時の宝珠

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38 アンダの箱

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 衝立の後ろに坐り大后が二人の会話に耳を傾けていた。
 カイラの完敗と言うよりも始めから勝負自体が成り立って無かった。
 サラが大薬師ケスラの弟子であることとケスラが北大陸で存命であることは新情報である。
 中央大陸の尺度で考えても大きな情報である。

 大后も椅子を立ち王妃を伴って大広間へと移動する。
 大后は大広間を見渡して人を探す。
 サラにも興味はあるがサラではない。
 人垣に囲まれたカムを見つける。
 試したいことがある。

 他国の要人に一通り挨拶を済ませてから王に後を託してカムを探す。
 カムは相変わらず軍人に囲まれている。
 大后が近寄ると皆頭を下げ一斉に一歩離れる。
 目の前に残っているのはカムとミーヤの二人。
 ミーヤはカムに何か教わっているようで周りが目に入らない。

「カムさん出来ました。ほら、ほら、ほら」

 掌をカムの目の前に突き出してはしゃいでいる。飼
 い主にじゃれ付く子犬の様に見える。
 最もカムの腰が引けているが。

「大后様、お目に掛かれて光栄です。温泉区幹事のカムと申します」

 カムが優雅に腰を落として臣下の拝礼をする。
 洗礼された動作で隙が無い。   
 ミルヤも慌てて拝礼を行う。
 こちらも名家の子女らしい優雅さを備えている。

「ありがとう、ミーヤごめんなさいね。カム君、アリサ伯爵を御紹介したいのだけどよろしいかしら」
「はい、喜んでお目に掛からせて頂きます」

 大后の後ろに付いて行くカムをミーヤが悲しそうに見送る。
 アルサ伯爵一家は隅で暇そうに料理を食べていた。

「トルサ、この子はクルベのキャラバンだったカム君よ」
「初めてお目に掛かります。カムと申します」

 流暢なメリナ語で挨拶すると驚いた様にトルサは目を見開く。

「私はトルサ、家内のサーナ。これが娘のアリサ、この子が弟のミルサだ。二人ともローマン語が苦手でね。友達になってくれたら嬉しいな」

 気さくな口調でカムに話しかける。
 アルサ伯爵家はメル国の王族に近い名家であったが、数十年前から契約を巡る争いが多くなり財政的に苦しんでいると噂されている。
 叔母を頼ってタナス国に逗留しているのも、国許での返済の請求を逃れる為と見られている。
 事実、アルサ伯爵家の今日の服装は、体裁は整えられているものの、時代遅れで少々着古したものである。
 伯爵に近づく人が無いのも同じ理由である。

「トルサごめんなさい。今日は二人の相手ではなくて、あの組木細工を見て貰おうと思ってね。クルベの組木細工は有名だから何か解ればと思っているのよ」
「でも叔母様あの箱は」
「家宝でも開かなければ意味が無いでしょ。60年間誰も開けられ無いで困っているのだから少しでも手掛かり有ればと思うのよ。良いでしょ」
「はい、解りました叔母様。それではカム君を私の部屋に案内します」
「ええ、私も一緒に行きましょう」
 
 大后は常に注目を浴びている。
 今でもタナス国を影から支える実際の権力者と思われている。
 伯爵達はともかく、カムを見る目、特に他国の軍人の視線が好奇心に輝いている。

 長い廊下を進み、大后の居住区の一画に用意されたアルサ伯爵家の居室に案内される。
 伯爵が金庫から木の箱を取り出す。
 鋸や斧で破壊しようとした痕跡が無数に刻まれている。
 カムは箱を受取り懐かしげに表面を撫でる。
 箱を回転させながら組木を動かして行くと表面に刻印の文様が浮かび上がってくる。

「その位僕にも出来るよ。こいつにやらせなくてもさ」

 ミルサが伯爵に向かって叫ぶ。
 カムよりも3歳くらい年下で、この子が知り合いの面影を最も継いでいる。

「こらミルサ、カム君すまん」
「いいえ御気になさらずに。ミルサ、ハスケの魔法習ったか」
「平民が無礼だぞ。知ってるよ」
「じゃ、この箱の角全部持ってハスケ唱えてみろ」

 カムを睨みつけながらミルサは箱を受け取る。
 角全部に指や掌を当てて魔法を唱える。

「ハスケ」

 箱が青白く輝き刻印が消える。
 全員が目を輝かせる。

「じゃ、表面触って違う面を探してみろ」

 ミルサがおとなしく頷いて八面を順番に触る。

「解ったか」
「うん、ここだけざらざらしてる」
「ざらざらを掌に乗せてから裏の真ん中に指当ててヘム唱えてみろ」
「うん、解った」

 ミルサが言われた通りに指を当て唱える。

「ヘム」

 箱の前面が二つに折れて箱が開く。
 中に黒い小さな石の板が入っている。
 カムが眉を曇らせるが大后と伯爵は大喜びである。

「開いた。開いたぞ。開いたぞ。サーナ、アリサ、ミルサ、これで貧乏生活とお去らばだ」

 板を片手に、伯爵が喜びにはしゃぎ回っている。
 夫人もアリサとミルサを抱きしめて泣いている。
 大后も涙をハンカチで拭いながらカムを労う。

「カムありがとう。私のお父様が戦死されてから誰も開けられなかったの。ありがとう。後でお礼をするわ。今夜はありがとう」

 大后がカムの手を両手で握り締める。
 カムはその手を強く握り返し、大后の瞳を強く覗き込む。

「大后様、あの金庫の鍵の使い方は皆様御存知ですか」

 大后が驚愕してハンカチを取り落とす。

「あなた、なんでそれを」
「自分の師はアンダ様の弟子なのです。アンダとアルサ伯爵家との約束で秘密を代々引き継いでおります」

 アンダはカムの結界士時代の名である。
 箱も金庫も二百年前にアルサ伯に頼まれて作ったものであり、カムにとっては昔懇意にしていた人物である。

「え、あれはアンダの金庫なのか」

 伯爵は落ち着きを取り戻している。
 貧乏が長いと不幸に慣れ親しみ、幸運を否定的に考える習慣が身にこびり付いている。
 おとなしくカムの悪い宣告を待つ気になっている。

「その箱もアンダの箱ですよ。鍵の使い方を僕が教えます」

 再び伯爵の顔に笑みが広がる。

「ミルサもこちらにおいで、良いこと教えるぞ」
「なあに、お兄ちゃん」
「家族だけの秘密だぞ。人に言うとおねえちゃんやお母さんが危なくなるぞ。誓えるか」
「うん、誓えるよ」
「よし」

 カムが伯爵に向き直る。

「では説明します。この鍵には裏表と上下が決まっています。正確に嵌め込まないと作動しません。作動させるための魔法も必要です。トルサ様、サーナ様は魔法がどの程度使えますか」
「私と家内は結界の魔法程度は使えるが、炎とか氷の類は苦手だ」
「はい、それで十分です。アリサさんは使えますか」
「アリサで良いわよ。私はミルサと同じ位よ。ミルサが家で一番才能があるの」
「それなら大丈夫だよ。トルサ様全員この鍵を使えます。すみません、鍵を貸して下さい」

 伯爵が頷き、カムに石板を渡す。

「まず裏表です。ハスケ」

 石版の上下を持ってカムが魔法を込めると鍵の一面のみが白く輝く。

「輝いた面が裏、つまり金庫側です。ヘム」

 輝く面を掌に載せ、裏面の真ん中に指を当て魔法を込める。
 一端だけ弱い赤い光が点滅する。

「この赤く光る方が上です。この形で金庫の右下の穴に嵌めてケラスナを唱えて下さい。すると金庫の左上に穴が現れます。その穴に上下を逆にして嵌めてハラスナを唱えます。今度は左下に穴が現れるのでまた逆にしてケスラナを唱えます。最後に右上に穴が現れますのでまた逆にしてハラスナを唱えると左の真ん中位に取手が現れて開けられるようになります。閉める手順は逆に行えば閉められます」
「カム君ありがとう」

 伯爵が手を握って涙を流す。

「叔母さん、明日にでも船を手配して帰りたいと思います」
「トルサ様、開ける時は公事処の公証人を立ち合わせて開けた方が宜しいかと思います。生存する契約の署名者は少ないと思いますからその場で公証人に真偽判定を行わせて下さい。公事の際の証人を作って後からの言い掛かりに備えて下さい」
「ありがとう、カム君。急いで開けるところだったよ。公証人を手配しよう」

 伯爵は興奮が覚め、今後に待ち受ける困難に頭を切り替えている。
 大后を部屋の外まで見送り、今後の予定を話すため家族を連れて居間に戻って行った。
 共に退出したカムに大后が話しかける。

「本当にありがとう、カム。噂を聞いて居るかも知れないけどあの一家は夜逃げに近い形で私を頼ってきたのよ。お父様が契約書を全て金庫に保管していたからハイエナ共にいいように毟られてね。今も公事争いの費用で借金が膨れるばかりで泥沼だったの。トルサの妹が商家に嫁いでね、トルサの妹と私の支援で辛うじて公事を続けている状態なの。でも証拠が無いから一方的に攻められてね、しかもプロのハイエナ共が入っているから陰湿な恐喝が増えてね。使用人も逃げ初めて身の危険を感じてここへ逃げてきたのよ」
「メル国の軍人が今日来ていますからキーロさん経由でお願いして頼みましょうか。金庫を開けに帰ると知れば伯爵家を蔑にしないはずです。ただ、御婦人とお子様はまだこちらに残って頂いた方が宜しいかと思います」
「そーね、私も同感よ。でもキーロには私から伝えるわ。トーラお願いね」

 大后が後ろから付き従う侍女を振り向く。
 男装で腰に剣を下げている。

「承知しました奥様」

 浅く頭を下げる姿に隙は無く、男装は伊達ではないと思わせる。

「この子はね、キーロの一番下の妹なの。十人兄弟の一番下でお兄ちゃん子なの」

 侍女の頬が薄く染まる。

「だから、あなたにも感謝しているのよ。牡蠣の一件でキーロを追い落とそうと画策していた連中が摘発されたでしょ。私も感謝しているわ、奴は王の座を狙って魔法国に接近していた節があるの。内乱を未然に防げたのよ無血で」
「いいえ、褒めて頂くのであれば自分の連れ合いのサラを褒めてやって下さい。見付けたのはあいつですから」
「でも捕まえたのは貴方でしょ。今日も事前に結界の対処方法をキーロに教えてくれたしね。あれが無ければ港は死体の山だったわよ」
「運が良かったのだと思います。偶然が良い方に転がって。今日も自分を御呼び頂けて良かったと思います。ウルムが見守っていてくれているのかも知れません」
「あなたは本当に物知りね。200年前のアルス家の当主の名前を知っているなんて。中興の祖として私も尊敬しています」
「万華鏡はまだ引き継がれていますか」

 大后が怪訝そうに振り返る。

「私の知っている万華鏡なら今アリサが持ってるわ」
「あれにも秘密があります。アリサに教えてあげたいのですが」
「今夜私の部屋へアリサを呼びます。そこで説明してあげてちょうだい。あなた方は今日ここにお泊まりなさい。部屋を手配しておきます」
「ありがとうございます。助かります。多分連れ合いが酔っぱらっていると思いますので」
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