時の宝珠

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17 氷花祭り

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 今日は七月の第二週の五の日、7月25日。
 寒さも北国らしい厳しさとなり日暮れの時間が徐々に伸び始める。
 夕食前の時間も長くなり、研究熱心なサラが被験者達からの報告結果を眺め返す時間も長くなる。
 予想以上の効果にサラが笑みを浮かべる。
 来月終わりには肉弾戦に突入するだろう。
 嬉しそうにファイルへ新しいページを加えていた。

 でも明日は休み、今夜は氷花祭り。
 寒い、面倒と言って、部屋から出たがらないサラをカムが無理やり外に連れ出す。
 屋台でのおいしい食べ物の話で釣って。
 二人が向かう先は、官区の裏に有る小高い丘、通称どんぐり山。
 仕事を終えたカムが先に戻っていたサラに氷花祭りを教えた。
 古くから伝わる、町に住む地元民の祭りである。
 規模は小さいが美しい祭りで別名赤色祭とも呼ばれるらしい。
 どんぐり山の上にある小さなストーンサークルを囲んで真夜中に踊りを踊ると聞いている。
 冬の寒い真夜中の踊り、しかも住民区の山手と呼ばれる裕福な地区の地元住民が総出で。

 直ぐに着替えて出発、空きっ腹を抱えてサラが渋々付いて来る。
 ドングリ山の裾、薄暗い夕闇の中、明りを灯して並ぶ屋台の列を見てサラの渋面が緩む。
 カムが得意げにサラの手を引き、人混みへと紛れにゆく。
 麦粉の薄焼きに、温かい果実の薄切りとチョコ鳥を挟み、平原牛のバターを乗せたチョコ焼きや、泡立てた麦粉に内海流海老や内回遊イカ、平原猪の薄切りを混ぜ、ふっくらと焼いてソースをかけた海焼き。
 サラは興奮状態で頬張っている。
 カムも平原牛の串焼きを片手に、砂糖のたっぷり入った温かいケム茶を飲んでいた。
 両手の塞がったサラが、時々カムにケム茶を強請る。

 屋台の食べ物は大方が銅貨十枚、銅貨がたっぷりと入った袋を腰にぶら下げている。
 今日は毛皮姿ではない。
 先日古着屋で買った、少々大きい羽毛の布服を着ている。
 羽毛が詰め込まれた布服の外見は、袋が歩くように見えるが、とても暖かい。
 絡んでくる少し年上の子供は空気ダマで嚇かし、弓の的当てなどで遊んで屋台を楽しむ。
 夜も更けてくると、見回りの警備に咎められることが多くなったが、婚姻証を見せて納得させる。

 真夜中まで後1刻、大気が一気に冷たくなり、空中に氷霧が混じり始める。
 ドングリ山の杉の葉に氷霧が着き、氷の結晶が伸び始める。
 所々に置かれた篝火を映して、枝先の氷花が赤く輝き始める。
 山全体を覆う、かがり火を映した氷花、幻想的な光景を人々が息を飲んで見つめる。  
 カムとサラもベンチに敷物を引き、身を寄せ合って眺めていた。
 直に踊りが始まるが、木々が邪魔をして下からは見えない。
 目の前を歩いていた女性が振り向く、頭に白地に燈色の流れる帯が描かれた、裾を流した帽子を付けている。
 住民区の山手、今夜の祭り主催区の踊り手である。
 連れの男性も振り向く、同じ帽子を被っている。

「サラさん」

 二人が同時に驚く。
 8人の被験体の内の一人、会計処の女性でターゲットは同じ部署の3歳年下の男性、住まいが近所と言っていた。
 この時間に二人で屋台の食事とは、順調、順調・・・。
 サラがカムを紹介する、伴侶として。
 男性は仰け反って驚くが、女性の驚きは少ない。
 もうサラについては何でも有と思っている。

「サラさん、上に来ません。皆居ますから」

 喜んで付いて行く、踊りも見たかった。
 山の上は広場となっており、中心に幅3リーグ程のストーンサークル、綺麗に洗われている。
 その周りに3重になった二百人程の踊りの輪。
 残りの7人は直ぐに集まって来た。
 しかも全員ターゲット持参で、順調、順調。
 踊りが始まる。
 サラとカムも帽子を被らされ踊りの輪に引き込まれる。
 踊りは男女一組で歌いながら踊る踊り。
 二人は直ぐに気が付く、歌では無く呪文、それも古い、古い原初の言葉。
 二百人で唱える呪文、呪文の恐ろしさを知る二人は、身を竦ませながら正確な動作と呪文を繰り返す。
 直にストーンサークルが赤く輝き明滅する。
 呪文の力はすべて石の明滅に注ぎ込まれ、光の力となって空に消えて行く。
 安心したカムは明滅に集中して明滅を読んでみる。
 明滅は原初の言葉よりさらにとても難しい古い言葉、知る者は皆無に等しい。
 そしてカムは理解する。

 踊りは真夜中を跨いでの2刻、踊りが終わると本部席に招待された。

「御爺ちゃんが長老なの、二人に挨拶したいんだって」

 下で会った最初の女性に案内される。
 テントに入ると長老の他に幹部5人が揃っている。

「ユーナ、お前にも祭りの意味を話そうと思う」

 長老がテントに遮音の魔法を掛ける。
 なかなか上手、ユーナとは女性の名である。

「長老、まだお客様が」
「御爺ちゃん、まだ、サラさんが」

 皆の口から長老を諌める言葉が出る。
 それを無視して長老が二人を見て話かける。

「小さな賢者どの、祭りの意味は理解されましたかの」

 皆が驚愕する中、サラが語る。

「古い、古い言葉です。殆ど伝承も途絶えている原初の古い言葉です。石に語り掛け、石に力込めて、赤い光を作り出す。赤い光を夜空に放つ。その意味は解りませんが、この星の存在を天に知らせる為でしょうか」

 幹部5人が驚愕する。

「お二人とも、これは我ら一族に伝わる秘密での、胸に閉まっておいて下さらんかの」

 二人は承諾する。
 ただ、カムは難しい顔をしている。
 皆と分かれて下に降りる。
 子供の二人連れに苦笑されながらも、屋台の食べ物を買い集めてから帰宅する。
 明りを残してある共同浴場へ行き、無人の番台に銅貨十枚を置く。
 いつもより人の少ない湯池でサラは足を伸ばす。
 今日は髪も身体もお湯で流すことで我慢する。
 白く明け始めた空を見ながら、祭後の風呂を楽しむ顔見知りと会話を楽しみ、時を堪能する。
 カムと二人で、明るくなった道を辿って帰る。
 買い置きの平原牛の乳を仲よく腰に手を当てながら飲んで、倒れるように身を寄せ合って眠る。
 カムが呟く。

「あの明滅だけどな、なんか空に助けを求めてる様な気がする」

 サラが強く腕を抱く感触があった。
 カムは宙に取り残された気持ちになっていたが、サラの温もりを感じ、これで十分と思った。

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