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23 潮変わり
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崖の脇の海向かってまっすぐ伸びる階段を、カムは階段沿いに張られているロープを握りしめて降りていた。
足元が滑るが、幸い篝火が足元を照らしており、誤って踏み外すことはない。
海に向かって伸びる篝火は、黄泉の国への通路を想像させる。
五十三番、表示された番号を確認して崖沿いに伸びる溝に足を移すと、岩崖に彫られた無数の岩窟から暖かい明りと楽しげな笑い声が漏れて来る。
四十七番、岩窟の入り口に張られた厚布を捲ると、サラとカナの笑い声が耳に飛び込んで来た。
九月第三週二の日の夜、明日は冬の潮変わりの日。
サラが潮変わりを見たいと岩窟を手配した。
ホグの町から半刻ほど歩いた場所には、海に面する崖に無数の岩窟が彫られている。
通称潮見の崖、ホグの住民が作った潮変わりを眺める岩窟である。
数は二千窟、それでもホグの三十万の住民には数が足りない。
管理は地元住民の組織なので、サラが秘密会議のコネをフル活用して確保した。
人足代りにカル夫妻、ダル夫妻も誘って決行。
今は夕食兼宴会の準備中で、カムは背中の背負子を下し確保してきた山牛の肉を取り出す。
カムは最前まで仕事中、宿の客を崖上のロッジに案内し、寝具の手配やら焼き肉の準備やらをこなして次の従業員に交代してから、崖を下ってきたのである。
背負子から、野菜、茸、果実酒などが次々取り出される。
普段から腹減しのダム夫婦は目の色を変えている。
肉に香草を乗せて木鎚で叩き切り分ける。
串を通して野菜を挟む、炉の上の網に乗せる。
肉の焼ける香ばしい香りが窟内に広がり、全員が肉を睨む。
「え、山牛か」
最初の一本を口にしてダムが驚く。
「うん、貰って来た」
「これ全部か」
「うん、余ったから全部貰った」
「山牛もか」
「うん、山牛も」
ダルが溜息を付く。
「お前ら、良い物ばっか食ってよ。絶対長生きできないぞ」
「良いの、十分生きてるから」
サラがぼそりと言う。
「サラが言うと、なんか納得しそうになるよね、何でかな」
カヤが串焼きを頬張りながら口を出す。
カルとアナは幸せそうな顔で上品に食べている。
カムは第2弾の串焼きを網に乗せる。茸の焼ける匂いも香ばしい。
“きっと、事実だからかな”
内海の海流は夏と冬に方向を変える。
海流は中央大陸の周りを巡っており、夏から冬が左回り、冬から夏が右回りとなる。
流れの変わる日を潮変りの日と呼び海の光景を眺めて楽しむ。
普通の勤め人は休日。
だから、ダル夫妻、カル夫妻はお休み、もちろん、役所勤めのサラもお休み。
働くのはサービス業のカム一人のみ。
明朝潮変りを見たら、崖上のロッジに戻り、客を町に連れて帰る。
岩窟の中は暖かい。
周りも火で窟内を暖めているので、煮炊きの小さな火でも十分に暖かい。
夏の潮変りの方が過ごし易いのに比べ、冬の潮変わりは一年で寒さ最も厳しい日に起こる。
ただ、その分空気が澄み、ダイナミックな光景が堪能できる。
防寒対策が十分であれば、潮変わりを楽しむのは冬に限る。
周りの窟からの声も小さくなる。
戸口を塞いだ厚布の裾を持ち上げ、外を覗く。
煌々と月が海を照らし、雲も無い。
皆が羽毛袋に入り、カルが油灯りを吹き消す。
多分、明日も天気が良い。
最初に仲良く起きたのが、ダル夫妻。
次に起き出したのがカル夫妻とカム、最後まで羽毛袋を離さなかったのサラ。
カムに無理矢理引き出され、洗面器を抱えながら“子供は長く寝ないと”とか“睡眠不足は肌に悪い”とかぶつぶつ言いながらサラが後を付いて来る。
向かうは崖の真ん中の二本の流水、二本の流水の間の階段に座り浅く広い流水を洗面器に汲み、発熱石を放り込む。
洗面器に汲んだとたんに凍り始めた水が再び溶ける。
歯を磨いて口を漱ぎ、細くて深い溝の流水に吐き出す。
洗面器で顔を洗い素早く拭く。
水を細くて深い溝に流す。
窟に戻って炉に薪を入れ、昨日の凍っている残り物を暖め食べる。
窟の入り口の厚布を外すと、薄暗かった空が白み始めている。
空に張りつめた空気が満ちる。
静かだった海面が突然大きく波立ち、海面に無数の渦が現れる。
渦が渦を飲み込み、大きな渦へと変わって行く。
やがて、大渦は一つとなり、流れが弱くなる。
突然、流れが止まり、海が一枚の鏡の様になる。
空を写し、遥か彼方の東大陸も写し出す。
風も止み、完全な静寂が海を覆う。
視程が澄み、遥か遠くの中央大陸の都市の窓ガラスが朝日に光る。
その時間およそ半刻、再び渦が現れ、海の流れに飲み込まれて行く。
もはや、東大陸も中央大陸も霞んで見えない。
全員が詰めていた息を吐き出す。
窟の片付を終え、カムがロッジに向かおうとしたとき、宿の職員が息を切らしてカムの窟に駆け込んできた。
「すいません、カムさん。港に向かって下さい。船と揉事が起こったそうです」
カムは急いで港に向かう。
港に向かう馬車の中、カムは港湾処の職員から詳しい話を聞く。
潮変わり後の初船の荷物積み作業を始めたら、船の船員が突然怒り出した。
理由を聞こうにも南大陸の船なので言葉が解らない。
混乱は大きくなるばかりで、収拾しない。
トラブルが長引くと、午後の船の出向にも影響する。
そこで、言葉が解る人間を捜してカムにたどり着いた。
以上が職員の説明。
カムの脇でサラが鼻歌を歌っている。
前の席には、申し訳無さそうに、ダル夫妻、カル夫妻が坐っている。
理由は、サラが野次馬を決め込んだため。
面白そうな他人事は見逃せない、しかもカムのトラブルについては特に。
ついでに両夫婦も誘って、馬車に乗り込んで来た。
宿の職員と港湾処の職員数人を押しのけて。
馬車が港に着く。
埠頭に大型の外洋船が留まっている。
ホグの港は有事には軍港に変わるほど深い。
それでも、外洋船は十数年ぶりらしく、数日前から話題になっていた。
カムが船に乗り込むとサラ達も当然の顔をして付いてくる、だれも咎めない。
陸側も船側も混乱している。
そこで、一番騒ぎの大きい、大声が飛び交う場所へカムが向かってみる。
原因はすぐに解った。
客が荷物として骨の標本を持ち込み、しかも一番最初に船底に荷として運び込まれたため。
広い船底に標本のみが置かれている。
他の荷物が持ち込まれる前に大騒ぎとなったらしい。
外洋の船は、荒れる海に漕ぎ出すため、縁起を担ぐ。
そのため、幾つかの忌みがある。
今起きているトラブルは、殆ど呪いと一緒。
嫌がらせで鼠の骨を投げ込まれても殺し合いになる
忌み払いが施されていない骨を船に運び込むことは、”お前ら全員を殺す”と宣言したのと同等の忌みである。
船員が見守る中、堂々と最初に運び込まれたのがとても立派な森林狼の骨、船員は悲鳴を上げて大混乱となった。
もちろん、触るのも忌み。
骨の周りで騒ぎまくる船員に荷運びは混乱した。
船員には、骨が水底から忌み吸い寄せている様に見える。
船員達も必死に主張した、声の限り叫んで、”直ぐに船から出せー””ここに入れるな””俺たちを殺す気か”等々、通じない南大陸の船言葉で。
カムがダルとカルに手伝って貰い、標本を運び出す。
船員の喧騒が取敢えず収まる。
港の商店で飛逃魚とイカと昆布、平原狼の肉を買う。
昆布を肉と魚とイカに巻いて、船に戻る。
呪文を唱えながら、骨を動かした範囲を拭う。
昆布と昆布で包んだ物は、暖取りの焚火で燃やす。
カムの指示で荷が運び込まれる。
船員が強張った顔で目を皿にして監視している。
骨は布で包み、布に呪文を書き入れ、最後に甲板に乗せる。
港湾処の事務室に出向き、処長を連れて船長への謝罪に向かう。
処長には、南大陸の外洋に近い港で同じ事をすれば、港湾事務所の焼き討ちは当たり前であることを説明する。
船長室に入る時、カムは緊張した。
海に放り込まれても文句は言えない。
なので謝り倒して、謝罪を受け入れて貰う。
ただ、船長の無表情な顔の目が怒っていた。
船員の目も冷たく、不安が宿っている。
カムが溜息を付く。
“仕方がない。忌み払いをするか”
港の楽隊から、鉦と銅鑼の担当を借りる。
港の酒場からホグナを借りて調整する。
刻印文字数カ所の上に紙を貼り、音調を変える。
魔道士は意外と細部に拘る。
そして最後の難関、サラに歌を頼む。
港の有名な甘味処の予約の手配で手を打ち、準備が整う。
船の出航の準備も整う。
船長と船員が甲板に並び陸に向かって怖い顔で挨拶する。
通常であれば、楽隊が音楽を奏でる中、出航となるが、今日は違う。
カムのホグナが陽気に掻き鳴らされ、鉦と銅鑼が陽気なリズムを刻む。
サラが一歩出て、良く透る可愛い声で歌い出す。
“××の小さい船長さん、××が××だから、××が××して・・・”下品で卑猥なフレーズが延々と続く。
これは、南大陸の外洋船の忌み払い。
ふざけて始めた冗談だが、偶然と事故が大幅に減って、習慣となった称も無い儀式。
陸の船乗りが呆気に取られている。
サラは歌が終わって胸を張る。
船長が苦笑しながらホグナに乗せて歌を返す。
「そこの小さな××ちゃん。××が××して、××で・・・」
太い胴間声で、児童“なんとかかんとか”や幼児“なんとかなんとか”で、牢に繋がれそうな台詞を延々と表現力豊かに繰り出す。
“さすが外洋船の船長、年季が違う”カムはホグナを弾きながら感心する。
脇でサラが後退っている。
船長は歌い終わると拳を突き上げる。
船員も大喜びで拳を振り上げ踊っている。
下品なら下品な程、卑猥なら卑猥な程、ひんしゅくを大きく買うほど忌みが払われるとされている。
陸で見送る海の男達も大喜びで踊っている。
銅鑼が鳴り出航。
悔しそうにサラが見送る。
サラの後ろでアナがへたり込んでいる。
足元が滑るが、幸い篝火が足元を照らしており、誤って踏み外すことはない。
海に向かって伸びる篝火は、黄泉の国への通路を想像させる。
五十三番、表示された番号を確認して崖沿いに伸びる溝に足を移すと、岩崖に彫られた無数の岩窟から暖かい明りと楽しげな笑い声が漏れて来る。
四十七番、岩窟の入り口に張られた厚布を捲ると、サラとカナの笑い声が耳に飛び込んで来た。
九月第三週二の日の夜、明日は冬の潮変わりの日。
サラが潮変わりを見たいと岩窟を手配した。
ホグの町から半刻ほど歩いた場所には、海に面する崖に無数の岩窟が彫られている。
通称潮見の崖、ホグの住民が作った潮変わりを眺める岩窟である。
数は二千窟、それでもホグの三十万の住民には数が足りない。
管理は地元住民の組織なので、サラが秘密会議のコネをフル活用して確保した。
人足代りにカル夫妻、ダル夫妻も誘って決行。
今は夕食兼宴会の準備中で、カムは背中の背負子を下し確保してきた山牛の肉を取り出す。
カムは最前まで仕事中、宿の客を崖上のロッジに案内し、寝具の手配やら焼き肉の準備やらをこなして次の従業員に交代してから、崖を下ってきたのである。
背負子から、野菜、茸、果実酒などが次々取り出される。
普段から腹減しのダム夫婦は目の色を変えている。
肉に香草を乗せて木鎚で叩き切り分ける。
串を通して野菜を挟む、炉の上の網に乗せる。
肉の焼ける香ばしい香りが窟内に広がり、全員が肉を睨む。
「え、山牛か」
最初の一本を口にしてダムが驚く。
「うん、貰って来た」
「これ全部か」
「うん、余ったから全部貰った」
「山牛もか」
「うん、山牛も」
ダルが溜息を付く。
「お前ら、良い物ばっか食ってよ。絶対長生きできないぞ」
「良いの、十分生きてるから」
サラがぼそりと言う。
「サラが言うと、なんか納得しそうになるよね、何でかな」
カヤが串焼きを頬張りながら口を出す。
カルとアナは幸せそうな顔で上品に食べている。
カムは第2弾の串焼きを網に乗せる。茸の焼ける匂いも香ばしい。
“きっと、事実だからかな”
内海の海流は夏と冬に方向を変える。
海流は中央大陸の周りを巡っており、夏から冬が左回り、冬から夏が右回りとなる。
流れの変わる日を潮変りの日と呼び海の光景を眺めて楽しむ。
普通の勤め人は休日。
だから、ダル夫妻、カル夫妻はお休み、もちろん、役所勤めのサラもお休み。
働くのはサービス業のカム一人のみ。
明朝潮変りを見たら、崖上のロッジに戻り、客を町に連れて帰る。
岩窟の中は暖かい。
周りも火で窟内を暖めているので、煮炊きの小さな火でも十分に暖かい。
夏の潮変りの方が過ごし易いのに比べ、冬の潮変わりは一年で寒さ最も厳しい日に起こる。
ただ、その分空気が澄み、ダイナミックな光景が堪能できる。
防寒対策が十分であれば、潮変わりを楽しむのは冬に限る。
周りの窟からの声も小さくなる。
戸口を塞いだ厚布の裾を持ち上げ、外を覗く。
煌々と月が海を照らし、雲も無い。
皆が羽毛袋に入り、カルが油灯りを吹き消す。
多分、明日も天気が良い。
最初に仲良く起きたのが、ダル夫妻。
次に起き出したのがカル夫妻とカム、最後まで羽毛袋を離さなかったのサラ。
カムに無理矢理引き出され、洗面器を抱えながら“子供は長く寝ないと”とか“睡眠不足は肌に悪い”とかぶつぶつ言いながらサラが後を付いて来る。
向かうは崖の真ん中の二本の流水、二本の流水の間の階段に座り浅く広い流水を洗面器に汲み、発熱石を放り込む。
洗面器に汲んだとたんに凍り始めた水が再び溶ける。
歯を磨いて口を漱ぎ、細くて深い溝の流水に吐き出す。
洗面器で顔を洗い素早く拭く。
水を細くて深い溝に流す。
窟に戻って炉に薪を入れ、昨日の凍っている残り物を暖め食べる。
窟の入り口の厚布を外すと、薄暗かった空が白み始めている。
空に張りつめた空気が満ちる。
静かだった海面が突然大きく波立ち、海面に無数の渦が現れる。
渦が渦を飲み込み、大きな渦へと変わって行く。
やがて、大渦は一つとなり、流れが弱くなる。
突然、流れが止まり、海が一枚の鏡の様になる。
空を写し、遥か彼方の東大陸も写し出す。
風も止み、完全な静寂が海を覆う。
視程が澄み、遥か遠くの中央大陸の都市の窓ガラスが朝日に光る。
その時間およそ半刻、再び渦が現れ、海の流れに飲み込まれて行く。
もはや、東大陸も中央大陸も霞んで見えない。
全員が詰めていた息を吐き出す。
窟の片付を終え、カムがロッジに向かおうとしたとき、宿の職員が息を切らしてカムの窟に駆け込んできた。
「すいません、カムさん。港に向かって下さい。船と揉事が起こったそうです」
カムは急いで港に向かう。
港に向かう馬車の中、カムは港湾処の職員から詳しい話を聞く。
潮変わり後の初船の荷物積み作業を始めたら、船の船員が突然怒り出した。
理由を聞こうにも南大陸の船なので言葉が解らない。
混乱は大きくなるばかりで、収拾しない。
トラブルが長引くと、午後の船の出向にも影響する。
そこで、言葉が解る人間を捜してカムにたどり着いた。
以上が職員の説明。
カムの脇でサラが鼻歌を歌っている。
前の席には、申し訳無さそうに、ダル夫妻、カル夫妻が坐っている。
理由は、サラが野次馬を決め込んだため。
面白そうな他人事は見逃せない、しかもカムのトラブルについては特に。
ついでに両夫婦も誘って、馬車に乗り込んで来た。
宿の職員と港湾処の職員数人を押しのけて。
馬車が港に着く。
埠頭に大型の外洋船が留まっている。
ホグの港は有事には軍港に変わるほど深い。
それでも、外洋船は十数年ぶりらしく、数日前から話題になっていた。
カムが船に乗り込むとサラ達も当然の顔をして付いてくる、だれも咎めない。
陸側も船側も混乱している。
そこで、一番騒ぎの大きい、大声が飛び交う場所へカムが向かってみる。
原因はすぐに解った。
客が荷物として骨の標本を持ち込み、しかも一番最初に船底に荷として運び込まれたため。
広い船底に標本のみが置かれている。
他の荷物が持ち込まれる前に大騒ぎとなったらしい。
外洋の船は、荒れる海に漕ぎ出すため、縁起を担ぐ。
そのため、幾つかの忌みがある。
今起きているトラブルは、殆ど呪いと一緒。
嫌がらせで鼠の骨を投げ込まれても殺し合いになる
忌み払いが施されていない骨を船に運び込むことは、”お前ら全員を殺す”と宣言したのと同等の忌みである。
船員が見守る中、堂々と最初に運び込まれたのがとても立派な森林狼の骨、船員は悲鳴を上げて大混乱となった。
もちろん、触るのも忌み。
骨の周りで騒ぎまくる船員に荷運びは混乱した。
船員には、骨が水底から忌み吸い寄せている様に見える。
船員達も必死に主張した、声の限り叫んで、”直ぐに船から出せー””ここに入れるな””俺たちを殺す気か”等々、通じない南大陸の船言葉で。
カムがダルとカルに手伝って貰い、標本を運び出す。
船員の喧騒が取敢えず収まる。
港の商店で飛逃魚とイカと昆布、平原狼の肉を買う。
昆布を肉と魚とイカに巻いて、船に戻る。
呪文を唱えながら、骨を動かした範囲を拭う。
昆布と昆布で包んだ物は、暖取りの焚火で燃やす。
カムの指示で荷が運び込まれる。
船員が強張った顔で目を皿にして監視している。
骨は布で包み、布に呪文を書き入れ、最後に甲板に乗せる。
港湾処の事務室に出向き、処長を連れて船長への謝罪に向かう。
処長には、南大陸の外洋に近い港で同じ事をすれば、港湾事務所の焼き討ちは当たり前であることを説明する。
船長室に入る時、カムは緊張した。
海に放り込まれても文句は言えない。
なので謝り倒して、謝罪を受け入れて貰う。
ただ、船長の無表情な顔の目が怒っていた。
船員の目も冷たく、不安が宿っている。
カムが溜息を付く。
“仕方がない。忌み払いをするか”
港の楽隊から、鉦と銅鑼の担当を借りる。
港の酒場からホグナを借りて調整する。
刻印文字数カ所の上に紙を貼り、音調を変える。
魔道士は意外と細部に拘る。
そして最後の難関、サラに歌を頼む。
港の有名な甘味処の予約の手配で手を打ち、準備が整う。
船の出航の準備も整う。
船長と船員が甲板に並び陸に向かって怖い顔で挨拶する。
通常であれば、楽隊が音楽を奏でる中、出航となるが、今日は違う。
カムのホグナが陽気に掻き鳴らされ、鉦と銅鑼が陽気なリズムを刻む。
サラが一歩出て、良く透る可愛い声で歌い出す。
“××の小さい船長さん、××が××だから、××が××して・・・”下品で卑猥なフレーズが延々と続く。
これは、南大陸の外洋船の忌み払い。
ふざけて始めた冗談だが、偶然と事故が大幅に減って、習慣となった称も無い儀式。
陸の船乗りが呆気に取られている。
サラは歌が終わって胸を張る。
船長が苦笑しながらホグナに乗せて歌を返す。
「そこの小さな××ちゃん。××が××して、××で・・・」
太い胴間声で、児童“なんとかかんとか”や幼児“なんとかなんとか”で、牢に繋がれそうな台詞を延々と表現力豊かに繰り出す。
“さすが外洋船の船長、年季が違う”カムはホグナを弾きながら感心する。
脇でサラが後退っている。
船長は歌い終わると拳を突き上げる。
船員も大喜びで拳を振り上げ踊っている。
下品なら下品な程、卑猥なら卑猥な程、ひんしゅくを大きく買うほど忌みが払われるとされている。
陸で見送る海の男達も大喜びで踊っている。
銅鑼が鳴り出航。
悔しそうにサラが見送る。
サラの後ろでアナがへたり込んでいる。
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