時の宝珠

切粉立方体

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34 襲撃

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 突然海上で混乱が起きた。
 王の船が湾内に入ったタイミングを見計らったように、係員の指示を無視して無理矢理岸壁に横付けする船が現れたのだ。
 強い結界が岸壁に張られ、船から岸壁へ橋板が渡される。
 橋板を渡って武装した兵士が現れると港が緊張に包まれる。
 甲板に十数名の魔道士が現れ岸壁の警備兵に攻撃を仕掛ける。

 岸壁の警備兵から矢や魔法が放たれるがすべて結界に弾き返される。
 岸壁に降りた敵兵が結界の内側から槍で突き掛り、味方の武器は結界に阻まれる。
 一方的な虐殺の雰囲気が漂い始めたが、キーロの号令で結界との距離を取り小康状態に持ち込む。
 キーロの強さは守りに有る。
 魔道士も結界士が多く敵の攻撃を良く防ぐ。
 それでも不利な状況は改善されず敵の魔法や矢に押され始める。
 その時、戦場にそぐわない子供が二人、戦士の間を縫ってちょこまかと動き回る。

 味方の結界士に防御を頼み、ダルとカナを伴って結界の淵を歩く。
 敵兵の攻撃をダルとカナが防ぎカムの指示でサラが賢者の杖で結界に魔法の線を描いて行く。
 岸壁に張られた結界に数カ所線を引くとサラが最後の一本に賢者の杖を使って魔力を注ぎ込む。
 魔法の線に振動が伝わり、低い鈍い音を響かせて結界が弾き飛ぶ。
 サラ達が前線から離れると呆気にとられた敵兵目がけてカルの氷弾の魔法が襲い掛かる。
 降り注ぐ頭大の氷弾は兜の上からでも兵士の意識を刈り取って行く。

 甲板の魔道士達に対しては味方の風が刻印された矢が襲い掛かり無力化する。
 甲板の上から戦況を眺めていたザルツは舌打ちをする。
 今回の指令はホグの港に死体の山を築き引き上げることである。
 目的は北大陸の小国に魔法国の恐ろしさを刻みつけ、併せて北大陸の全国家に魔法国の力の恐ろしさを示し、中央大陸の領事達には北大陸は魔法国の狩場であるとの強い意志を見せつけるためである。
 余力があればホグの町を焼き払っても良いとの指示されている。

 だが全滅の危機は自分達の方である。
 結界が破られたのが大誤算である。
 この小国に自分達の結界を破れる者が居るとは思っていなかった。
 あの氷の魔道士も誤算である。
 強力な攻撃魔法の使い手の情報は無かった。

 でもまだ自分の7人隊が残っている。
 出番は無いと思っていたが自分の隊ならば敵兵の500人程度は楽に殺せる。
 あの氷の魔道士程度は敵ではないし、他に強力な魔道士の気配も見当たらない。
 仲間の捕縛で少々警戒してザルツ達が派遣されたが杞憂だったようである。
 この失態の不名誉を補いこの小国に恐怖を刻みつける為にはホグの町を焼き払う程度の少々派手な働きが必要であると考えた。

“陣を整え岸壁へ飛ぶ。まずはあの氷の魔道士を排除するために周囲50リーグを圧殺する”

 そう決心してザルツは呪文を唱えて甲板から飛び立った。
 結局ザルツは岸壁にすら辿り着けなかった。
 カムが日頃の練習の成果を駆使してアナの脇を7回突く。
 ザルツの失敗は空中を飛んだこと、逃げ場のない空中でアナの電撃をまともに食らって撃ち落とされる。
 陣を構成していた魔道士も意識を失って次々と海に落ちる。
 魔道士を艀で回収して一件落着。
 船員達も無抵抗で投降した。

 カムの見立てではカルは上級魔道士、小国の宮廷魔道士も勤まる実力者である。
 アナは本人に自覚は無いが天才である。
 発動の速さは天下一品で呪文無しで無意識に魔法を構築できる天才である。

 そのアナが目を吊り上げて怒っている。
 悪戯されたことに怒っている。
 敵とか戦いとか戦場とかが意識から抜け落ちて、敵船に背を向けて怒っている。
 サラは溜息を吐いてカムの頭を杖で殴って場を収める。
 このアンバランスさにカムが引かれてアナをからかっていると思うと悔しくなり、もう一発カムの頭に追加する。
 この天才は今日の日当の銀貨8枚に大喜びで、この仕事が終われば、また、日当銀貨5枚のパン屋の店員に戻る。
 サラもこの国は魔道を粗末にする国だとつくづく思う。
 カムは頭を抑えて足元で涙目になって座り込んでいる。

 杖と同じで見る人が見れば価値は解る。
 遠写の魔法で成り行きを見守っていた領事長官達は急ぎ本国に向けた報告書を作成する。
 今日の出来事は大事件である。
 牡蠣事件の情報は各国の領事館に驚きを与え、情報確認のため、例年副官が派遣される王の静養の随行にどの国の領事館も長官を派遣している。

 その情報確認が終わらない内の二次攻撃の発生である。
 7人隊らしき魔道士がタナス国に捕縛されたとの情報は、タナス国の国力から考えて懐疑的に受け止められていた。
 が、今日二次攻撃が仕掛けられ、再度7人隊が投入されたことで見方が大きく変わる。
 現に目の前で7人隊が岸壁に辿り着く前に排除されている。

 長官達は混乱していた。
 魔法小国のタナス国の情報には結界を破れる魔道士の存在も氷の魔道士の情報も無い。
 もちろん予兆も無く現れた電撃に関する情報も無い。
 事件の報告には応援を求める要請も追記され、隼便が港の船上から次々と放たれる。

 見るべき者が見れば解るのはタナス国でも同じである。
 遠写で国王達に岸壁の様子を見せていた王宮魔道士のミルヤも驚愕していた。
 ホグに現れたカルベの末裔の話は聞いたが、軍の情報と宰相の情報とが微妙に食い違っていた。
 今日自分の目で見て納得した。
 二人居たのだ。
 ただ魔道士とは聞いていなかった。

 氷の魔法も雷の魔法も凄かったが、自分の魔法に速度も威力も望まない彼女にとっては興味が薄かった。
 彼女は結界士であり正確さと精密さが彼女の真骨頂である。
 船全面に張られた光の結界を見た時には中央大陸の魔法の崇高さを感じていた。
 精密で正確で一寸の隙も無い城壁の様な強度を誇る完璧な巨大な結界。
 彼女はその結界に憧れすら感じていた。

 ところが全く無造作にたった五カ所に線を引いただけで完璧な結界が破壊されたのである。
 彼女の目にはその五カ所の線に振動が増幅して走り抜けるのだけが見えていた。
 ただ、なぜ光の結界が崩壊したか理解できなかった。
 位置を指示していたのは少年である。
 彼女に見えなかった結界の弱点を一刻も早く聞きたくて心が高ぶっていた。
 飛翔の魔法が使えないことが今日は残念であった。

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