魔符屋の倅・・・・・魔力は無いけど、オーラで頑張る

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13 大地の神殿

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 逃走用の荷物の整理も終わり、買い物リストも作っておいた。
 荷物は窓下にロープで降ろし、母さんに気配を悟られない様に朝食の時の会話も細心の注意を払った。
 店前で母さんとサーラに手を振り、何食わぬ顔で参道の石段を昇る。
 だいぶ家から離れたことを確認して裏通りに走り込む。
 急いで家の裏へ駆け戻り、窓下の荷物を背負う。

 母さんに内緒で時々他の工房の仕事を請け負って小銭を稼いだり、魔符を向こうの世界に持ち込んで売り払って魔道具を仕入れたりと、逃走資金は十分に貯めて有る。
 魔道具と言っても、防御結界が施してある指輪やネックレスなどの装飾品だ。
 向こうでは千ギル、こちらのお金では銀貨十枚程度のものが、こちらの世界では金貨一枚で売れる。
 吟遊詩人と踊り子として暮らすなら、数年は大丈夫な蓄えだ。
 路地裏の店で、旅に不足していた物を買い集めてから神殿へ行くことにした。

 大荷物が肩に食い込み参道の階段は結構しんどかったが、心と下半身は軽い。
 若い女性の店員に睨まれたが、薬屋で避妊の魔符も買い求めて来た。

 月の神殿の境内に入り、ルーナ様を拝んでから、大地の神殿へと向かった。
 神殿の裏口から入り、裏口に立っていた警備兵に案内をお願いしたのだが、大荷物を背負っていたので不審者と勘違いされ、危なく懺悔室へ連れて行かれるところだった。
 事情を説明して、無事執務室へ案内して貰えた。
 地下の懺悔室とは違い、執務室は神殿の二階にある。
 受付の神官見習いのお姉さんに要件を告げると、奥の応接の間に通され、一刻程待たされた。

 油断は出来ない。
 このまま懺悔室へ連行され、薄い本みいな事をされるかもしれない。
 待ってる間、僕は万が一に備えて窓の外を確認して神殿からの逃走経路を検討した。
 神殿の出入り口には、全て警備兵が立っているから使えない。
 さっきの兵の目付きからすると、絶対に何人か人を殺めている。
 躊躇無く、槍で串刺しにされるだろう。

 神殿の二階は普通の三階建ての家の屋根より高いので、窓から飛び降りれば命が危ない。
 だが一番右端の窓の下には、ちょうど礼拝堂の屋根の庇が伸びていた。 
 庇に飛び降り、屋根に駆け上ってから大地の神殿の学舎の屋根に飛び移る。
 学舎の屋根には換気窓があるので、そこから学舎の中へ侵入できるだろう。
 生徒の中に紛れれば、時間稼ぎくらい出来る。
 隙を窺って学舎裏の崖を下れば、そこには歓楽街という安全地帯が広がっている。
 荷物の中から、ロープと防御の結界符を取り出しておく。

「待たせたな、貴様が上級描陣師のユーリか」

 水色の上級神官服を着た、白髪の物凄い美人さんが部屋に入って来た。

「はい」

 残念なことに胸は少々寂しいので、マイナス五十点だ。

「貴様、今何か失礼な事を考えなかったか」
「いいえ、とんでもございません」
「うむ、なら良い。少し聞きたい事がある。そこのソファーに座れ」
「・・・はい」

 神官服のスカートは短い。
 対面の神官さんの腿に目が行ってしまう。

「この治療符を描いたのは貴様か」

 神官さんがテーブルの上に上級治癒符を乗せた。
 流民街の話じゃないようなので、ちょっとほっとした。

 符を手に取って見る。
 これは一目瞭然で、僕の描いた魔法陣だ。
 しかも父さんが試している、新しい魔染料を使ったタイプだ。

 魔染料は直ぐに乾燥して固まってしまうので、日に四回は作り直さなければならない。
 材料となるグフ油も魔石粉も値段は結構高く、忙しい時期には、その手間も馬鹿にならない。
 グフの油の配合を多くすると、乾燥し難くなる。
 魔原紙の強度が落ちてしまうというデメリットはあるのだが、僕の場合は問題が無いので、父さんが試していたのだ。
 試行錯誤の末、先週やっと1:1.92の混合割合に辿り着いた。
 
 ただ魔染料の粘度が低くなり、刷り上がった魔法陣は、ペタッとした薄っぺらい感じの仕上がりになっている。
 安っぽく見える様な気がして苦情を心配していたのだが、今のところ順調に売れていたので油断していた。

「申し訳ありませんでした。神殿に苦情が入ったのでしょうか」

 ソファーから飛び降り土下座する。
 母さん相手に訓練しているので、土下座には自信がある。
 形の良い太腿を見上げる形になったが、今はそんなことに構っていられない。

「勘違いするな。咎めるために貴様を呼んだ訳ではない」
「ありがとうございます。それでは何を」
「私は神殿の情報調査部の主任を務めておる。遺跡の町ではな、この治癒符が金貨一枚で取引されているそうじゃ」

 売り値が銀貨十枚で末端価格が金貨一枚、普通じゃ考えられない。
 なんか危ない薬みたいな感じだ。
 グフ油を増やしたことにより、副作用が出たのだろうか。
 確かにグフ油を吸い過ぎると幻覚を見ると聞いたことがある。
 治癒符を使うと幻覚でも見えるのだろうか、幻覚剤はご法度だ。
 これはもはや僕一人の問題じゃない、家族全員が市中引き回しのうえ打ち首だ。
 この神官を人質にして、家族で都から逃走を図った方が良いだろうか。
 ロープにこっそり手を伸ばし、護衛との距離を測る。
 母さんが一緒でも、ミロは付いて来てくれるだろうか。

「この符を使うとな、千切れた手や足が生える来るそうじゃ。知っておったか」
「えっ!いいえ、全然」
「聖符でも無いのに、ゾンビが灰に変ったとか、怨霊が霧散したとかの報告も来ておる。冒険者共が金貨一枚でも欲しがる筈じゃ、神殿の聖者札も形無しじゃの」
「ごめんなさい」

 打ち首疑惑は遠退いたが、神殿の機嫌を損じたらしい。
 だから魔染料をけちるなと父さんに言ったんだ。
 変なところに余計な効果が付与されてしまったらしい。
 頭を絨毯に一生懸命擦り付ける。

「神殿としてはな、貴様に問題があると思っている」

 えっ、濡れ衣です、父さんが悪いんです。

「本来であれば貴様を処分するところだが、今回は多めに見てやろう。感謝しろよ」
「はい、ありがとうございます」
「その代わり条件がある。魔法学院に入れ」
「えっー!!」
「嫌なら懺悔室へ連れて行くぞ」
「ひー、嫌じゃありません」
「それなら良い、手続きは済んでおる。学費も神殿が負担する。だから至急学院に向かえ」
「・・・・・はい」
「これは執行猶予だ。万が一、学院でトラブルを起こしたり、退学になった場合は即刻処分する」
「はい」
「うむ、ただ、学院は魔力が少ない場合は受け入れられんと申し入れてきた。念のため、貴様の魔力量を確認するぞ」

 へっ?神官さんが袖口から小さな呼び鈴を取り出して鳴らした。
 応接の間の扉が開き、二人の神官見習いに先導されて、宝杖を掲げた男の神官が入って来た。
 土下座している僕に動じなかったから、多分見慣れた光景なのだろう。
 頷きながら、美人の神官さんが宝杖を受け取る。

「おい貴様、立ち上がることを許す。この杖に魔力を込めてみよ」

 立ち上がって杖を掲げる様に恭しく受け取る。
 杖の先端に、紫色の水晶玉が取り付けられている。
 杖に細かい魔法陣が一杯描かれているので、魔力を満たされた魔法陣を数えて魔力量を判定する魔道具なのだろう。

「おい、早く魔力を込めろ」

 魔符を発動させる要領でオーラを広げて杖を覆い、魔法陣にオーラを重ねる。
 水晶がグワッと光った後、周囲が突然闇に包まれた。
 
 闇が晴れると、美人の神官さんはソファーから転げ落ちていた。
 神官見習いと男の神官は床の上にへたり込んでいる。
 神官さんのパンツが見えた。
 水色のフレアが着いた、両脇を紐で縛る小さくて可愛いパンツだ。
 うん、プラス二十点。
 僕の視線に気付いたのだろうか、慌てて足を閉じて立ち上がった。
 何か怒って睨んでいるが、これは不可抗力だ。

「杖を返せ。取敢えず基準は満たしておると判断しよう」
「ミューレ様!」
「煩い、もう通知は送っておる、手遅れじゃ。私の役目は此処までじゃ、後の判断は全て学院に投げてしまえ」
「ですが」
「ケレス、ミーア、カーヤ、何か見たのか。私は何も見えなかったぞ」
『はい、何も見ておりません』
「小僧、魔法学院に入れ。これは命令だ、逆らうことは許さぬ。詳しい話はケレスから伝える。ケレス、報告書は最小限で良い、余計なことは一切書くな」
「はい」

 美人の神官さんは、怒ったように部屋を出て行ってしまった。
 後に残されたケレスという男の神官さんは、こめかみを押さえて難しい顔をしている。

「必要書類を渡すから、執務室まで来てくれ」
「はい」 
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