常套手段だ。 
 口の達者な男子生徒が女生徒に懇々と拳で説得されている姿は、学院でも良く見る光景だ。
 勝てる相手ではない、儀形原則主義者達は相手を見誤ったのだろう。 

「彼女達は今、私が座長を務めて居た縁で、私達の神殿で留め置かれています。他神殿の高位者の娘さんも多く、国から身柄と一緒に処分も私達の神殿に丸投げされて困り果てておりました。お陰様で、彼女達の暴力沙汰を有耶無耶にすることができそうです」
「他神殿から随分と申し入れがあり、国を二分しかねない事態でしたので、神殿長もお困りでした。きっと、お喜びになられるでしょう」
「ええ、神殿長も直接お礼を申し上げたいと思いますから、是非とも我々とのご同行をお願いしたい」

 長期間同行すれば、必ず男と判ってしまう。
 それは困るので、必死に良い言い訳を考える。

「私にはそんな知識はありません。昨日夢を見て、なんとなくその夢に従っただけですわ。実は、その夢の中で、ラーナの森の遺跡を巡礼している自分の姿も見えたのです。ですから、お誘い頂けるのは非常にありがたいのですが、私にはまだなすべきことが残っています」
「おお!古の聖文書には、聖女様が邪素の源の浄化を担ったとの記録がございます。歴史に埋もれて忘れられてしまった聖儀式の一つと言われておりますが、おそらく女神様は、その役割を聖女様にお望みなのでしょう。これは伝承されるべき歴史的な出来事です。合議会で報告させて頂き、聖者巡礼部隊を組織して随行させましょう」
「そうと決まればぐずぐずして居られませんわ。早急に帰国せねば、ネイサイ、急いで明日の船便の準備をなさい」
「はい、畏まりました」

 ネイサイと呼ばれた中年の女神官さんの顔が引き攣っている。
 もうだいぶ夜も更けている、間に合うのだろうか。
 なんか気の毒だ。

「いいえ、そんな大袈裟な夢ではありません。私一人でちょこちょこっと巡礼の旅をしている夢でしたから御気になさらないで下さい。私一人でちょこちょこっと行ってきます」

 思い付きの口からの出任せが雪玉が転げ落ちる様に大きくなっている。
 夢なんて見てないし、巡礼なんぞ行く気は毛頭ない。
 何とか止めなければ。

「聖女様、この歴史的な偉業を行うにあたり、それはなりません。末代まで語り継がれる我々の恥になります」
「ですが!」
「マロネーゼ、私に任せなさい」

 第一王子が援護射撃をしてくれそうだ。

「はい、お兄様」
「失礼いたしました。明日の船便の手配も巡礼団の受け入れ準備も、我が国が責任を持って執り行なわせて頂きます」
「まあ、ありがとうございます」
「助かります。合議会に報告しましょう」
「ありがとうございます」

 援護射撃と思っていたのに敵だった。
 背後から矢が飛んで来た。
ーーーーー

「聖心公国に逆らったなんて噂が立ったら、この国の周囲の国が一斉に攻めてくるぞ。逆の立場だったら、俺も絶対に同じ事をする。あの国は、それだけ影響力が強い国だ。その国の合議会に具申できる人物が決めたことならば、神の声に等しい。我が国の意思なんぞ、髪の毛一本入る隙間なんてない」

 離宮に帰って来れたので、やっと飯が食えると思ったのだが、今度は裏切り者の第一王子に拘束されている。

「ユーリが偽物ってばれたら大事ね。大丈夫なの」
「大丈夫じゃない、たぶん我が国と我が国民は滅びる。だが走り出してしまった以上、後戻りは不可能だ。ユーリ、マロネーゼが戻ったら、歌や聖魔法を死ぬ気で仕込め」
「間に合うかしら、あの子年だし覚えが悪いし」
「駄目だったら、ユーリに責任を取らせる。あそこを切り取って、男と判らないようにしてからマロネーゼとして生きろ。マロネーゼは一生幽閉だ」
「ひー!」
「身から出た錆だ、諦めろ」
「まあ、まあ、何の責任も無いのにマロネーゼが可愛そう。あの子疫病神が憑いているのかしら」
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